【二十三丁目】「真打ちは遅れてやってくる!」
町を挙げてのイベントということもあり、昼時になると人出も相当な数になっていた。
最初、僕…十乃 巡と釘宮くん(赤頭)、鉤野さん(針女)は一緒に食事をとることにしたが、鉤野さんは「大変申し訳ありませんが、『MISTRAL』の織部シェフに個人的に招かれておりますので…」と、単独行動になった。
そこで、鉤野さんとは後で合流することにし、僕と鈴宮君は「玄風」のブースを覗いてみることにした。
以前「玄風」で食事をしたことがあるので、その味はよく知っているし、鈴宮君にそれを話すと、目を輝かせて「僕も食べたい!」と乗り気になったからである。
「うわぁ、行列ができてる」
「玄風」のブースに着くと、釘宮くんが思わず叫んだ通り、出入り口から何人もの人が並んでいた。
店員さんが必死に声を上げて、整理を行っている。
奥の調理スペースからは、打本大将が指示を飛ばす大きな声も聞こえてくる。
見ると、店頭には「本日限定メニュー 納涼降神せいろ」のチラシが貼られていた。
成程。
今日の暑さなら、こうした冷たいメニューはいい売れ行きを叩き出すだろう。
途中、前を横切った「MISTRAL」ほどではないものの、こちらも盛況のようだ。これは、あと30分は無理だろう。
「仕方ない、少し待って…」
と、行列の最後尾に並ぼうとした時だった。
おおおおおおぉぉぉぉぉ…!
不意に拍手と歓声が湧き上がる。
あれは…お休み処になっている広場の方か?
「あれは…!?」
駆け付けた僕達の前で、摩矢(野鉄砲)さんが忍者のように跳ね回り、小さな包み紙に包まれた何かを、指で弾いて配っている。
見ると、マカロンのようなお菓子のようだ。
テーブルで昼食をとっていた親子が恐る恐る頬張り、絶賛している。
ステージ上では、三池(猫又)さんがアナウンスを行い、主に若い男性の視線を独り占めしていた。
どうやら「MISTRAL」が、一気呵成のPR攻勢を仕掛けていると見た。
成程。
ランチタイムともなれば、どのブースも客数も増え、てんてこ舞いだ。
その間隙を縫い、敢えて人手を割いてPRを行えば、一手先んじることができる。
加えて、妖怪がその能力をフルに活かし、動き回れば目立つし、広告効果も上がるだろう。
ふと、鮮やかな身のこなしを見せていた摩矢さんがこちらに気付いた。
手を振る代わりに、お菓子を投げてよこす。
「おいしい!これ、おいしいねぇ!」
口の中に入れた、釘宮くんが感嘆の声を上げる。
名前は知らないが、確かにこのお菓子は美味い。
恐らく、織部シェフの自信作なのだろう。
僕は、改めて二人の妖怪を見上げた。
どちらにも来場客が喝采を送り、二人ともそれを受けていきいきとしている。
そう。
二人は妖怪ではあるが、人間達に受け入れられている。
そんな光景を、無性に嬉しく感じた。
人と妖怪は、きっと相容れない存在だ。
それは以前、黒塚(鬼女)主任が言っていた通りだろう。
だが、共生は十分にできる。
目の前の光景が、その可能性を示してくれている。
「…どうしたの?十乃兄ちゃん」
「え?ああ、うん…何でもないよ」
見上げてくる釘宮くんに、僕はそっと答えた。
じんわり滲む視界は、きっとお菓子が美味しすぎたせいだろう。
そう、考えていた時だった。
おおおおおおおおおおおぉぉぉぉ…!!!
不意にお休み処の一角で、別の歓声が上がる。
何事かと目を向けた僕は、そこに二つの疾風を見た。
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「悪いね、ちょっと失礼するよ!」
「上ばかり見て、ボーっとしてると危ないぜ!」
人ごみに突如出現した、駆け抜ける蒼と紅の光。
慌てふためく来場者たちを何なく避け、二つの流星は、広いお休み処の中心で砂煙を上げて止まった。
「真打ちは遅れてやってくる!」
「蕎麦屋『玄風』ここに参上…ってか!」
そう言いながら、背中合わせに立つ二人の女給。
誰であろう、妖怪“朧車”こと間車 輪と“片輪車”こと妃道 軌である。
二人は、両手の丸盆に山ほどのお菓子を乗せていた。
突如として出現した新たな二人の美人女給に、周囲の客が注目する。
「さあさあ、居並ぶお立会い!寄ってらっしゃい見てらっしゃい!」
「蕎麦饅頭に蕎麦煎餅、蕎麦ゆべしに蕎麦おこし!老舗蕎麦屋『玄風』が誇る生粋の蕎麦菓子の数々、ただ今から無料で試食サービス開始だよ!」
声高らかにそう宣言すると、二人は頷き合い、現れた時と同様に猛スピードで疾走し始めた。
自らの足で走るのではない。
輪はその足にローラーブレード、妃道はスケートボードに乗っている。
かたや、一輪車から戦車まで、どんな乗り物も、車輪がついていれば自在に操る“朧車”の妖力【千輪走破】
かたや、乗り物に乗った状態で走行エネルギーを炎に変えて操り、走り続ける限り無限に発揮できる“片輪車”の妖力【炎情軌道】
共に走ることに特化した妖力を持つ二人の、最終兵器がこれであった。
「さあ、みんな!手だけ開いて待っててくれ!」
「正真正銘、蕎麦粉から作った本格和風の蕎麦菓子だよ!」
立ち尽くす来場者達の間を神技じみた動きで走り抜け、その手に蕎麦菓子を置いていく。
その鮮やかな走行テクニックに、唖然としていた来場者は、一転、大きな喝采を送り始めた。
「す、すげぇ!何だ、あの姉ちゃん達は!?」
「見たことあるぞ。あれって『玄風』の制服じゃないか?」
「あの娘たちも妖怪でしょ?でも、カッコいい!」
「ん!?へぇ~、この煎餅、うまいなぁ」
「このおこしも美味いぜ!」
さっきまで「MISTRAL」の洋菓子を絶賛していた来場者が「玄風」の蕎麦菓子に舌鼓を打ち始める。
加えて、ミニスカ女給二人の艶姿に、ステージ上の三池にシャッターを切っていた男性客達も、あっさりとカメラの向きを変えてしまった。
「な、ななななな…!!」
ステージの上で、あっという間に蚊帳の外になってしまった三池が、茫然と立ちすくむ。
その様子に気付いた輪がニヤリと見下すような笑みを向けてきた。
「く~っ…やってくれたわね、あのオンボロ車!」
牙を剥き出して悔しがる三池。
その傍らに摩矢が着地する。
「皆持って行かれた…どうする?」
摩矢の視線の先では、派手な光と炎が巻き起こり、輪と妃道がアクロバティックな動きで駆け抜け、その度に来場者の歓声と拍手が上がっていた。
二人の劇的な登場もそうだが、摩矢と三池が盛り上げていた会場の熱気が後押しした感じも否めない。
こうなると、完全に前座扱い同然で、もはや、摩矢達の事を顧みる者はほとんどいなかった。
三池は歯噛みした。
「ぐぬぬ…このまま指をくわえて見てるのだけは避けたいわね」
「仕方がない…君、脱ぐか?」
「脱がんわ!何なのその発想!?」
くわっと牙を剥く三池。
そこに、
「まんまとしてやられましたね」
振り返った二人の目の前に、固い表情の織部が立っていた。
「シェフ!?どうしてここに?」
「ブースの方がうまく回り始めたのでね。スタッフに任せて、こちらの様子を伺いに来たんですよ」
長髪を撫でつけ、会場を見回す織部。
「ランチタイムになれば、どの店も手が回らず、PRはうちの独壇場になると思っていましたが…まさか、相手も同じ手でくるとはね」
低い声が、感情を押し殺した度合いを物語っていた。
織部が店の人手を減らしてまで発案した作戦だったが、見栄えという点はともかく、インパクトという部分では向こうの人材に分があったようだ。
「…まあ、真っ向勝負とはあの人らしいですが」
「当然だ!ついでに言えば、こいつは真剣勝負だからな!」
唐突にダミ声が上がり、織部の前に一人の巨漢が現れる。
打本だった。
織部は打本へ鋭い視線を向けた後、大仰に両手を広げた。
「…ほほう。一番忙しいランチタイムに、シェフがわざわざ店を空けるとは…そちらは余程お暇なようですね」
「ハッ!その言葉、そのままそっくり返してやるぜ!」
打本がニヤリと笑う。
「おめぇとの勝負は正々堂々、正面から叩き潰すに限るからな」
当初、輪達からPRの提案を聞いた時、打本は難色を示した。
が、お休み処での様子を聞き、持ち前の負けん気で考えを変えたのである。
織部が苦笑する。
「相変わらず直情的ですね…でも、まあ、その意見には私も賛成ですよ」
「珍しく意見が合ったな」
不敵に笑う打本。
それに笑い返す織部。
「差し当たって、不測の事態で「玄風」シェフが強制退場…という筋書きは如何でしょう?」
懐から「カミソリの薄さを再現」と絶賛された、ピザ生地を取り出す織部。
この生地は、イタリア修行時代に叩きこまれた技術に、独自の修練を混ぜ、回転を加えることで実際にカミソリ以上の切れ味を発揮する至った。
そこまで至った理由はさておき、正に恐るべきピザ生地である。
「悪くねぇ…但し、そいつは『MISTRAL』のシェフに配役を変える方が盛り上がるぜ?」
打本が丸太のような腕を一振りすると、その手に棍棒サイズの麺棒が現れた。
使い込まれたそれは、三代前の店主が信州の霊山に生えた古木を手ずから削りだした一品で、代々の店主の怪力にもビクともしない、鋼の如き麺棒だ。
そこまでこだわる理由はさておき、正に恐るべき調理器具だった。
「勢い込むのは結構ですが、こちらは三人ですよ?」
「…へ!?あたしらもやるの!?」
二人の異様な雰囲気に呑まれていた三池が、驚いたように声を上げる。
「一応、あたしらは人間に危害を加えるの、アウトなんだけど…」
「危害は加える必要はありません。レディにそんな真似はさせられませんからね。お二人には捕縛を手伝っていただけるだけで結構です」
「でも…」
躊躇う三池に、織部はニッコリ笑いかけた。
「時給アップと当店デザートバイキング食べ放題はお嫌いですか?」
「じゃあ、覚悟してねっ、玄風のおじさん!」
指を鳴らしながら、織部に並ぶ三池。
それに溜息を吐きながら、摩矢が続く。
「あら、あんたもやる気になったの?」
そう尋ねる三池に、摩矢は淡々と、
「店主の指示には極力従うように上に言われてる…あと、君らがやりすぎないよう監視役」
さすがに銃は取り出さなかったが、妖怪である摩矢の体術は人間の域を超える。
人間相手なら、素手だけで十分だった。
三池にしても、猫科独特の動きで摩矢を追い詰める程である。
「野郎…」
三人に追い詰められる形になった打本が、顔を歪める。
その瞬間、
「待ちな!」
「うちの大将に何しようってんだ!?」
光と炎を引き連れ、輪と妃道が疾風の如くステージ上に馳せ参じた。
打本を守るように、三人の前に立ちふさがった輪と妃道に、打本は笑顔を浮かべた。
「おうっ!助かったぜ、輪ちゃんに新人のボイン姉ちゃん!」
「『妃道』だって!ちゃんと覚えな、セクハラ雇用主!」
「お前ら、どういうつもりだ!?」
ステージ上の異状に気付き、妃道と共にPRを切り上げた輪が、織部を睨みつける。
「旗色が悪くなったからって、実力行使たぁスマートじゃねぇな!」
「フッ…勘違いしてもらっては困りますね、勇ましいお嬢さん」
前髪を跳ね上げる織部。
「|勝利はこの手に《ラ ヴィットーリア イン クェスタ マーノ》。この決闘において、我ら「MISTRAL」の勝利は揺るぎませんよ?」
「そもそも、それがどういう理屈なのか、分からないよ」
妃道が鼻を鳴らす。
「それを決めるのは客の筈だ。あたしが言うのも何だけど、汚い真似で勝とうって根性が気に入らないね」
「よく言うわね!PR作戦は、あたし達が先にやってたのに!横から割り込んできたのはどっちよ!?」
三池がフーッと威嚇する。
せっかく注目を浴びていたところを邪魔されたのが、よほど悔しかったようだ。
「手ぇ引く気は無いようだな、摩矢っち」
「不本意だけど…出向先を勝たせるのが、今回の任務」
輪の問い掛けに、摩矢が無表情のまま答える。
普段、漂々としている摩矢だが、仕事に対する姿勢は真面目そのものである。
狩人独特の忍耐強さも併せ持つ摩矢は、そういう意味で根っからの「仕事人」だった。
「何だ?何が始まるんだ?」
「『玄風』と「MISTRAL」が一騎打ちか!?」
「マジかよ?よっしゃ、負けるな『玄風』!」
「織部さん、頑張って~!」
ステージ上で睨み合う六人に、お休み処に居た来場者達も、自分勝手な応援を始める。
それが、六人の戦意を否応なしに高揚させる。
そして。
灼熱の昼下がり、遂に最後の決戦の火ぶたは(大会の本来の主旨とまったくの別方向の形で)切って落とされたのだった…!
すっっっっっっげぇお久しぶりです。
前の更新日付見たら「9月9日」…二カ月が経ってました(汗)
とにかく、プライベートで忙しかったこと(そして現在進行形)。
次の更新は頑張らなくちゃ!




