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妖しい、僕のまち 〜妖怪娘だらけの役場で公務員やっています〜  作者: 詩月 七夜
第十一章 大妖六番勝負 ~座敷童子・天狐・隠神刑部・悪樓・神野悪五郎・土蜘蛛・酒呑童子・茨木童子・山本五郎左衛門・大百足・塵塚怪王~
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【百四十八丁目】「…気は済んだか?」

 頬に当たる地面の感触に、僕…十乃(とおの) (めぐる)はうっすらと目を開けた。

 ぼやける視界の中、周囲で起きている乱戦が目に入ってくる。

 黒い怪物…“木偶(でく)”と戦っている大妖達や飛叢(ひむら)さん(一反木綿(いったんもめん))達は、どういう訳かそれぞれの妖力を取り戻したようだ。

 …良かった。

 皆が妖力を取り戻したなら、いくら百を超える“木偶”達でも蹴散らせるだろう。

 そう思った瞬間、意識の覚醒と共に右腕に焼けつくような感触が走る。

 その時になって、僕はようやく思い出した。


 僕は太市(たいち)君(鎌鼬(かまいたち))に腕を切られてしまったんだっけ。

 そして、大量の自分の血を見て、ショックで貧血状態になり、倒れてしまったんだ。


 どこか非現実的な感覚の中、僕は自分の傍らに立つ人影に気付いた。

 一体いつからそこにいたんだろう?

 僕は懸命に首を動かし、人影の正体を探ろうとした。

 見上げたその視界の中で、凍りついた滝のような銀髪が流れる。

 そして、眼鏡越しに僕を見下ろす冷たい目があった。


「しばらく見ないうちに、ずいぶんと酷いザマになりましたね、十乃さん」


「あ…な…たは…」


「ここまでされても、貴方はまだ他人(ひと)を憎まないのですか?」


 冷然と言い放ったのは、何と三ノ塚(さんのづか)さん(舞首(まいくび))だった。

 かつて、内閣府特別住民対策室に新規採用隊員として潜入し、僕のことを狙ったエージェントである。

 そして、特別住民(ようかい)達に害意を持って動いている「K.a.I(カイ)」の実行部隊として暗躍している妖怪だ。

 彼女は三つの異なる人格と姿を使い分け、状況に応じて活動している。

 そのため、特別住民対策室で指名手配中にもかかわらず、未だに拘束されていない。

 そんな彼女が、何故この場所に…!?

 しかも、何故か誰一人として彼女には気付いていないようだ。

 三ノ塚さんは、どことなく怒っているような雰囲気で続けた。


「以前、貴方を折るのは私、と言いましたよね?その前にもう折れてしまいましたか…?」


「…そ…れは…」


 グッと歯を噛み締めつつ、僕は上体を起こした。

 右腕の痛みを堪えつつ、彼女を見上げる。

 すると、三ノ塚さんは少しだけ笑みを浮かべた。


「上等です。そんな目が出来るなら、ね」


 そう言うと、彼女は不意に地に落ちていた僕の右手を拾い上げた。

 凄惨なものにもかかわらず、三ノ塚さんは顔色一つ変えない。


「今日の私の任務はコレを持ち帰ることです」


 そう言うと、三ノ塚さんは僕の右手の手首に巻かれていたものを取り上げた。

 それは黒い石が連なる腕輪念珠…「夜行珠輪(やこうしゅりん)」だった。

 かつて、異界寺院「夜光院(やこういん)」を訪れた際、北杜(ほくと)さん(野寺坊(のでらぼう))から預かった代物だ。

 北杜さんの話では、それを使うことで「夜光院」と通信が可能になるということだが、実はまだ一度も試したことはない。

 三ノ塚さんは、血に濡れた夜行珠輪を手に取ると、ためらわずそれを胸元へしまい込んだ。


「確かにいただきましたよ…“(ぬえ)”の卵を」


 …え?

 いま、何て言ったんだ?

 僕は腕の痛みも忘れて、目を見開いた。


「ど、どう…いうこと…です…!?」


「あら、ご存じなかったんですか?」


 意外そうな顔になる三ノ塚さん。


神無月(かんなづき)とかいう妙な便利屋が教えてくれたんですけどね。十乃さんも知っている顔ではありませんか?」


「神無月さんが…!?」


 僕は驚愕の声を上げた。

 そ、そんな馬鹿な!?

 神無月さん(紙舞(かみまい))とは「絶界島(トゥーレ)」事件では「K.a.I」の企てに、共に立ち向かった間柄だ。

 先の「夜光院」での一件の時も「K.a.I」の実行部隊の動向を危険視し、わざわざ僕に忠告もしてくれた。

 そんな彼が「K.a.I」に協力するなんてあり得ない…!


「嘘だ…!」


 僕は思わず立ち上がりかけたが、よろめいてそのまま再度倒れ伏した。

 その眼前に、三ノ塚さんが僕の右腕を投げてよこす。


「どう思おうと貴方の自由ですが、現に私はここにこうして現れた…真実か否かはそれだけで、十分でしょう?」


 そう言うと、不意に三ノ塚さんは取り出した呪符を(かざ)し、素早く呪文を唱えた。


符転剛垣ふよてんじてかべとなれ急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう!」


 瞬間、翳した符が一瞬で厚い壁となる。

 ほぼ同時に、その壁に黒く巨大な槍のようなものが突き立った。


「こんな場所で何をしていらっしゃるのですか?」


 声のした方を見ると、そこには今までに見たこともない厳しい顔をした沙牧(さまき)さん(砂かけ婆)が立っていた。

 その姿を見た三ノ塚さんが、鋭い目つきになる。


「砂鉄の槍…砂使い…!まさか“砂の魔女(サンドウイッチ)”!?」


「直接顔を合わせるのは初めてですね“CERBERUS(サーベラス)”」


 周囲に砂鉄の粉を舞わせつつ、沙牧さんがゆっくりと近付いてくる。

 二人は互いを知っているだろうか?

 そう言えば、沙牧さんは以前、裏社会でエージェントをしていたって紅刃(くれは)さん(酒呑童子(しゅてんどうじ))が言っていたけど…

 三ノ塚さんが不敵な笑みを浮かべた。


「私の“気配遮断”の術を見破るとは…さすがですね」


「その人から離れなさい。でなければ三枚におろして差し上げますよ?」


 砂鉄を固めて、数条の刃を作り出しつつ、沙牧さんが静かに告げる。

 それに、符を取り出しつつ、後退る三ノ塚さん。


生憎(あいにく)ですがそれはご免(こうむ)ります。せっかく()()も終えたところですしね」


 それを見た沙牧さんが、素早く腕を振るう。

 同時に舞っていた砂鉄の黒粉が変化し、数条の縄と化して三ノ塚さんの身体に巻き付いた。

 しかし…


符転黒幕ふよてんじてまくとなれ急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう!」


 三ノ塚さんの身体を中心に暗黒の闇が広がる。

 砂鉄の縄は、その闇をすり抜けるように貫通し、霧散した。


(とりあえず、伝説のエージェントにお会いできて光栄でしたよ。では、今日のところはこれで)


 そんな声が響くと共に、広がっていた闇が消失していく。

 すると、既にそこには三ノ塚さんの姿は無かった。


「…大丈夫ですか、十乃さん?」


 普段どおりの微笑みを浮かべて近付いてくる沙牧さんに、僕は辛うじて頷いて見せると、三度倒れ伏したのだった。



 -----------------------------------------------



「一気に形勢逆転じゃなぁ」


 群がる“木偶”達を粗大ごみから創造したもう一つの巨腕で薙ぎ払いつつ、阿久田(あくた)こと「古王こおう骸世(がいぜ)塵塚怪王(ちりづかかいおう))が太市を見上げつつそう言った。


「お若いの、ここいらが幕の引きどころだと思うがのぅ」


「…」


 好々爺然とした笑みを浮かべる骸世に、未だ巨腕に捕縛されたままの太市がわずかに歯噛みする。


「悔しいけど、あんたの言う通りかも知れないね」


 視線を巡らせる太市の目に、ほぼ殲滅された“木偶”達の姿が映る。

 おまけにここ…屋外練武場「破天」へと近付いてくる無数の妖気が感じられた。

 恐らく、異変に気付いた「木葉天狗(このはてんぐ)衆」だろう。

 飛叢達だけならまだしも、大妖達に百戦錬磨の木葉天狗達が加われば分が悪すぎる。

 それに、どういう訳か気付くのが遅れたが、間近に「K.a.I」の実行部隊らしき女の気配も感じとれた。


(ここいらが引き際か…さあて、どれだけサンプルが採れたかな?)


(けん)!」


 そう唱えると同時に、太市の周囲に大気の渦が生じた。

 それを見た骸世が、わずかに眉をひそめる。


「こりゃあ、たいした妖力だなぁ」


 その台詞が終わらないうちに、粗大ごみで出来た巨腕が見えない球体に(えぐ)られたように霧散する。

 その中心に浮かびながら、太市は骸世を見下ろした。


「…出会えて光栄だよ、古王。そして、あんたの存在を忘れていた自分を反省する」


 骸世の乱入…このイレギュラーが無ければ、事は()()()()()()()()()を生んでいたはずだ。

 しかし太市自身、この「(あやかし)サミット」に参加する大妖達の中から、彼の存在を失念してしまったのだ。

 その結果がこれだ。

 太市は骸世を見下ろしつつ、空中で優雅に一礼した。


「今日はここで失礼するよ、古王」


「そう簡単に帰れると思ってんのか?」


 不意にかけられたそんな声に、振り向く太市。

 その視線の先には、飛叢がいた。

 太市に高度を合わせて滞空しつつ、飛叢は挑みかかるように続けた。

 そこには静かな怒りがあった。


「太市…自分が一体何をしたか分かってんだろうな…!?」


「…勿論、分かっているつもりさ」


 感情を込めない声で太市が答える。

 その瞳にも、何ら感情が映っていなかった。

 そんな太市の態度に、飛叢は激昂した。


「そうかよ…釘宮(くぎみや)に続いて巡まで…テメェ、そこまで堕ちやがったか…!」


「…」


 無言のままの太市に、奥歯を噛み締めた飛叢が襲い掛かる。


「何とか言えよ!!」


 弾かれたような猛スピードで殴り掛かる飛叢。

 しかし、それを紙一重で避ける太市。

 続く回し蹴り、伸ばされたバンテージすらも太市は簡単に避けて見せる。

 しゃにむに攻めたてる飛叢の攻撃は一度もかすることなく、かわされてしまった。

 “一反木綿”である飛叢は、高い空戦能力を持っている。

 おまけに、両腕に巻かれたバンテージは、銃弾をもつかみ取る精密な動きを可能とするものだ。

 ことスピードにおいては、飛叢に勝るものはそういない。

 しかし、太市はその全てを凌駕していた。


「…気は済んだか?」


 攻め疲れて息をきらせる飛叢を見下すように、太市は再び感情を込めない声で言った。

 それを睨み返す飛叢。


「太市ィ…!」


「…そう言えば、役場のセミナーでは俺はいつも派手に動くお前の影に隠れがちだったな。だから、お前はいつも俺を格下に見てただろう?」


「…」


「けど、今は違う。この通り、俺は完全にお前を越えた世界にいるんだよ。お前がまったく手の届かない高みにな」


 そう言うと、太市は背を向けた。


「今日はもうお前と遊んでいる暇はないんでね。これで失礼させてもらうよ」


「ま、待て…!」


 追いすがろうとする飛叢を、片腕で風を巻き起こし、弾き返す太市。


「…十乃に伝えておいてくれ。『次は腕だけでは済まない』とな」


 次々と地面へ染み込むように消えていく木偶達と共に、太市もまた風の中に消えていった。



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