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妖しい、僕のまち 〜妖怪娘だらけの役場で公務員やっています〜  作者: 詩月 七夜
第八章 暁に風哭きて、君独り去り行きし ~砂かけ婆・機尋・紙舞、遠く鎌鼬~
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【七十八丁目】「あらまあ、派手ですねぇ…」

 「駄目ですね…やはり、繋がりません」


 何度目かの発信を試みた後、沙牧さまきさん(砂かけ婆)は、スマートフォンを切った。

 「絶界島トゥーレ」ベースキャンプ。

 その一画に設けられた、病院代わりとなっていた大きめの仮設住宅の中に、僕…十乃とおの めぐると、特別住民ようかい達が集っていた。

 ベースキャンプから姿を消した飛叢ひむらさん(一反木綿いったんもめん)と鉤野こうのさん(針女はりおなご)を無事に見つけ出した僕達は、今後について話し合う中で、陸との連絡がつかないというトラプルに直面した。

 キャンプに残っていた沙牧さんと三池みいけさん(猫又ねこまた)が、僕達が不在の間、陸に残っているあまりさん(精螻蛄しょうけら)に連絡を試みていたようだが、既に電話は通じなくなっていた。

 原因は不明だが、考えてみれば陸からこの島までは、それなりの距離がある。

 島に入る少し前まで連絡が取れていた事自体が、幸運だったのかも知れない。


「このベースキャンプに、非常用無線とかありませんか?」


 僕がそう尋ねると、神無月かんなづきさん(紙舞かみまい)は首を横に振った。


「あるにはあるが、特別住民ようかいの一人が凶暴化して暴れたせいで、機器に異常が出ている。俺達も何度も連絡を試みたが、全く繋がらん。専門家が居ない以上、修理も難しいだろう」


「他に連絡手段はないの?」


 釘宮くぎみやくん(赤頭あかあたま)の疑問に、鉤野こうのさんが溜息を吐いた。


「ありません。あとは、異常に気付いた『K.a.I』本部が迎えに来るのを待つしかありませんわ」


 「K.a.I」の顧問であり、今回テストプレイヤーのまとめ役になっていた鉤野さんの話では、この「絶界島トゥーレ」での滞在期間は一週間と設定されているらしい。

 なので、このままじっと待っていれば、明日には迎えの船がやってくる訳だが…


「とにかく、何とか陸にいる皆さんにこの島で起きていることを伝えないと、とんでもない事になるかも…」


 柏宮かしみやさん(機尋はたひろ)の言う通りだ。

 何も知らない迎えの船が、無防備にこの「絶界島トゥーレ」に近付けば、凶暴化している特別住民ようかいの襲撃を受ける可能性がある。

 そうなれば、現実問題としても社会問題にしても、大きな影響が出る。

 その前に、何としても陸と連絡をとらなくてはならない。

 一同が沈黙する中、飛叢さんが立ち上がった。


「やっぱり、俺がひとっ飛びするしかねぇようだな」


「その身体で無茶ですわ!」


 包帯まみれの姿になった飛叢さんの前に、鉤野さんが立ち塞がる。

 鉤野さんを正気に戻すために体を張ったという飛叢さんは、全身に傷を負っていた。

 命に別状はないようだが、決して軽い怪我でもない。


「怪我人は大人しく寝てなさい。これはリーダーとして…そして、仲間としての忠告です」


 いつも通りの口調で、しかし、後半は幾分トーンを落として鉤野さんが言う。


「…ちぇっ、わあったよ」


 それに渋々従う飛叢さん。

 だが、気のせいかまんざらでもない様子だ。

 行方不明になって後、僕達と合流するまでの間、二人に何があったのか。

 詳しくは分からない。

 だが、傷を負った飛叢さんと泣いていた鉤野さんを見ても、僕や釘宮くん達は何も聞かなかったし、キャンプで再会した沙牧さん達も同じだった。

 無事だったなら、それでいい。

 何があったかは、時が来れば、二人から詳しく話してくれるだろう。

 誰も何も聞かなかったのは、恐らく僕たち全員が、そうした同じ考えに至ったからだと思う。

 僕達は、それだけこの二人を信じているからだ。


「ねぇ、いっそここに居るメンバーだけで、私達が乗って来た船で帰るってのはどうかな…?」


 三池さんがそう提案すると、鉤野さんは首を横に振った。


「それであるなら、わたくしはここに残ります。正気を失い、この島を彷徨っている妖怪の皆さんを無事に帰すまで、私はこの島を離れないつもりです」


 毅然とそう宣言する鉤野さん。

 神無月さんがそれに頷く。


「帰るにしろ、船は俺が貴様達と出会った場所より更に離れた場所あるのだろう?その間に、正気を失った妖怪達と出くわす可能性は高い。それに、ここに来るまでの道中で無力化した妖怪達も、置き去りにはできないだろう」


 そして、全員を見回し、


「となれば、ここから動けない以上、必然的に籠城戦を強いられる訳だ。一応確認すると、この中で戦力になりそうなのは、まず俺を除いて…」


「除くんだ」


「何度も言わせるな。俺は、ほぼ無害な妖怪なんだ」


 ジト目で見る柏宮さんに、神無月さんがそっぽを向く。


「実際に頼りになりそうなのは“赤頭”と“針女”…あとは、オマケで“猫又”、地の利を活かせる“砂かけ婆“くらいか。戦力としては、いささか心許ないな」


「む~…あたしだって、一線くらい張れるよ!?」


オマケ扱いされた三池さんが、頬を膨らませて抗議する。


「俺も忘れるなよ。まだまだやれるぜ…?」


「いや、問題外だな。いまの貴様は、戦力的に俺以下だろう」


「どいつもこいつも…アテテ…言ってくれるぜ」


 神無月さんにあっさりそう言われて、不服そうに寝ていたベッドから飛叢さんが身を起こそうとする。

 見た目は元気そうだが、かなりの出血もあったようだ。

 いくら妖怪でも、無茶は出来ない状態だろう。

 そして案の定、鉤野さんに再度叱られていた。


「少しは怪我人の自覚をお持ちなさい!まったく、首輪でもかけておかないと、心配で離れられませんわね」


「いっそのこと、そのまま一生面倒を見て差し上げたら?勿論、うちの家賃の踏み倒し分を解消してからですが」


「なななな何を言ってるますの、美砂みさ!?こんな猛犬、お断りですわ!」


 沙牧さんが袖で口元を隠しながらコロコロ笑うと、鉤野さんは真っ赤になってそう反論した。

 すると、沙牧さんは一転色っぽい流し目で、


「あらあら…それじゃあ、私がもらっても良いのかしら…?」


「…え?」


しーちゃんが要らないっていうなら、私が引き取って、飼い馴らしても…」


「「絶対嫌だ(ですわ)!」」


 飛叢さんと鉤野さんの叫びが、きれいにハモる。

 それに神無月さんが溜息を吐いた。


「あー、夫婦漫才めおとまんざいは後にしてもらってだな…」


「「誰が夫婦だ(ですか)!?」」


 再び二人がハモる。


「まさに阿吽あうんの呼吸ね~」


「半世紀クラスの夫婦でも、ああはいかないんじゃないかな」


 柏宮さんと三池さんが、ヒソヒソとそんな会話をしている。


「冗談はそのくらいにして、話を続けるぞ。『首輪』で思い出したが、針女よ。貴様、例の『センサー』はどうした?」


 そう尋ねながら、神無月さんが自分の首をつつく。

 センサー…?何の事だろう?

 鉤野さんは、そこでハッとなった。


「そうでしたわ!有事の際の非常用連絡手段で、私のセンサーには本部と連絡できる機能が…」


 そして、自分の首に手を当てて、茫然となる。


「無い…!まさか、先程の一件で…」


「失くしたのか」


「…申し訳ありません。そのようです…」


 項垂(うなだ)れる鉤野さん。

 話についていけていない僕達に、神無月さんはセンサーについて、その用途等を説明してくれた。

 ついでに、今回のテストプロジェクトの概要についてもレクチャーを受ける。


「…そういう事だったんですか」


 神無月さんの話を聞き終えた後で、僕が代表して、一同がここまでやって来た経緯を説明する。

 五稜さんから聞いた話。

 「K.a.I」に潜り込んだ理由。

 余さんが除いた「プロジェクト・MAHOROマホロ」の断片。

 情報を交換するうちに、神無月さんの眉間の皺が深くなっていった。


「『K.a.I』は…いえ『muteミュート』は何が目的でこんな計画を行おうとしているんでしょう…?」


 僕の問いに、何やら考え込んでいた神無月さんは、


「推測は出来るが、正解へ辿り着くには未だ欠片ピースが足りないな。今回のテストプレイヤー達の暴走が、その一端に繋がっている様には思えるが…」


「そもそも、何で皆暴走しちゃうのかな?」


 釘宮くんの疑問に、神無月さんが頷く。


「それだ。その理由が分かれば、現状の打破にもなるし、俺は一連の出来事に関わる重要なキーになっていると思う…おい、針女」


 神無月さんの呼ばれ、鉤野さんが顔を上げる。


「何でしょうか?」


「今のところ、暴走状態から正気に戻った妖怪は貴様しかおらん。何か分からないか…?」


「何かと言われましても…」


 頬に手を当てて戸惑う鉤野さんに、神無月さんは少し考え込んだ後、


「…では、聞き方を変えよう。貴様、どうやって元に戻った?正気に戻ったその時の状況を話してくれ」


 鉤野さんは、その時のことをかいつまんで語り出す。

 全てを聞き終えた後、鉤野さんは付け加える様に言った。


「暴走する際は、徐々に力が沸いていく代わりに、思考が途切れていく感じでしたわ。何かこう…身体の内側から聞こえてくるような声みたいなものに突き動かされるように。それに、暴走している間の記憶がハッキリしません。いま思えば…何か夢の中に居るような感じでしたわ」


 僕は思わず唾を飲み込んだ。

 同様に正気を失った弓弦さん(古空穂ふるうつぼ)や相馬さん(馬の足)を目の当たりにしていたので、鉤野さんの語る体験談が、とても生々しく感じられる。


「…よく元に戻れましたね、鉤野さん」


「やっぱり愛の力は偉大ねってことね!」


 夢見るような目つきでそう言う三池さんへ、神無月さんはにべもなく告げた。


「いや、聞く限り、そうした精神的な作用が原因で、正気に戻った訳ではないな。まあ、多少は影響があったのかも知れんが。それに、彼女自身にダメージが加えられていないなら、物理的なショックで正気に戻ったという訳でもなさそうだ。となれば…もう少し外的な要因になる」


「外的な要因…?」


 僕がそう言うと、神無月さんは頷いた。


「ここにいる全員へ、ちょっとした質問だ」


 帽子のつばを押さえながら、神無月さんは続けた。


「仮に『muteミュート』の連中が何か目論んでいるとして、その試験場にこの島を設定したとしよう。その上で、離れた場所から姿を見せず、俺達に怪しまれる事なく計画の推移を観察し、俺達に何らかの影響を及ぼそうと考えた時、どんな方法が怪しまれなくて済むと思う?これは、連中の身になった感覚で考えてみてくれ」


 考え込む一同の中で、沙牧さんが口を開いた。


「私なら、ありふれた『何か』を利用する…でしょうか。それこそ、違和感を覚えられず、自分達の意図を勘ぐられない様な『何か』を偽装するとか…」


 沙牧さんの言葉に、神無月さんは頷いた。


「補足すれば、その『何か』は『俺達の身近にあればあるほど効果が高くなる』と仮定できる」


 全員が顔を見合わせ、戸惑いの表情を浮かべた。

 正直、誰もが神無月さんの言おうとしている事が理解出来ないのだ。

 そんな中、鉤野さんがただ一人、何かに気付いた風に顔を上げた。


「待ってくださいまし!ま、まさか…その『何か』とは…!」


 そう呟き、呆然となって首筋に触れる鉤野さん。

 神無月さんはゆっくり頷いた。


「針女、貴様は『K.a.I』本部の指示で『片時も外すな』と言われていたんだろう?この『センサー』とやらを」


 神無月さんはコートの懐から、細長い帯状のものを取り出して見せた。

 初めて見る物だが…チョーカーに良く似ており、バンドでキッチリと固定できるような造りになっているようだ。

 神無月さんは続けた。


「そして、この島に来た時に、それを俺達テストプレイヤーにも指示したな?」


「え、ええ…」


 神無月さんは、不意にベッドに横たわる飛叢さんに近付くと、その首に巻かれていたセンサーを引きちぎった。

 それはいとも簡単に外れ、床に転がった。


「…俺は、貴様からセンサーについて指示をされ、最初にテストプレイヤーに異常が出た直後から、数人の特別住民ようかいを選んで『ある協力』を申し入れた」


 神無月さんの言葉に、鉤野さんは硬直したままだ。


「それは『センサーを外し、ダミーを付けて過ごして欲しい』という内容だ。ちなみに、この一反木綿もそれに協力してくれた一人だ」


「…悪いな、黙っていてよ。けど、どうも胡散臭かったんでな」


 苦笑する飛叢さん。


「それからは貴様も知っての通りだ。コレを身に着けていた特別住民ようかい達は、全員が確実に凶暴化し、キャンプから姿を消していった。一方、俺がダミーを付けさせた特別住民ようかいは、一人として凶暴化していない。俺や一反木綿をはじめ、その全員が今もキャンプに留まり、今も正気を保っている」


 そこで、帽子を目深にかぶり直す神無月さん。


「…本物のセンサーを着けていた貴様を除いて、な」


 鉤野さんは、足元に視線を落として呟いた。


「そんな…」


 そこで、神無月さんは長く息を吐いた。


「…正直、それでも確信は無かったんだ。もしかしたら、凶暴化に至るまでには何か別の要因があって、発症には個人差がある可能性も考えられたからな…だが、先程の貴様の話を聞いて、ようやく確信するに至った」


 センサーを懐に戻すと、神無月さんは宣言するように告げる。


「いま、この『絶界島トゥーレ』で起きている妖怪達の狂戦士(バーサーカー)現象は、間違いなくこの『K.a.I』が用意したセンサーが原因だ」


 それが真実なら、鉤野さんが正気に戻ることが出来たのも頷ける。

 偶然センサーが外れた事で、彼女は凶暴化したものの、そのかせから逃れる事が出来たという訳だ。


「そして、後からこの『絶界島トゥーレ』に辿り着いた赤頭や砂かけ婆…センサーを付けていない妖怪達は、来て間もないとはいえ、俺が見ていた限りでは凶暴化の兆候は表れていない…となれば、もはや疑う余地はない」


 室内に沈黙が下りる。

 誰もが紡ぐ言葉を失っていた。

 いまに至るまで「muteミュート」が持っていた不可解な部分。

 僕はその一端に、ようやく触れた気がした。

 彼らの目的が何であるのか…その核心には至っていない。

 だが、今回のこのテストプロジェクト…ひいては、その背後に存在する「プロジェクト・MAHOROマホロ

 それが、降神町の特別住民ようかい達にとって、明らかな害意を持ったものである事はハッキリしたのだ。


「た、大変だ…!」


 不意に、一人の特別住民ようかいが慌ただしく部屋に飛び込んできた。

 神無月さんのお陰でセンサーを外し、正気を保っている妖怪の一人だ。

 他に残った妖怪達と共に、意識を失ったままの妖怪達の看護をしていた筈だが…何かあったのだろうか?


「キャ、キャンプの周囲に…正気を失った連中が集まって来ている!!」


「何だと…!?」


 あまり表情を崩さない神無月さんが、珍しく驚いたように声を上げる。

 そして、全員の間に緊張が走った。


-----------------------------------------------------------------------------


オオオッ!!」


 巨熊が吠える。

 小山の様な巨体を揺らし、熱に浮かされたかのように唾液を撒き散らしながら、剛腕を振るう。


ボオオオオオオオオオオオオォォォォォッ!!


破戒無慙はかいむざん!!」


 低く響く法螺貝の音が、大地を振るわせる。

 大きな法螺貝を手にした僧形の大男が、凶悪な光を目に湛え、周囲を睥睨へいげいする。


「ひゃっはははははははは!燃えろジャン!みぃーんな、燃えちまえばいいジャン!」

「ばーにんぐ!じゃーん!」


 怪火は赤と青の色彩を撒き散らし、一組の男女を映し出す。

 狂乱に哄笑し、その手から生みだした炎が、周囲をなぎ払う。


「…」


 その背後には、一人の男が所在無げに立ち尽くす。

特に何をする訳でもなく、他の妖怪達が暴れ回るのをただ見ているだけだった。


 ベースキャンプに入り込んだ妖怪達は、各々の妖力を発揮し、施設の破壊を始めていた。

 駆け付けた僕達は、その有様に息を思わず飲む。


「何故こんな!?」


「分からん。だが、タイミングとしては最悪だ」


 口元を押さえる鉤野さんに、神無月さんが苦々しげに続けた。


「何にせよ、このままでは人的被害が出るのは時間の問題だ。作戦を練る間も無いが、迅速に奴らを抑え込むしかない」


 そう言うと、神無月さんは柏宮さんに向き直る。


「機尋、お前は戦闘には向かない。後方へ退け。その代わり、いまこのベースキャンプに残った妖怪達と協力して、のびている連中のセンサーを取り外せ。可能なら、そのままキャンプの外へ避難するんだ」


「いえ!わ、私も戦います!相手の動きを邪魔するくらいなら、私にだって…!」


 マフラーを手に、覚悟を見せる柏宮さんの肩に手を置き、鉤野さんが微笑んだ。


「いいえ。貴女には十分に働いてもらいましたわ。だから、どうか今は皆を守ってあげて。私の代わりに…お願い」


「社長…」


 柏宮さんは、泣きそうな表情になるが、すぐにしっかりと頷いた。

 そして、皆の元へと走り出す。


「皆さん、どうかご無事で…!」


「人間、お前も行け」


 神無月さんの言葉に、僕は首を横に振った。


「ご心配なく。僕には『天霊決裁てんりょうけっさい』があります。皆さんのサポートくらいは出来ますよ」


「…つくづく物好きな奴だ」


「いいえ」


 鉤野さんが微笑んで言った。


「チームですから、当然です」


「そうだね。応援頼んだよ、十乃兄ちゃん!」


「あたしのカッコいいところ、よぉく見ててね!」


 釘宮くんと三池さんも、そう笑い掛けてくれる。

 その背後で、妖怪達の破壊行動は、激しさを増していた。


「まあまあ…随分と活きのいいこと。これはとばし甲斐がありますね」


 ぺロリと舌なめずりする沙牧さん。

 …この人は、本気で嬉しそうだ。


「で、誰がどなたに参ります?」


 沙牧さんがそう尋ねると、釘宮くんが巨熊を指差した。


「あの人は僕に任せて。力が強そうだから、ちょうどいいと思うし」


「では、私はあの二人組を無力化します」


 鉤野さんが怪火を放つ二人組を見据えてそう言う。

 すると、三池さんも手を上げた。


「じゃあ、あたしも…」


 そう言いかけた時だった。


「【俯瞰巨躯ふかんきょく】!」


 不意に、暴れ回る妖怪達の背後に立ち、動かなかった男性がそう叫ぶ。

 同時に、その姿がみるみる巨大化し、凄まじいばかりの大男に変じた。


「“大入道おおにゅうどう”か!いかんな。アレを止めるのは、一苦労だぞ…!」

 神無月さんが、舌打ちする。

 “大入道”は、名前の通り、巨大な姿をした人型の妖怪だ。

 日本各地の伝承に名を残し、狐や狸、時に古い石塔が化けたともされるが、そのほとんどが正体不明の妖怪である。

 特筆すべきはその身体の大きさで、2メートルから山程の大きさのものがいる。

 そして、いま僕達の眼前で巨大化したその姿は…

 

「こ、これは…」


 デカイ!

 デカ過ぎる…!

 ゆうに40メートルはありそうだ。

 その大きさに一同が息を飲む中、三池さんがフッと笑い、神無月さんに言った。


「さっきのオマケ発言、撤回させてあげる」


 そう言うと、三池さんは右手を空に向けて叫ぶ。


「【燦燦七猫姿でゅにゃっ!!】」


 その瞬間。

 ドロン!という音と共に、三池さんの身体が巨大化した!

 唖然とする僕達にウィンクすると、三池さんはノリノリで身構える。


デュニャアァッ(さあ、来なさい)!』


『にゅうどおおおおお!』


 ズン!ズン!ズン!ガシィッ…!


 大地を揺るがせて駆け寄り、真っ向から組み合う二体の巨人。

 と、特撮だ…

 まごうことなき特撮の世界だ…!

 

「あらまあ、派手ですねぇ…」


 呆れた様に手を翳し、巨人たちの取っ組み合いを見上げてから、沙牧さんは僧形の男に目をやる。


「では、結果的に私の相手はあのお坊さんですね」


「気を付けてください、沙牧さん」


 僕がそう声を掛けると、沙牧さんはにっこり微笑んだ。


「都合良くダマされた親友がやらかしたヘマの尻拭いをするだけです。問題ありませんよ」


「…み、美砂…あ、貴女、それをいま言いますの…?」


 胸を押さえて、どんよりした顔でツッコむ鉤野さん。

 相変わらず、親友にさえ容赦のない人である。


「よし。では、各自応戦開始だ。いいか、奴らは首のセンサーで理性を失っているだけだ。センサーさえ外せば、正気に戻る筈だ。忘れるなよ」


 神無月さんの指示を受けながら、皆はそれぞれの相手に向かって行ったのだった。


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