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妖しい、僕のまち 〜妖怪娘だらけの役場で公務員やっています〜  作者: 詩月 七夜
第八章 暁に風哭きて、君独り去り行きし ~砂かけ婆・機尋・紙舞、遠く鎌鼬~
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【七十九丁目】「…はーい、次行くよー♪」

アアアアアアアッ!」


 暴れ回る巨熊…“鬼熊おにくま”が、剛腕を振るう。

 丸太を凌ぐ太さを持ったその腕が振るわれると、仮設住宅はあっという間に瓦礫の山と化した。


「うわあ…すごい力」


 荒れ狂うその様を見ながら、釘宮くぎみやくん(赤頭あかあたま)が、感心した様にそう呟く。

 そんな彼の姿に“鬼熊”も気が付いた。


「グルル…?」


 三メートルを超える巨躯が、五歳児程の釘宮君を見て、少し戸惑った様に首を傾げる。

 触れれば即死しそうな相手が、怖れもせずに自分を見上げているのが、不思議なのだろう。

 釘宮くんは、口に指を当てて「ん-…」と考え込んだ後、


「やっぱり、その位置じゃ届かないや…熊さん、ごめんね」


 トコトコと“鬼熊”に近付く釘宮くん。


「せーの…よっ、と」


「グォ!?」


 釘宮くんは、その大木の幹の様な足にしがみつくと、一気に“鬼熊”を持ち上げた。

 これには流石の“鬼熊”も驚いた様だ。

 無理もない。

 僕だって、よちよち歩きの赤ん坊にリフトアップされたら仰天する。


「そいや」


 そのまま、地面に向けて“鬼熊”を投げ飛ばす釘宮くん。

 派手な土煙と共に、巨熊は一瞬で倒れ伏した。

 あ、相変わらず、物凄い怪力だ。

 確か、伝承では“鬼熊”を仕留め、その毛皮を広げたところ、畳六畳分はあったとされる。

 いま目の前にいる“鬼熊”は、それ以上の大きさに見えるから、体重だって恐らく400キロはあるだろう。

 そんな巨熊を、あっさり投げ飛ばすのだから、彼の妖力【仁王遊戯におうゆうぎ】には、本当に驚かされる。


「ごめんね。僕の背の高さじゃ、君の首まで届かなかったから」


 ああ、そうか。

 “鬼熊”の首には、例のセンサーがある。

 釘宮くんは、それを取り外すつもりなのだ。

 確かに、そうすれば“鬼熊”も正気に戻るだろう。

 そう言うと、釘宮くんは動かない“鬼熊”に近付いた。

 その瞬間、


オオオオオッ!」


「わ!」


ガシィ…!!!!


 一撃で倒されたと思っていた“鬼熊”が、不意にその剛腕を振るう。

 咄嗟に両手で受け止め、足を踏ん張る釘宮くん。

 が、踏み止まったものの、体重の軽さが災いし、2、3メートルは後方へ弾き飛ばされた。

 おお…どうやら“鬼熊”には大してダメージが無い様だ。

 結構派手に投げ飛ばされた筈なのに、恐ろしいタフさである。


「ああ、ビックリした」


「呀アアアッ!!オオオオオッ!!」


 目を見張る彼の前で“鬼熊”が怒りの咆哮を上げる。

 先程は釘宮くんの見た目に油断していた様だが、これで手負いの獣同然になってしまった。

 それを見た釘宮くんが、よいしょ、と四股しこを踏む。


「足柄山じゃないけれど、熊を相手に相撲の稽古なんて、金太郎さんみたいだなあ」


ルルルルル…!!」


 一方の“鬼熊”も、腕をかっぽんかっぽん鳴らし、指を突きつけ、チョイチョイと手招きする。

 …理性がとんでいる癖に、芸の細かい熊である。


ッ!ババババ…!」


 更にジェスチャーで、胸元に手を持って来て、掌を下に向けて水平に動かしながら、器用に笑う。

 どうやら「やーい、チビ助」とでも言っているようだが…


 “鬼熊”アウト。

 それ、モロに地雷だから。


「はっけよいのこった!」


 凄まじい早口で試合開始を告げると、釘宮くんは弾丸の如く“鬼熊”に突進した。

 “鬼熊”は知らなくて当然だが、釘宮くんに対し「ガキ」「チビ」「お子ちゃま」といった類の言葉やリアクションは、完全にNGである。

 いつもは気の優しい彼も、そうした言葉には容赦がない。

 笑い続けていた“鬼熊”は、慌てて迎撃の態勢をとるも、どてっ腹に釘宮くんの頭突きを喰らい、反対に数メートル吹き飛ばされた。


 あーあ。

 言わんこっちゃない。


「…はーい、次行くよー♪」


 天使の微笑みと、怒りの四つ角をこめかみに浮かべ、右腕をグルグル回しながらそう告げる釘宮くん。

 その後“鬼熊”は気を失うまで、釘宮くんに小突きまわされることになった。


 …皆も普段大人しい人を怒らせないよう、十分に気を付けようね。


-----------------------------------------------------------------------------


 ほぼ同じ頃。

 文字通り、大地を揺るがせる大決戦にも決着がつこうとしていた。


『デュニャアアアッ!』


『にゅうどおおぅ!?』


 ジャイアント三池みいけさん(猫又ねこまた)vs“大入道”は、当初の予想を覆し、G三池さんが終始優勢という一方的な展開となった。

 普通に見れば、ほぼ同じ大きさとはいえ、男女の腕力の差があるため、パワー勝負では三池さんが分が悪い。

 が、代わりに大きくなってもほぼ変わらない猫特有の瞬発力と柔軟性、おまけに両手のツメが彼女を優位にしていた。

 パワーはあるものの、動きの鈍い“大入道”は、彼女の素早さに翻弄され、そのツメで引っ掻かれ、みるみる傷だらけになっていく。

 おまけに戦い慣れしていないのか、その攻めも甘く、三池さんに軽くかわされてしまう。

 今は戦いも佳境に入り、G三池さんが“大入道おおにゅうどう”の両足を小脇に抱え、ミスミスと振り回していた。

 プロレス技でいう「ジャイアントスイング」である。

 

 …一体どこで覚えてくるんだろ、こういうの。


『デュニャッ!』


 十数回旋回させ、そのまま“大入道”の両足を離すG三池さん。

 凄まじい地響きを立てて“大入道”は地面に激突した。

 そして、そのまま動かなくなる。

 僕は思わず声を上げた。


 「チャンスです!三池さん、今のうちに彼のセンサーを……え?」


 何だ…?

 何だか、G三池さんの様子が変だ。

 フラフラと酔った様な足取りになっている様な…


『デュニャ~…』


 …もしかして…

 目ぇ回してるーっ!?

 あーもう、やり慣れない技なんて使うから…!


「ちょっ…しっかりして、三池さん!」


 僕の声が聞こえているのか、手を上げて応じるものの、その足取りは怪しいくらいにおぼつかない。

 そうこうしているうちに…


『…にゅうどおぉぉ~!』


 何と“大入道”が復活してしまった!

 ま、マズイ!

 これは大ピンチである…!


「三池さん、前!前ー!」


 勝機を察した“大入道”が、G三池さんに迫る。

 が、目を回した三池さんはあっさり掴まり、羽交い絞めにされてしまった!


ぴこーん!ぴこーん!


 彼女が付けているチョーカーの鈴が、赤く点滅する。

 あ、あれって…もしかして、カラー○イマー!?

 …そうか!

 彼女の妖力【燦燦七猫姿さんさんななびょうし】は、変身能力を発揮し、巨大化すら可能だが、著しく大きさの異なるものへの変身は負担が大きいため、変身できる時間に制限があるのだ。

 そのリミットが、遂に訪れようとしているのである。


「頑張れ―!負けるな、三池さん!!」


 声援を送るものの、スリーパーホールドに移行されたG三池さんは、頸動脈を絞められ、半ば意識朦朧となっているようだ。


『デュ…ニャ…』


『にゅうどおおお~』


 勝利を確信したかの様に“大入道”が笑う。

 その瞬間、僕は閃いた。

 そして、あらぬ方向を指差し、大声で叫ぶ。


「あーっ!あんなところに高級スーツに身を包んだ、金持ち風のイケメンボンボンがーっ!」


『デュニャッ!?』


 グッタリしていたG三池さんの頭が、やおら跳ね上がる。

 その拍子に、


ガツン!


『にゅどっ!?』


 油断していた“大入道”の顎に、三池さんの後頭部がモロに激突した。

 その拍子にガッチリ決まっていたスリーパーホールドが、あっさり解かれる。

 おお!まさか、これ程上手くいくとは!

 以前、プロレス好きの友人に付き合わされ、試合を見に行った時の記憶がこんなところで役に立つなんて、夢にも思わなかった。


『デュニャ~…』


「三池さん、今がチャンスです!」


 痛かったのか、後頭部を押さえていたG三池さんが、僕の声に反応し、頷く。


『デュニャアアアアアアアアーッ!!』

(訳:100万妖力+100万妖力で200万妖力ーっ!!)


 掲げた両手のツメが鋭い光を放つ。

 そのまま、空高くジャンプするG三池さん。


『デュニャニャアアアアアーッ!!』

(訳:いつもの2倍のジャンプが加わり、200万×2の400万妖力ーっ!!)


 更にそこからドリルの様に回転しながら降下する。


『デュニャ!デュニャニャ!デュニャニャアアアアアーッ!!」

(訳:そして、いつもの3倍の回転を加えれば、400万×3、“大入道”あんたを上回る1200万妖力よーっ!!)


 怪しげな理論でパワーアップしたG三池さんの身体が、光を放ち、矢の様に飛来する。

 狙いは“大入道”の首だーっ!!


ばつん!


 G三池さんの鋭いツメは、狙い違わず“大入道”の首にはまっていたセンサーを断ち切った。


「にゅう…どおぉぉぉ~…」


ずしーん!!


 膝から崩れ落ちる様に倒れ伏す“大入道”

 そのまま、元の人間大の大きさになるを見届け、


『デュニャッ!!』


 G三池さんは一つ頷くと、空を仰ぎ、ジャンプした。

 そのまま、どろん!という音と共に、元の大きさになる三池さん。


「あー、疲れた~」


 ぐったりする彼女を背に、僕は空を見上げる。

 そして、勝手なモノローグを胸の内で呟く。


“かくして、罪のない妖怪がまた一人救われた。

ありがとう、G三池さん!行け行け、僕らのG三池さん!”


-----------------------------------------------------------------------------


同じ頃。


「これでどうですか」


ザザザザザ…!


 津波と化した大量の砂が、法螺貝ほらがいを携えた僧形の大男に迫る。

 そのまま飲み込まれるかと思いきや、大男は法螺貝を口に咥えた。


ブオオオオオオオオオオオオーッ!!


 低く大きな法螺貝の音色が、砂の津波を一瞬で蹴散らす。


余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)!」


 薄く笑う大男。

 対する沙牧さんは、珍しく固い表情だ。


 そう。

 何と、沙牧さまきさん(砂かけ婆)は予想外の苦戦を強いられていた。


 無論、地の利は彼女にある。

 しかし、彼女の相手となった僧形の大男…“かいぼう”は、沙牧さんが操る砂を、ことごとく法螺貝の音で崩してしまうのである。

 “貝吹き坊”は、備前国(いまの岡山県)和気郡に伝わる妖怪だ。

 熊山城という城跡の堀に棲んでいたとされ、法螺貝を吹く音のようなという声をあげるものの、姿を見た者はいないとされる。


優勝劣敗ゆうしょうれっぱい!」


 先刻から四字熟語のみで会話をする“貝吹き坊”

 ちなみに「優勝劣敗」とは「能力が勝っている者が勝ち、劣る者が負ける」という意味だ。

 口惜しいが、言っている事は事実だ。

 砂は振動に弱いため“貝吹き坊”の持つ法螺貝から発する振動音波は、沙牧さんの操る砂を無力化してしまう。

 正直に言えば、地の利を得ても、相性が悪すぎる相手だった。


栄枯盛衰えいこせいすい!」


「あらあら、縁起でもない事を言わないでください。うちの経営が傾いたら、どうしてくれるんです?」


 困った様にそう言う沙牧さん。

 そして、手を水平に伸ばし、目を閉じる。


「【砂庭楼閣さじょうろうかく】・第一楼“倒兇砂瀑とうきょうさばく”…!」


 沙牧さんの掛け声と共に、周囲の砂が渦巻き始める。

 それは見る間に激しさを増し、天へと登って行った。

 凄い…!

 まさに砂の竜巻だ。

 本来“砂かけ婆”にここまでの力は無い。

 余程ここの砂と相性がいいのだろう。

 沙牧さんが指を指すと、うねる竜巻が“貝吹き坊”に迫る。

 先程の砂津波を上回る砂の竜巻に、しかし“貝吹き坊”は不敵に笑った。


万古不易ばんこふえき…」


 そう言うと“貝吹き坊”は大きく息を吸った。

 そして、今まで片手で持っていた法螺貝を両手で支え持つ。

 同時に足で大地を踏みしめ、腰を落とす。

 明らかに今までと吹き方が違う…!


「【響鳴浄土きょうめいじょうど】!」


 そのまま妖力を発動させ、法螺貝を思い切り吹く“貝吹き坊”


ブオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ…!!!


 大気を振動させる法螺貝の音が、放たれる。

 迫る砂の竜巻に、凶悪な威力を秘めた不可視の指向性音波が衝突した。


「っ!」


 瞬間、砂の竜巻が見事に吹き飛ばされる。

 それだけでなく、その向こうにいた沙牧さんが、大きく吹き飛ばされた。


「沙牧さんっ!」


 宙を舞う彼女の身体を、地上から伸びた砂の膜が受け止める。

 そのまま減速し、地上に降り立つ沙牧さん。

 良かった、無事の様だ。

 と、僕は慌てて視線を逸らした。

 彼女に外傷は無いようだが、髪がほつれ、着物が一部破けている。

 特に、着物の裾が乱れ、白く艶めかしい足が露出していた。

 何とも際どい格好である。


「…これ程とは。参りましたね」


 乱れた着物を正しながら、沙牧さんは耳に手を当てる。


「お陰で耳が聞こえなくなってしまいました」


 どうやら、あの音波にはそんな効果もあるようだ。

 沙牧さんは、困った様に頬に手を当てた。


「それにしても…やはり、私の妖力はことごとく無効化されるようですね…仕方がありません」


「敗北宣言?」


「…何か仰っているようですが、聞こえませんわ」


 勝ち誇る“貝吹き坊”に、沙牧さんは髪に巻き付いていたリボンを解き、片端を口に咥える。

 そのまま、着物の袖を固定し、たすき掛けにする。

 そして、太ももを晒すのも厭わず、裾を短くまとめた。

 動きやすい格好になると、沙牧さんはニッコリ笑った。


「では、参りますよ?」


 そう言うと、沙牧さんは地を蹴った。

 驚いた事に、その速度が尋常ではない!

 良く見れば、彼女の足元の砂が、高速で動くベルトコンベアーの様に動いている。

 しかし…


「…諸行無常」


 駄目だ、距離があり過ぎる!

 案の定“貝吹き坊”は再度大きく息を吸い、法螺貝を構えた。

 まずい…このままでは、至近距離で先程の殺人的な音波を受ける事になる!

 そんな中、沙牧さんは滑る様に移動しながら、右手を大地に当てた。


「【砂庭楼閣】・第五楼“堕下砂野たかさごや”…!」


 瞬間。

 “貝吹き坊”の足元が流砂と化す。


「驚天動地!?」


 思い切り足を踏ん張っていた“貝吹き坊”は、思わぬ事態に驚愕した。

 そのすねまでが既に砂に飲まれつつある。


 或いは。

 ここで構わず妖力を解き放っていたら、彼の勝利だったかも知れない。

 この一瞬の隙が、彼にとって後の悲劇を招いたと言えた。


「失礼しますね~、それっ!」


 “貝吹き坊”の目の前まで到達した沙牧さんは、ジャンプすると、そのままお尻から“貝吹き坊”の厚い胸板に着地した。

 丁度、身動きできない彼を押し倒す様になる。

 慌てふためく“貝吹き坊”の上で、沙牧さんは右手を天に掲げて、柔らかな微笑みを浮かべた。


「いきますよ?【砂庭楼閣】・第八楼“砂手朱屠さでぃすと”…!」


パアン!


 笑顔のまま、強烈なビンタを“貝吹き坊”に見舞う沙牧さん。


 …へ?


パアン!

パン!

パアン!

ビビビビビビビビ…!


 驚愕する僕の目の前で、笑顔の沙牧さんは容赦のない往復ビンタの嵐を繰り返す。


「ホラ!ホラ!まだまだいきますよ!」


どうじゃくきょうたん…!」


 成す術なく、目を白黒させる“貝吹き坊”

 その頬がみるみる腫れていく。

 一方の沙牧さんは、高揚しているのか、その頬に赤みが増し、心なし瞳が潤んで見えた。


「どう!ですか!私の!妖力は!」


 際どい格好で男に跨り、容赦呵責が一切無い責めを加え続ける女王様さまきさん


 いや。

 もはや妖力関係ないし。

 それどころか、沙牧さんには「センサーを解除する」という選択肢すらなさそうである。


「か…完全…敗…北…!」


「ですから!何も!聞こえません!から!」


パアン!

パン!

パアン!

ビビビビビビビビ…!


「た、他…力…本願んんんん~!!」


 悪鬼の如き沙牧さんのビンタに、遂に僕に助けを求めてくる“貝吹き坊”

 彼が犯したもう一つの失敗。

 それは、不可抗力とは言え、彼女を敵に回してしまった事だった。


「因果応報」


 凄惨を極める蹂躙劇を前に、僕は“貝吹き坊”に合掌した。

 くわばらくわばら。


-----------------------------------------------------------------------------


 そして同じ頃。


 “針女はりおなご”の鉤野こうのさんは、一組の男女を相手に奮闘していた。

 男女はそれぞれ蒼紅の鬼炎を操り、鉤野さんを挟み打ちにしている。


「ひゃははは!どうした、それが全力ジャン!?」

「全然歯応えがないじゃーん!」


 チャラい格好をしたこの男女は、どうやら“じゃんじゃん火”らしい。

 “じゃんじゃん火”は、奈良県各地に伝わる怪火である。

 「じゃんじゃん」と音を立てることがその名の由来で、心中した男女などの霊が、火の玉に姿を変えたものとされていた。

 “じゃんじゃん火”は、男性が蒼い鬼炎、女性は紅い鬼炎を繰り出し、まるでジャグリングの様に高速で打ち出しては受け止め、更に相棒へと打ち返している。

 挟まれた鉤野さんは、鉤毛針を繰り出そうとするも、鬼火に阻まれ、身動きもままならない。

 いや。

 いつもの鉤野さんなら、これくらいの攻撃などものともしないだろう。

 どうやら彼女は、これまでの経緯から彼ら…凶暴化した妖怪達に本気を出せないようだった。


「お願いです!私の話を聞いてくださいまし…!」


「はあ?そもそもアンタ、誰ジャン?何言ってるか分かんねぇジャン!」

「いいから、とっととこの女も燃やすじゃん、ダーリン♡」


 女の“じゃんじゃん火”…面倒だから、仮に「じゃん子」としよう…が、そう言う。

 男の“じゃんじゃん火”…同じく仮に「ジャン男」とする…が、頷いた。


「OK!来るジャン、ハニー!二人で一気に決めるジャン!」


 そう言うと、ジャン男は両手に蒼炎をまとわせた。


「了解じゃん!とうっ!じゃん!」


 一方のじゃん子も、両手の紅炎をなびかせ、宙を飛び、ジャン男の傍らに立つ。


「いくジャン、おばさん!」

「二人の愛の炎で、燃え尽きるといいじゃん!」


「お、おば…!?」


 こめかみを引くつかせる鉤野さんの前で、ジャン男とじゃん子は、互いの両手をつないだ。


「さあ、最後の仕上げジャン!」

「うん!いくじゃん、ダーリン!」


 まるで社交ダンスの様にくるくると舞い、ポーズを決める二人。


「「二人の拳がじゃんじゃん燃える!」」


 どこかで聞いた様なフレーズで“じゃんじゃん火”が口上を述べ始める。


「全てを燃やせとッ!!」

「煌めき放つ!」


 二人の拳の炎が、大きく燃え上がる。

 これは…まさに「愛の炎」!?


「「よおおおりょくッ!!」」


あい!」


えん!」


「「ラァァァブラブゥッ!!れん…」」


「【恋縛鉤路れんばくこうろ】」


 長ったらしい口上がようやく終わろうというその瞬間、鉤野さんの鉤毛針が、一瞬で二人をグルグル巻きにする。

 一瞬硬直したまま突っ立っていた“じゃんじゃん火”は、自ら置かれた状況に騒ぎ出した。


「な、何ジャン!?これはどうした事ジャン!?」

「人が決め台詞を言ってる時に、何て事するじゃん!?」


 ギャーギャー喚く“じゃんじゃん火”に、鉤野さんが髪を掻きあげて言う。


「だって…あまりに長すぎるものですから、つい」


「あり得ないジャン!あんた、セオリーってものを知らなさ過ぎるジャン!」

「ヒーロー・ヒロインが口上を述べてる時、悪役は攻撃しちゃいけないじゃん!」


 こめかみを押さえる鉤野さん。


「あ、悪役って…あのですね、私はあなた達を正気に戻そうと…」


「これだからおばさんは困るジャン!」

「年よりは頭が固くて駄目じゃん!」


 再びこめかみをヒクつかせる鉤野さん。


「いえ、私はそんな年では…」


「言い訳無用ジャン!見た目ですぐに分かるジャン!」

「ケバい化粧で誤魔化しても、寄る年波は隠せないじゃん!」


 一応弁明すれば、鉤野さんは多少大人っぽい顔立ちをしてはいるが、そんなおばさんみたいな顔立ちはしていない。

 もっとも、ここのところ続いた騒動で、憔悴した感じはあるが。

 沈黙する鉤野さんに、二人は調子に乗って更に声を上げる。


「そら見ろ、言い訳できないジャン!」

「分かったら、すぐにこれを解くじゃん!」


「…分かりましたわ」


 鉤野さんの声が、これ以上なく低い。

 やや俯いた顔には、不穏な影が差していて、表情が見えないのが、余計に怖い。


「穏便に説得で終わらせようと思っていましたが…」


 その顔が上がる。

 それを見た“じゃんじゃん火”は、息を飲んだ後、ガクガクと震え出した。


「な、何ジャン…?」

「おばさん、顔が怖いじゃん」


「どうやら、それは過ちでしたわね。あなた達に必要なのは説得の言葉ではなく…」


 丁度、鉤野さんが背を向けているので、こちら側からは彼女の表情は見えない。

 見えないが…“じゃんじゃん火”の脅えた様子を見た限り、それで良かったと思う。


「ひ、ひいいジャン!?」

「ダ、ダーリン、マジで怖いじゃん!」


「お仕置き、ですわ」


 鉤野さんがそう宣告する。


「「ひぎゃああああああああああああ!?」」


 こうして。

 “じゃんじゃん火”は、限界まで鉤野さんに鉤毛針を引き絞られ、痙攣しながら絶息したのだった。

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