【八十丁目】「援軍だよ。文句あるか」
「第二陣、全反応が消失しました」
薄暗いモニタールームの中。
大型ディスプレイを前に、遠く離れた「絶界島」の状況を逐次 走査していたオペレーターの一人がそう告げる。
その視線の先では、つい今しがた、大型ディスプレイに示されていた赤い光点が消えたばかりだった。
「先行した“鬼熊”達に続き、第二陣全員のセンサーも破壊、もしくは取り外された様です」
「やっぱりバレちゃったみたいね、これ」
オペレーター達の背後に座っていた「mute」日本支部長にして「K.a.I」最高責任者…烏帽子 涼香は苦笑した。
「mute」日本支部が総力を上げて行う「プロジェクト・MAHORO」
その事前のテストプロジェクトにおいて、計画の場となる「mute」が所有する孤島…「絶界島」へと送り込んだ特別住民達は約二十名程だった。
彼ら全員に装着を義務付けていたセンサーにより、烏帽子達は彼らの動向や身体状況を遠隔地から測定していた。
今回の観測態勢については、「K.a.I」の顧問の一人であり、テストプレイヤーに立候補した鉤野(針女)へ「現代の人間社会の要素を可能な限り排除した環境を再現するため」と吹き込み、センサーの常時装着を指示する様に伝えてある。
生真面目な彼女は、その言葉を真に受け、仲間の妖怪達にもそれを徹底させた筈だ。
が、それも数日のうちだった。
異変の兆候は、突然現れた。
参加していた妖怪の一体“紙舞”の反応が消失したのだ。
それを切っ掛けに、その後“一反木綿”をはじめとした数体の反応が消失し、走査が出来なくなっていた。
そして、今朝方には、一番マークしていた鉤野の反応も消えてしまった。
無論、センサーの不調という可能性も考えられたが、それにしてはタイミングがおかしい。
今だから分かるが、当初の時点で“紙舞”…或いは、別の特別住民が、センサーの持つ別の機能に気付いたのかも知れない。
センサーの持つもう一つの機能…「妖怪の本能を開放する」という事に。
実は、烏帽子達が妖怪達に装着を義務付けたセンサーには、ある特殊な回路が備わっていた。
そして、この回路へ「K.a.I」の設備や講義を通じて入手した「ストレス活性化」を促す特殊マイクロ波を送信することで、妖怪達の精神面に過度の負荷をかけ、意図的に攻撃性…つまり、凶暴化を促す事が出来るのである。
また、攻撃対象を任意で指定し、強制的に認識させることで、彼らの行動をある程度操作する事も可能だ。
理性のタガを外された妖怪達は、その本来の能力を十全に発揮する。
その際のデータは、ある意味、非常に貴重なものであった。
「ま、データは十分に採取出来たし、結果としてはまあまあだからいいけどね」
手元の端末に呼び出したデータの数々…妖怪達の持つ能力の数々を見ながら、烏帽子は微笑んだ。
それは「K.a.I」の開講以来、その設備や講義の中で、受講者となった妖怪達から着々と収集されてきた成果の塊である。
「プロジェクト・MAHORO」が正式に始動していれば、そのデータ数は更に跳ね上がっていただろう。
何しろ、人間社会で抑圧された妖怪達を、かつて彼らが全盛期を誇っていた環境に立ち返らせるのだ。
人間達の目から解放された環境…そこで妖怪達から収集されるデータは「K.a.I」の施設で得られるものの比ではない筈である。
しかし。
そのための「プロジェクト・MAHORO」に対し、鉤野や「MEIA」の若社長をはじめとした少数の顧問たちの賛同を得る事が出来ず、烏帽子も計画の進行にストップをかけざるを得なくなった。
代わりに、彼らを含めた顧問達への説得材料として、今回のテストプロジェクトを急遽用意し、検査対象達を選抜したのである。
今回のテストプロジェクトが無事に終了し、その効果を示せば、顧問達も納得し「プロジェクト・MAHORO」の始動に賛同を示すだろう。
そのための資金提供も厭う事は無くなる筈だ。
何しろ「妖怪保護」「人妖合一社会の確立」という名目があれば、顧問達が有する企業への著しいイメージアップになる。
だが、今回のこの結果は決して成功とはいえない。
本来であれば、滞在期間である一週間の間、彼らテストプレイヤー達を本能のままに過ごさせ、データを可能な限り収集した後で、意識を失わせるなりし、秘密裏に回収する筈だった。
顧問達への成果報告も、体裁を整え「成功」を謳い上げて行えば、疑いを持つ者もいなくなる予定だったのだ。
だが、そこに想定外の異物が混じったために、テストプロジェクトは破綻した。
それは「鉤野のテストプレイヤー参加」である。
彼女は「K.a.I」の顧問の一人だ。
島で起こった全てを見た彼女が口を開けば、どう成果報告を行っても、顧問達は疑念を募らせるだろう。
結果、烏帽子達の目論見も白日の下に晒され「K.a.I」の運営は崩壊しかねない。
いわば、烏帽子さえ想定していなかった彼女のテストプロジェクト参加が決定した時点で「プロジェクト・MAHORO」は、事実上頓挫してしまったのである。
加えて、今の状況も決して烏帽子にとって好ましい方向には向かっていない。
このまま、鉤野や他の妖怪達が生還し、島で起こった事を声高に叫べば、顧問達やマスコミが騒ぐのは目に見えている。
あわよくば…と考え、凶暴化した妖怪達をベースキャンプへ向かわせたが、結果は見ての通り…全員が返り討ちになってしまった。
だが、ここに一つの謎がある。
仮に鉤野達がセンサーの機能に気付き、凶暴化した妖怪達と対峙したとして、残っているメンバーからして戦力的に彼らに勝てる見込みはほぼ無い筈なのだ。
となると、もしかしたら「第三勢力」の介入があったのかも知れない。
(一体、どこの困ったちゃん達が紛れ込んだのかしら…ま、どんな形になるにしろ、彼女達が生還できたとしても、言い訳のネタは揃ってるからいいけどね)
烏帽子は薄く笑った。
「いいわ。状況終了とします。手筈通りにお迎えの船を準備してあげて。シナリオ通り『七日目の朝』に到着するようにね」
「お待ちください」
オペレーターの一人が振り向く。
「センサーの反応はあと一つ残っていますが…」
烏帽子は怪訝そうに聞き返した。
「あら、こっちのコマは全滅したんじゃないの?一体誰の分?」
オペレーターはある妖怪の名前を告げた。
それを聞いた烏帽子の目が鋭くなる。
「如何しますか?」
「…いいわ。状況を継続。『彼』をベースキャンプへ向かわせなさい」
「了解。状況継続。センサーナンバー『04』のターゲット対象をベースキャンプに滞在する妖怪へと設定します」
復唱するオペレーターの声を聞きながら、席を立ち上がりかけていた烏帽子は、再び着座した。
その視線の先で、キャンプから少し離れた地点に残っていた、一つの光点が動き出す。
光点を見ながら、烏帽子はある事を思い出していた。
(『彼』は確か『あの男』が土壇場でテストプレイヤーにねじ込んできた特別住民だったわね…異物がもう一つあったのをうっかり忘れていたわ)
デスクに両肘を乗せ、指を組む烏帽子。
(一体どういうの『仕込み』があるのか分からないけど、一応、協力者の意向は汲んでおかなくちゃね…もっとも、こちらはこちらで監視はさせてもらうわ)
油断ない視線を光点に注ぎながら、烏帽子は続けて指示を飛ばす。
「今回のモニタリングは最上級クラスでお願い。いま空いている衛星はあるかしら?」
「確認中…出ました。民間から軍関係まで、捕捉可能なものが『絶界島』上空に十機あります」
「いいわ。構わないからダミーコマンドを送って、乗っ取って。スペックが高いものから優先してね。持ち主にバレるまでの時間を考慮して『彼』がキャンプに到達するのと同時に時間差で映像を繋いで頂戴。あと、録画も宜しくね」
「了解です」
烏帽子は組んだ指に顎を乗せて、不敵に笑った。
「さて…一体どんなビックリ箱なのかしらね?」
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「ご苦労だった」
神無月さん(紙舞)が、釘宮くん(赤頭)、鉤野さん(針女)、三池さん(猫又)、沙牧さん(砂かけ婆)に、仏頂面のまま、労いの言葉を掛ける。
“鬼熊”達の襲撃以降、再び凶暴化した妖怪達の襲撃を受けた僕達は、釘宮くん達四人の活躍もあり、ベースキャンプを死守する事が出来た。
神無月さんによれば、これまで無力化してきた特別住民達を含め、ほぼテストプレイヤー全員の保護に成功したとのことだった。
やれやれ…これでようやく一息つける。
「あとは、迎えの船を待って、この島から帰るだけですね」
柏宮さん(機尋)が、晴れやかな表情でそう言う。
彼女と正気を保っていた妖怪達は、既に無力化した妖怪達からセンサーを外し、回収し終えている。
今は意識は無いが、これで皆も正気に戻るだろう。
「ですが、帰ってからが大事ですわね…今回のこの始末『K.a.I』の顧問会議でもしっかり追求する必要があります。それに、こんな事になった以上『mute』に対する世論の動きはは大きく変わるでしょう」
鉤野さんが憤りを隠さずにそう言う。
確かに今回の一件は「K.a.I」ひいては「mute」に対して、大きな打撃になる筈だ。
何しろ「妖怪達の人間社会適合化」を謳って来た彼らが、実は妖怪達を凶暴化させ、何か良からぬ事を企んでいるかも知れないのだ。
彼らに好意的だった世間の目は、一気に逆転する可能性は高い。
僕…十乃 巡は、それについて今回ばかりは同情する余地は無かった。
彼らが鉤野さんや他の妖怪の皆さんに仕出かした事を考えれば、当然の報いだと思う。
だがしかし…
「それは難しいだろうな」
神無月さんの一言に、全員が注目する。
三池さんがそれに噛みついた。
「何でよ!?こんな悪い事をしている連中なのよ!?真相を知れば、他の妖怪や人間達だって黙って無いと思うけど?」
「その『真相』が問題なんだ」
溜息を吐く神無月さんに、全員が顔を見合わせた。
「いいか。ここで起きた事を洗いざらい世間に公表したとしよう。確かに、そのセンセーショナルな内容は『K.a.I』や『mute』に大きな打撃を与えるだろう。そうなれば。この国で彼らが活動する事は非常に厳しくなる。まさに『蜂のひと刺し』だ」
頷く僕らに、神無月さんは続けた。
「だが、それを公表するという事は、貴様達の取った違法な行動も日の下に晒すという事になる」
「違法な行動?」
釘宮くんの言葉に、神無月さんは帽子を押さえた。
「『K.a.I』サーバーへの不正アクセス。『mute』所有の島への不法侵入。民間企業への不適切な協力強要…挙げればキリが無い。そして何よりも、これら一連の出来事に対して自治体の公務員や『K.a.I』協力企業の社員が各々の組織に無断で関わっていたとなれば、問題は貴様達が思っている以上に大きくなる。そうなれば、これらを『mute』の連中が見過ごすとも思えん」
…そうか。
この島で起きた事を明らかにするという事は、僕達が世間に内緒で取った行動を正直に話すという事になる。
場合によっては…いや、確実に警察沙汰だ。
「じゃあ『mute』が仕出かした事は、見過ごせって言うの!?」
柏宮さんが神無月さんに詰め寄る。
神無月さんは、無言で目を閉じた。
「今は、な」
そう呟くと、神無月さんは少しだけ笑った。
「しかし、結果はどうあれ、貴様達の行動は確実に『mute』の思惑を挫く一撃になった筈だ。『プロジェクト・MAHORO』とやらも、軌道修正もしくは計画そのものを阻止できたのかも知れない」
「うー…何だか納得いかないなぁ」
「口惜しいよね、こんな悪い奴らを見逃すなんて…」
三池さんと柏宮さんが、不服そうにそう言う。
「…では、私も顧問会議での弾劾は出来ませんの?」
鉤野さんがそう尋ねると、神無月さんは少し考え込んでから、答えた。
「まずは連中の出方を確かめるのが先決だろう。果たしてどんな言い訳ををしてくるのか分からんがな。とにかく一筋縄ではいかない連中だ。感情に任せて追及しても、大して効果があるとは思えん」
「…口惜しいですわ。これだけの証拠がありながら」
「鉤野さん…すみません。僕達が足を引っ張る様な事をしなければ…」
「いいえ。そんな事はありませんわ」
頭を下げようとした僕を、鉤野さんは優しい微笑みで制した。
「十乃さん達が来てくれたからこそ、こうして皆無事に帰る事が出来るのです。皆さんのご助力は、決して無為なものではありませんわ」
「鉤野さん…」
「それに…来てくださって、本当に嬉しかった。貴方や皆さんが私達を心配してこんな所まで追い掛けて来てくださるなんて…本当に感謝しております」
そう言うと、鉤野さんは僕達に向かって深々と頭を下げた。
それを見た釘宮くん達が笑った。
「頭を上げてよ、鉤野姉ちゃん。僕達は仲間なんだから、助け合うのは当然なんだからさ!」
「そうそう。だから、そういうのは言いっこなし!」
「社長の為なら、こんな事は苦でもありません」
「相談もしてくれなかったのは正直怒っていますが…まあ、そういう事です」
全員の言葉に、鉤野さんは目尻を拭いながら笑った。
良かった。
結果は万事解決とはいかないが、これで全員が無事に帰る事が出来る。
その時だった。
僕のズボンの中のスマートフォンが、着信メロディを鳴らした。
「着信!?今まで圏外だったのに…?」
手に取ると、何と余さん(精螻蛄)からだった。
慌てて受信操作を行う。
「もしもし?余さん?」
『十乃殿!良かった、ようやく繋がったでござる…!』
電話の向こうから、焦った風の余さんの声が聞こえる。
「どうしたんです?こっちからかけても圏外で通じなかったのに何で…」
『余計な話は後にするでござる!!』
怒鳴る様な余さんの言葉に、僕は表情を強張らせた。
そのただならぬ雰囲気を察したのか、皆も顔を見合わせていた。
余さんは、もどかしそうに続けた。
『時間が無いから、結論から話すでござる!十乃殿、そこに皆がいるなら、大至急島から出るでござるよ!』
「え?どういう事ですか…!?」
『某は見たのでござる…!』
余さんが息を飲む音が聞こえた。
『その島には、いまヤバい奴がいるのでござる!そいつは…』
その時だった。
「十乃兄ちゃん!!」
釘宮くんの声が響き渡る。
そして、直後に僕は釘宮くんに突き飛ばされていた。
バッ…!
…何だ…?
一体、何が起きたんだ…?
僕の顔にかかったこの温かいものは…何だ?
それに…
どうして、釘宮くんが真っ赤になって倒れているんだ…?
「いやああああああああああぁぁぁ…!!!」
三池さんの悲鳴が聞こえた。
彼女は真っ赤になった釘宮くんに、慌てて駆け寄る。
日頃朗らかな彼女が、大粒の涙を浮かべていた。
まだ、思考が動かない。
目の前の光景に現実感が無い。
感じるのは、僕の頬を伝う温かい何か。
手で触れると、とても赤かった。
いま、目の前で倒れ伏している釘宮くんの様に。
「貴方…!」
鉤野さんが鋭い声を発し、キャンプとの境になっている森を睨んでいる。
その視線を追い、僕も目をそちらへと目を向ける。
そこに一人の男性が立っていた。
長めの髪をまとめた、若い男性だ。
その顔に、僕は見覚えがあった。
「太市…君…?」
「外したか」
僕を見ながら、太市君(鎌鼬)は、無表情のままそう言った。
「だが、釘宮の腕力は厄介だったからな。丁度いい」
ゆっくりと僕達に近付いてくる太市君。
「下がりなさい」
沙牧さんが警告を発する。
その脇で、柏宮さんが倒れたままの釘宮くんの横に膝をつき、取り出したマフラーを引き裂こうとした。
「みやみー、落ち着いて!早く手伝って!まずは血を止めなきゃ!」
血…?
そうか。
これは、血だ。
赤いし、温かい。
そうだ…
これは釘宮くんの…
ようやく、思考が状況に追い付いた。
「十乃さん!?」
驚く柏宮さんからマフラーを奪い取り、僕は釘宮くんの様子を見る。
彼は目を閉じていたが、呼吸はあった。
ただ、その肩口から血が溢れており、服を紅に染め上げている。
止まる気配は無い。
手のマフラーを見ると、生地が厚く、手では裂けないと判断した。
「三池さん!貴女の爪でコレを裂いて!早く…!」
動揺して泣いていた三池さんは、僕が怒鳴る様にそう言うと、少し驚いた様だったが、慌てて頷いた。
「柏宮さん、三池さんの準備が出来たら、二人で処置をします!その前に彼の服を脱がせましょう!」
「は、はい…!」
僕達が釘宮くんの手当てをしている最中、太市君は歩みを止めず、近付いてきている。
それに沙牧さんが、普段聞かないような固い声で告げた。
「警告はしましたよ」
ザザザ…!
彼女が腕を天に翳すと、大量の砂が幾重にも巻き上がる。
まさに砂嵐だ。
更に沙牧さんが指し示すと、砂嵐はまるで生き物の様に太市君に襲い掛かった。
しかし…
太市君は動じた風も無かった。
そして、彼が腕を振るうと猛烈な風が巻き起こり、砂嵐を一瞬で蹴散らした。
沙牧さんの表情に、驚きが浮かぶ。
「これで全力か?あんた、砂地では無敵だと思っていたが、この程度か」
「貴方…その力は、一体…!?」
「疾」
太市君が、立ち尽くす沙牧さんへ右腕を振るう。
その瞬間、大気が唸りを上げた。
「美砂、避けて!」
鉤野さんが絶叫する。
その目の前で、沙牧さんの身体が縦に両断された。
「美砂…!!」
鉤野さんの叫び声が、悲鳴の様に響く。
動けない僕達の前で、頭から股間まで開きにされた沙牧さんが、音を立てて足元の砂地に転がった。
何だ。
何なんだ、これは。
僕は…悪夢でも見ているのか…!?
「あああああああーっ!!!!」
鬼の形相で鉤野さんが絶叫した。
空を黒く染めるかのように鉤毛針が放たれる。
四方八方から押し寄せるその黒い牙を、太市君は笑いながら見ていた。
「遅い」
その腕が再び振るわれると、押し寄せる鉤毛針の半数が切断される。
が、残り半数は太市君の身体を見事に捕えた。
「許さない…!」
血を吐く様に鉤野さんが告げる。
そんな彼女に、太市君は笑みを浮かべたままだった。
「許しを乞うた覚えは無いよ」
斬…!
そんな切断音が響く。
見れば、太市君の身体から無数の鎌の刃が生え、鉤野さんの鉤毛針を切断していた。
目を見開く鉤野さんに、太市君が詰まらなそうに言う。
「こんなものか…呆気なかったな」
「くっ…!」
「怖い顔だね、お静さん。飛叢にも向けた事が無いくらいに怖い顔だ」
太市君はゆっくりと腕を振り上げた。
「じゃあね、さようなら」
そう告げた時、不意に太市君は何かを察したかのように、身をひるがえして跳躍した。
バッ…!
同時に彼が立っていた地面が爆発した様に抉られる。
「!?」
着地した太市君は、今度は咄嗟に身を伏せる。
その頭上を、飛来した巨大な岩が通過した。
恐ろしい事に、それは誰かが放り投げたとしか思えない軌道だった。
轟音を立てて、彼方に着弾した大岩を見届けてから、太市君は鋭く岩が飛んできた方を睨んだ。
「…何だ、あんたら」
「援軍だよ。文句あるか」
長い髪の毛を揺らした美形の若い男がそう告げる。
「はん!次は外さないからね、覚悟しな!」
大柄で小麦色の肌をした金髪の女性が、中指を立てて、そう啖呵をきると、傍らにいた耽美的な青年が、眉根を寄せた。
「お止めなさい。下品ですよ、そういうの」
僕はその三人に見覚えがあった。
忘れはしない。
そう、忘れるものか。
彼らと共に過ごした、あの夏の日の薄暮に包まれた時間を…!
「凪…!それに篝、鏡冶さんも…!」
僕の声に、長い髪の若者…凪(磯撫で)が、ふと笑う。
「久し振りだな、十乃。何とか間に合って良かった」
「な、何で君達がここに…!?」
驚く僕に、凪は言った。
「隣の港町に出掛けていたら、偶然、余の奴と会ったんだ。しかも、聞けば何だかただ事じゃない雰囲気じゃないか。だから、急いで俺達の船を出して、一緒にここまで追って来たって訳だ」
そうか…!
だから、余さんとの通信が回復したのか!
声も無い僕に、凪が苦笑する。
「まったく水臭いぜ、十乃。近くに来てたんなら、声ぐらい掛けろよ…仲間だろ、俺達」
「凪…」
彼のその言葉に、不覚にも視界が滲む。
こんな事の為に、彼らが来てくれた事が泣く程嬉しかった。
その隣りで篝(牛鬼)が力瘤を作って見せる。
「そうそう!けど、あたい達が来たからにはもう安心だよ…!」
「いつぞやのお礼をさせてください」
柔らかい微笑みを浮かべる鏡冶さん(影鰐)。
ああ。
僕は何て友達に恵まれているんだろう…!
「さて、と…それじゃあ、再会を祝う前に無粋な邪魔者に消えてもらおうか」
そう言うと。
逆神の浜を守護する妖怪三人組は、太市君と対峙したのだった。




