【百五十六丁目】「あ、あはは…ホントにすごいぐーぜんですよねー」
降神高等学校 生徒怪長 詩騙 陽想華。
背はすらっとしており、完璧なモデル体型。
大人びた怜悧な顔立ちは知性をたたえ、ややもすると冷たい印象に見えるが、滲みだすカリスマ性がそれ以上の魅力を振り撒いている。
そして、何より彼女は学校創立以来初めての女子生徒会長であり、特別住民の生徒会長であった。
その正体は“ぬらりひょん”
伝承では夕刻などの人が忙しく動く時間帯にどこからともなく現れ、裕福な商人などの身なりで人間たちの屋敷に悠々と立ち入るという。
そして、茶や煙草を楽しみ、家人に気付かれることなく優雅に去っていく妖怪とされた。
その正体不明な動向や立ち振る舞いから「妖怪の総大将」ともされ、有名な妖怪である。
しかし「ぬらりひょん=妖怪の総大将」にはれっきとした根拠があるわけではない。
近年作られた風説という見解もある。
が、妖怪たちの中で“ぬらりひょん”が「御意見番」として一目置かれる存在であることも間違いない。
噂ではあの“魔王”山本五郎左衛門や、“妖王”神野悪五郎といった大妖とも肩を並べるほどにその名は通っているという。
そんな彼女だが、実際に対面してみると噂に違わぬ風格を感じる気はする。
さすが「生徒怪長」の名で親しまれているだけのことはある。
僕…十乃 巡と一行は、そんな彼女に付き従い、校舎へと入っていった。
うーん、懐かしい。
現役時代は在校生としてこの昇降口を毎朝毎夕利用していたものだ。
「ほう…では、そちらのめぐ君は十乃君の親戚ということか」
歩きながら自己紹介をすると、詩騙さんは珍しそうにそう言った。
「おまけに砲見君と五猟君はその知己で、偶然転校が重なった、と…何とも奇縁だな」
手にした扇子を仰ぎながらカラカラと笑う詩騙さん。
…いや正直、苦しいことこの上ない言い訳だと思うんだけど。
ちなみに「めぐ君」というのは僕の偽名だ。
摩矢さん(野鉄砲)と沙槻さん(戦斎女)はともかく、僕の本名で女子を通すにはいささか無理がある。
「あ、あはは…ホントにすごいぐーぜんですよねー」
そう乾いた笑いを浮かべたのは、僕の妹、美恋である。
この降神高校にいるという都市伝説の“トイレの花子さん”に会うため、わざわざ性別まで変えて潜入したわけだが、在校生である美恋には、その手助けをしてもらうことになっている。
兄としてはこうした件に妹を関わらせたくはないのだが、場所が場所だけに仕方がない。
仮に美恋抜きで潜入したとしても、本人とバッタリ出くわせば隠しても結果ほ同じだ。
むしろ美恋からの厳しく追及されるだろうし、説明をする手間も生じるだろう。
「ところで、怪長は朝から何をなさっていたんですか?」
話題を逸らすためか、美恋がそう尋ねる。
すると、詩騙怪長は扇子をパチリと閉じた。
「なに、ちょっとした見回りだよ」
「見回り、ですか?」
「うむ。実は最近、旧校舎を周辺に妙な妖気が感知されたとの報告が生徒会に寄せられていてね。しかも、同時期に怪現象も発生しているそうだ」
「怪現象?どんな?」
摩矢さんが割って入ると、詩騙怪長は少し沈黙した後、
「ううむ…転校生が来た早々怖がらせるのは気が退けるが…まあ、俗にいう『学校の七不思議』や『都市伝説』じみた内容なのだが…」
その言葉に、僕たちは顔を見合わせた。
詩騙怪長によると、最近、旧校舎を中心とした学校周辺で怪しげな人物が出現し、生徒を追跡したり、校内であり得ない現象が発生したりしているという。
もっとも、この降神町では怪現象や心霊現象などはそう珍しいものではない。
何しろ特別住民が住んでいるのだ。
そう考えれば、町全体が本物のホラータウンではある。
当然、町民もそうした怪事件には慣れっこだ。
しかし「都市伝説」と聞いては今回ばかりは見過ごせない。
何しろ、僕たちが追っているのはまさしく「都市伝説」の情報なのだ。
「生徒への被害らしきものはまだ出ていないが、放置するわけにもいかんだろう?だから、特別住民の生徒有志を中心に見回り部隊でも編成しようと思っているのだが…」
「あのう」
話を聞いていた沙槻さんがおずおずと切り出した。
「その『みまわりぶたい』には、わたしたちもくわわることはかのうですか?」
「何?」
突然の申し出に詩騙会長はもちろん、僕たちも目を剥いた。
「わたしは『たいま』のちすじのものですので、そちらのけいけんもございます」
た、確かに。
沙槻さんは退魔一族「五猟」に属する“戦斎女”である。
妖怪や魔物を相手にすることは日常茶飯事だ。
「こちらにいらっしゃるまやさまも、ようかいですし、そうとうなうでのもちぬしです」
「そういうの得意」
表情を変えることなく、Vサインを決める摩矢さん。
彼女の狙撃の腕は、もう語るまでもない。
「とおの…いえ、めぐさまはにんげんですが、ようかいやかいいにかんするちしきは、じつにほうふです」
「ど、どうも…」
話題を振られたので、おずおずと挨拶する僕。
呆気にとられるばかりだが…沙槻さんはどういうつもりなんだろう?
沙槻さんの申し出に考え込む詩騙怪長。
そこで僕は沙槻さんに耳打ちした。
(沙槻さん、どうして見回り部隊に志願したんです?)
(ちょうどよいちゃんすとおもいました)
(チャンス、ですか?)
コクリと頷く沙槻さん。
(くろづかさまのおはなしでは“といれのはなこさん”なる「としでんせつ」は、きゅうこうしゃのなかにいるとのことでしたね?)
(はい)
出掛ける前に黒塚主任(鬼女)から聞いた情報を思い出す。
聞けば、今回接触するべき“トイレの花子さん”は、学校敷地内のはずれにある旧校舎を拠点としているらしい。
沙槻さんはひとさし指を立てて続けた。
(ならば、わたしたちが「みまわりぶたい」とやらにはいることができれば、こうないをじゆうにうごきまわれますから、あやしまれることもないとおもいます)
そ、そうか…!
確かに転校したての僕たちは目を引く存在だ。
見た目がいい摩矢さんと沙槻さんならなおさらである。
そんな僕らが固まって動けば、何かと目立ってしまう。
でも、見回り部隊所属となれば、大義名分もできる。
おまけに都市伝説がらみの情報も入手できるかも知れない。
連中の目的が定かでないいま、情報は多いに越したことはない。
「ぶむ…しかし、校内に不慣れな転校生たちに、いきなりそんな真似をさせるのはいささか気が退けるな…」
思案していた詩騙怪長がそう呟く。
僕は身を乗り出して言った。
「詩騙さん…いえ、怪長!ぜひ、僕たち…じゃなかった、私にも手伝わせてください!」
「む…いいのかね?」
「はい!少しでも早くこの学校に馴染めるよう、皆さんのお手伝いがしたいんです!」
すると、詩騙怪長は「天晴!」と書かれた扇子を広げた。
「そうか!その意気や良し!ならば、君たちにも手伝ってもらうことにしよう!」
上機嫌になった詩騙会長は、先頭に立って歩き再び始めた。
さてさて、これが吉と出るか凶と出るか…
僕は期待と不安が混じり合ったまま、その背中を追った。




