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妖しい、僕のまち 〜妖怪娘だらけの役場で公務員やっています〜  作者: 詩月 七夜
第二章 “スネークバイト” ~片輪車~
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【七丁目】「Are you ready?」

 長い髪が夜風に広がる。

 漆黒の孔雀の尾羽ようなそれは、美しくも凶悪な迫力があった。

 こちらを値踏みするように見つめる目は、鋭い光を湛えている。

 惜しいことに、口元の笑みは歪んでいた。

 自信と嘲笑。

 美人だが、その悪意に彩られた微笑みが、僕はあまり好きではなかった。


馬橋まばし、こいつらかい?あたしに挑戦したいってゲストは」


 妃道と呼ばれたその女性が、僕達を見たまま問う。


「…はい。そうです」


 動揺を堪えるように、しっかりと頷く馬橋さん。彼にも、彼女がいつ現れたのか、分からなかったのだろう。もしかして、会話の内容が漏れたかも知れない。

 あわあわする自分と違い、間車さんは真正面から妃道の視線を受け止めていた。


「あたしは間車輪まぐるまりん。こいつは相棒の十乃巡とおのめぐるだ。あんたは?」


 間車さんの名前が出ると、妃道の笑みが深くなった。


「ほう!あんたが、あの…色々噂は聞いてるよ」


 …大体想像がついたので、僕は何も言わなかった。彼女の悪名は、降神町おりがみちょう役場上層部の頭痛の種でもある。

 内容は推して知るべし、だ。


「あたしは妃道軌ひどうわだち。しいて言えば“スネークバイト”の顔役ってトコさ。同時にチャンプでもある」


 僕は少し驚いた。

 ちまたで騒がれている凄腕の走り屋が、女性であるとは思わなかったのだ。

 まあ、間車さんのような女性もいるので、不思議なことではないのだが…


 それよりも。

 この女性が…妖怪なのだろうか?


 間車さんは、不敵に笑った。


「あんたに“スネークバイト”を挑みたい。受けてもらえる?」


「いいとも」


 間車さんのダイレクトな物言いに、妃道は動じることもなく即答した。

 まるで、かま首をもたげた蛇のように、その目が光っていた。


「今夜はいい走りができそうだからね」


----------------------------------------------------------------------------------


 従来“スネークバイト”は、山間の旧国道を走破し、タイムトライアルを競う単純なレースだったという。

 つまり“スネークバイト”の名前の由来となった、蛇体のようにくねった道路を、いかに迅速にクリアするかが肝となる。


 これが妃道の登場で様変わりした。


 基本的なルールはそのままに、車・バイクの車種も問わず、二台以上が参加する対戦型スピードレースと化し、あげく「走行妨害もあり」という過激さまで持つようになった。


「道具さえ使わなければ、相手を潰すことは認められています」


 レース開始までのわずかな時間に、馬橋さんと牛島うしじまさんが、おおまかなコースとルール説明をしてくれた。聞けば聞くほど過激なレースである。

 ここまでよく事故が起きなかったと、本当に感心する。


「妃道はラフプレーをすることもありますが、とにかく抜群のテクニックを持っています。傾向としては、相手をぶっちぎりに抜いていくより、間際での追い上げを楽しむタイプですね」


「タイム更新より、なぶり殺しが趣味か…へ、いい性格してんな」


 面白くなさそうに間車さんがつぶやく。


「コースは約10キロあります」


 牛島さんが、簡単な地図を書いてくれた。


「5キロ先のバスプールが折り返し地点になってます。付近には何もないので、すぐに分かると思いますが…」


「分かった、あんがとさん。後は任せな」


 二人に親指を立てて応える間車さん。僕も会釈して礼を言う。


「健闘を祈ります」


 離れていく二人に代わり、妃道が近付いてくる。車種は分からないが、真っ黒なボディのバイクに跨っていた。ところどころに炎をかたどった模様が入っていて、エンジン音との相乗効果で威圧感が半端ない。

 フルフェイスを上げ、妃道が尋ねてくる。


「あたしはバイク専門でね。そっちは本当に車でいいのかい?」


 加速が望める直線コースならともかく、こうしたカーブが多い道は、小回りの利くバイクの方が有利である。それを考えての確認だろう。

 間車さんは肩を竦めて、


「安心しな。負けたときの言い訳にはしないよ」


「そうかい」


 目を細めると、バイクを僕達の車に並ばせた。

 うるさかったBGMが突然止まった。

 集まった走り屋たちも声を出さない。

 夜の空気が張り詰めていく。

 その中を、一人の男が蛇の紋章が入ったフラッグを手に進み出た。


「Are you ready?」


 フラッグを掲げる男。

 咆哮を上げるバイクと車。


「“Snake bite”…」


 フラッグが打ち降ろされる。


「Go!!」


 そして。

 夜の山を切り裂いて、鋼の馬達が戦いの咆哮ウォークライを上げた。


----------------------------------------------------------------------------------


 キュララララララ…!!


 タイヤがアスファルトに跡を残すほどの勢いで、カーブをクリアする間車さん。

 車体がガードレールすれすれになるほど接近し、芸術的なターンで切り返していく。

 一歩間違えれば、ガードレールの先にある虚空へ、死のダイブが待っている。


「っし!いい感じだぜ、相棒!」


 トレードマークのキャップを指先で弾き、次のカーブも鮮やかにクリアする。

 すでに4キロは来ただろうか。

 僕達の車は、出だしから妃道のバイクを置き去りにし、信じがたい速度でリードを稼いでいた。

 あっけなく消えた妃道の姿に、しかし間車さんは油断なくハンドルを操作する。


「よーし、もうすぐ折り返しの地点バスプールだな。おい、巡!生きてるか?」


「…ハッ!?」


 間車さんに呼び掛けられ、僕は意識を取り戻した。

 レース開始早々、殺人的な加速と即死一歩手前のターンの連続に、気を失っていたらしい。

 目を覚ましたは良いが、悪化している状況に顔が盛大に引きつる。

 眼前の光景は、もはや悪夢の絶叫マシーンである。


「ま、ま、ま、間車さん!ももぉ少し!スピード緩めてわ!?相手にぃぃいい!だいぶリィイイイド…っしてますよぉおおおおぉおお!?」


「あー、まーな。でも…っと、あいつがこのまま勝たせてくれるたぁ思えないんだよなぁ」


 車体強度の耐久テストもかくやというようなハードランに、微塵も動じない間車さん。

 その懸念は、もっともだが、ここまでの大差を前に、勝てるものなのだろうか?

 僕はシートベルトをしがみつきながら、バックミラーに目をやった。

 気を失う前に見えたバイクのライトも、いまや全く見えない。

 僕達はあっという間にバスプールのロータリーを旋回した。


「よーし、このまま行くぜぇっ!」


 そう言いながら、間車さんがアクセルを踏んだ瞬間…


ガオォォォォォォン…!!


 今まで聞こえなかったバイクの排気音が、空中から降ってくる。

 目を見開く僕達の前に、漆黒の車体が着地した。


 そんな、バカな…!?


 言うまでもなく、あれは妃道のバイクだ…!

 今まで姿も見えなかったのに、一体どうやって…!?


 妃道は指をこめかみに当てると、軽く挨拶をし、走り去っていく。


「…っの野郎…!」


 瞬間、車体が吠えた。急な加速に、思わず呻き声を上げる僕。

 あ、こりゃ、間車さんがキレたな。


「待ちやがれぇぇぇ!!」


 先程までの悪夢の絶叫マシーンが、地獄の超特急にランクアップする。

 最早、人間の限界を超える加速に、体が悲鳴を上げていた。


 …しかし。


 追いつかない。

 追いつけなかった。


 妃道のバイクは、こちらを嘲笑うかのように、ヒラヒラと先を行く。

 目の錯覚だろうが、相手は左程加速しているように見えないのが、正に悪夢である。

 このままでは、先にゴールを許すのは確実だろう。


 僕は覚悟を決めた。


 「間車さん…!早く【千輪走破せんりんそうは】を!!」


 妖怪「朧車おぼろぐるま」である間車さんの妖力【千輪走破】ならば、あるいは…!

 しかし、間車さんは無言のままだ。

 僕は再度叫んだ。


「間車さん!僕は大丈夫ですから、早く【千輪走破】を…!」


「…ってる」


「え?」


「だから!使ってる!さっきから【千輪走破】を使ってんだよ!」


 間車さんの横顔が。

 絶望に彩られていた。

   

レースの描写って、難しいですよね…

書き始めて「どう書こう?」と悩みましたが、無茶はしないで、分かる知識内で処理しました(爆)。

お詳しい方、大変スミマセン。


次回は、いよいよ妃道の正体が明らかに!?


感想もお待ちしています。宜しくお願いいたします。

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