【百五十二丁目】「『都市伝説』?」
「ふむ…成程な」
そう呟くとう、黒塚主任(鬼女)は指を顎に当てて考え込んだ。
ここは降神町役場にある特別住民支援課。
人と特別住民の垣根を薄くし、両者がお互いを尊重しつつ、同じ社会の中で暮らしていけるように支援を行う部署だ。
その対象となるのはもっぱら特別住民である。
彼らが人間社会に適合し、共に歩んでいけるように様々な公共サービスを提供する仕事が大きな比重を占めている。
それだけに課職員も特別住民が多い。
司令塔である黒塚主任を筆頭に、送迎係の間車さん(朧車)、保護係の摩矢さん(野鉄砲)と沙槻さん(戦斎女)、窓口相談係の二弐さん(二口女)。
それと、僕…十乃 巡(人間)。
以上のメンバーが、課内に揃っていた。
「一度、情報を整理するぞ」
黒塚主任が、僕たちを見回した。
「まず、全員が特別住民の襲撃を受けた」
主任の視線を受け、二弐さん以外の全員が頷く。
僕は、とある山間部で僧形の男に襲われた。
間車さんは妃道さん(片輪車)と一緒にいたところを、謎の黒いライダーに。
摩矢さんと沙槻さんは、赤いドレスの女性にそれぞれ襲撃をされたという。
黒塚主任が続けた。
「次に連中は全員が『見たこともない異様な特別住民』だった」
僕と一緒にいた絃女さん(絡新婦)は、特別住民として相手の妖気を感じたものの、それは「不思議なもの」と言っていた。
間車さんたち、摩矢さんと沙槻さんも同じだったという。
特に“戦斎女”である沙槻さんは古今東西の妖怪・魔物に精通しているのだが、その沙槻さんをしても相手の正体が分からなかったらしい。
「最後に…現れた三人のうち、二人が『妖怪の根絶』を口にした」
そう言うと、黒塚主任は険しい表情になった。
僕が出会った蛮嶽という男性と、摩矢さんたちが出会った冴囉と名乗った女性が、それぞれ口にしたという。
黒塚主任が続けた。
「その特別住民たちがとった行動も問題だが『妖怪の根絶』という言葉は聞き捨てならんな」
被ったキャップを抑え、間車さんは噛みつくように言った。
「絶対ただごとじゃねぇよ。どうすんだ、姐さん?」
「何度も言うが『姐さん』は止せと言っているだろう、間車」
渋い顔をする黒塚主任。
「それより、状況は割と深刻」
そう口を挟んだのは摩矢さんだった。
「ほぼ同時期に三件も事件が起きた」
沙槻さんがそれに頷く。
「はんにんは、いずれもなにかのつながりがあるとしかおもえません。あるいは…」
沙槻さんがチラリと僕を見やる。
「なんらかの『そしき』がかかわっているかのうせいも…」
僕は息を飲んだ。
沙槻さんの言わんとしていることが分かったからだ。
実は僕と彼女は、とある事件で「K.a.I」という組織の暗躍を目にしている。
彼らは以前、特別住民に害意を持った計画にも手を染めているいわくつきの組織である。
しかし、表向きは特別住民たちの人間社会への適合を支援している民間企業を標榜しているため、事情を知らない黒塚主任たちは「K.a.I」の裏の顔を知らないのだ。
「五猟、何か思い当たる節があるのか?」
「い、いいえ。そういうわけではありませんが…」
黒塚主任の鋭い質問に、慌てて首を振る沙槻さん。
「K.a.I」の裏の顔については、僕や沙槻さん、一部の特別住民メンバーの間でしか共有していない。
でなければ、関わった僕たちは非常にまずい立場になり、結果、主任たちに迷惑をかけることになるからだ。
「彼らは何故特別住民を目の敵にするんでしょうね…」
僕がそう言うと、間車さんが指をボキボキと鳴らした。
「そいつをハッキリさせるためには、連中をとっ捕まえるのが一番手っ取り早いんじゃないか?」
「どこにいるのか分からないのにか?しかも、逃げ足も早かったのだろう?」
「う…」
黒塚主任の指摘に、間車さんが歯噛みする。
謎の黒いライダーと出会った間車さんたちは、捕縛するどころか相手の妨害に合い、追撃すらままならなかったという。
走り屋としては、屈辱に近い結果だろう。
「警察に相談しますか?」
僕の提案に、黒塚主任は首を横に振った。
「いや“七人ミサキ”…エルフリーデ氏の時もそうだったが、何かしらの事件性のある証拠がない限り、警察を動かすのは難しいだろう」
「絃女さんたちに証人になってもらったらどうでしょう?」
「その場合、警察も調書くらいはとるかも知れん。が、それでも捜査まで発展する可能性は低いと思う。けが人や損害が出ていれば話は別だが」
「あークソ!あの時【千輪走破】を展開しなければ、あたしの車に傷くらいはついてたかも知れねぇのに!」
悔しそうに歯噛みする間車さん。
いや、それはそれで悔しがりそうですよね、貴女(汗)
「でも、対策は必要。次も運良く私たちが特別住民の傍にいるとは限らない」
摩矢さんの言い分はもっともだ。
今回の一連の事件は、たまたま僕たち役場の職員がいた状況だったから発覚したのだ。
今後、僕たちがあずかり知らない時と場所で、特別住民たちが襲われる可能性はある。
自衛手段がある特別住民ならまだいいが、そうでない場合は危害を加えられる可能性は高い。
何しろ「特別住民抹殺」を口にするような物騒な連中だし。
すると、沙槻さんがおもむろに口を開いた。
「でしたらせめて、ようかいのみなさんに、ちゅういをうながすとかはいかがでしょう?」
「うーん…悪くはないけど、判断は慎重に行うべきかもね」
「特別住民だけでなく人間側にもパニックが拡大しちゃうと厄介だし…」
二弐さんが困ったように言った。
そうか。
特別住民を襲う存在が世間に知れ渡ったら、何の力も持たない人間の町民も大騒ぎするだろう。
確かに、そうした無用なパニックの発生は避けたい。
そもそも、犯人たちの正体が分からない以上、人間の被害者が出る可能性だって捨てきれないのだ。
その結果、下手をしたら、人間が特別住民を見る目が変わってしまうかも知れない。
「手詰まりじゃんか。どーすんだよ、姐さん?」
お手上げといった風に万歳ポーズをする間車さん。
対する黒塚主任は、何かを深く考え込んでいる。
いつもは明快かつ的確に対策を指示する彼女だが、今回は相手が正体不明で、情報も少ないせいか、そう簡単にはいかないようだ。
実際、僕もどうしたらいいのか全く分からない。
そうしていると…
「失礼します。今度の会議資料をお持ちし…」
と、そこで台詞をとどめた人物がいた。
「織原さん」
見れば、事務室の入り口に立ち尽くしていたのは、同期の女子職員の織原 真琴さんだった
明るく、元気で友人思いな彼女は、僕と同じ普通の人間である。
織原さんは、難しい顔をしていた僕たちを見回し、戸惑った風に言った。
「…あのぅ、もしかして、お取込み中でした…?」
「いや、構わん。わざわざご苦労だったな」
黒塚主任が安心させるように労いつつ、織原さんから資料を受け取った。
「これは後程、私から課長に渡しておこう」
「よろしくお願いいたします……あら?」
お辞儀をした後、織原さんは帰りがけに僕の背後で足を止めた。
そして、僕が持っていたメモを背中越しに覗き込む。
そのメモは、蛮嶽と名乗った正体不明の怪僧に襲撃を受けた後、報告用に僕自身が記したものだ。
メモの中には、彼の特徴を記していたのだが、それを見た織原さんは物珍しげに呟いた。
「『テン・ソウ・メツ』?もしかして…これ“ヤマノケ”のこと?」
全員の視線が織原さんに注目した。
そして、
「「「「「知ってるの(か)!?」」」」」
何気ない彼女の一言に、僕たちは思わず大声を上げた。
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「あった。ホラ、これだよ」
言いながら、自分のスマホの画面を見せてくれる織平さん。
画面には「洒落で済まないほど怖い話」というサイトが開かれており、そこに“ヤマノケ”の話が載っていた。
「実は私、こういう怖い話が好きで、怪談系サイトをよく見たりするんだ」
やや照れながらそう言う織原さん。
成程。
彼女は特別住民がいるこの役場でも、人も妖怪問わず、とにかく友達が多い。
それは、彼女自身が人妖分け隔てなく接する好人物だからだろうが、怪異に耐性があるからなのかも。
「“ヤマノケ”の話なら、ここにもアップされているよ」
そう言うと、織原さんは説明してくれた。
“ヤマノケ”は山中に棲む正体不明の存在らしい。
頭部が胴体にめり込んだような異相をしていて、一本足で跳ねて移動するのだという。
ちょうどアルファベットでいう「T」型の外観は、確かに僕のであった蛮嶽さんに近いものがある(彼は一本足ではなく、両足を一本に縛っていたが)。
この“ヤマノケ”は「テン・ソウ・メツ」と呟きながら山中を徘徊し、出会った人間…特に女性に憑りつき、正気を奪うらしい。
「これに憑りつかれた女の子は『入れた入れた』と不気味に笑い、とあるお寺に預けられることになったって」
織原さんの話に、間車さんが息を飲む。
「それで、その子はどうなったんだ?まさか…」
すると、織原さんは肩を竦めて見せた。
「それは分からないんです。後日談的な話は語られてないので」
「はああっ!?そんな妖怪話あるかよ!?」
余程気になるのか、間車さんが声を上げた。
「でも“ヤマノケ”ねぇ…」
「私も初耳よ、そんな妖怪」
情報通で知られる二弐さんが、不思議そうに首を傾げる。
すると、織原さんは苦笑した。
「それは仕方がないですよ。何しろ“ヤマノケ”は二弐さんたちみたいに、昔から語られている妖怪とは違って、現代に生まれた妖怪ですから」
「現代に生まれた妖怪?」
僕が聞き返すと、織原さんは頷いた。
「そうだよ。“ヤマノケ”以外にも、そうした妖怪や怪異の話は今も多いんだよ。ネットでそうした怪談が広がって、有名になっていく場合もあるしね」
そう言ってから、小首を傾げる織原さん。
「でも、意外。十乃君が“ヤマノケ”を知らないなんて。あんなに妖怪に詳しいのに」
僕はそれに苦笑で返した。
「実は僕、あんまりネットを見ないから、こういうタイプの妖怪や怪異にはあまり詳しくないんだ」
別にインターネットに疎いわけじゃない。
ただ「日本古来からの妖怪」に比べて、ネットに語られる怪談に登場する存在はについては、勉強不足なだけだ。
決して、個人的な選り好みで差別をしているわけではない。
ただ…「彼ら」は妖怪とは異質な感じを受けていた。
「…織原、すまんが、いま時間はあるか?」
スマホの画面を見詰めていた黒塚主任が、不意に真剣な表情でそう尋ねる。
その真剣さに、織原さんは戸惑いつつ頷いた。
「は、はい。今なら大丈夫ですが…」
「では、君の記憶にある範囲内でいい。『夜道を高速で走る漆黒のライダー』『赤いドレスの女』…この二つの怪異に何か思い当たる話はあるか?」
主任の問いかけに、織原さんはスマホの画面を見ながら考え込む。
「…そうですね。私が知る中でですが、まず『首なしライダー』ですかね」
「首なし?」
間車さんに頷いて見せる織原さん。
「ええ。何でも、ある道路にいたずらでピアノ線が張られていて、そこにバイクで突っ込んだライダーが首を切断されてしまったそうです。でも、亡霊となったそのライダーは、夜な夜なその道路を猛スピードでさまよい続けているとか」
「いや、待てよ。あの黒い奴には首はあったぞ?絶叫もしてたし」
間車さんの指摘に、黒塚主任は眼鏡のブリッジを押し上げた。
「だが、フルフェイスの下を直接確認したわけではあるまい?」
「それは…そうだけど」
さすがに自信なさげになる間車さん。
黒塚主任は織原さんを見やった。
「もう一人の『赤い服の女』はどうだ?」
「うーん…赤い服の女の人かぁ。白い服なら“八尺様”とか該当しそうだけど…他に何か特徴があればなぁ…」
考え込む織原さん。
そこに沙槻さんが思い出したように言った。
「そういえば、とてもみのこなしがかろやかで、しんじられないくらいにみがるなかたでした」
「身軽な、ねぇ」
「高い木の上でも、曲芸みたいにバランスをとってた」
摩矢さんがそう補足すると、織原さんは何かを思い出したようにスマホを操作し始めた。
「あった!」
そういうとスマホの画面をみんなに見せる。
「何だぁ?“アクロバティックさらさら”?」
その奇妙な名前に、すっとんきょうな声を上げる間車さん。
僕も初めて聞く名前に、思わず目を丸くした。
一方、織原さんは興奮気味に、
「"アクロバティックさらさら"は"ヤマノケ"や"八尺様"と同じ現代に生まれた妖怪の一つだよ!」
そして、スマホを見ながら続ける。
「サラサラの長い髪をした赤い服の女性で、屋根やビルの上みたいな高い所での目撃例が多いって書いてあるよ」
「それなら確かに外見は似てる」
摩矢さんの言葉に、織原さんが頷く。
「名前の通り、とっても身軽でアクロバティックな動きをするとも書いてあるし、きっと間違いないですよ!」
「…これで相手の正体が分かってきたな」
黒塚主任が立ち上がる。
「一連の襲撃事件の犯人は『都市伝説』の連中の仕業だ」
「『都市伝説』?」
聞き返した僕に、黒塚主任が頷いた。
「そうだ。織原が言った通り、現代に生まれた、いわば新しい怪異の連中だ。我々のような古来から存在する妖怪に似て非なるものと言える」
そう言うと、黒塚主任は脱いでいたスーツの上着を羽織った。
「そうと分かれば、あの方の知恵を借りる必要があるだろうな」
「あの方…って、誰です?」
織原さんが尋ねると、黒塚主任はおもむろに答えた。
「『都市伝説』の元祖とも言える存在…"トイレの花子さん"だ」




