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妖しい、僕のまち 〜妖怪娘だらけの役場で公務員やっています〜  作者: 詩月 七夜
第四章 逢魔が刻に宴は続く 『降神町 夏の陣』~一反木綿・赤頭・針女~
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【二十七丁目】「…LA TESTADURA!!」

 降神町おりがみちょうで毎年8月に行われる「降神祭おりがみさい」は、町一番の盛り上がりを見せる祭りだ。

 とはいえ、祭りの内容自体はそう珍しいものでもない。

 ちょうど、町の中心部にある「降神神社おりがみじんじゃ」で神事が行われた後、出店が並び、神輿や花火が町を賑わいをもたらす。

 だが、祭りの花形でもある「降神神輿おりがみみこし」は、地元の人間にとっては、少々特別なものだった。

 古くから担ぎ手は成人男性のみで、地元の人間から選抜される。

 それこそ、戦前は長男だけに限られ、担ぎ手たちは一月前からみそぎを行い、神を降ろす存在になるため清められ、祭りに臨んだという。

 今でこそ慣例化しているが、そうした歴史もあったため、当時、担ぎ手に選ばれることは、地元の男達にとって何よりも名誉なことだった。

 打本うちもとの家は、代々蕎麦屋を営んできており、古い時代からこの町に根差してきた家柄だ。

 そんな家だから、打本の父、祖父、曾祖父も降神神輿の担ぎ手に選ばれてきた。

 打本自身も、神輿の担ぎ手に選ばれた時の感動は、忘れることができない。

 それは一人前の男、ひいてはこの降神町を背負うに値する人間として認められた証のように思えたからだ。


 だから…


「地元の人間だけが担ぐなんて、勿体ない。新しく移住してきた人も参加できるグローバルなものにしてはどうでしょう」


 そんな織部おりぶの提案に違和感を感じた。


 織部はイタリア修行を経て、この降神町に外からやってきた新住民だった。

 見た目はキザでなよっとした優男だったが、やや封建的な降神町の在来地区の人間とも積極的に交流し、会合にも顔出しては独創的な意見を述べていた。

 そうした織部の提案は、時には苦笑で迎えられたこともある。

 だが、地域を盛り立てようと決してめげない彼の信念を、打本は高く評価していた。

 それ故、二人で誘いあい、酒を酌み交わしたこともある。

 時に言い合いになったこともあったが、結局、最後は「降神町が好きだ」という一点で仲直りし、また喧嘩する…そういう気さくな間柄になった。

 そんな織部の放った一言が、二人の仲を打ち壊す。


「古いしきたりも良いですが、このままでは担ぎ手の確保だって難しい。ただうるさいだけのイベントになり下がってしまう」


 今思えば、あれは織部なりに祭りの現状を憂い、考えた末の打開策だったのだろう。

 最近は、祭りによる神輿の掛け声や花火の音を、快く思わない新住民も多いと聞く。

 だが、彼らも取り込んでしまえば、少しは理解が深まり、新しい交流が始まるかも知れない。


 だがその時は、自分の愛する地域の誇りが、けなされた気がした。

 だから、言ってしまったのだ。


「所詮、他所者よそものの考え」と。


----------------------------------------------------------------------------------


 打本大将の麺棒を、織部シェフが紙一重でかわす。

 代わりに放たれたピザ手裏剣を、打本大将が打ち砕く。

 ステージ上で始まった二人の一騎打ちは、佳境に入っていた。

 ピザ手裏剣を放つ方も迎え撃つ方も、相応の体力・精神力を伴うのだろう。

 最初こそ人間離れした応酬をしていた二人だが、今は疲労の色が濃い。

 どちらも肩で息をし始め、服もボロボロになっている。


「い…いい加減…か、観念、しやがれ…イタリア野郎…」


「そ、そちら…こそ…往生際が…わ、悪いですよ…」


 何だかボクシング映画のラストバトルみたいな風景だ。

 最早、どちらも「相手より先には倒れない」なんて、意地だけで立っているような感じである。

 そんな二人に観客達は興奮して喝采を送り、両者の闘志を鼓舞している。


「負けるな、大将!そう、その右…ああ、違うって!」


「織部さん、危ない!避けて!」


「どうしたどうした!『玄風げんぷう』の看板が泣いてんぞ!?」


「M・I・S・T・R・A・L!レッツゴー『MISTRALミストラル』!」


 カーン!


 ゴング代わりなのか、観客の誰かが唐突に鍋を打ち鳴らす。

 荒い息をつきながら、ステージの両端に分かれた二人へ、近くの観客がペットボトルの水を差し入れるわ、見ず知らずの眼帯のおっちゃんが何やら熱くアドバイスを入れるわ、挙句、マウスピースを取り出すは、最早完全にボクシングルールにすり替わっていた。

 織部シェフなんか、いつの間にかチアリーダーが揃ってるし…


「…どうする?十乃とおの兄ちゃん」


 傍らにいた釘宮くぎみや君も、さすがに困惑顔だ。

 無理もない。

 この後の段取りとしては、両者を彼ら妖怪トリオで無傷で取り押さえることになっていた。

 妖怪である間車さん達を取り押さえるのに比べれば、一番簡単なパートだったのだが…


「いや、どうするって聞かれても…」


 観客を巻き込んだ両者の戦いは、今や一番の盛り上がりを見せ、僕らが下手に手を出せば、ブーイングの嵐が巻き起こりそうだ。

 うーむ、どうしたものか…


 カーン!


 そうこうしているうちに、再び(ゴング)が鳴らされる。

 満身創痍のまま立ち上がる二人。

 その目に闘志を燃やし、一歩ずつステージ中央に歩み寄って行く。


「いい加減、その(つら)も見飽きたぜ…ここでケリをつけてやらぁ…!」


 拳を鳴らす打本大将。

 その手に麺棒はない。

 完全な無手だ。


「それはこちらの台詞です…これで終幕(フィナーレ)にさせていただきますよ…!」


 前髪を優雅に撫でる織部シェフ。

 こちらも徒手空拳だった。

 二人は手を伸ばせば届く間合いで立ち止まった。

 それは近いようで、遠い距離だった。


「うおおぉぉぉぉぉ…!」


「はあぁぁぁぁぁぁ…!」


 ごすぅっ!

 ざんっ!


 打本大将の鉄拳が織部シェフの左頬に炸裂すると同時に、織部シェフの手刀が打本大将の鳩尾みぞおちに突き刺さる。

 完全に相打ちだった。

 だが、二人は倒れない。

 お互いに相手を睨み、一歩も退かない。


「こんの、キザ野郎…!!」


 打本大将が、再び鉄拳を振るう。

 それは的確に織部シェフの顎を捕らえた。

 やはり、純粋な肉弾戦では、力で勝る打本大将に分がある。

 そう思いきや、織部シェフは吹っ飛びながらも驚異的なタフネスさで踏み止まった。


「…LA TESTADURA(テスタドゥラ)!!」(※イタリア語で石頭・頑固者)


 織部シェフが再度手刀を突き入れる。

 打本大将が「力」なら、彼は「技・スピード」に長けていた。

 大将の喉・鳩尾などに、一瞬で数発の手刀が的確に突き刺さる。

 この辺はピザ作りなどで鍛えたハンドスピードが生きているのかも知れない。

 鍛えようのない人体の急所に打たれた打本大将は、しかし、膝を屈することなく、歯を剥き出しにして耐えきった。

 双方、すごい精神力である。

 そんな二人のガチンコ勝負に、会場は更にヒートアップした。

 だが、どちらもフラフラである。

 次の一撃で、勝負が決まりそうだ。


『くらえぇぇぇ…!!!』


 図らずしも二人とも同じ掛け声を発し、互いに肉薄したその時だった。


「…ぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおお!」


 どげしッッッ!


 突然。

 真上から落下してきた妃道ひどうさん(グルグル巻き)が、二人を直撃した。

 そのまま、動かなくなる二人+妃道さん。

 完全にノックダウンされたようである。

 妃道さんに絡まっているのは、鉤野こうのさんの鉤針だ。

 どうやら、上もケリがついたようだった。


 それにしても…本日の妃道さんは、とことんツイてない気がする…


 ザワザワ…


 完全に予想外の結末に、会場がざわめき始めた。

 うーむ…

 結果的に両陣営を押さえることには成功したけど、事後処理は考えてなかったな…

 そう考えた時だった。


「えー、ただいまをもちまして『玄風げんぷう』と『MISTRALミストラル』によるPRイベントを終了させていただきます。御観覧ありがとうございました」


 突然、柔らかな女性の声で、アナウンスが入る。

 これって…鉤野さんの声!?


 おおおおおおおおおぉぉぉぉぉ…!


 来場者達からは一瞬の沈黙の後、万雷の拍手が巻き起こった。

 どうやら、一連の戦闘は両店のPRアトラクションとして受け取られたらしい。


「上手くいったな」


 そう言いながら、いつの間にか背後に居た飛叢ひむらさんが、僕と釘宮君の肩を叩く。


「飛叢さん!?」


「ほれ、ボーっとすんな。回収回収」


 ステージ上で、折り重なって伸びる三人を顎で示す飛叢さん。

 慌てて僕と釘宮君がステージ上に飛び出し、引き攣った愛想笑いで三人をステージ端に運び込んだ。


 こうして。

 昼下がりの攻防は、多くの人間が真相を知らないまま、幕を閉じたのだった。

新年一回目の更新となりました。


残念ながら昨年内には間に合いませんでしたが、開き直っ…もとい、心機一転で、執筆に臨んでいきたいと思います。


話はもう少し続きます。


次回更新を気長にお待ちください。

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