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妖しい、僕のまち 〜妖怪娘だらけの役場で公務員やっています〜  作者: 詩月 七夜
第六章 ともに手をとりて ~磯撫で・牛鬼・影鰐ときどき精螻蛄、そして“戦斎女”~
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【番外地】「とおのさまは『へたれ』なのですか?」

 合宿旅行三日目。


 最終日の今日、僕達は最後の自由時間を楽しんでいた。

 出発時間となる午後三時までは、この白神(しらかみ)海岸に滞在する予定だ。

それまでの間、特別住民(ようかい)の皆さんは、思い思いの時間を過ごす事が出来る。

ちなみに、僕達 降神町(おりがみちょう)役場の職員も、黒塚(くろづか)主任(鬼女(きじょ))の粋な計らいで、僅かだが自由時間をもらう事になった。


「とおのさま」


 その貴重な自由時間に、僕…十乃(とおの) (めぐる)は、ある人物と出会うために、ここ「逆神(さかがみ)の浜」にやって来た。

 松林の中を歩くさなか、不意に鈴の音の様な声に呼ばれ、キョロキョロと辺りを見まわしていた僕は、松の木立に間に白衣に緋袴の少女の姿を認め、駆け寄った。


「遅くなってごめんね」


「いえ。わたしもすこしまえにきたばかりです」


 少女…五猟(ごりょう) 沙槻(さつき)さん(戦斎女(いくさのいつきめ))が、二コリと笑う。

 良かった。

 昨日、彼女に身には色々な事があったので、疲れているんじゃないかと思ったが、見た感じ元気そうである。


「およびだてしてしまい、すみませんでした」


 沙槻さんが頭を下げるのを、僕は慌てて止めた。


「いや、大丈夫だよ。今は自由時間だしね。それに…」


 僕は傍らにあるものに目をやった。


「ここには帰る前に、お詫びに来ようと思ってたんだ」


 僕達の目の前には、古びた社がある。

 潮風を受け、傷んではいるが、立派な造りの社だ。

 浜にある美しい松林の奥に、ひっそりと立っているこの社は、かつて、この海に棲む妖怪達が、五猟一族から「逆神の浜」を贈られた際、その友好の証として建てたものだ。

 昨日、沙槻さんが開封した先代の五猟当主のメッセージが記録された貝殻は、この中にあった。

 僕は、釘宮(くぎみや)くん(赤頭(あかあたま))と鉤野(こうの)さん(針女(はりおなご))に連れられ、この社でそれを見つけたのである。

 鍵が壊れていたとはいえ、社の中に勝手に入ってしまったので、あれからどうにも後ろ髪が引かれる思いだった。

 なので、お詫びがてらにこうして参拝に来ようと思っていたのだ。

 社に手を合わせる僕に、沙槻さんが笑う。


「とおのさまは、とてもしんじんぶかいんですね」


「はは…うちのじいちゃんやばあちゃんが、神様や妖怪の話をよくしてくれてね。それを聞いて育ったせいかも知れない」


「そうなんですか。おじいさまとおばあさまがいらっしゃるんですね」


 沙槻さんは羨ましそうに言う。

 そうだった。

 彼女の肉親は、遥か昔に他界し、既に天涯孤独の身なのだ。


「…今度、遊びに来るといいよ。沙槻さんとなら話が合うかもね」


「いいんですか!?」


 沙槻さんは、思いの外興奮した様に身を乗り出した。


「うん。何なら、僕が車で送迎するよ。そうそう、妹もいるから、その時に紹介するよ」


「はい。ぜひ」


 沙槻さんは、向日葵(ひまわり)の様な明るい笑顔で頷いた。

 本当に変わった。

 昨日までの彼女は、美しいが(はかな)い月の様な少女だった。

 だが、今の彼女は、まるで光り輝く太陽の様なイメージを抱かせる。


「あっ…でも、確かそんなに簡単に外出できないんだっけ?」


「ええ…でも、だいじょうぶです。いざとなれば、おじさまにくちぞえをしてもらいます」


 そこで、沙槻さんは人差し指を口に当て、悪戯っぽく笑った。


「なにせ『ないしょのおはなし』を、きいてしまいましたから」


 な、成程。

 昨日、(あまり)さん(精螻蛄(しょうけら))が言っていた()()か。

 僕としては個人的にどうこうするつもりはないが、五稜さんにしてみれば、どうも一族から爪弾きにされかねない内容の様だし…

 当分は、沙槻さんにも頭が上がらないだろう。


「…で、今日は僕に何の用?」


 僕は沙槻さんにそう尋ねる。

 実は、今朝早くに民宿へ五猟の使いを名乗る女性が現れ、僕に手紙を手渡していった。

 中には沙槻さんからの伝言が記されており、何でも「僕が帰る前にここで会いたい」との事だった。


「はい。じつはこれをおさめるのに、たちあってほしかったのです」


 そう言いながら、沙槻さんは一つの貝殻を取り出した。

 昨日見たものとは違う、真新しい感じの貝殻だった。


「これは…昨日の貝殻と同じのだね」


「はい。このなかにわたしの“こえ”をおさめました」


「“声”って…昨日の?」


「そうです。ははがのこしてくれたあのことばを、わたしがひきつぎ、なぎさまたちにもおゆるしをえて、あらたにここにのこすことにしました」


「そっか」


 僕は貝殻に目を落とした。

 またいつか、この浜を巡り、人と妖怪の争いが起きないように。

 そして、彼女があの“声”で救われたように。

 沙槻さんは、未来の五猟一族に向けて、自分の“声”に祈りを託す事にしたのだろう。


「それで、とおのさまに、どうしてもいっしょにいてほしくて…ごめいわくでしたでしょうか…?」


 やや俯き、沙槻さんは小さな声で言った。

 僕は笑って言った。


「ううん、とんでもない。こんな歴史的な瞬間に立ち会えるなんて光栄だよ」


「ほんとうですか?」


「勿論。タイムカプセルを埋めるみたいで、何だかドキドキするなぁ」


「よかった…」


 安堵した様に、沙槻さんは微笑んだ。

 不意打ち気味のその笑顔に、一瞬ドキッとしてしまう。

 ……

 …よ、良く考えてみたら。

 いま、僕は女の子と二人きりでいるんだよな…


「…とおのさま?」


 沙槻さんの声に、我に返る僕。

 い、いかん!

 ここは神様の社の前だぞ!

 変な事を考えちゃダメだ!


「な、なんでもないよ。それより、早く収めよう」


「そうですね…では」


 沙槻さんは社の扉を開き、貝殻を収めた箱を静かに置いた。

 昨日までそこにあった貝殻は、いま凪達が大切に保管している。


「どうか、いとすこやかな みちすじを…」


 沙槻さんが祈る様に目を閉じる。

 僕もそれに(なら)った。

 波と風の音だけが、僕達を包んでいた。


「ありがとうございました」


 どれくらいの時間が経ったのか。

 一瞬だったようにも思えたし、十分は目を閉じていたようにも思う。

 沙槻さんの声で、僕は目を開いた。


「とおのさま、きょうは、きゅうなおねがいをきいていただき、すみませんでした」


「いや、大丈夫だよ。気にしないで。こんなことならいくらでもお願いしてよ」


 僕がそう言うと、沙槻さんは下を向いて、白衣(びゃくえ)の袖をギュッと握り締めた。


「…ではもうひとつだけ、よろしいでしょうか」


 消え入りそうな声。

 微かに朱を帯びた頬。


「う、うん。何かな?」


 妙な雰囲気を感じ、僕は恐る恐る尋ねた。

 少し躊躇(ためら)った後、沙槻さんは潤んだ瞳で僕を見上げた。


「わたしは、とおのさまのこがほしいとおもいます」


 …

 ……

 ………

 何とな…?

 いま、何か「子」って聞こえた気が…


ざざーん


 波の音が遠い。


 意識が遠のきかけ、僕は頭を振って持ちこたえた。


「ごめん。よく、きこえ、なかった、かも」


 辛うじてそれだけ言う。


「その…よければもう一度、いいかな?」


 沙槻さんは、さっきと同じ表情で訴えかけた。


「『とおのさまのあかちゃんがほしい』といいました」


 あかちゃん

 赤ちゃん

 AKA-CHAN


 何度も反芻してみるが、僕の脳内辞書には「柔らかくて、可愛くて、泣いたり笑ったりする、男女の愛の結晶」としか記載がない。

 つまり、俗に言う「ベイビー」であり「赤子」とか「ややこ」とか、そういうものである。


 ……


「ええと…どうして、そーゆーことになるのかな?」


 努めて冷静さを保ちつつ、僕はそう尋ねた。


「はい。じつは“いくさのいつきめ”は、としごろになると、そのちすじをまもるため、こをもうけるおきてがあります。それには…その…」


 沙槻さんは、目を伏せた。


「とのがたとむすばれなければ、こをやどすことができません」


 うん。

 そうだね。

 多分“戦斎女(いくさのいつきめ)”じゃなくても、それは同じだと思うけど。


「なので、いちぞくのにょしょうにそうだんしたら『おもいびとはいるか?』ときかれました」


 ほうほう。

 それで?


「よくわからなかったので、そのものに『おもいびととはなにか?』ときいたところ…」


 ふむふむ。

 それから?


「『()()につねにいるとのがたである』とのことでした」


 沙槻さんは、自分の胸を押さえた。


「…わたしの()()には、つねに『とおのさま』がいます」


 沙槻さんの顔は、真剣そのものだった。

 それだけに、僕は反応に困った。


「あと、そのものは『すきにして!といって、とのがたのむねにとびこめば、ばんじおっけい』といっておりました」


 …待て。

 何だ、その一族の女性A。

 ちょっと、職員室まで連行した方がいいんじゃないだろうか。


じり…


 沙槻さんが一歩踏み出す。


「とおのさま…そのむねへ、いま、わたしがまいってもよろしいでしょうか…?」


「い、いや、ちょ、ちょっと待って!」


 早速実践しようとする沙槻さんに、僕が後退りしながらそう言うと、彼女は目を見開いた。


「…わたしでは、だめでしょうか…?」


 みるみるその目に涙が浮かぶ。

 うわわわわわ!

 これはマズイ!


「そうじゃなくて!そういう事は、もっと慎重にいかなきゃダメだよ!」


「…そのものは、こうもいっておりました」


 涙を拭きながら、沙槻さんが続ける。


「『それでだめならば、そいつはへたれだ』と」


グサッ!


 そんな擬音と共に、僕の心が(えぐ)られる。


「とおのさまは『へたれ』なのですか?」


 お願いだから…

 真顔でそういうことを聞かないでください。


「とにかく!」


 僕は強引に言い放った。


「そういう事は、もっとちゃんとその人とお付き合いして、その人の事をよく知ってから決めることだと思うなっ!」


「…そうなのですか?」


「そうなのですよ!」


「わかりました…」


 沙槻さんは頷いた。


「わたしは、もっとよくとおのさまのことをわかるようにいたします」


 沙槻さんは力強く拳を握り、決意の表情を浮かべた。


-----------------------------------------------------------------------------


「全員そろったな?おーし、んじゃ出発すんぞー」


 ハンドルを握る間車(まぐるま)さん(朧車(おぼろぐるま))が、ゆっくりとマイクロバスを走らせる。


「また、おこしなっせ」


「気を付けて」


 民宿「しおさい」のおばあちゃんと、孫娘の黒華(くろか)ちゃんが手を振って、僕達を見送ってくれた。

 ほんの少しの間だったけど、美味しい料理や温泉を楽しむ事が出来た素敵な宿だった。

 遠のく二人に手を振りながら、僕はまたここに来ようと胸の中で思った。


「ところで…巡」


「何です?」


 間車さんに呼ばれ、僕は運転席に目を向ける。


「さっきの自由時間、どこに行ってたんだよ?せっかく、またボディボードを教えてやろうと思ってたのに」


「あはは…スミマセン。ちょっと散歩に行ってました」


 そう答えると、間車さんはジト目で僕を見た。


「なーんか怪しいな。そういやあお前、五猟神社(ごりょうじんじゃ)でもどっかに行ってたろ?」


「あ、ああ、あれは迷子になっちゃってて。ホラ、あの神社ってすごく広いし」


「あー、まあな。確かに本殿も無駄に広かったしな」


 間車さんは、そう言うと窓の外に目をやった。


「ん…?何だ、ありゃ」


 その視線を追う。

 窓の外は海岸線が広がっている。

 今日もいい天気で、海はどこまでも蒼い。

 その蒼い海を、一隻の船が海岸沿いの道を走るバスと並走していた。


「あれは…」


 船上には三つの人影があった。

 長髪を風にたなびかせ、船を操る青年。

 その舳先で、大柄な女性が、元気良くこちらに手を振っている。

 女性の脇では、細身の男性が呆れたようにはしゃぐ女性を見ていた。


「おおーい!」


 女性が声を上げる。

 確かめるまでも無い。

 “牛鬼(うしおに)”の(かがり)だ。

 その脇にいるのは“影鰐(かげわに)”の鏡冶(きょうや)さん。

 操船しているのは“磯撫(いそな)で”の(なぎ)だった。


「お前ら、元気でなーっ!また、遊びに来いよーっ!」


 篝の大声に、バスの中の皆も気付く。


「なあに、アレ?」


 三池(みいけ)さん(猫又(ねこまた))が、胡散臭そうに目を細める。


「見送り、かな」


 釘宮くんが、応える様に大きく手を振る。


「律儀な方々ね」


 鉤野さんも、苦笑しながら手を振り返す。


「ま、せっかくでござる。容量も余ってるし、記念に一枚」


 三人にカメラを向ける余さん。


「あいつら…」


 窓の外で、相変わらず行儀悪く横になって飛んでいた飛叢(ひむら)一反木綿(いったんもめん))さんが笑った。


「お前らも元気でなーっ!しっかり守れよーっ!」


 その声が届いたのか。

 船上の三人は、思い思いに手を上げ、応えた。

 そして、その姿が遠くかすんでいく。


 たった三日間。

 だけど、その僅かな時間で、僕達は凪達と深い友情を結ぶ事が出来た。

 最初は敵意だった。

 次は同情だった。

 最後は…絆になった。


 僕は忘れない。

 この蒼い海と美しい逆神の浜を守る、かけがえのない友達の事を。

 そして、また来年の夏、彼らに出会える事を信じて。

 僕は最後に大きく手を振った。


-----------------------------------------------------------------------------


 追伸。


「『きちゃった』と、いうのが()()()()()とききました」


 降神町役場特別住民支援課。

 小さな役場の一角にあるその窓口で、白衣と緋袴の少女が真剣そのものの顔で、そうのたまわった。

 あんぐりと口を開ける僕と唖然となる一同を前に、少女…沙槻さんは一礼した。


「『しゅっこう』というものらしいです。ふつつかものですが、どうかすえながくよろしくおねがいします」


 「出向」で来て「末永く」って、何なのさ!?


「とくに、とおのさま♡」


 気が遠のく中、外はまだまだ暑い夏だった。

これにて、今章完結です


お付き合いいただき、感謝です


また、次章でお会いしましょう

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