【百五十五丁目】「黒塚なる御仁は知らないが、完璧なのは疑いようもないな!」
つまるところ、事の次第はこうだ。
ここ最近、降神町に姿を見せる“都市伝説”たち。
彼らは皆、特別住民たちを目の敵にし、その敵対的な言葉を口にした。
その原因を探るために、僕たち降神町役場特別住民支援課は「都市伝説」の中でも一目置かれる存在…“トイレの花子さん”に接触することになった。
その“トイレの花子さん”は、目下、降神高校の女子トイレに居るという。
しかしそうなると、場所が場所だけに素のまま乗り込むことははばかれるわけで。
結果、こーなったわけである。
「うう…すーすーする…」
そう言って、降神高校の制服のスカートの裾を押さえたのは、誰でもない僕…十乃 巡本人である。
あ、誤解が無いように言うが、僕には女装趣味はない。
では、何故こんな格好をしているのかというと…
僕は現在、完全に女性になっているからだ。
精神的ではなくて肉体的な意味で、である。
繰り返すが“トイレの花子さん”がいるのは「女子トイレ」だ。
そこは女の子たちの聖域であり、男の子にとっては絶対不可侵の禁足地である。
その禁断の領域に足を踏み入れるメンバーとして、僕が選ばれた。
ただし、男性のままでは大いに問題がある…と、降神町役場の上層部(特に黒塚主任)は判断したらしい。
ならば、僕を外せばいいのだが“トイレの花子さん”という未邂逅の存在と交渉するのに、僕のような渉外担当は必要だという。
そこで乙輪姫(天毎逆)の出番となった。
彼女の有する権能【万象反転】は、この世の全ての事象・在り方を真逆にする力を持っている。
その力は名前の通り、灼熱の炎を一瞬で氷結させ、瑞々しい若木を枯死寸前の老木に変質させることができるのだ。
実際、かつてその力を受けた僕は、男から女に変えられたことがあった。
しかし、過去のとある事件のせいで、彼女は公には消滅したことになっている。
そこで隠遁生活を送る彼女に極秘に助力を乞い、僕は再び女性の肉体に変身させられたというわけだ。
ちなみに、
「めぐるんの頼みじゃ仕方ないなー。華の乙女ライフ、存分に楽しんできてねー。で、元に戻すときにはヤクモに合わせてねー♪」
と、躊躇いもなく、喜々として僕に権能をブチかましてくれた乙輪姫だった。
こうして、もともと童顔で、女性になると身長も縮むため、何とか現役女子高生で通じる姿になった僕は、先日、妹の美恋を拝み倒し、何とか降神高校の女子の制服を入手した。
そして、今に至るというわけである。
「同感。それにスカートって動きにくい」
そうボヤいたのは摩矢さん(野鉄砲)だ。
彼女は見た目がちびっ子…もとい、若々しいので、女子高生で十分に通じる。
ちょっとだぶついた制服に袖を通した摩矢さんは「大人へと背伸びした女子中学生」にすら見えた。
「よくにあっていますよ、まやさま」
微笑みながらそう言ったのは沙槻さん(戦斎女)である。
彼女は強力な霊力を持つ“戦斎女”であるため「死」という穢れさえ遠ざける。
故に老化も非常に遅く、年齢は百歳を超えているものの、見た目は若々しい十代のままだ。
だもんで制服を着た彼女は、青春真っ盛りの女子高生にしか見えない。
おまけに見目麗しく、清楚なそのたたずまいは、天下無双の大和撫子系お嬢様そのものだった。
「ちょっと兄さん、あまり裾をバタバタしながら歩かないでください!中が見えちゃうでしょう!?あと、そんなに大股で歩かないで!」
いつも以上に機嫌悪そうに注意をしてきたのは美恋だった。
ツンケンとした態度はいつもと変わらないが、今日は一段とトゲトゲしい。
まあ、実の兄に突然「制服貸してくれない?僕が着るから」と頼まれれば、思春期の女の子としては(事情を知らされても)大いに抵抗はあるだろう。
あと、サイズのことで「胸元が苦しい」と言ったら、親の仇を見るような目で睨まれた。
何でさ。
「それにしても、いくら女子トイレに入るからと言ってここまでする必要があるのかなぁ」
学校指定の学生かばんを手に僕が溜息を吐くと、摩矢さんが頷いた。
「確かに。学校側にばれないよう、夜中に忍び込めばいいと思う」
「わたしはがっこうというばしょははじめてなので、どうどうとかよえるのはどきどきします」
ひとり楽しそうな沙槻さん。
それに美恋が頭を抱えた。
「私は別の意味でドキドキするわ…」
美恋のボヤキも無理はない。
今回の一件では、僕たち三人まとめて「転校生」として潜入することになっているのだが、校内の様子はほとんど未知である。
僕は卒業生なので、ある程度は見知った場所だが、それも六年前のことだ。
そこで変なボロを出さないよう、在校生である美恋にガイド兼サポート役を頼むことになったのである。
ちなみに転校生としての手続きは、黒塚主任が手配してくれたらしい。
でも、これってどう考えても偽装工作だと思うんだけど…いいのかなぁ?
「ところで、わたしはどの『くらす』になるのでしょうか?」
「沙槻さんは私と同じで、摩矢さんは兄さんと同じクラスです」
「そうですか…とおのさまとはちがう『くらす』になってしまうのですね…」
美恋の言葉に、あからさまに残念そうな顔になる沙槻さん。
ちなみにこの組み分けにはちゃんと理由がある。
美恋は現役の在校生だし、僕は卒業生ということで、多少、校内には明るい。
その二人で、学校にまったく不慣れな摩矢さんと沙槻さんをクラスメートとしてサポートするというわけだ。
反対に、学校初心者の二人は荒事に慣れている。
都市伝説の連中も学校内でちょっかいをかけてはこないだろうが、校内は彼らが一目置く“トイレの花子さん”のおひざ元である。
不測の事態に備え、摩矢さんと沙槻さんにはボディーガード役になってもらうことになった。
「ここ、妖気が多い」
においを嗅ぐように鼻をひくつかせた摩矢さんのつぶやきに、僕は説明した。
「ああ、この学校には特別住民の子どもたちも通っているんですよ。僕がいた頃には想像もつかなっかった話ですけどね」
この降神高校の歴史は古く、開校は明治時代にまで遡る。
当時は上流階級の子息令嬢が通う名門だったらしいが、時代の流れとともに普通の私立高校になっていったという。
そして、二、三年前からは特別住民の生徒の受け入れも始まった。
現在は、彼らもすっかり学校に馴染み、人間の生徒と交流を深めている。
「今では、生徒会長も特別住民で、しかも女性なんですよ」
美恋がそう言うと、
「うむ。開校以来史上初の女性生徒会長ということらしい。まったく名誉なことだ」
と、女生徒が頷いた。
「まあ、すごいですね。それに、ようかいより、にんげんのせいとのほうが、かずはおおいのでしょう?」
沙槻さんが感嘆しながら言う。
すると、女生徒が得意そうな顔になった。
「うむ、それだけ種族の壁を越えた人望があったということだろう。まあ、見た目もいいしな」
「そんなに美人?」
摩矢さんが尋ねると、女生徒が髪をかき上げながらウインクし、ポーズをとる。
「まあ、そこら辺のアイドルなど相手にもならんだろうな。将来的には芸能界からのスカウトが来るかも知れん」
「生徒会長で人望もあって、おまけに美人かぁ。完璧すぎて、黒塚主任みたいだ」
僕がそう言うと、女生徒は手にした扇子を開き、高らかに笑った。
「黒塚なる御仁は知らないが、完璧なのは疑いようもないな!」
ちなみに扇子には、達筆な字で「完全無欠」と書かれている。
それに気付いた美恋が、あんぐり口を開けた。
「せ、せ、生徒怪長っ!?いつの間にっ!?」
「「「…え?」」」
僕と摩矢さん、沙槻さんの声が重なる。
そして、3人同時にその人物に注目した。
当の本人…いつの間にか自然に会話に加わっていた女生徒は、手にした扇子に書かれた「見参」という字を見せ付け、胸を張った。
「うむ!おはよう、諸君!今日も良い天気だな!」
これが。
降神高校の現役生徒会長…人呼んで「生徒怪長」こと、詩騙 陽想華さんとの出会いだった。




