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妖しい、僕のまち 〜妖怪娘だらけの役場で公務員やっています〜  作者: 詩月 七夜
第四章 逢魔が刻に宴は続く 『降神町 夏の陣』~一反木綿・赤頭・針女~
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【二十四丁目】「そういう『答え』が、ですわ」

「た、大変だ…」


 ステージ上で睨み合う六人を見て、一部始終を見ていた僕…十乃(とおの) (めぐる)は、思わずそうつぶやいた。

 PR合戦で張り合うだけならまだしも、実力行使となれば話は別だ。

 ましてや、四人も妖怪が混ざっており、うち二人は役場の職員である。

 それが衆人環視の中、喧嘩を始めたとなれば大問題だ。

 下手に周囲を巻き込めば、怪我人が出る可能性だってある。

 来場者を避難させようとも思ったが、皆、アトラクションだと思っているのか、やんややんやと歓声を上げるばかりで、事の深刻さに気付いていない。

 こうなったら…!


釘宮(くぎみや)くん、飛叢(ひむら)さんと鉤野(こうの)さんを呼んできて!大至急!」


「う、うん!」


 僕の声に弾かれるように、釘宮くん(赤頭(あかあたま))が走り出そうとする。

 しかし、


「その必要は無いぜ」


 上空から、音もなく飛叢さん(一反木綿(いったんもめん))が舞い降りてくる。

 どうやら、ようやく子どもたちの相手から解放されたようだ。

 彼にしては珍しく、だいぶゲッソリしていた。


「飛叢さん!?…ええと…大丈夫ですか?」


 その様子に僕は、恐る恐るそう尋ねた。


「心配すんな…まぁ、ガキどもの相手で、少ぉしバテ気味だがな…」


 乾いた笑いを浮かべる飛叢さん。

 この激しい気性の持ち主が、無邪気で無遠慮な子どもたちを相手に、どれだけの忍耐を強いられたか…察するには余りある笑いだ。

 僕は釘宮君と思わず目を見合わせた。


「飛叢兄ちゃん…疲れてるなら、休んでた方がいいんじゃ…」


 釘宮くんが心配そうに声を掛けた。


「休む…ふ、ふふふ…冗談だろ…?」


 少しうつむき加減でいた飛叢さんが、ヤバい目つきで顔を上げる。


「こちとらフラストレーションが溜まりに溜まってんだ!誰でも何でもいいから、今すぐ発散させろ!」


 …うわあ。

 完全にキレてる。

 まるで、出番を待つ闘牛場の牛みたいだ。


「あ、あの、飛叢さん?僕達は会場の警備、ひいては来場者の安全確保が仕事です。分かってると思いますが、事は穏便に…」


「おう!分かってる!とりあえず、相手が息してりゃいいんだろ?なーに、楽勝楽勝!」


 ギラギラした目で、ボキバキ指を鳴らす喧嘩馬鹿(飛叢さん)

 これほど「穏便」という言葉から、限りなく程遠い光景もあるまい。

 ああ…

 何で、僕の身の回りにはこう、血の気の多い人ばかりなのか…


「…ねぇ、釘宮くん…」


「分かってるよ、十乃兄ちゃん。僕、頑張る…あんまり自信ないけど…」


 “もしもの時は、全力で飛叢さんを止めてくれる?”

 そう、僕が言わんとしていることを察してくれたのか、釘宮くんは苦笑しながら頷いてくれた。

 うう…本当にいいな子だなぁ(涙)


「でも、鉤野お姉ちゃんはどうするの?」


(わたくし)ならこちらに」


 声に振り返ると、いつの間に来たのか、鉤野さん(針女(はりおなご))がタイミング良く姿を見せる。


「鉤野さん!?『MISTRAL(ミストラル)』のブースに行ってたんじゃ…」


「ええ。ですが、入れ違いで織部(おりぶ)さんがこちらに向かわれたとお店の方に伺って来たのですが…何の騒ぎですの?」


 ステージ上で睨み合う織部シェフの姿に、目を丸くする鉤野さん。


「詳しい説明は後で!とりあえず、あの6人を止めるのを手伝ってください!」


 僕がそう言うと、鉤野さんは溜息を吐いた。


「…いえ、説明は要りませんわ。何となく、雰囲気でわかりますし。察するに今朝の続き、といったところでしょうか」


 そう言いながら、ステージ上の間車さん達を見やった。


「ですが、止めようにも私の【恋縛鉤路(れんばくこうろ)】で、殿方お二人はともかく、彼女達を押さえられるかどうか…」


 鉤野さんの妖力【恋縛鉤路】には、異性…つまり、男性を相手した場合、拘束力が増す特性がある。

 つまり、間車(まぐるま)朧車(おぼろぐるま))さん、摩矢(まや)さん(野鉄砲(のでっぽう))、三池(みいけ)さん(猫又(ねこまた))、妃道(ひどう)さん(片輪車(かたわぐるま))には、それに比べて効果が落ちるということだ。

 それでも、十分な拘束力は期待できるだろうが、何しろ彼女らも妖怪である。


「…ついでに言わせてもらうが、俺とあの胸のでけぇ姉ちゃんとは、相性が悪そうだな」


 飛叢さんが妃道さんを見て、舌打ちする。

 成程。

 確かに彼の【天捷布舞(てんしょうふぶ)】は木綿を操る妖力だけに、炎を操る妃道さんの相手はやりづらいだろう。


「では、こうしましょう」


 少し考えた後、僕は三人を見た。


「飛叢さんは妃道さん以外の妖怪組を、鉤野さんは妃道さんと男性二人の拘束をお願いします。釘宮くんには僕と一緒に、二人のバックアップを頼めるかな?」


「えっ?十乃兄ちゃんも来るの!?」


 意外そうな顔をする釘宮くん。

 見れば、飛叢さんと鉤野さんも、奇妙なものを見たような顔になっていた。

 僕は頷いた。


「そうだよ。何で?」


「お前は荒事に慣れてないんだから、下がってりゃいいだろ」


 飛叢さんが呆れたようにそう言う。


「そうですわ。後は私達に任せてくださっても構いませんのよ?万一、怪我でもしたら大変ですし…」


 珍しく、飛叢さんに賛同する形で、鉤野さんもそう言ってくれた。


「いいんです。だって、危ないのは、皆同じだし、急造だけど僕ら『チーム』でしょ」


 僕がそう言うと、三人は呆気にとられた顔になった。


「…?」


 何だろう?

 何か変なこと言ったかな…?

 すると、飛叢さんが突然笑い始めた。


「お前、やっぱ変わってんな!」


「へ?どこがです?」


「そういう『答え』が、ですわ」


 着物の裾で上品に口元を隠しながら、鉤野さんも笑い始める。

 解せない、といった顔の僕に、釘宮くんが満面の笑顔で言った。


「いいからいいから。ほら、行こうよ、十乃兄ちゃん!」


「わっ!?ちょっと待って!」


 釘宮くんの怪力に袖を引かれ、僕は三人のチームメイトと共に、ステージに向かった。


----------------------------------------------------------------------------------


 戦端は意外な人物…摩矢が開いた。

 予備動作もなく跳躍し、手にしたお菓子を指弾の要領で、妃道に放つ。


「っ!」


 間一髪、スケートボードを蹴り出し、疾走することで避ける妃道。

 炎を巻き上げ、疾走する妃道を、弾丸と化したお菓子が追尾する。


「このあたしを標的にするとは、いい度胸だよ!」


 空中の摩矢を睨むように、妃道が見上げた刹那、その髪先を飛来したお菓子がかすめた。

 摩矢が放ったお菓子の指弾が、空中であり得ない軌道を取り、四方八方から妃道に襲い掛かったのだ。

 放った飛び道具を任意の軌道で操る摩矢の妖力【暗夜蝙声(あんやへんせい)】の成せる技だ。


「うわ…」


 驚愕する妃道の姿が、着弾による物凄い粉塵に包まれ見えなくなる。


「妃道!!」


 思わず叫ぶ(りん)

 その背後から、


「あんたの相手はあたしよ!」


 音も無く忍び寄っていた三池が、鋭い爪を閃かせて襲い掛かった。

 放たれた矢の様なスピードで迫るそれを、輪は上体をのけ反らせてやり過ごす。


「上等!」


 ちょうど自分の背後に着地する形になった三池目掛け、間髪入れずにローラーブレードごと後ろ回し蹴りを放つ輪。

 軸足のローラーブレードに妖力【千輪走破(せんりんそうは)】を発動させ、回転&破壊力が増した蹴りは、(まさかり)の如き勢いで、三池を捕らえ…なかった。


「うわぁ!?」


 素っ頓狂な叫びを上げて、蹴りを避けた相手を見て、反対に輪の方が目を剥く。


「巡!?」


 奇跡的に蹴りを避けた勢いで、尻餅をついていたのは、十乃 巡ではないか。

 居ないはずの同僚の姿に、混乱する輪。


「な、何だぁ?何でお前がここに居るんだよ!?」


「皆さんを止めに来たんですよ」


 余程勢いよく転んだのか、腰をさすりながら巡が言う。


「でも、ひどいなぁ、もう。いきなり攻撃するなんて…あいたた」


「わ、悪ぃ、こっちも取り込んでてさ…」


 恨めしげに見上げる巡に、手を差し伸べる輪。

 それを掴んで立ち上がった瞬間、不意に巡がニンマリと笑った。


「…にゃんちゃって♪」


 ネコミミと二本の尻尾を生やした巡が、差し出された輪の手首を極め、その身を華麗に投げ飛ばす。

 突然の事に、輪も対応ができない。

 摩矢の指弾で舞い上がった粉塵の中へ、成すすべなく叩きつけられた。


「にゃッははは~、思い知ったか、オンボロ車め!」


 ネコミミを生やした(あんまり萌えない姿の)巡が、どろん、という音と共に、三池に変身する。

 いや、正確には「元の姿に戻った」のだ。

 妖怪“猫又”は「変化(へんげ)」…即ち、歳を経た動物などが妖怪化した存在である。

 そして、古くより姿を変え、よく人を惑わすといわれている。

 その伝承どおり、三池の妖力【燦燦七猫姿(さんさんななびょうし)】は、その姿を自在に変化させる能力なのである。

 しかも、声まで瓜二つにコピーすることも可能なので、どんなに用心深い者も、騙されてしまう。

 その見事な変化術に、居並ぶ観客達からも大きな歓声が上がった。


「えへへへ~、みんな、ありがと~♪」


 先程のPR合戦でやられた分を完全に取り返した感じで、三池が手を振って観客の声に応じる。


「君、油断するな…!」


 そんな三池に、上空の摩矢が警告を発した。


「…へ?」


 不意に。

 舞いあがる粉塵の中から、蒼い光が二筋、自動車のヘッドライトのように三池を射る。

 のっしのっしと歩み出てきた輪の姿を見て、三池はその光が、怒りに燃えた彼女の眼が発するものだと気付き、戦慄した。


「てんめぇ…!!」


 全身から【千輪走破】の蒼い陽炎を立ち上らせ、輪が低い声を上げる。

 よく見ると、その頭にでっかいタンコブがあった。


()き殺ス…!!」


 殺気溢れる目で、三池を睨む輪。

 完全に油断していたところをブン投げられたのが、余程頭に来たのだろう。

 ローラーブレードで二度三度と地面を後ろへ蹴り上げるその姿は、まるで猛牛のようだ。


「にゃひぃぃぃぃ!?」


 二股尻尾を恐怖に毛羽立たせ、三池は回れ右の後、脱兎の如く逃げ出した。


「待ちやがれ、この牝猫!轢いて伸ばして三味線にしてやるァ!」


「どどどどどどうぶつぎゃくたい、はんたい!」


 ステージ上で始まった一方的な追いかけっこに、飾りつけに張ってあった万国旗のロープへと着地した摩矢が、溜息を吐く。


「…所詮、猫」


 と、何かに気付き、摩矢はすぐ傍の支柱へと、弾かれたように目を向けた。


「あっちが三味線なら…」


 重力を無視し、垂直に立つ支柱の側面にスケートボードごと仁王立ちになる妃道の姿がそこにあった。


「お前さんはコウモリ傘にでもなってみるか!?」


「あれを避けた…!?」


 驚きに目を見開いた摩矢の前で、妃道が後輪をワンアクションで振り擦ると、深紅の炎が噴き上がる。


「“スネークバイト”の顔役を舐めんじゃないよ…いきな!【炎情軌道(えんじょうきどう)】!」


「くっ…」


 放たれた炎の飛礫(つぶて)を、後方宙返りで咄嗟に避ける摩矢。


「逃がすか!」


 支柱からロープを伝い、さらに摩矢へ肉薄する妃道。

 その神技めいたボードさばきに、真下にいた観客からにひと際大きい歓声が上がった。


「…へ?」


 思わず下を見た妃道の目に、際どいくらい短い自分の制服の裾とカメラを構えた男性客の群れが映る。

 こう言っては何だが…絶景だった。


「な、え?ちょ…キャアアアアアアッ!?」


 似合わない黄色い悲鳴を上げ、真っ赤になった妃道が裾を抑えてしゃがみ込みながら、摩矢を睨む。


「ここここの卑怯者ぉ!」


 かつて“スネークバイト”で繰り返した悪逆非道は、完全に棚に上げる妃道。

 摩矢は幾分困ったように、手を振った。


「いや、それ、完全に濡れ衣」


「るさい!大体、そっちもスカートなのに、何考えてんだ!?」


 ギャーギャー騒ぐ妃道に、キョトンとなった摩矢はスカートの(すそ)を摘み上げてみせた。


「気にしない」


「しろよ!」


 逆上した妃道の追撃から、摩矢は首を傾げながら、逃げ始めた。

皆様、ご無沙汰しております。


暮れも近付き、ジングルな鐘の音もテレビから聞こえてくる有様…


果たして、年内に終わりにできるのか心配になってきましたが、あまり追い込まず、続けて参りたいと思う所存でございまス。



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