【百四十四丁目】「だからこその『大妖』なんだよ」
「元気そうで何よりだ」
そう言いながら、風峰 太市君(鎌鼬)は、笑みを浮かべた。
それは僕…十乃 巡が見たことの無い、冷たい笑顔だった。
飛叢さん(一反木綿)達とつるんでいた時、彼は気の優しい、姉妹思いの特別住民だった。
特に短気で、喧嘩っ早い飛叢さんとは真逆の性格ながら、親友同士であった。
また、仲間の間でトラブルが起きた際は、なだめ役もしていてくれた。
が、その頃の面影はもはや無い。
あの「絶界島」での一件以降、太市君は変わってしまった。
以前の彼を知っている僕には、いまや完全に別人としか映らない。
「テメェ…いけしゃあしゃあと、何を言ってやがる!?」
人を見下したような太市君の冷笑に、飛叢さんが怒りの表情で噛みついた。
「この前の夜、山本のおっさんを襲撃したことといい、今度は何を企んでんだ!?」
「おや…いたのか、飛叢」
さも今気付いたかのように、わざとらしくチラリと飛叢さんへ視線を送る太市君。
そして、目を細めて嘲笑した。
「今の一幕はじっくりと見させてもらったよ。山本に華麗にのされて、てっきりくたばったかと思っていたんだが」
小馬鹿にしたようなその言い草に、飛叢さんが更に目の色を変えた。
「太市、テメェ…!!」
怒りに任せて飛び掛かろうとする飛叢さん。
それを山本さん(山本五郎左衛門)が片手で制する。
「よう、イタチの。お前の方こそ元気そうだな」
そう言うと、片目をつむりながら、ニヤリと笑う山本さん。
「あの晩、俺に華麗にブッ飛ばされてたが、達者そうで何よりだ」
「…生憎と、あまり効かなかったんでね」
そう返しつつも、太市君は鋭い視線を山本さんへ送った。
そこに、
「一体どういうことなのかしら?山本」
後ろで成り行きを見守っていた神野さん(神野悪五郎)が、手にした扇子を閉じつつ、低い声で尋ねてくる。
「見たところ、このイタチの坊やは、貴方のお知り合いのようだけど?」
勝手に盛り上がっている山本さん達にのけ者にされていたせいなのか、僕には神野さんが若干の苛立ちを覚えているように見えた。
それに山本さんが答える。
「まあ、知り合いっつっちゃあ知り合いかな。平たく言えば百喜苑に着いた晩に、俺達を襲ってきた下手人だ」
その一言にその場にいた全員が驚きの声を上げた。
そして、紅刃さん(酒呑童子)が思い出したように口を開く。
「…ようやく合点がいきましたわ。十乃様との勝負が始まる前に、俚世様としていた、あの内緒話」
太市君を見上げつつ、紅刃さんは続けた。
「こちらの方が、山本様に粗相を働いたことを話していらしたのですね」
それから、山本さんの横顔に視線を移す。
「そして『たぶん、皆にも後で分かる』というあの時の言葉…それがこういう状況を指していた。それで間違いございませんか?」
山本さんが頷く。
「ああ。見るからに胡散臭くて、訳ありな奴だったんでな。この会合の間、再度俺達にちょっかいをかけるために、いずれ尻尾を出すだろうと踏んでいたのさ」
僕は内心驚いた。
太市君の目的自体は不明だ。
でも、襲撃された山本さんは、彼が再び姿を現すことを予見していたのだ。
もしかしたら、山本さんがこの「大妖六番勝負」の開催に賛同したのも、わざと隙を見せ、太市君が姿を見せる切っ掛けを演出するためだったのかも…
「ヘッ…山本の旦那を襲撃か。随分と豪気な話だぜ」
「襲撃」という言葉に触発されたのか、小源太(隠神刑部)がボキボキと指を鳴らす。
「けど、身の程をわきまえろってんだ」
小源太のその言葉に、今度は玉緒さん(天狐)も、どこか呆れたように肩を竦めた。
「まったくどすなぁ。“鎌鼬”風情が『魔王』を狙うなんて…とんだ命知らずもいたもんどす」
彼女の言葉の通りで、山本さんをはじめとする大妖に“鎌鼬”が一人で挑んでも、まず勝てるはずが無い。
しかし…
それは「普通だったら」という形容詞がついた場合である。
「あいや、方々用心するでござる!」
小源太達の言葉を耳にした余さん(精螻蛄)が、珍しく真剣な面持ちで警告を発した。
「以前、某が見た彼の能力は、普通の“鎌鼬”のそれとは完全に別物でござった!」
「絶界島事件」の時「K.a.I」のサーバーに、自らの妖力【爬這裸痴】を駆使して不正アクセスし、偶然、太市君の性能に関するデータを覗き見した余さんは、その時、彼のことを「怪物」と表現していた。
事実、太市君の外見や性格の変化もそうだが、何よりもその身に宿る妖力が異様なまでに膨れ上がっていたのだという。
それこそ「神霊級」…神に匹敵するくらいに。
だとすれば、太市君はこの場にいる大妖達に匹敵する妖力を持っていることになり、余さんが言う通り、決してタカをくくっていい相手とは言えない。
「信じられないかも知れぬでござるが、今の彼は並みの妖怪など遙かに凌駕した存在でござる!」
「随分と詳しいな。前に奴とやり合ったことがあるのか…?」
山本さんが興味深そうに尋ねる。
しかし、余さんは困ったように口籠った。
仕方がない。
「絶界島事件」には、僕達も大っぴらに口外できない理由が多々あるのだ。
特に、御屋敷町長(座敷童子)がいる手前、詳細を伝えることもはばかれた。
「詳しくは言えねぇが…余の言ったことは本当だ」
苦々しい思い出を思い起こしたのか、飛叢さんが幾分低い声で言った。
「少なくとも、奴に俺達全員で当たったが、大目に見ても痛み分けってところだった」
「成程。確かにうちの七重ともいい勝負をしていたしな。まんざら過大評価って訳でもなさそうだ」
山本さんの言葉に、勇魚さん(悪樓)が感嘆したように口笛を吹く。
「七重ってなぁ、確か山本んとこの“大百足”の坊やだったね。ハッハー!大した腕をしてるじゃないか!」
そう言いながら豪気に笑う勇魚さん。
「けど、今はこれだけの面子が揃ってる。悪いが、兄ちゃんの勝ち目は相当低いぜ?」
勇魚さんの言う通りだ。
いくら太市君が並みの妖怪を遙かに凌駕する力を持っていても、ここに揃っているのはいずれも神霊級に匹敵する力の持ち主である。
それが六人もいるのだから、普通に考えれば分が悪い状況だ。
だが。
それでも、太市君はたじろいだ様子は見せなかった。
それどころか、いまだ余裕すら感じとれる。
「ご忠告どうも。まあ、その辺りはこれからハッキリするさ」
そう言うと、太市君は笑みを浮かべたまま、指をパチンとならした。
同時に異変が生じる。
…何だろう、これは。
妖怪と違って「妖気」を感じることは出来ない普通の人間の僕でも、周囲に満ちる不穏な「何か」を肌で感じられる。
しかも、それが胸騒ぎと共にどんどん増していく。
「おいおい…何だ、この気配は…!?」
当然、気付いたのだろう。
飛叢さんが油断なく辺りを見回す。
他の妖怪達も、各々で周囲を探っていた。
「こ、これは…妖気ですの!?でも、こんな妖気は今までに感じたことがありませんわ…!?」
正気を取り戻した鉤野さん(針女)が、困惑混じりにそう声を上げた。
僕には、何か寒気というか怖気みたいなものしか感じない。
が、明らかに不穏な「何か」が近寄っている…
「ほう…こいつは多いな」
ふと、山本さんがそう呟く。
飛叢さんと対峙した時のように、飄々とした表情だが、今度は目が笑っていなかった。
そして。
異変は形となった。
一斉に飛び立つ鳥の群れ。
穏やかだった風は止み、晴れていた空が濁り始める。
地面が呻き声に似た鳴動を発した。
そして…
Gubububububu…
Ogyaaaaugiiiii…
Kiaaaaaaaeeee…
耳障りな鳴き声と共に、さっき山本さんを背後から襲撃しようとした「黒い“ずんべら坊”」が地面を突き破って這い出してくた…!
目を疑うのはその数だ。
僕達がいるこの練武場は、様々な武道大会などが行われる程の面積を持っている。
大体、50メートルのプールが二つは収まりそうなほどだ。
そこに「黒い“ずんべら坊”」達が一斉に湧いて出てきたのである…!
それにしても…すごい数だ!
少なくても百体近くいるぞ!
「紹介するよ」
空中に浮いたまま、太市君が不敵に笑った。
「これから、お前達の相手をしてくれる相手…通称『木偶』だ」
Gaiyaaaaaaaa!!
「黒い“ずんべら坊”」…“木偶”と呼ばれた怪物達が、一斉に鳴き声を上げる。
先程は飛叢さんが一瞬で仕留めたから、よく観察は出来なかったが…改めて目にすると異様な姿の連中だった。
概ね人型ではあるが、背は低めだ。
頭部にはボサボサの長い髪があり、目元は隠れて見えない。
代わりに鋭い歯が並んだ大きな口があった。
ひと際異様なのは、その四本の腕だ。
三本しかない指先には鋭い爪を持ち、物騒な輝きを放っている。
そんな連中に大勢で取り囲まれているこの状況は、凄まじくホラーだった。
「まあ」
紅刃さんが目を丸くした。
「何て不細工な化け物でしょう」
「え?そう?」
それを聞いた神野さんが、意外そうな顔になる。
「私は、なかなかに洗練されたデザインだと思うけど」
「……そ、そうですか」
口許に扇子を当てて、うっとりと語る神野さんに、ややゲンナリした顔になる紅刃さん。
まあ、神野さんのセンスは色々とぶっ飛んだところがあるし…
「見てくれのどうこうは、この際どうでもいいじゃねぇか。ええと、確か“木偶”っていったか?」
小源太が頭の後ろで手を組みつつ、つまらなそうにボヤく。
「まあ、よくも上手い名前をつけたもんだ。こいつらまんま“木偶”だぜ。妖気もカスいしな」
「だな。まともなのは数だけか」
勇魚さんも拍子抜けしたように肩を竦める。
それに追従するように玉緒さんも溜息を吐いた。
「そうどすなぁ。うちらの相手をする気なら、この10万倍の数は欲しいところどす」
なかなかに頼もしい言葉を吐く大妖達である。
異形の大群を目の前にしても、まったく動じた様子が無い。
それに舌打ちする飛叢さん。
「チッ、この数を見てもその余裕かよ…まったく、どっちが化け物か分かかりゃあしねぇぜ」
「だからこその『大妖』なんだよ」
山本さんがニヤリと笑う。
「ここにいる連中は、若い頃からこの程度の修羅場は何度も乗り越えて来てる。じゃねぇと『大妖』は名乗れねぇのさ」
そう言ってから、山本さんは飛叢さんを見やった。
「飛叢、お前が目指しているのはそういう世界だ。覚えておけ」
…え?
今のは、どういう事だろう…?
しかし、そう言われた飛叢さんは一瞬呆気にとられつつも、不敵に笑い返した。
「上等!なら、まずはここからだな!」
そう言うと、静かにファイティングポーズをとる。
それを見ていた太市君が、何かを思い出したように手を叩いた。
「そうだ。余裕綽々の大妖の皆さんに、もう一つとっておきがあったんだっけ」
そう言うと、太市君は目を細め、あの冷笑を浮かべた。
「せいぜい楽しんでくれよ…『なれは いま うつほなる だいちに』」
太市君が歌うように何かを唱える。
その瞬間…
“きぃぃぃぃぃぃぃん”
大気が軋む音が確かに響いた。
同時に、居並ぶ妖怪達がそろって顔を強張らせる。
「…野郎」
山本さんが、小さく震える自らの手を見てから、太市君を見上げた。
その目には。
今までにない殺気がこもっている。
さっき、僕と相対した時より、数段怒りがこもった顔だ。
「何か…妙な真似をしやがったな…?」
信じられないことに。
心なし山本さんのその声音には焦燥が混じっているように感じられた。
そんな山本さんを悠然と見下ろしながら、太市君がニヤリと笑う。
「『この程度』じゃ物足りないとのことだったんでね」
そう言うと、太市君は顔に喜色を浮かべつつ、大きく両手を広げた。
「ただいまをもって封じさせてもらったよ…ここにいる全員の『妖力』を、ね!」
僕は。
はっきりとその絶望の声を聞いた。




