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妖しい、僕のまち 〜妖怪娘だらけの役場で公務員やっています〜  作者: 詩月 七夜
第十一章 大妖六番勝負 ~座敷童子・天狐・隠神刑部・悪樓・神野悪五郎・土蜘蛛・酒呑童子・茨木童子・山本五郎左衛門・大百足・塵塚怪王~
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【百三十八丁目】「そうじゃなぁ…なら、儂も少し変わってみるか」

「いやいや、こんなに遅くまでつき合わせてしまって…ほんに申し訳ない」


 そう言うと、目の前のおじいさん…阿久田(あくた)さんが、ぺっこりと頭を下げた。

 ここは「百喜苑(ひゃっきえん)」内にある清掃用コンテナ集積ベース。

 広大な苑内全域から集められたごみを分類し、処分場に搬入するための中継基地だ。

 その集積ベースで、僕…十乃(とおの) (めぐる)は、汗だくになりながら、阿久田さんと肉体労働に勤しんでいた。


「…は…ははは…気に…しないでください…」


 背広を脱いで、腕をまくり上げた半袖姿になった僕は、なかなかの重量をほこる古い机を運びながら、乾いた笑いを浮かべる。

 それを見ながら、傍らの休憩用ベンチでお茶をすする阿久田さん。


 一体なぜ、こんなことになっているのかというと…


 警備の“木葉天狗(このはてんぐ)”から門前払いにされかけていたこの阿久田さん、津雲(つくも)清掃という清掃会社の職員である。

 一線を退いたものの、会社に乞われて任期付きの再雇用となり、今に至るそうだ。

 今回「(あやかし)サミット」の会場であるこの百喜苑で、粗大ごみの回収・運搬を受け持つことになったそうだが…

 本人、開口一番に「ごみを受け取るににどこに行ったらいいのか分からない」ときた。

 一刻も早く帰宅し、明日に備えたかったが、そのまま見捨てることもできず、僕は何とか集積ベースの位置を探し当てると、阿久田さんを案内した。

 が、ここで新たなる問題が起きたのだ。


「うぅむ…いかんな。痛めた腰がうずくのぅ」


 案内し終わり、ホッとして帰路につこうとした僕の背後で、ボソッと呟く阿久田さん。

 聞こえなかったフリで、更に一歩踏み出す僕。


「…あいたたた…うぅ…こういう肉体労働は、老骨には堪えるんじゃよなぁ…」


「…」


「重そうじゃなぁ…あんな重そうな机なんぞ、持った途端に腰骨が砕けそうじゃ…」


「…」


「儂があと十年、いや、せめて五年若ければのぅ。一人でもこなせたんじゃが…」


「…」


「いや、仕方ない。仕方ないんじゃろうなぁ。少子高齢化社会じゃし。色々と世知辛い世の中じゃしなぁ」


「…」


「ああ、せめて畳の上で死にたかったのぅ。ごみの山に押し潰されて死ぬとか、救いが無いのにも程があろうってもんじゃ」


「…」


「辞世の句でも詠んでおくかのぅ…“ごみ山と 焼却炉行き 我が(むくろ)”」


「…あ、あの…」


 僕は強張った笑顔で振り向いた。


「お手伝い…しましょうか…?」


 それがかれこれ二時間前のやり取りである。

 軽い物のみを運び終えた阿久田さんは、目下、のんびりと休憩中。

 一方の僕は、大物と格闘中というわけだ。

 一体、どこから湧いて来たのかと思うほどの粗大ごみの山と格闘し続け、ようやく終わりを迎えた頃には、時計は午後9時を回ろうとしていた。


「おわっ…たぁぁぁぁぁぁ!!」


 汗だくになりながら、天を仰いで座り込む僕。

 冬の夜空には、キラキラと小さな星々が瞬いている。

 こんなに肉体労働に励んだのは、いつ以来だったろうか。

 始めた当初はげんなりしていたが、片付いていくにつれ、得も知れぬ爽快感を覚えた。

 運動などが得意なわけではないが、こういう単純作業には没頭する質なのだ。

 頬を打つ冬場の冷えた空気が心地よい。


「お疲れさんでした」


 ニコニコ笑いながら、阿久田さんが冷たいペットボトルを差し出す。

 それを受け取りながら、僕も笑い返した。


「ありがとうございます」


 蓋を捻り、お茶をあおる。

 喉を流れ落ちる冷たい奔流が心地よい。


「結局、ほとんど任せてしまいましたなぁ。いや、本当に申し訳ない」


「はは…さすがに疲れました」


 僕は苦笑した。

 あのまま、見捨てて帰っても良かったのだろう。

 咎められることなんて、一切ないはずだ。

 それでも、僕は困っている人を見ると、こんな風につい手を貸してしまう。

 悪友の雄二(ゆうじ)に言わせると「お人好しにもほどがある」なんて評価になるんだろう。

 でも、僕自身としては、自分がやれる範囲でしか助けていないし、どうやっても無理な場合は諦めることもある。

 以前、それを反論すると、雄二には、


「バーカ。そもそも、最初から『助けてやろう』って仏心がみなぎってる時点で、お前は妖怪“お人好し”なんだよ」


 と、鼻で笑われてしまった。

 まったく納得がいかない。

 でも、仕方がない。

 僕という人間は、そういう風に育てられたし、育ってしまった。

 それに、そうした人助けをさして苦にも思わないのだ。

 冷静に考えてみれば、かなり損な性分なのだろう。

 実際、負わなくいい苦労を負うこともある。

 でも…


「一つ、いいですかな?」


 隣に腰を下ろしつつ、阿久田さんがおもむろにそう尋ねてくる。

 僕はそれに冗談っぽく返した。


「追加の作業なら、もう少し休んでからでお願いします」


「いやいや、そういうつもりはありません。仕事は全部片付きましたし」


 ごま塩髭を掻きながら、苦笑する阿久田さん。


「十乃さんは、降神町役場にお勤めと仰いましたな」


「ええ」


「それで、特別住民ようかい関連の部署にいらっしゃるとか」


「そうです。特別住民支援課っていうんですけど」


「知っとります知っとります。儂も仕事で役場に行ったことがありますから」


 頷きながら、阿久田さんは続けた。


「しかし、特別住民ようかいが相手となると、色々ご苦労もあるんでしょうなぁ」


「ええ、そうですね」


 僕は素直に頷いた。


特別住民ようかいの皆さんが、この町に定着して20年が経ちますが、まだまだ人間との相互理解が成り立っているとはいえません。価値観は勿論、生活習慣や趣向も違いますしね」


「ほうほう」


「残念ながら、それが原因で人間と衝突してしまうケースもままあります。それで過去に何度ピンチに陥ったことか…」


 溜息を吐く僕に、阿久田さんは同情の視線を向けてきた。


「それは、災難ですなぁ」


「全くです。今回のサミットだって、とんでもない無理難題が…」


 そこまで言い掛けて、僕は慌てて口を閉ざした。

 サミットの詳細を、部外者に漏らすわけにはいかない。

 何より「大妖相手に肝比べやなぞなぞ、水上アスレチック勝負をしてました」なんて広まったら、世間も目を引ん剝くだろう。


「いや、あはは…とにかく、何かと苦労はありますね」


 ごまかし笑いをしつつ、僕はそう言った。

 すると、阿久田さんは腕を組んで難しい表情になった。


「そうですか…でも、そうなると十乃さんとしては、むしろこの世に特別住民ようかいなぞおらん方が楽なんじゃないですか?」


 阿久田さんの言葉に、一瞬固まる僕。

 それに気付いた風も無く、阿久田さんは続けた。


「儂も特別住民ようかいなんていうけったいな輩については、前々からどうにかならんもんかと思っていたんですよ」


「そ、そうなんですか?」


 ぎこちなく問い掛ける僕に、頷く阿久田さん。


「妖怪保護だかなんだか知りませんが、今の世間は連中を過保護にし過ぎちょる。それに迎合するように、政府も特別住民ようかい達に何かと配慮をしちょります。それが駄目だとは言いませんが、人間の社会にはもっと解決すべき色々な問題が山積みじゃないですか」


 そう言うと、阿久田さんは溜息を吐いた。


「儂は元々雇われていた会社に、再雇用として拾ってもらえたから運がいいのです。お陰で、少子高齢化のこの世の中でも、老いぼれ一人なら食いっぱぐれる心配もない。でも、最近は特別住民ようかいの連中が社会進出してきて、人間の雇用の幅が前より狭まっとります」


「…」


「それもこれも、政府が『人妖平等』をお題目に、民間企業に特別住民ようかいの雇用枠を設けるよう奨励し始めてるせいですじゃ。しかも、最近じゃあ『K.a.I(カイ)』とかいう職業斡旋の組織も出来たと聞きました」


「そう、ですね」


 何だかいたたまれなくなって、僕は歯切れ悪く頷いた。


「連中と仲良くするのはいい。でも、それで人間が割を食うような社会になるのはおかしいと思いませんか?」


 阿久田さんは痛罵する風でも無く、淡々とそう言った。

 僕はペットボトルのお茶を一口飲んだ。

 冷たい流れが、全身に染み渡っていく。

 いつの間にか乾いた汗に、僕は少しだけ身震いした。


「…阿久田さんは、食べ物は何がお好きですか?」


 唐突に。

 そう切り出した僕に、阿久田さんは怪訝そうな表情になった。


「僕は和食派なんです」


 そう言って、苦笑する。


「納豆はダメなんですけどね」


「はぁ…」


 困惑したようにそう答える阿久田さんに、僕は続けた。


「降神町役場には食堂がありましてね…ああ、阿久田さんはご存知ですよね…そこのメニューはどれも絶品なんです」


「ええ。儂も御馳走になったことがあります」


「そうでしたか。じゃあ、墨田(すみだ)さんのお蕎麦とか、食べたことは?」


 阿久田さんは首を横に振った。


「それは残念。今度、是非食べに来てください。すごく美味しいですよ」


 笑い掛ける僕に、阿久田さんは不思議そうに尋ねた。


「十乃さん、急にどうしたんです?食べ物の話とか…」


「実は、墨田さんて特別住民ようかいなんですよ」


 わずかに目を見開く阿久田さん。

 僕は続けた。


「『本所七不思議』で有名な“灯無蕎麦(あかりなしそば)”っていう怪異なんですけどね、蕎麦打ちの名人なんです」


「…」


「墨田さんのお蕎麦はすごく人気で、彼の当番になる日は、食堂もダダ混みでね。毎回行列になるんですが、みんなそれでも並ぶんです。それだけ美味しいんですよ」


 僕は星空を見上げた。


「その行列には、職員や来庁者、それこそ人妖問わず並びます。それを見ると、僕はこう思うんです」


 星空から阿久田さんに視線を戻し、僕は笑った。


「ああ、人間も妖怪も同じだな。だって、この蕎麦の美味しさが分かるんだから」


「…」


「阿久田さんの仰る通り、確かに特別住民ようかいは色々と優遇されがちです。人間の僕達にしてみれば、依怙贔屓(えこひいき)に映ることもままあるでしょう」


 そこで、僕は少し声を落とした。


「でも…その一方で、人間からの差別に苦しむ特別住民ようかいや、それで傷付き、何もかも投げ出してしまった特別住民ようかいもいるんです」


 胸の内に、ある二人の面影が浮かぶ。

 “鎌鼬(かまいたち)”の太市(たいち)君と、その姉の華流(かる)さんだ。

 二人共、降神町役場の人間社会的業セミナーの受講者だった。

 華流さんは明るい人気者で、一足早くセミナーを卒業し、ある会社に就職した。

 二人には舞織(まおり)ちゃんという末の妹がいたが、身体が現代社会の環境に馴染まなかったせいか、病弱で施設に入院をしていた。

 華流さんは、そんな彼女の入院費を稼ぐため、そして、太市君も一日も早く華流さんの助けになるように、人間社会の勉強を重ね、セミナー卒業を目指していた。


 しかし…それは、残酷な形で終わりを迎えた。


 華流さんは、特別住民ようかいという事で社内で酷い差別に会い、心身共に疲弊してしまった。

 それを目の当たりにした太市君は、怒りと共に人間に絶望し、K.a.Iや「mute(ミュート)」の怪しい計画進行に手を染め、最終的には僕達の前から姿を消した。

 言うまでもなく、彼らは人間社会が孕む闇の犠牲になったのだ。

 僕は少しだけ奥歯を噛み締めた。


「出来るなら…僕はそうした不幸な出来事がなくなればいいと考えています」


 軽くなったペットボトルを軽く揺らす。


「そのために、僕は『僕の出来ること』をやっていこうと思うんです」


「それは…?」


 問い掛ける阿久田さんに、僕は静かに笑った。


「人間と妖怪の懸け橋になること、ですかね」


「懸け橋…ですか」


「ええ。いま話したように、人間には人間の問題があります。そして、特別住民ようかいにもまた。それを何とか解消していけば、いつか、人と妖怪が一緒の世界を見ることが出来るんじゃないでしょうか」


「人と妖怪が見る同じ世界…ですか。はぁ、これはたまげた。儂にゃあ、想像もつかない世界ですじゃ」


 目を丸くする阿久田さん。


「儂が子供の頃、祖父さんや祖母さんから聞かされた妖怪や魑魅魍魎の話は、どれも恐ろしいもんばかりでした。今、この町に住んじょる妖怪は、見た目は人間じゃが中身は妖怪なんでしょ?そんな連中と同じ世界を見ることが出来るんですかいのぅ」


「道は険しいでしょうね」


 僕は苦笑した。


「そして、それには特別住民ようかいは勿論、僕達人間ももっと変わらなければならないでしょう。きっと長い時間が必要でしょうし、途中、小競り合いだってあるかも知れません。現にそういうのを幾度となく見てきましたから」


 阿久田さんは僕を見た。


「それでも…諦めないんですか?」


「ええ」


 スッキリと。

 迷うことなく。

 僕は即答した。


「僕は人と妖怪が衝突する現場を、この目で何度も見てきました」


 ゆっくりと立ち上がり、大きく背伸びする。


「だけど…同じ分だけ、人と妖怪が手を取りあうところも見てきたんですよ」


 肩をほぐしてから、僕は阿久田さんを見た。


「なら、それを信じます。だって、せっかく同じ世界に生きてるんです。喧嘩するより、共に生きていける方がずっといいと思いませんか?」


「十乃さん…いやはや、貴方は変わったお人じゃなぁ」


 淡い笑みを浮かべ、僕を見上げる阿久田さん。

 そして、一つ頷く。


「そうじゃなぁ…なら、儂も少し変わってみるか」


「え?」


 不思議そうな顔になる僕に、阿久田さんは不器用なウィンクをして見せた。


「さしあたり、その墨田さんとやらが役場の食堂に出られる日を教えてくださいませんか?妖怪も列を作るという美味い蕎麦を、ひと啜りしてみたくなりましたから」


 僕は一瞬呆気にとられた顔になった後、


「ええ、是非!」


 会心の笑みでそう答えた。 

 

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