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【百五十丁目】「けど、次は潰す!」

「うおおおおおおおおおっ!!どけぇぇぇぇぇっ!!」


「行かせるかぁぁぁぁぁっ!!」


 夜の闇を切り裂く爆音に、二人の声が重なる。


 ここは降神町(おりがみちょう)郊外の国道。

 そこを競い合うように駆け抜けていく二つの光芒があった。

 一つは蒼い流星…間車(まぐるま) (りん)朧車(おぼろぐるま))が駆る自動車。

 一つは(くれない)劫火(ごうか)妃道(ひどう) (わだち)片輪車(かたわぐるま))が走らせるバイク。

 二人は闘志を剥き出しにしたまま、長い直線道路を競い合って走っていた。


 原因は単純だ。


 たまたま出会い、挑発し合い、お決まりのスピード勝負が始まった。

 それはもはや予定調和の結末であり、この二人が出会ったその時から宿命づけられた恒例行事なのである。


 ただし、その夜は、そこにノイズが混じった。


「いい加減に負けを認めやがれ!」


「やなこった!それより、お前こそ観念したらどうだ!?」


「絶ッッッ対いやだね!」


 互いにののしり合いながらスピードを上げる二人。

 直線距離である以上、普通なら馬力で勝る四輪に乗った輪が有利と言える。

 が、そこはお互い妖力を帯びた乗り物同士だ。

 ほぼ拮抗(きっこう)していた。

 そうして二人が走行し続けていた時である。


「きゃああああああああああああああああっ!!」


 突然、絹を裂くような女性の悲鳴が響く。

 何事かと後方を振り向いた二人の目に、一台のバイクが映った。

 そして、同時に唖然となった。


「「何だ、ありゃ!?」」


 そこには悲鳴を上げ続ける乗り手と一台のバイクがいた。

 真っ黒な車体のバイクだ。

 おまけに、乗り手自体も漆黒のライダースーツで身を包んでいる。

 そのため、まるで影そのものが走っているような錯覚を起こしそうだ。


「ひぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」


 相変わらず絶叫を振り撒く謎の黒いライダー。

 声からして若い女性のようだが、真っ黒なフルフェイスを被っているため、素顔を(うかが)い知ることはできない。

 黒いライダーは驚くべきスピードで、あっという間に二人に追いついた。


「こ、こいつ…!」


 輪は驚嘆した。

 妖力を発揮している二人の乗り物には、追いつくだけでも並みの機体性能やテクニックでは到底不可能である。

 しかし、この漆黒のライダーはかなりの距離を詰め、高速で走っている輪と妃道に追いついてきたのだ。

 明らかに人間離れしたそのライディングテクニックに、輪は確信した。


(この速さ、この攻め具合…間違いない、こいつは特別住民(ようかい)だ!)


「あひぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」


 二人に並走しつつ、なおも絶叫し続ける漆黒のライダー。

 それに同じくバイクを駆る妃道が噛みつく。


「おい、何なんだ、お前!」


「ひゃややややややややや~っ!!」


「あたし達に何か用か!?」


「のきゃきゃぁぁぁぁぁぁ~っ!!」


「テメェ、人の話聞いてんのか!?」


「ぱひょぉぉぉぉぉぉぉぉ~っ!!」


 妃道には答えず、珍妙な悲鳴を上げ続ける漆黒のライダー。

 業を煮やした妃道が輪に向かって怒鳴る。


「間車、何なんだ、コイツ!?」


「あたしが知るか!!」


 実際、輪自身、初めて見る乗り手だ。

 人外のライディングテクニックといい、放たれる妖気といい、輪の記憶にないものである。

 さらに、走り屋たちが集う私設レース“スネークバイト”の顔役であり、無敗の女王である妃道も面識は無さそうだ。

 しかしそうなると、疑問が残る。

 これだけの走りを見せるライダーだ。

 その噂が、輪や妃道の耳に入らないなどということがあるだろうか?

 自慢ではないが、二人とも走り屋として、それなりのネットワークを持っている。

 だが、こんな奇妙で圧倒的な走りを見せる乗り手などまったく聞いたことが無い。


(一体何なんだ、コイツ!?)


 その瞬間だった。

 漆黒のライダーは一気に加速し始めた。

 それこそ、二人を置き去りにして走り去ろうとする。


「あ、待て、コラ!」


 輪は目を剥いた。

 スピードの優劣は、走り屋としての矜持(プライド)に関わる。

 ましてや、これは本来、輪と妃道の二人の勝負だったのだ。

 そこへ後から勝手に割り込み、二人を抜き去ろうとするなんて、コケにするにも程があろうというものだ。


「どひぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」


 漆黒のライダーは相変わらず悲鳴を上げ続け、二人に構わず走り去ろうとする。

 徹頭徹尾聞く耳を持たないその態度に、妃道も激昂した。


「間車、お前との勝負はひとまず預ける!」


「あん!?」


「あの黒い奴に一泡吹かせてやる…!」


 言うなり、妃道はフルフェイスを脱ぐと、自ら駆るバイクの前輪を上げ、ウィリー走行に移行させた。

 同時にバイクに描かれた炎の模様が立体を結び、燃え上がる。

 紅蓮の炎は後輪をも包み、路上に炎の筋を刻んだ。

 妖怪“片輪車”…燃え盛る炎に包まれた片輪の車に乗った女妖。

 その本性を現した妃道は、まさに「走る凶器」と化す。


「行きな!【炎情軌道(えんじょうきどう)】!」


 轟音と共に、炎弾がバイクの後輪から放たれた。

 走行エネルギーを炎の弾丸と化し、相手に放つ妃道の必殺の妖力である。

 炎弾は狙いを違わず漆黒のライダーへと迫る。

 もはや逃れようがない距離だ。

 輪も妃道も爆炎に包まれる漆黒のバイクを想像した。


 ゆえに。

 炎弾がきれいに真っ二つに割れたのを目の当たりにした時、二人は目を疑った。


「なっ!?」


 妃道が驚きの声を上げる。

 少しして、きれいに分割された炎弾が、失速し、遙か後方で着弾した。

 爆風を背中で受けながら、再び唖然となる二人。


「な、何だ、今のは!?」


「あいつ、何しやがった!?」


 以前開催された「六月の花嫁大戦ジューンブライド・ウォーズ」で、ある相手が妃道の炎弾を真っ二つに断ち割ったことがあった。

 しかしその時、その相手は日本刀を手にし、恐るべき技巧で迫り来る炎弾を切り裂いたのである。

 が、目の前の漆黒のライダーはただ泣き叫ぶだけで、何の動きも見せず、飛来する炎弾を真っ二つにしてのけたのだ。

 二人の動揺は、それだけではなかった。

 その背中を、ゾワリとした怖気(おぞけ)が走る。


 それは。

 殺気だった。


「妃道、あたしの後ろに回れ!」


「…チッ!」


 それは咄嗟(とっさ)にとった阿吽(あうん)の呼吸の動きだった。

 輪の車体がひと際蒼い陽炎に包まれ、(おぼろ)に陰る。

 彼女の妖力【千輪走破(せんりんそうは)】により、車体の速度や耐久力、運搬能力を著しく跳ね上げた結果だ。

 同時に、減速した妃道がその背後へと回り込む。

 ちょうど、輪の車が妃道のバイクの盾となって進む形となった。

 すると間髪入れず、


 チュイン!


 何かが輪の車体に当たる。

 わずかな抵抗感を覚える輪。


(何だ!?)


 が、止まるわけもいかず、構わず車体を走らせた。


 チュイン!

 バツン!


 再び、何かが車体に当たる。

 そして、何かが断ち切れる音が続いた。


 チュイン!

 バツン!

 チュイン!

 バツン!

 チュイン!

 バツン!


 立て続けに起きる不可解な音。

 そして、強くなっていく抵抗感。

 が、耐久力を底上げされた輪の車体は、立ち昇る陽炎によって完全に防御されているため、辛うじて無傷で走行していた。

 車体に当たる「何か」…その正体は不明だが、妖力を発揮した輪の車体がこれだけ抵抗感を受けるとなれば、守るもののないバイクの妃道はおそらく無傷では済まないだろう。

 日頃、何かとライバル視し、反目することも多い二人が、得体の知れぬ殺気を感じとった瞬間に、即座にこうしたフォーメーションをとることができたのは実に皮肉な話と言える。

 前衛として走る輪の背後で、妃道が叫んだ。


「おい、大丈夫か、間車!?」


「まあな!けど…」


 輪は得体の知れない「何か」を完全に防御しつつも、受ける抵抗感によって車体が減速していくのを感じた。

 実際、漆黒のライダーとの距離は徐々に広がりつつある。

 反対に、車体に感じる「何か」によって受ける抵抗感は徐々に強まっていく。


「くそ!一体何だってんだ!?」


 減速を余儀なくされていく自分の車に、輪は歯噛みした。

 そうこうしていく間に、漆黒のライダーは遠ざかっていく。


「ちくしょう!」


 そして、悲鳴を残しつつ、黒い背中は夜の闇に消えた。

 車を止め、その姿が消えた闇を見詰めつつ、輪は拳を自らの掌を叩きつけた。

 その隣りに妃道がバイクを止める。


「…何だったんだ、アイツ」


「知らねぇよ」


 歯噛みしてから輪は叫んだ。


「けど、次は潰す!」



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