表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
170/170

【百五十八丁目】「はーあーい…」

 降神(おりがみ)高校・旧校舎。

 その建立は古く、明治時代にまで(さかのぼ)るという木造校舎である。

 当時としては最新鋭の構造で、町の有形民俗文化財として保存されていた。

 そのため、普段は人が出入りできないように封鎖されており、生徒はもちろん、教師も簡単には出入りできない。

 しかし、生徒代表である生徒会には管理用の鍵の所有が特別に認められているので、彼らの許可を受けた生徒は生徒会メンバー同行が条件であるものの、出入りが可能となる。

 当然、生徒会のトップである詩騙(うたかた) 陽想華(ひそか)怪長ぬらりひょんが同行することでその条件はクリアできる。

 僕…十乃(とおの) (めぐる)あらため乙野(おとの) めぐ(♀)は、怪長を筆頭に見回り部隊の面々と旧校舎へと足を踏み入れた。

 まず、降神町役場特別住民支援課より砲見(つつみ) 摩矢(まや)さん(野鉄砲(のでっぽう))と五猟(ごりょう) 沙槻(さつき)さん(戦斎女(いくさのいつきめ))。

 二人ともその若々しい見た目を活かし、現役の女子高生に成りすましている。

 そして、見回り部隊の二人…尾行澤(おゆきざわ) 平斗(へいと)くん(べとべとさん)と追掛(おいがけ) 霙路(えいじ)くん(ぴしゃがつく)。

 この降神高校に通う生徒 で、特別住民(ようかい)である。

 僕や摩矢さん、沙槻さんは彼ら二人と共に見回り部隊として活動。

 現在、学校付近に出没するという謎の怪異について「都市伝説オブ都市伝説」である“トイレの花子さん”に会うため、彼女が棲むというこの旧校舎へとやってきたのである。


「目指すは3階の女子トイレだ」


 詩騙怪長の先導で3階を目指す僕たち。

 その道すがら、僕は怪長に尋ねてみた。


「そう言えば、怪長は花子さんに会ったことがあるんですか?」


「いや、まったくの初対面だ」


 「初邂逅」と書かれた扇子を広げながらあっさりと答える怪長。

 それに、全員がずりコケる。

 辛うじて階段の手すりにつかまりながら、僕はもう一度聞いた。


「そ、それで何で花子さんの居場所が分かるんです?」


「単なる勘だよ」


 思わず目が点になる僕。


「か、勘だけで、ためらいなく目的地に当たりをつけて向かってるんですか?」


 僕の質問に、怪長は自信満々といった風に言った。


「まあ、そうだ。しかし、実は根拠がある」


「どのようなこんきょでしょうか?」


 興味深そうにそう尋ねる沙槻さんに、怪長は「問題」と書かれた扇子を広げた。


「聞くが、君たちは“トイレの花子さん”についてどのような情報を得ているのかね?」


 都市伝説“トイレの花子さん”…伝わっているその話は、事前にインターネットで調べたところ、地方によって多岐に渡る。

 その中でも、最もオーソドックスなものは次のとおりだ。

 まず、外見だが、最もポピュラーなのは赤い吊りスカートを履いた、おかっぱ頭の女の子。

 彼女は学校のトイレに出現し、ある扉をノックし「花子さんいらっしゃいますか?」などと呼びかけると個室からかすかな声で「はい」と返事が返ってくる。

 そしてその扉を開けると、花子さんがいてトイレに引きずりこまれるというものだ。

 ただ、花子さんの伝承にはいくつもバリエーションがあり、呼び掛ける台詞も「遊びましょ」というものや鬼ごっこが始まったり、首を絞められたりといった逸話もある。

 また、父母に妹、ボーイフレンドまで出現するというものや、果ては「正体は多頭のトカゲ」という破天荒なエピソードまであるという。

 こうなると、どれが真実なのか(はなは)だ疑問だ。

 僕がこうした内容を告げると、怪長は階段を昇りながら言った。


「そう、彼女についての伝承は実に多彩だ。どれが真実なのか、まったく判断ができない」


 そう言うと、怪長は二ッと笑った。


「そんな彼女にまつわる逸話の中で、高い確率で整合されている要素がある」


「それって何さ?」


 追掛くんが興味深々といった感じで身を乗り出した。

 それに怪長が「数」と書かれた扇子を広げて見せる。


「それは“3”という数字だよ」


「…そう言えば」


 何かに気付いた尾行澤くんが続けた。


「花子さんの逸話には、3という数字がつきものですよね」


「そう。まず、彼女の有名な出現法則には『学校の3階にあるトイレの3番目の個室のドアを3回ノックする』というものがある」


 怪長は指を3本立てて見せた。


「その他にも『正体は体長3mの三つ首のオオトカゲ』『便器の周りを3回まわると現れる』『出会って3秒以内に逃げないと殺される』というものもある」


 どれも初耳だけど…本当に「3」にまつわるものばかりだなぁ。

 僕が感心していると、怪長は呟くように言った。


「実はこれには理由があってな」


「理由?」


 摩矢さんがそう言うと、怪長は頷いた。


「“トイレの花子さん”という都市伝説が『三番目の花子さん』という都市伝説を原型にして構成されたからだと言われている」


 怪長によると『三番目の花子さん』という都市伝説は、1950年代に発生したものらしい。

 この都市伝説が核となり、様々な要素を取り込んで“トイレの花子さん”という形になったんだとか。


「この原型である都市伝説にも『3』という数字が関わっている。さて、この『3』という数字だが…」


 怪長は「注目」と書かれた扇子を広げて見せた。


「『真理の数字』といわれているのを知っているかね…?」


 全員で顔を見合わせる。

 怪長は続けた。


「例えば、多くの宗教には3にまつわる言い伝えが存在する。 キリスト教の聖書には「三位一体」「東方の三博士」「死から3日後のキリストの復活」などだ。仏教の世界では「三宝」は信仰の柱。 数秘術(カバラ)では『3』はすべての物事の統一、知性のはじまりの神秘を表わす」


 な、何だか壮大な話になってきたな…


「哲学者ピタゴラスは『三平方の定理』を唱えているし、近代物理学の父アイザック・ニュートンには『運動の第三法則』がある。彼らをはじめとした科学者・発明家も『3』という数字に重きを置いていたのは事実だ」


 息を飲む僕達に、怪長はニヤリと笑う。


「まだまだあるぞ。1966年、科学者たちは遺伝子コードの解読に成功したという、科学史上最大の成果を発表した。それが『あらゆる生物はすべての生物学的機能を3つのタイプの分子に依存している』というものだ。それがいわゆる「DNA」「RNA」そして「タンパク質」の三種類の生体高分子というわけだ」


 ひとり先頭を歩きながら「3」と書かれた扇子を広げる怪長。

 その眼はどこか楽しそうだ。


「ヒンドゥー教の破壊神シヴァには『第三の目』がある。ギリシャ神話に登場する海神ポセイドンは『三又の槍(トライデント)』を手にしているし『運命の三女神(モイライ)』ってのもいたな。そうそう、北欧神話の『運命の女神三姉妹(ノルン)』も忘れちゃいけないな」


 そして、全員がついに足を止め、沈黙する。

 そんな中、怪長はふと僕達を振り返って笑った。


「…まあ、全部あてずっぽうなんだけどな」


 僕達は再び全員でコケた。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「さて、到着だ」


 旧校舎3階にある女子トイレの前で怪長がそう言った。

 目の前には古びた木製の扉が一つ。

 上を見上げれば「女子用便所」と書かれた古いプレートが残っている。

 薄暗い旧校舎内の端っこにあるので、さらに暗い場所だ。

 ふ、雰囲気は抜群だな…


「では行こう」


 そう言って躊躇なくトイレのドアを開ける怪長。

 今は外見こそ女の子になっている僕だけど、あまり女子トイレの中をジロジロ見るのははばかられる。

 それでもざっと内部を見ると、左側の壁に沿って6つの個室があった。

 一つはドアが壊れていて開きっぱなし。

 でも、その他の個室は閉まっている。

 そして、入口から三つ目の個室は…


「…へ?」


 僕の目が点になった。

 何故なら、三つ目の個室前には小さなネオン看板が瞬いていた。

 ピンクに輝く看板には「BAR 羽名呼(はなこ)」と独特の字体で書かれてある。

 全員が硬直する中、怪長はすたすたと三つ目の個室前に立った。

 そして、コンコンコンとドアを三回ノックする。


「はーなーこーさん。あーそーびーまーしょー」


 緊張感もムードもへったくれもなく、怪長がそう呼び掛けると、


「はーあーい…」


 と、気だるげな女性の声がした。

 そして、個室のドアがギギギギ…と開いた。


「どーぞー…ゆっくり遊んでいってねー…」


 ドアの中からそう言いながら現れたのは、一人の女性だった。

 全体的にスレンダーな体形の女性だ。

 髪形はおかっぱというか、前垂れボブカットの黒髪。

 白いブラウスに赤い吊りスカートというか、病的なまでに白い肌と大胆なスリットが入った赤いナイトドレス。

 おまけに少女というか成人女性。

 手には火の点いた煙草。

 唇には口紅。

 メイクもバッチリしているのだが、眠たそうな目元やけだるい雰囲気をしたダウナーメイクである。

 なので、どこから見ても「夜の街で働く女性」にしか見えなかった。

 呆気にとられる僕達を尻目に、怪長は「来客」と書かれた扇子を開いて見せる。


「うむ、お邪魔しよう。ああ、ちなみに一人だけ未成年がいるのだが構わないかな?」


 会長が僕を指差す。

 そう言えば他の皆さんは特別住民(ようかい)だし、沙槻さんも100歳は軽く超えてるだっけ。

 すると、その女性は頷き、


「いいわよー…ノンアルもあるからー…」


 と、手招きしながらドアの向こうへと消える。

 怪長もそれに続こうとし、棒立ちのままの僕達に気付いた。


「どうしたんだ、君達。早く来たまえ」


「いやえっと…あの、その…今の女性って、もしかして」


 僕がそう言うと、怪長は二ッと笑った。


「ああ、彼女が“トイレの花子さん”だ」


 そう言うと「発見」と書かれた扇子を開いて見せる怪長。

 僕は慌てて言う。


「いやでも、あの女性はどう見ても『花子さん』って感じじゃ…」


「見た目、年歳には多少の差異はあるが、こんな所にいる以上、彼女が“トイレの花子さん”であるのはほぼ間違いないだろう。ホラ、店の名前も『はなこ』だし」


「で、でも、怪長も会ったことないんでしょ…?本物かどうかなんて分かんないんじゃないですか!?」


 僕がそう言うと、


「それを確認も兼ねて彼女の話を聞いてみようじゃないか」


 怪長はフフンと笑った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ