【七十三丁目】「ああああああ~!!どうしよう!どうしたら!どうする時!!」
「それ、本当!?」
僕…十乃 巡は、駆け込んで来た釘宮くん(赤頭)の報告に、思わず声を上げた。
最近はすっかり僕達専用の作戦会議室と化した沙牧さん(砂かけ婆)が経営するマンションの一室。
室内には、僕の他に三池さん(猫又)、余さん(精螻蛄)、そして沙牧さんが揃っていた。
そして、今日はもう一人。
鉤野さん(針女)が経営する服飾ブランド「L´kono」の社員であり、釘宮くん達と顔見知りでもある柏宮さん(機尋)の姿もあった。
「ほ、本当だよ!飛叢兄ちゃんが居なくなっちゃった…!」
息を切らしてそう訴える釘宮くん。
釘宮くんの話では、最近姿を見せなくなった飛叢さんを案じ、彼の部屋を訪れたところ、中はもぬけの空だったそうだ。
室内のテーブルには「悪い。少し留守にする」という書き置きだけが残っていたという。
最近、妙に口数も少なくなり、一人で考え事していることが多かったので、何となく気になってはいたのだが…
それがこんなタイミングで起ころうとは。
「これは…やはり、二人に何かあったということでしょうね」
考え込む沙牧さん。
彼女は今「二人」と言った。
そう。
実は飛叢さんと同様に消息を絶った特別住民がもう一人いる。
それは鉤野さんだ。
彼女の下にいた柏宮さんがここに居るのは、実はそれが理由だった。
数日前、鉤野さんに突然「長期出張に行く事になった。しばらく留守を任せる」と告げられた彼女は、詳細も告げず出立した鉤野さんを心配していたが、その後全く音信が途絶えた鉤野さんの身を案じ、僕達に相談に訪れたのだった。
「そんな…社長に続いて、飛叢さんまで…沙牧さんの言うように、二人に何か起きたとしか考えられないわ…」
不安そうに頭を抱える柏宮さん。
それに三池さんが真剣な顔で頷く。
「これはもう、やっぱりアレしかないわね」
「アレって?」
釘宮くんが首を傾げると、三池さんは拳を握りしめて立ち上がった。
「ズバリ“駆け落ち”よ」
…は?
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ドン…!
誰も居ない夕暮れのオフィス。
壁に腕を突いた飛叢は、脅えた様に身を竦める鉤野に、顔を近付けた。
「…いつまでこのままなんだ、俺達」
飛叢は鉤野を真っ直ぐに見詰めていた。
普段見られない悲哀のこもった目と声が、鉤野の胸を締め付ける。
その視線から逃れる様に、彼女は僅かに顔を逸らした。
「止めてくださいまし。お願いだから、もう私を困らせないで…」
誰もいないことは分かっていたが、鉤野は聞かれるのを恐れる様に、小さな声で告げる。
「これは会社の為に必要な事。それに今が大事な時であることは、貴方も分かってくださっていた筈ですわ」
「ああ。だから、今まで我慢してきた」
飛叢の視線は揺るがない。
鉤野はそれに捕らわれることを恐れる様に、顔を逸らしたままだ。
飛叢の声に熱がこもる。
「けど、それももう限界だ…今週だって、こうして二人きりで会える時間がどれだけあったと思ってんだ?」
「し、仕方がないではありませんか。私には『K.a.I』での仕事が…」
「本当か?あの楯壁とかいう色男と一緒にいる方がよくなったんじゃねぇのか…?」
その言葉に、鉤野が目を見開き、ハッとなって顔を上げる。
「違いますわ!私は貴方のことが……っ!!」
そして、彼女は後悔した。
飛叢とまともに視線が合う。
日頃荒々しい言動が多い彼の眼には、縋る様な悲しみがあった。
それを目にした瞬間、鉤野の胸が締め付けられるように鳴る。
「許さねぇ」
飛叢の手が、そっと鉤野の顎に添えられる。
そのまま、身動きできない鉤野の顎がくいっと持ち上げられた。
飛叢が顔が近付いてくる。
「いや…だ、駄目、ですわっ…」
そうは言うものの、鉤野は飛叢から目を離す事が出来ない。
か弱い抵抗の声は上げるものの、身体も動かなかった。
飛叢が更に熱く、囁く様に続ける。
「お前は俺のもんだ。他の野郎なんかには…絶対に渡さねぇぞ」
「あ…ああ…」
「だから、俺について来い。嫌だと言っても…このまま攫ってやるからな」
燃える様な夕日に照らされた二人の影が重なる。
鉤野の頬を、涙がひと筋伝い落ちる。
それは紅の夕日を受け、まるで二人の燃え上がる想いを表すかのように輝き、流れていった。
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「そ、それから!?それからどうなるのっ!?」
興奮した様に柏宮さんが鼻息荒く尋ねると、三池さんは自分の身を抱きしめ、うっとりと言った。
「そして、二人は北へ向かうの。途中、方々から追跡を受けたり、時には離れ離れになりながら、二人は旅を続けるのよ。そして最後には、誰も知られない楽園の島に辿り着き、そこで結ばれるの!」
「きゃあああああ☆いいっ!それいいよ、みやみ-!」
「でしょ?でしょ?すごく絵になるし、ロマンチックでしょ!?」
ツッコミどころ満載の妄想に、きゃあきゃあ騒ぐ「恋ボケ女子二人」
…そもそも「北」に向かった先に「楽園の島」って、一体どんな北方領土やねん。
ってゆーか、実は割と余裕があるんだな、柏宮さん…
「ほ、本当に駆け落ちしちゃったのかな、二人とも」
持ち前の純真さで三池さんの話を信じてしまったのか、釘宮くんが少し赤くなりながらあたふたする。
「あの空飛ぶ唐変木にそんな甲斐性があるとは思えませんけどね」
一方、清楚な仕草でお茶を啜りながら、毒舌を吐く沙牧さん。
「まあ、静ちゃんは、そういうのにコロッと参りそうですけど」
そして、相変わらずの親友の評価である。
僕は咳払いをした。
「冗談はともかく、二人がほぼ同時に姿を消した事には、何か関連があるのは間違いないですよ。更に言えば『K.a.I』絡みであるのはまず間違いないでしょうし、タイミングといい、やはり例のプロジェクトが原因かも知れません」
「それについては、一つ確証のある情報を『K.a.I』のサーバー内で見つけたでござる」
最近はもっぱら「K.a.I」のサーバー監視に徹していた余さんが、ノートPCの画面を全員に見せながら続けた。
「これはつい先日、連中のサーバーを覗いていた際に見つけたものでござる」
…
……
………
「“あなたのお好みの女の子と簡単に出会えます。いますぐお電話を♡”…って、あるね」
画面上に表示された情報を、釘宮くんが忠実に読み上げる。
そして、不思議そうに、
「ねぇ、このお姉さん、何でこんなに薄着なの…?」
ざぁりっ!ばりばりっ…!
ぎゅっ…!ぐいいいいいいいっ!
「…し、失礼…間違えたでござる…」
顔面には三池さんの爪痕。
喉元には柏宮さんのマフラーによる締め付け痕。
その双方を付けたまま、満身創痍の余さんが、ノートPCを再度操作する。
程なくして、画面に一覧表みたいなものが表示された。
「これは…何かの名簿ですか?」
「左様。ここの所にあるタイトルを見て欲しいでござる」
僕は名簿のタイトルに目を見張った。
「“プロジェクト・MAHORO”テストプレイヤー一覧!?」
「…察するに、どうやら“プロジェクト・MAHORO”実行の為に選ばれた妖怪達の一覧のようですね」
画面を見ながら、思案していた沙牧さんが目を細める。
「…あら、いやだ。いま話題になっていた木綿男の名前がありますよ」
「ええっ!?」
僕は慌てて名簿を見た。
た、確かに飛叢さんの名前がある…!
「ね、ねぇ!これ!ここ見てよ!」
三池さんが指差す部分には「同行者:鉤野顧問」という明記もあった。
これは…どうなってるんだ!?
「社長が“プロジェクト・MAHORO”のテストプレイヤーに…!?どういうことですか、これは!?」
余さんの首を締め上げんばかりに詰め寄る柏宮さん。
「そ、某に聞かれても困るでござる。これまでに某が見た“プロジェクト・MAHORO”絡みの資料は、まだまだ少なくて断片的なものでござる故、分析さえ出来る段階では…」
「ああ、社長…一体何をお考えになって、こんな怪しげな計画に…」
頭を抱え込んでしまう柏宮さんに、僕は慌てて言った。
「落ち着いてください、柏宮さん。鉤野さんだけならともかく、飛叢さんも一緒なんですから、そうそう大事には…」
そこまで言いかけ、僕は笑顔のまま、冷や汗を流す。
そして、小声で、
「…なるかも知んないですね。あの二人なら」
「なりますね」
「なると思う」
「さもありなん」
沙牧さん、三池さん、余さんがそう追従すると、柏宮さんが更に頭を抱えて絶叫した。
「ああああああ~!!どうしよう!どうしたら!どうする時!!」
「し、しっかりして、柏宮姉ちゃん!マフラーで余兄ちゃんの首を絞めても、どうにもならないよ!?」
不意を突かれて絞殺されかかる余さんから、柏宮さんを引き剥がす釘宮くん。
あやうく死にかけた余さんは、チアノーゼ状態から回復すると、切り出した。
「と、とにかく!こうなった以上、二人の居場所を特定し、もしもの場合に備える必要があるでござるよ」
「それはそうですが…でも、二人がどこに行ったのかすらわからないんじゃあ…」
「社長はパスポートをお持ちなっておられませんでしたから、国内に居るのは間違いないと思います」
ひとまず落ち着きを取り戻した柏宮さんが、溜息を吐く僕にそう告げる。
それを聞くと、三池さんは顎に手を当てた。
「じゃあ、二人はやっぱり北へ…?」
「それも根拠がないでしょ!」
三池さんにツッコミつつ、僕は指を折って考える。
「まず、『K.a.I』絡みであること。そして、今見た二人の名前が一緒に掲載された名簿、それが“プロジェクト・MAHORO”に関係があること…それを合わせて考えると…」
「“プロジェクト・MAHORO”の要と思われるこの島に行った…と考えるのが、まず自然でしょうね」
沙牧さんが頷いて先を引き継ぐ。
「この名簿のタイトルにある『テストプレイヤー』という言葉から推測するに『mute』は“プロジェクト・MAHORO”を実行する前の段階で、例の島で試験的に『何か』をするつもりでしょう。それも妖怪を使って」
室内に沈黙が下りる。
未だにその全容が分からない“プロジェクト・MAHORO”
先日見た島内のCG処理された風景と「妖怪移住計画」というキーワード。
それが妖怪にどんな形で関わり、影響を及ぼす事になるのかが、僕達にはまだ掴めていない。
「そうなると、問題はこの島がどこにあるかでござるな。方々も知っての通り、現段階では『K.a.I』のサーバーからは、この島に関する位置情報は覗けていないでござるが…」
「それはアンタの集中力が足りないせいでしょ!何とかしなさいよ」
三池さんの指摘通り、余さんの妖力【爬這裸痴】は「対象」に対して、本人の強く「覗きたい」という願望が無い限り、覗くことが出来ない。
「簡単に言ってくれるでござるな」
余さんは肩を竦めた。
そして、画面に移る島を指でトントンと叩く。
「反論させてもらえば、某の妖力は100%確実に成功する保証はないでござるよ。それに、現状ではこの島の位置データ自体が『K.a.I』サーバー内にあるという確証すらないのでござる。まあ、延々と時間をかけて覗き続けていてもいいでござるが、仮に最初から情報そのものが無かった場合は、無為に時間を浪費して終わるでござるよ」
そして、眼鏡をクイッと押し上げて、画面を見る。
「…最悪の場合、それが分かった時には、全てが手遅れになっている可能性だってあるでござる」
「せめて、サーバーの中に情報があるか無いかだけでも分からないの?」
釘宮くんの質問に、余さんは苦笑した。
「そんな検索能力まで備わっていれば、某はとっくにプロのハッカーになっているでござるよ」
「そんな…じゃあ、僕達には何も出来ないってことですか!?」
僕は思わず声を上げた。
二人を支援しようにも、その居場所が分からない以上、ここから動く術がない。
その時だった。
「…私がやってみます」
柏宮さんが立ち上がる。
全員の視線が集まる中、柏宮さんは首に巻いたマフラーを手にした。
「私の妖力なら、もしかしたら、社長の足取りを追う事が出来るかも…」
「そうか!柏宮殿の【執縛蛇帯】なら或いは…!」
余さんが手を打って立ち上がる。
柏宮さん…“機尋”は、家を出たまま帰らぬ夫を待つ妻の恨みや執念が、その織った機に宿り、蛇となって夫を探しに行ったという伝承がある妖怪だ。
その伝承通り、彼女の持つ妖力【執縛蛇帯】は、彼女の編んだ布類を蛇に変え、標的を追尾・捕縛するという力を持っている。
僕も、彼女の放つ蛇帯の執念深さは知っていた。
セミナー受講時代、二股が発覚した彼氏の所在を、柏宮さんの蛇帯が追尾。
遠く九州で、浮気相手と旅行中だった彼氏を、見事捕縛したという伝説は、聞くも恐ろしい実話である。
「そうなると…あとは足の確保ですね」
沙牧さんが続ける。
「島まで行くには、空路か海路を行くことになるでしょう。まあ、飛行機で空から乗り込むのは目立つでしょうし、ここは船一択でしょうね」
「それについては、某にツテがあるでござる」
余さんがそう名乗り出た。
僕は尋ねた。
「お知り合いに船を持っている人がいるんですか?」
余さんは頷き、
「船どころか、金も持っていそうな御仁でござるよ」
そう言うと、例の悪代官の様な笑みを浮かべる余さん。
「新作映像の編集も終わったところでござるから、丁度良かったでござる。デュフフフフフ…」
………また、強請る気だよ、この人。
五稜さんも気の毒に。
いや、自業自得って奴だろうか。
「では、早速各自で準備に取り掛かりましょう。いま言った様に、柏宮さんは二人の位置情報の割り出しを、余さんは足の確保をお願いします」
「分かりました」
「承知でござる」
僕の言葉に、柏宮さんと余さんが二人が頷く。
「釘宮くんと三池さんは、僕と渡航の準備を頼むよ。色々と物入りになるかも知れないからね」
「うん!分かったよ!」
「まーかせて!」
しっかりと頷く釘宮くんと腕まくりをする三池さん。
「沙牧さんは…」
「私は独自で準備したい事があります。よろしいかしら?」
「は、はあ…」
そう言うと、沙牧さんはいつもの清楚な笑顔を浮かべ、言った。
「では、皆で友人甲斐のないあんぽんたん共をとっちめに参りましょう」




