【百四十二丁目】「つい、嬉しくなっちゃって」
「う…うう…」
十乃 巡が呻き声を漏らす。
「妖サミット」会場「百喜苑」…その一角にある屋外練武場「破天」では、「大妖六番勝負」の最終戦が繰り広げられている真っ最中だ。
そして、その場は異様な雰囲気に包まれていた。
巡と助っ人である飛叢(一反木綿)の前に最後の大妖として立ち塞がるのは「魔王」山本五郎左衛門だ。
姿は初老の男性だが、それは仮の姿である。
その本性は誰も知らない。
伝承にも伝わっているのは「数多の妖怪・魔物といった異形達を従え、得体の知れない巨腕を振るう」ことのみだ。
そして、意のままに配下の異形達を呼び出せるということ。
現に、山本が足を軽く踏み鳴らしただけで、数多の異形が地面から湧き出すように出現した。
そして、それらの異形は巡をじわじわと取り囲みつつあった。
いずれも、その姿は人間とは似つかない禍々しい姿の妖怪・魔物ばかり。
気の弱い人間なら、卒倒するほどだ。
そんな異形の群れに囲まれながら、巡は声を押さえるように身を震わせている。
その様子を見ながら、山本は内心嘆息していた。
この若者は、これまで妖怪絡みの事件に巻き込まれ、その中心にいながらも、ことごとく生還し、しかも問題を解決をしてきたという。
しかも、そのトラブルに関わった相手が“戦斎女”や“天毎逆”といった大物ばかり。
そんな連中絡みのトラブルを、何の力も持たないこの若者が一体どうやって解決に持ち込んだのだろうか。
しかも、巡はあの「夜光院」にも迎え入れられたと聞く。
夜光院は異界「幽世」に在り、秘めた「宝」とやらを守るため、訪れた人妖をことごとく拒んで来た「不可侵の要塞」だ。
それが何の変哲もない人間相手に門戸を開くという事は、前代未聞の出来事である。
それだけに、山本は「十乃 巡」という人間にいたく興味を抱いたのだ。
それは他の大妖達も同様だったろう。
しかし、山本はその興味の先に「ある思惑」も見据えていた。
それは「自らが人間界への進出するために、巡自身にどれだけの利用価値があるか」という思惑である。
「最も危険な大妖」とも噂される山本は、大妖の中でも最大の勢力を持つことを目論んでおり、その野望の一角として、古くから人間界における版図拡大を画策していた。
しかし、その意図を察してか、或いは単なる意地の張り合いからなのか、好敵手である神野悪五郎をはじめとした大妖達は、山本の動向を虎視眈々と見張っていたのだ。
それだけに、山本は表立って行動を起こすことは控えてきた。
そんな折りに現れたのが「十乃 巡」という異端の人間である。
人間界において、異能力や権力を有している訳でもないこの若者は、何故か名だたる妖怪や霊能者と接点が持ち、しかも懇意にしているのだ。
ならば、上手くして懐柔なり脅迫なりすれば、自分の手駒として扱うことができるかも知れない…山本はそう考えたのである。
ちなみに余談ではあるが、こうした山本の思惑は、巡達が「K.a.I」や「mute」に対抗するため、山本をはじめとした大妖達を後ろ盾にしようとしていた目的と、奇しくも表裏一体だったりする。
もっとも、そんな巡達の都合を知らない山本は、まずは巡の資質を見極めようと、大妖六番勝負に賛同し、自分も勝負に臨むことにした。
が、結果は「失望」だった。
自分との勝負の開始と共に、鮮やかな手並みで速攻を繰り出してきた“一反木綿”をはじめ、巡を慕う特別住民達は、いずれも見どころがある連中ではあった。
が、当の巡本人は本当に無力だった。
妖怪についての知識等には目を見張るものはあるものの、機転が効いたり、胆力があったりという長所は欠片も見当たらない。
それは、これまでの他の大妖達との勝負内容を見てきても歴然だった。
勝利こそ納めてきてはいるが、肝心の巡は大きな活躍はしていない。
事前情報から分かってはいたが、とにかく巡は悲しいくらいに平凡な若者だった。
利用するのも哀れなくらいだ。
(どうやら大きな見込み違いだったかな…)
山本は頭をボリボリと掻いた。
元より本気で巡をどうこうしようというつもりはない。
手下の妖怪・魔物共にも「巡には手を出さず、適当に脅かせ」と命令してある。
それを察しているからなのだろう。
審判役の俚世(座敷童子)も口を挟んでこない。
慌てているのは、巡の連れである特別住民達のみだ。
巡の窮地を面にした“猫又”や“赤頭”が、助けに動こうとしている。
が、それを“砂かけ婆”が止めていた。
何故止めるのか、と抗議する仲間に沙牧とかいう“砂かけ婆”が言った。
「分かりませんか?あそこにいるのは、あの十乃さんですよ?」
(何だ?どういう意味だ?)
落ち着き払った沙牧のその様子に、山本が内心首を捻った時だった。
「うわあああああああああああっ!!」
迫り来る異形の群れに、巡が遂に恐怖に耐えかねたように叫ぶ。
そろそろ潮時か、と手下共を下がらせようとした山本は、巡が次に吐いた台詞に耳を疑った。
「スゴいっ!『稲生物怪録』に登場する本物の妖怪達だぁぁぁぁっ!!」
見れば。
巡は「恐怖」どころか「驚喜」の表情を浮かべていた。
思わず目が点になる山本。
それを横目に、巡は目を輝かせながら周囲の異形達をしきりに見渡す。
「あっ!もしかして物語の『一日目』に現れた“一つ目の大入道”さんですよね!?いやあ、やっぱり本物は大きいなぁ!!」
「ガ、ガウ!?」
巡に駆け寄られ、キラキラ輝く目で見上げられた毛むくじゃらの“一つ目の大入道”は、脅かそうとしていた当人が見せる予想外の反応に、たじろいだように身を引いた。
続いて、巡はその横にいた異形に気付くと、喜色満面で覗き込む。
「あなたは…確か『三日目』に登場する“逆さ生首”さんですよね!?すみません、握手していただいてもいいですか!?」
「は、はあ…」
巡に手を差し出された“逆さ生首”の女が、頭を支える髪の毛をひと房、おずおずと差し出す。
それを両手で握り、ぶんぶん振る巡。
「うわあ、器用に髪の毛を使えるんですね!あと、実物に会えるなんて光栄です!一生の思い出になります!」
「そ、そう?良かったわね、坊や」
普通はあり得ない、親愛に彩られた反応に、まんざらでもない表情を見せる“逆さ生首”の女。
さらに巡は周囲を見回して、声を上げた。
「そこにいらっしゃるのは『二十八日目』に出て来る“虚無僧軍団”さん!あっ、あっちにいるのは『十二日目』の“大蝦蟇”さん!『十日目』の“あやかし赤子”くん達もいる!すごーい、全部本物ですよね!?」
そう言うと、巡は何かを思いついたようにポケットをまさぐり、スマホを取り出した。
「あの、すみません!皆さん、記念に一緒に写真を撮ってもらってもいいでしょうか!?」
その一言に、ざわつき出す異形達。
が、巡は連れである余(精螻蛄)にスマホを渡すと、テキパキと撮影の段取りを進め始める。
「“一つ目大入道”さんや“大顔老婆”さんとか、大きい方は後ろの列にお願いします。あ、“逆さ生首”さんとか“あやかし赤子”くん達は前に。ああ“虚無僧軍団”さん、立ち位置で揉めないでください!ちゃんと全員入りますから!」
やいのやいのとひとしきり騒いだ後、ようやく準備が整ったようだ。
巡を真ん中に、異形軍団が勢ぞろいで並ぶ。
「よ、宜しいでござるかな?」
「お願いします、余さん。いいですかー、皆さん?笑顔でお願いしますねー!」
そう言うと、巡は笑顔でピースサインを作った。
「はい、チーズ!!」
「「「「「「「「ちぃぃぃず!」」」」」」」」
巡の合図と共に、思い思いのポーズをとって撮影に応える異形達。
そして、撮れた画像を巡にスマホで見せてもらっては、和気あいあいと盛り上がり始めた。
中には「現像したら分けてくんない?」とか言い出す者も出始める始末である。
そうやってなれ合っている様子を呆然と見詰めていた山本は、ハッと我に返った。
「何してやがる、お前ら!!」
地鳴りを伴うほどの大音声で山本に一喝された異形達が、飛び上がって震え出す。
「すすすすすみません、お館様!」
「あたしら、写真なんて珍しいから、つい…」
「それにコイツ、妙に馴れ馴れしくて、俺らを見ても怖がらないし…」
「こんな人間は、あの平太郎以来でさぁ」
口々に言い訳を始める手下達に、牙を剥いて怒りの形相を見せる山本。
しかし。
山本は、不意に嘆息した。
「ったく、どいつもこいつも…無邪気に当てられやがって」
「あ、あの…山本さん、すみませんでした。勝負の最中だったのに、皆さんに無理言っちゃって…」
申し訳なさそうにそう言う巡を、山本は異形の眼のままジロリと見やった。
「おい、坊主。お前こいつらが怖くはないのか…?」
その問い掛けに、巡は異形達を見やってから答えた。
「ええ。特に怖くはありません」
「…何でだ?これだけの化け物を目にすりゃあ、大抵の人間は震え上がるってのに」
そう問いただす山本に、巡はおずおずと答えた。
「だって…あの有名な『稲生物怪録』に出て来る妖怪の皆さんですし、本物に会えるなんて思わなかったもので…」
そこで、自然と笑みを浮かべる巡。
「つい、嬉しくなっちゃって」
その笑顔を見た山本は、再び呆気にとられた表情になった。
すると、巡が先程まで声を押さえて震えていたのは。
単純に、古書に語られる伝説の化け物達に出会えた歓喜のためだったというのか。
「いや、待て。お前、俺の事はさっきあんなに怖がってたじゃねえか!?」
「山本さんは別格ですよ!本気の『魔王』なんて初めて見ましたし!物凄い迫力でしたし!」
そこで、何故か申し訳なさそうになる巡。
「すみません。でも、今回で慣れたし、次は驚かないように気を付けますね」
「…」
巡のその物言いに、大きく目を見開く山本。
そうしてしばし無言で巡を見ていた山本だったが、不意に吹き出した。
「フッ…クククク…ハハハハハハハ!!」
「!?」
突然、腹を抱えて爆笑し始めた山本に、今度は巡の方が呆然となる。
ひとしきり笑うと山本は、目尻の涙をぬぐいながら言った。
「参った」
「え?」
キョトンとなる巡。
それに「魔王」は静かに告げた。
「お前にはやられたよ。俺の負けだ、坊主」
「え、ええ?」
訳が分からないといった風の巡に、山本は続けた。
「お前の本質、度量、在り様…その全部が俺の想像を遥かに超えていやがった」
そう言いながら、山本は片目をつぶって見せた。
そして、胸の内で呟いた。
(北杜、何でお前らがこの坊主を『夜光院』に受け入れたのか…いま、ようやく分かった気がするぜ)
北杜とは夜光院の宗主である妖怪“野寺坊”である。
飄々とした風貌の破戒僧だが、呑気に見えるその裏の顔は「無類の切れ者」であり、夜光院を永らく死守してきた妖怪達にとっては要とも言える存在だ。
その北杜がこの巡を受け入れる気になったのは、やはりこの若者がいま見せた一幕があればこそだろう。
即ち、十乃 巡という人間は、人妖の垣根が恐ろしく低いのだ。
どんなに強大な妖力を持っていても、人が怖れおののく外見をしていても、妖怪とは分け隔てなく接し、受け入れ、肩を並べる。
それは、遠い昔、山本が出会った稲生兵太郎(のちの稲生 正令)とは異なる資質だ。
ひたすら勇敢だった平太郎とは正反対で、巡は妖怪を「親しい隣人」として見ているだけなのだ。
一見「恐怖」という感情が鈍いだけのように見えるが、そうではない。
妖怪とは、人の抱く怖れを存在の根源としているがゆえに、人は無意識のうちに妖怪を恐れるようになっている。
それは巡も例外ではない。
現に、山本が異形の本性としての片鱗を見せただけで、巡は恐怖していた。
が、本人に言わせればそれは「初めて見たからびっくりした」というレベルなのだ。
それは、通常の人間…恐れ知らずの稲生平太郎すら含めて…とは明らかに異なる感性と言える。
そんな一風変わった感性を持った青年は、相変わらずキョトンとした顔で立ち尽くしていた。
山本はニヤリと笑って言った。
「何を呆けた顔して突っ立ってやがる。お前の勝ちだ。もっと喜べ、坊主」
「僕の…勝ち…?」
「そういうこった。これで遂に俺達全員に勝ったって訳だ」
そう言いながら、山本は一度眼を閉じ、開いた。
それだけで、山本の目は普通の瞳に戻っていた。
「おめでとう、と言わせてもらうぞ、坊主」
そう告げる山本に、巡はようやく笑顔を浮かべた。
「はい!ありがとうございます…!!」
それを見届けた俚世が警笛を吹き鳴らし、宣言する。
「勝者、十乃!」
「やったあ!!」
「おめでとう、十乃兄ちゃん!!」
「全勝でござるよ、全勝!!」
三池(猫又)、釘宮(赤頭)、余が喜びを露わにしつつ、巡に駆け寄る。
抱きつかれ、宙に胴上げされながら、笑顔を浮かべる巡。
それを離れた場所で遠巻きに見ていた沙牧が、微笑みながらひとり呟いた。
「だから言った通りだったでしょう?どんな恐ろし気な怪物に取り囲まれて、追い詰められても…相手はあの十乃さんなんですから」
喜びの輪の中にいる巡を、どこか眩しそうに見詰める沙牧。
そして、そっと続けた。
「妖怪は、皆イチコロになるんですよ」
「う、ううん…」
背後からの呻き声に、沙牧は振り向いた。
見れば、神野との勝負で廃人と化していた鉤野(針女)の目に、ようやく正気の光が戻りつつあった。
「…ここは?」
座らされていた車椅子から身を起こし、周囲を見回す鉤野。
「ようやく気が付きまして?お寝坊さん」
袖で口元を隠しながら、沙牧がコロコロと笑う。
それに、鉤野が額を抑えながら尋ねた。
「美砂?私は今まで何を…一体何がどうなっておりますの…?」
「そうですね…説明すると長くなりますけど」
そう言うと、沙牧は片目をつぶって見せた。
「一つ言えるのは、静ちゃんが『大きな見どころ』を見逃した…というのは間違いないですね」
そう言う沙牧の視線の先では、歓喜の輪が更に大きくなっている。
主の怒りが解けたのを知って安心したのだろう。
山本の手下である妖怪達も三池達に加わり、巡を取り囲んで大騒ぎし始めたのだ。
「へへ…山本のおっさんにも自分を認めさせちまうとはな」
その様子を見ながら、まるで自分が勝利をおさめたかのように目を細めて笑う小源太(隠神刑部)。
そこへ玉緒(天狐)が悪戯っぽく言った。
「あらあら、負けた相手の勝利が、そないに嬉しいんどすか?」
「ったりまえよ!何せ、巡は俺の親友なんだからよ!」
答えながら、ニッと笑う小源太。
「そういうアンタこそ、妙にうれしそうじゃねぇかよ?」
すると、玉緒は頬を赤らめ、身を捩りながら言った
「当然どす♡何せ、巡君はウチが惚れた相手どすさかい♡最初から勝つって信じてましたわ♡」
「聞き捨てなりませんわね、玉緒様」
玉緒の言葉を聞いた紅刃(酒呑童子)が憤然と腕を組む。
「十乃様は、この私にも勝ったお方。そして、操を捧げる寸前までいったお方です。横恋慕は見苦しいですわよ?」
玉緒がそれに猛然と噛みついた。
「何いけしゃあしゃあと、この泥棒牝鬼が!十乃君に偶然押し倒されただけなのに、話を盛らんといてくれる!?」
「オホホホ!泥棒上等ですわ!『奪えるものは奪い、侵せるものは侵す』が当家の信条!それに既成事実さえ作ってしまえば、後はどうにでもなりますわ!」
「くっ!十乃君の童○はうちのもんどす!絶対に譲りまへん!」
火花を散らし合う女妖二人。
それを見ていた勇魚(悪樓)が豪笑した。
「ハッハー!それならあたしもあいつに随分と興味が湧いたよ!いっそ、釘宮と一緒にあたしの船の船員にしちまおうかねぇ」
「「絶対に認めません(認めまへん)!」」
口を揃えて反論する女妖二人だった。
一方、巡や山本を少し離れた所から見ていた神野が、冷笑を浮かべ、ひとり呟く。
「山本も随分と日和見主義になったものね。あれくらいでほだされるなんて」
「ふふん。山本が坊に目を掛けたのが、そんなに面白くないか、神野よ」
傍らに立ち、からかうようにそう告げる俚世に、神野は見下したような視線を落とした。
「そう思うなら、貴女も随分とほだされたようね、おチビちゃん。あの子ザルちゃんのあの資質、私が気付かないとでも思って?」
その言葉に、俚世の目が鋭くなる。
「…『妖王』よ、何が言いたい?」
それに神野は流し目と共に、意味ありげな笑みを浮かべた。
「おお、怖い目ね。いや、あの子ザルちゃんを見ていたら、似た名前の誰かさんを思い出しちゃったのよね」
俚世が神野を睨む。
「坊はあの一族とは関係はない。名前は似ておるが、血のにおいが異なるゆえな」
「…はいはい、そういうことにしておきましょうか」
そう言うと、取り出した扇子で俚世の視線を遮るようにする神野。
そして、内心呟いた。
(まぁ、面白い玩具が見つかったのは収穫かもね)
そんなやり取りは露知らず、歓喜の輪の中にあった巡が何かを思い出したようにハッとした表情になる。
「そう言えば、飛叢さんは…!?」
緒戦で山本から反撃を受けて以降、飛叢の姿を見ていない。
巡は輪を飛び出すと、飛叢が墜落した場所へ向かった。
「飛叢さん…!?」
そこには、倒れ伏したまま意識を失っている飛叢の姿があった。
「しっかりしてください、飛叢さん!」
慌てて駆け寄り、抱き起こすと、飛叢は僅かに呻き声を上げた。
「う…うう…」
「飛叢さん、大丈夫ですか!?」
そう呼び掛けると、飛叢は閉じていた目を開いた。
「め、巡…か…」
その様子にホッとする巡。
物凄い勢いで地面に叩きつけられたため、大怪我でも負っているかと思ったが、意識はあるようだし、大きな負傷箇所も無さそうである。
「飛叢さん…良かった」
「良く…ねぇよ…畜生…山本の野郎は…どうした…?」
「あっ!無理に動かないでくださいよ!」
「これくらい…何てこたぁねぇよ…それより、山本は…魔王はどこだ…!?」
「存外、タフだな、お前」
ふと聞こえてきた山本の声に、飛叢が反応する。
その姿を認めると、飛叢は敵を見る目で山本を射た。
「野郎…!これくらいで勝った気になるなよ…!」
「分かってる。もう、俺は負けたしな」
何気ない山本のその一言に、腕のバンテージを繰り出そうとしていた飛叢が動きを止めた。
「何だと?何をほざいてやがる!?」
激昂する飛叢に、山本は涼しい顔で笑みを浮かべた。
「聞こえなかったか?俺は負けた。この勝負、そっちの坊主の勝ちだ」
「飛叢さん、山本さんの言う通りです。信じられないかも知れませんが、僕達は勝ったんですよ」
肩を貸していた巡が、勝負の経緯を説明する。
それに飛叢は信じられないような顔になった。
「…俺が気絶してる間に…そんな事になってやがったのか…」
うつむき、歯を噛み締める飛叢。
おそらく、助っ人として全く力になれなかった事を悔いているのだろう。
その表情は、厳しいものだった。
「飛叢さん…そんなに思い詰めないでくださいよ。今回の勝利には、飛叢の力があってこそだったんですから」
「…下手な慰めは止せよ」
顔を伏したまま、飛叢は小さく呟いた。
喧嘩百戦錬磨を自認する飛叢にとっては、一矢報いることもなく気絶させられたことがとても堪えたようだ。
「くそ…こんなんじゃアイツを止める事だってできやしねぇ…!」
「飛叢さん…?」
巡には理解できない内容を呟くと、ふと、飛叢は顔を上げた。
そして、そのまま巡を真横に突き飛ばす。
「わっ!?」
「魔王!」
飛叢は全身から殺気すら滲ませ、仁王立ちになった。
「そこを動くんじゃねぇ!!」
そのまま。
飛叢の右手から、鋭い槍と化したバンテージが放たれる。
それは、微動だにしない山本を串刺しにしたのだった。




