表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/169

【二丁目】「三池さん、僕の話を聞いてください」

 わー、くるまって、こんなにせまいみちをとおっていいんだー

 すごいなー


めぐる、なにボサっとしてんだ!次、どっちだよ!?」


 耳元で怒鳴られ、ハッと我に返る僕。隣でハンドルを握る女性が指示を待つ。

 僕は慌てて携帯電話に話しかけた。


摩矢(まや)さん!?」


『次、左。その先の神社へ追い込む』


 携帯電話からは、冷静なこれまた女性の声。


間車(まぐるま)さん、次を左!」


「あいよ!」


 ハンドルを切り、鮮やかなターンで方向を変える白の軽自動車。

 道幅ギリギリの路地も、天才的ドライビングテクニックを持つ間車さんにかかれば、普通の道と然程変わらないのだろう。

 狭い路地を傍若無人に爆走する軽自動車から、決死の形相で逃げ惑うお爺ちゃんの無事を横目に確認しつつ、僕は住宅地図に地図に目を落とした。

 確かに、この先には小さな神社がある。子どもたちが遊べるような遊具施設もあり、この時間なら人気も乏しい場所だ。


「間車さん、あの神社の前で停まってください」


 急停車した車から降りると、僕は神社の境内に入っていった。

 摩矢さんの予告通りだ。

 境内には一人の女性がいた。

 歳は二十歳の僕と変わらないか、少し下。

 長い髪に白いワンピースの目がパッチリとした美少女である。


 うららかな午後。

 人気のない神社の境内。

 二人きりの若い男女。

 ちょっとしたロマンスの到来…にはならなかった。


 少女は全力疾走した直後のように荒い息をつき、敵意に満ちた目で僕を睨んでいる。まるで手負いの猛獣である。

 えーと、まずは相手を落ち着かせなきゃ。


「三池さん、僕の話を聞いてください」


「嫌」


 にべもなく、そっぽを向かれてしまった。


「そんなこと言わないで。せっかく第3ステージまで来たんです。あと少しで普通の生活を送れるんですから、もうちょっと我慢してくださいよ、ね?」


「それ、第2ステージの時も言ってたわね」


 ジロリと鋭い視線になる三池さん。僕はそっと視線をそらし、


「あはは…そうでしたっけ?」


「人間の生活習慣の勉強ってツマラナイし、面倒くさくて嫌。昔みたいに勝手にさせてもらうわ」


「ま、待って!落ち着いてください、三池さん。ここで辞めてしまったら、今までの苦労が水の泡ですよ?あんなに頑張ったのにいいんですか?憧れの東京ライフ、諦めていいんですか?」


 その一言に彼女の表情が動く。

 彼女がこれまで受けてきた、とあるカリキュラム。

 その中には、彼女の夢を叶えるための訓練もあった。

 そのために、彼女が頑張ってきたのは、僕もよく知っている。

 僕は彼女に手を差し伸べた。


「さあ、行きましょう。今ならまだ研修時間に間に合います。僕も精一杯応援しますから」


「…」


三池さんは戸惑いの表情を浮かべている。よし、もう一押しと見た!

 だが、その時…


「おーい、巡。摩矢がいつでも狙撃OKだとさ」


 凍りつく僕と三池さん。

 あからさまな台無しの空気に、おっとり刀でやって来た間車さんは、頭を掻きながら、豪快に笑った。


「ありゃ、獲物も居たのか?わりー、わりー」


「…間車さん…何か僕に恨みでも?」


「いやいや、マジで悪い。追い込み場所、よく聞いてなかったからさ」


「察してください!」


「いいじゃん、どーせ荒事になるんだし。そのためのあたしらだろ?」


「…やっぱりね」


 抑え込んだ低い声。

 見ると、三池さんがワナワナと身を震わせている。

 うつむいているので、その表情は分からないが、笑顔である訳がない。

 あ、ほら、髪の毛も逆立ってる。


「調子のいいこと言って…最初から無理矢理捕まえる気だったんでしょ…!」


「い、いや、違います!落ち着いてください!僕らは、ちゃんと話し合いを…」


「そーだぞ、ちゃんと話し合いしてから、隙をみて捕獲するつもりだったんだ」


「間車さんは黙っていてください!」


 のほほんと横槍を入れる間車さんに、僕は思わず噛みついた。

 そんな僕らに、三池さんが鼻をならした。


「その妖気…あんた“朧車(おぼろぐるま)”ね。人間の味方をする気?」


 間車さんは、肩を竦めた。


「別に?確かにしがない雇われドライバーだけど、あたしはただ、気ままに車の運転ができりゃいいの。それに…」


 被っていたキャップのつばを押さえると、間車さんは挑発的にニヤリと笑った。


「たまに刺激的なドライブも出来るし…ま、今日のは及第点かな?もうちっと根性入れて逃げ回ってくれたら、こっちも楽しめたんだが」


「…ッ…バカにして…!いいわ、捕まえられるものなら…」


 スッと身を丸める三池さん。まるで猫科の獣が、獲物に跳びかかるような体勢になる。


「やってみたら!?」


 次の瞬間。

 彼女の身体に、あり得ない変化が起きた。

 肌が毛皮に覆われ、頬からはピンと髭が伸び、お尻から二股の尻尾が飛び出す。とどめはピョコンと尖った猫耳。

 三池さんの姿は、一瞬で猫のように変化した。


 いにしえの文献にはこうある。


「猫は年を経て 死人の気を吸ひ あやかしとなる 此れを“猫又(ねこまた)”と言ふ也」


 「猫又」…年を経た猫の妖怪で、変化の術を使い、よく人を惑わすという。

 そう、三池さんは人間ではない。彼女は妖怪なのだ。


「み、三池さん…」


 後ずさる僕に、三池さんは目を細めた。

 笑ったのだろう。


「…さよなら、十乃君。人間の勉強は嫌いだったけど、貴方は嫌いじゃなかったわ」


 三池さんは身を屈め、跳躍しようとする。僕は思わず叫んだ。


「三池さん!待って!」


 跳躍。

 かなりの高さがある社殿の屋根まで、一瞬で跳び上がる三池さん。


「危ない!」


「え」


 再び叫んだ僕に三池さんが気を取られた瞬間、銃声が響いた。

 直後、三池さんの身体が雷に撃たれたように、硬直する。


「お見事」


 口笛を吹いて、間車さんが感嘆の声を上げた。

 三池さんは、フラフラとよろめき、ふぎゃ、と声を上げて地上に墜落した。


「命中」


 不意に近くの繁みが揺れ、一人の少女が姿を現す。

 長い黒髪を無造作に結った、小柄な少女だ。手にした旧式の猟銃が、体格に比べてえらくアンバランスな印象を与える。

 格好もパッと見ると、何と言うか…マタギそのものだ。


「おぅ、お疲れ、摩矢」


「ん」


 マタギ少女は、間車さんの労いに軽く手を挙げ、応える。

 彼女の名前は砲見摩矢(つつみまや)

 何を隠そう、僕の同僚だ。


「摩矢さん…何時からそこに?」


「君がこいつと遭遇した時」


 顎で三池さんを指す摩矢さん。

 その先で、三池さんは呻き声を漏らしている。

 あの高さから落ちたのだ。打ち所が悪かったのか?

 慌てて駆け寄り、抱き起こす。

 猫又の姿をした三池さんは、ぐったりとして抵抗する気配もない。


「三池さん、しっかりしてください!」


「あにゃ~、おひょらがぁ、まわっひぇル~」


「み、三池さん…!?」


「にゃ~?あたひ~、なんかぁ、いいひもひらヨ~」


 僕は、ゆっくりと振り向き、摩矢さんに目で問い掛けた。


「濃縮マタタビエキス弾」


 びし!と親指を立てる摩矢さん。


「お、新作か」


 面白そうにケタケタ笑う間車さん。


「…」


 黒塚主任への報告の顛末と、三池さんの処遇に途方に暮れる僕。


 現在、午後3時半ちょっと過ぎ。

 こうして、今日の捕り物は終わりを迎えた。



 降神町おりがみちょう

 人口約1万人ほどのこの町は、三方を山に囲まれ、南には海が広がる地方都市だ。

 町の中心部には市街地や新興住宅地があるものの、その周囲には水田や耕作地、里山が残り、田舎の風景が広がっている。

 古い寺社や遺跡もあったりするが、かと言って名所観光で賑わうような町ではない。

 古さと新しさが絶妙に交わり、お互いを侵さず、そっぽを向き合っているような町である。


 ただし、この町は普通の町とは違う、不思議なところがある。


 そう、この町は人間だけでなく、妖怪も住む町なのだ。



二話目を連投。

正直申しますと、まだ一話ごとの加減が分かりません。一話目と併せて、ご感想をお待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ