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妖しい、僕のまち 〜妖怪娘だらけの役場で公務員やっています〜  作者: 詩月 七夜
第十一章 大妖六番勝負 ~座敷童子・天狐・隠神刑部・悪樓・神野悪五郎・土蜘蛛・酒呑童子・茨木童子・山本五郎左衛門・大百足・塵塚怪王~
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【百三十六丁目】「はっはー!次はあたしの番だね!」

 「あやかしサミット」における大妖達との六番勝負初日は、いよいよ折り返しの三戦目に突入した。

 今回の相手は…


「はっはー!次はあたしの番だね!」


 そう名乗り挙げたのは勇魚いさなさん(悪樓あくる)だ。

 見るからに「女海賊」といった風体の彼女だが、今は何故か水着姿である。

 スポーティーな競泳用の水着姿の彼女は、持ち前の健康美に溢れていた。

 そして、その姿に見合うように、今回の舞台は「百喜苑ひゃっきえん」の中に設けられた大型室内プールである。

 競技用としての機能は勿論、造波装置まで備えられており、夏季の間はレジャー施設としても開放されるそうだ。

 そのプールには、いま、複数の大型マットが浮島のように敷かれ、その上には無数の障害物が設置されている。

 ただ、障害物といっても、滑り台などのエアー遊具であり、パッと見は水上アスレチック以外の何物でもない。


「今回の勝負は、ズバリ『根競べ』じゃ」


 ロケーションに合わせたのか、着物から可愛らしいワンピースの水着に着替えた御屋敷みやしき町長(座敷童子ざしきわらし)がそう言う。

 彼女は、お洒落のつもりなのか、丸いサングラスもかけている。

 が、水着とは違って、あんまり似合っていない。


「『根競べ』?」


 レンタル水着に着替えさせられた僕…十乃とおの めぐるがそう聞き返すと、御屋敷町長は頷いた。


特別住民ようかい達と分かり合うためには、人間相手とは違う意味での根気が必要になる。今回の勝負は、それを試す意味での試合となる…らしい」


 そう言うと、勇魚さんをチラリと見やる御屋敷町長。

 勇魚さんは豪快に笑いながら、


「まあ、こういうのは四の五の言うより、実践あるのみさ。アレを見な」


 勇魚さんの指さす方を見ると、僕達がいるプールサイドから見て真反対に浮かぶ浮島の上に、小さな赤い旗が立っている。

 勇魚さんが続けた。


「ここからスタートして、途中の障害をクリアし、先にあの(フラッグ)を取った方が勝ち。以上!」


「根気関係ないじゃないですかっ!?」


 思わずそうツッコむ僕に、勇魚さんはあっけらかんと笑う。


「まあ、パッと見はただの水上障害物競争だけどね。でも、見た目で判断しない方がいいぜ?どんな障害があるのか、何を隠そうあたしも知らないんだ」


「はあ…」


 僕は改めてフィールドを見渡した。

 …どっから見ても、ただの水上アスレチックにしか見えないが。


「さて、じゃあお前さんは助っ人を選びな」


「それならもう決まりました…釘宮くぎみやくん」


 僕が呼びかけると、水着姿の釘宮くん(赤頭あかあたま)が緊張した面持ちで進み出た。

 彼を選んだのは、単純に残ったメンバーの中で一番身軽だからだ。

 飛叢ひむらさん(一反木綿いったんもめん)も有力候補だったが、彼の飛行能力がルールの範疇を越えそうだったので、後詰に回ってもらったのだ。

 釘宮くんを目にした勇魚さんが、ニヤリと笑う。


「へぇ、随分とちんまいのが出てきたじゃんか。大丈夫かい、()()


 その一言に、ムッとなる釘宮くん。

 彼は自分の幼い外見を気にしており、その辺をからかわれると機嫌が悪くなる。

 平時の彼は、とても穏やかな性格だが、そうして一たび怒らせると本当に怖い。

 以前、その見た目を馬鹿にしてきた相手を、彼が天使の笑顔のまま投げ飛ばす姿を目撃しているので、僕も常々その辺には気を配るようにしている。


「心配してくれてありがとう。でも、大丈夫だよ、()()()()()


「く、釘宮くん!?」


 案の定、虫も殺さない笑顔で、棘のある単語を口にする釘宮くん。

 僕は慌てて彼の口を押えた。

 しかし、


「あっはっはっはっは…!『おばちゃん』か。確かにあたしは長生きだからねェ。『おばあちゃん』でも足りないかもかも知れないねェ!」


 呵々大笑する勇魚さん。

 ううむ…何と器の大きい女性ひとだろう。

 これが黒塚くろづか主任(鬼女きじょ)や鉤野こうのさん(針女はりおなご)だったら、同じく笑顔は浮かべるだろうが、同時に必殺の一撃が振るわれるだろう。

 ともあれ、自身で言った通り、実際に彼女は相当な時間を生きてきた存在だ。

 勇魚さんの正体である“悪樓”は、巨大な魚の魔物である。

 「古事記」や「日本書紀」によれば、吉備国(岡山県)の穴海に住んでおり、その大きさは船を一呑みにするほどだったという。

 かの英雄、日本武尊やまとたけるのみことによって退治されたとされるこの“悪樓”

 一部の資料では「悪神」という表記も見られることから、あの妖怪神“天毎逆あまのざこ”である乙輪姫いつわひめと同等の、神代からの生き残りなのである。

 膨れっ面の釘宮くんを尻目に、僕は頭を下げた。


「どうも、すみませんです。その、彼はもう立派な成人でして…」


 すると、勇魚さんは目を丸くした。


「おや、そうだったのかい?そいつぁ、失礼したね。そうかい、それじゃあ、俚世りせ嬢ちゃんと一緒か。」


 勇魚さんが、御屋敷町長にウィンクしながらそう言うと、御屋敷町長は苦笑した。


「嬢ちゃんはやめい…と、なれに言われる分には仕方がないのかの」


「そういうこと。まあ、あたしから見りゃあ、山本さんもと神野しんのも鼻タレ小僧みたいなもんさね」


 それに、やはりロケーションに合わせたのか、甚平じんべえ姿の山本五郎左衛門さんもとごろうざえもんさんが苦笑し、ビキニパンツにパーカー姿の神野悪五郎しんのあくごろうさんが肩を竦める。


「じゃあ、改めて…宜しくな、釘宮とやら。()()()()として、奮戦を期待してるぜ?」


 そう言いながら、釘宮くんに手を差し出す勇魚さん。

 釘宮くんは、不承不承だがその手を握り返す。


「…はい………!?」


 その途端、釘宮くんの顔色が変わった。

 その目が、お互いに握られた手に向けられる。

 どうしたんだろう…?

 勇魚さんは嬉しそうに笑っているが…


「…頑張ります」


 それだけ言ったところで、二人の手が離れる。


「期待してるぜ」


 そう言って、笑顔で手を振りながら、背を向ける勇魚さん。

 その背中を見送ってから、釘宮くんは自分の手の平へと視線を落とした。

 僕は心配になり、その顔を覗き込む。


「どうしたの?」


「…ううん。何でもないよ」


 そう言った釘宮くんの笑顔は、どこか強張っていた。


-----------------------------------------------------


 この「根競べ」という名の水上障害物競争のルールは、おおまかに以下のようなものだった。


・相手側への妨害や水中移動は禁止

・お互いに妖力の使用は可

・プールに落ちたら、スタート地点からやり直し。僕と釘宮くんは両方が落ちたらやり直し。片方だけならセーフ


 一見、僕達に若干有利な気がするが…


「さて、用意はいいかい?」


 準備運動をしながら、そう尋ねてくる勇魚さん。

 僕は緊張しつつ、頷いた。


「それでは位置について…よーい」


パァン!


 御屋敷町長が鳴らすスターターピストルに合わせて、いよいよ勝負が始まった。

 僕と釘宮くんは、共に手近な浮島に飛び乗る。

 が、その瞬間、


「うわっ!?」


「ひゃあっ!?」


 飛び乗った途端、浮島が派手に揺れる。

 くそ、これは思ったよりバランス感覚が必要だ!

 それに、思いの外滑る!


「釘宮くん、あまり離れずに行こう。お互い勝手に動くと、落ちちゃいそうだ!」


「う、うん…!」


 頷いた釘宮くんと手つなぐ僕。

 そのまま、おっかなびっくり次の浮島に向かう。

 その横を、勇魚さんが軽々と追い抜いて行った。


「お先に~!」


 元々、海の上で船上生活をしているせいか、そのバランス感覚は素晴らしいものだった。

 不安定な上に滑るマットの上も、事も無く走っている。


「あらよっ!」


 危なげなく次の浮島に辿り着く勇魚さん。

 慌てて後を追いながら、僕は目を見張った。

 次の浮島には、エアー遊具…巨大な幅広のウォータースライダーが立ち塞がっている。

 しかも、その急な斜面には水が流されており、見るからに滑りそうだった。


「下手をしたら、浮島の端まで滑って、プールに落ちちゃいそう」


 釘宮くんが不安そうにそう言う。

 確かに、急な坂道みたいなスライダーである。

 もし、上の方まで登っていて、足を滑らせでもしたら、物凄い勢いで転がり落ちて、プールにドボン!となるだろう。

 だが、ここにそれをものともしない人がいた。

 言うまでもなく、勇魚さんである。


「♪~♬~」


 鼻歌交じりに高角度スライダーに足を掛けた勇魚さんは、何とスライダーの勾配に垂直になるように立ったのである。

 そして、足元を流れ落ちる水もものともせず、軽快にスライダーを登り始めた。


「うそ…」


「うわあ…スゴイ」


 勝負も忘れて感嘆する僕達に、勇魚さんは振り返ってニカッと笑った。


「はっはー!驚いたろ?あたしはね、水のある場所なら身体能力がアップするのさ!」


 そう言う勇魚さんに、釘宮くんがハッとなって言った。


「やっぱり!」


「え?」


 訳が分からずそう聞き返した僕に、釘宮くんは興奮して続けた。


「さっき、あのお姉さんと握手した時、物凄い力を感じたんだよ。力比べなら、僕も負けない自信があったけど、あの時、握手した瞬間、僕、お姉さんには負けそうな気がして…」


 そう言うと、握手した手を見やる釘宮くん。


「あの時感じたのは、ここが水辺で、お姉さん力が増加していたせいだったんだ…」


 な、成程。

 原理はよく分からないけど、さすがは「大海の支配者」ともされる“悪樓”である。

 “水を得た魚”とは、まさにこのことだ。


「十乃兄ちゃん、僕達も急ごう!」


「う、うん…!」


 釘宮くんに促され、二人でスライダーに足を掛けるが…


つるん!


「うわっ!」


「す、滑るぅ!」


 ただでさえ滑りやすいのに、流れ落ちる水が更に拍車をかける。

 これは、想像以上に、キツイ…!

 結構踏ん張らないと、全く身動きできない。


「んじゃ、お先に~」


 一方の勇魚さんは、ひょいひょいと登り進んでいく。

 ううむ、ルールで幾分優遇されているとはいえ、こうなるとこっちが一方的に不利だ。


「よーし、登頂~…ん?」


 意気揚々とスライダーを登り切った勇魚さん。

 次の瞬間、その顔面に、物凄い勢いで水流が叩きつけられた。

 派手に吹き飛ばされ、遙か後方のプールに落水する勇魚さん。

 呆然とそれを見ていた僕達の耳に、高らかな笑い声が響き渡る。


「油断大敵ですわ、勇魚様」


 見れば。

 スライダーの登頂部に紅刃くれはさん(酒呑童子しゅてんどうじ)の姿があった。

 眩しい純白の水着が、彼女の美貌とそのしなやかな肢体によく似合う。

 が、手に携えた特大の水鉄砲ウォーターガンと背負ったタンクが、異彩を放っていた。

 どうやら、彼女はその物々しい装備で、登頂成功に油断しきっていた勇魚さんを狙い撃ちにしたようだ。

 それを見ていた山本さんが、何とも言えない表情で、御屋敷町長に尋ねる。


「…おい、何だありゃ?」


「見て分からんか?」


「分からねぇから聞いてんだ。この六番勝負は俺達六人が一人ずつ、あの小僧と助っ人の妖怪と競い合うはずじゃなかったのか?」


「その通りじゃ。じゃから、紅刃はまず・・勇魚をブッ飛ばしたじゃろ?」


 それに、サングラスをずらしながら、神野さんが言った。


「もしかして、紅刃のお嬢ちゃんは障害物の一つってことかしら?」


 それに御屋敷町長が頷く。


「そういう事じゃ。いくら何でも、水辺では勇魚に有利過ぎるからの。紅刃めに双方を邪魔するよう頼んでおいたのじゃ」


「…道理でさっきから姿が見えないと思ったぜ」


 溜息を吐く山本さんに、神野さんが薄く笑う。


「面白いじゃない。これなら、勝負の行方も分からなくなってきたわ」


 そんな会話を横目に、僕と釘宮くんは盛大に慌てた。

 ただでさえ、足場が悪い上に、あんなので狙撃されたらひとたまりもない!


「ど、どうしよう?十乃兄ちゃん…」


 不安そうに聞いてくる釘宮くん。

 しかし、紅刃さんはこちらを狙撃せずに、水鉄砲を下した。

 どういうことだろう?


「今は狙撃しませんわ」


 金髪縦ロールを払いつつ、紅刃さんは微笑した。


「でも、頂上に辿り着いたら、その時は例え十乃様でも容赦は致しません」


 …成程。

 どうやら、彼女は登り切った者以外には手を出さないようだ。

 しかし、次の浮島に向かうには、どうしてもこのスライダーを登り切る必要がある。

 かといって、そのまま登れば、勇魚さんの二の舞になる。


「…よし」


 僕は、釘宮くんにあることを耳打ちした。

 釘宮くんは驚いていたようだが、


「わ、分かったよ。やってみる…!」


 と、頷いた。


「よーし…行くよ!」


「うん!」


 手を繋ぐ僕達。

 そして、釘宮くんが軸になり、僕を勢いよく振り子のように振り回す。

 彼の妖力【仁王遊戯におうゆうぎ】により、怪力が備わった釘宮くんには僕の体重などさしたる問題にもならない。


「いくよ、十乃兄ちゃん!」


「う、うん!」


 言うや否や、僕をハンマー投げの要領で放り投げる釘宮くん。

 ハンマー投げと違うのは、二人がその手をガッチリ握り合って離さない点だ。

 結果、放り投げられた僕に引っ張られるように、体重の軽い釘宮くんも宙を舞った。


「ぐっ!」


 凄まじい荷重が腕にかかる。

 正直、腕がもげそうだが、この手は絶対に離せない!


「な、何と…!」


「ほう…面白い事をするじゃねぇか」


 御屋敷町長が目を見張る横で、山本さんがニヤリと笑った。


「くっ!」


 慌てて水鉄砲を構える紅刃さんの頭上を飛び越え、僕と釘宮くんはスライダーそのものをクリアした。


「やった…!」


 一瞬の事だったせいか、さすがの紅刃さんも狙撃する間も無かったようだ。

 何とか難所をクリアしたが…


「十乃兄ちゃん、一ついい?」


「な、なにー?」


「これ、着地はどうするの…?」


 …

 ……

 ………


「し、しまったぁぁぁぁぁ!!」


 慌てて着地点を見れば。

 スライダーの向こう側は、しばらく平坦なマットが広がっている!

 や、やった!

 ラッキー!


ドン!


 マットに着地すると同時に、手を離し、お互いに転がって勢いを殺す僕達。

 結構な衝撃だったが、下がプールに浮かんだ柔らかいマットだったのが幸いした。


「だ、大丈夫?釘宮くん」


「うん、僕は何ともないよ!」


 元気に応じる釘宮くんを頷き合うと、僕達は次の浮島へと向かう。

 後ろを見るが、吹き飛ばされた勇魚さんの姿は見えない。

 差をつけるなら、今がチャンスである。


「よーし、じゃあ次へいこう!」


「うん!」


 次の浮島にあったのは、俗にいう「ターザンロープ」だった。

 勿論、下は剥き出しのプールになっているから、落水しても怪我などはしない。

 が、二人で落ちれば、最初からやり直しである。


「ここは誰もいないね」


「いや…あれを見て!」


 僕がプールの中を指差す。


 何と。

 そこには巨大なワニがいた!


 自分の真上を通過する獲物を待ち構えるかのように、巨大な顎を開いたり閉じたりしている。

 僕は、プールサイドに向かって叫んだ。


「町長!『命の危険は無し』って話じゃなかったんですかッ!?」


「無論じゃ」


「じゃあ、あの巨大アリゲーターは何なんです!?」


「心配するな。そ奴は菜食主義者じゃ。威嚇くらいはするじゃろうが、食われたりはせんから安心せい」


 嘘だ。

 菜食主義のワニが、あんな凶暴な牙で、僕達を見て、涎を垂らしている訳が無い。


「ど、どうするの?」


「どうするって言われても…迂回は出来ないし、正攻法しか…」


 ボヤボヤしてると、復活した勇魚さんに追いつかれてしまうかも知れない。

 ええい、くそ!


「行こう、釘宮くん!こうなったら一か八かだ…!」


「待って、十乃兄ちゃん!僕に考えがあるんだけど…」


 そう言うと、今度は釘宮くんが僕に耳打ちしてくる。

 全部聞き終えてから、僕は驚いて釘宮くんを見た。


「そ、それはいくら何でも危険すぎない!?」


「でも、迷ってる暇はないよ。それに、早くしないと、勇魚姉ちゃんに追いつかれちゃうよ?」


 逡巡する僕に、釘宮くんは笑って言った。


「大丈夫、僕を信じて!」


「…分かったよ。でも、本当に気を付けてね」


 そう言う僕に、釘宮くんが頷く。

 そして、プールに向かって駆け出した。

 それに気付いたワニが、大きく口を開けた瞬間。


 何と、釘宮くんはその中に、自ら身を躍らせた。


 驚いたワニが、慌てて顎を閉じる。

 あわや、丸呑みかと思われた瞬間、閉じられたワニの顎が少しずつ開き始めた。

 飲み込まれたと思った釘宮くんが、その怪力でワニの顎を力づくでこじ開け、固定してしまったのだ。


「今のうちだよ、十乃兄ちゃん!」


「わ、分かった!」


 顎を固定されてしまい、身動きできない巨大ワニの上を、ターザンロープでどうにか渡り切る僕。

 僕の着地を見届けると、釘宮くんはタイミングを見て手を離し、ワニの顎からジャンプして脱出した。

 手を貸し、彼を引き上げ、ようやく一息つく僕。

 やれやれ、まったくべたなアクション映画みたいだ。


「あたた…物凄い力だな、お前。顎が外れるかと思ったぜ」


 と、不意に巨大ワニがそう人の言葉を放つ。

 思わず釘宮くんと顔を見合わせてから、僕はその声がある人物に似ているのに気付いた。


「その声…もしかして、小源太こげんた!?」


 僕がそう指摘すると、巨大ワニ…に化けた小源太(隠神刑部いぬがみぎょうぶ)が、器用に親指を立てる。


「おうよ。へへ、ビビったか?」


「何してるのさ、ワニなんかに化けて」


「紅刃と同じだよ。座敷童子チビに頼まれたのさ」


 そう言う小源太ワニの言葉に、僕はふと考えた。

 どうやら、いま姿の見えない大妖達は、各所の障害物役に割り当てられているようだ。

 と、すると…


「確か、次が最後の浮島だったよね…?」


「うん」


 僕の問いに、釘宮くんが頷く。

 ちょっと、整理してみよう。

 勇魚さんは今回の勝負の相手だし、山本さんと神野さんはプールサイドにいた。

 紅刃さんと小源太は、既に障害役で出てきている。

 すると、姿を見せてない大妖はあと一体。


「…あの人か…」


 僕は、とてつもなくいやーな予感がした。


-----------------------------------------------------


「くっ、この!」


 紅刃の放った水鉄砲ウォーターガンが空を切る。

 不安定な足場ながら、軽快なフットワークで弾幕を交わした勇魚は、ニヤリと笑った。


「どしたい、七代目。そんな狙いじゃ、あたしはやれないぜ?」


 そう言いながら、波を切るイルカのようにあっさりと紅刃の射線を突破していく勇魚。

 先程は不意打ちだったため、不覚にも直撃を受けたが、一度分かってしまえば、水上で勇魚の相手になる相手はいない。

 例え、それが稀代の大鬼でもだ。


「ちょこまかと!この!この!」


「ほれほれ、こっちだぜー!」


 そう言いつつ、遂に紅刃の背後を取る勇魚。

 すると、紅刃は溜息を吐いた。


「…やはり、貴女を相手にするのは陸上に限りますわね」


 そんな紅刃の言葉に、勇魚が薄く笑う。


「まだまだ殺気にキレがないねェ。六代目オヤジ相手なら、もう少し楽しめたかも知れないな」


「…激励と受け取らせていただきますわ。今後、陸上でまみえることがありましたら、どうぞお気をつけあそばせ」


 そう言いながら、肩越しに振り向いた紅刃の目が金色の輝きを放つ。

 相手が神代から生きる大怪魚でも、一歩たりとも退かない闘争心は鬼族ゆえか。

 可憐な令嬢の姿をしていても「鬼王」の名に恥じない迫力がそこにあった。

 勇魚は肩を竦めて、苦笑した。


「おお、怖い怖い。精々気を付けるとするか…でもまあ、ここは通らせてもらうぜ」


 そう言いながら、スライダーから飛び降り、次の浮島までダッシュで向かう勇魚。

 巡達の姿はまだ見えない。

 先程、紅刃の一撃をモロに受けてプールに落水し、ペナルティとしてスタート地点に戻された勇魚だったが、思いの外、引き離されてしまったようである。


「ま、ちょうどいいハンデかねェ」


 次の浮島に設置されたターザンロープを認め、その真下で待ち構える巨大ワニを見ると、勇魚は苦笑した。


「今度は()()()()()()かい。笑かしてくれるじゃないか」


 スピードを緩めず跳躍し、ターザンロープにしがみ付く勇魚。

 その彼女目掛けて、巨大ワニが顎を開き、飛び掛かる。

 が、次の瞬間、


「あらよっ!」


 しがみ付いていたターザンロープから身体を翻し、宙を舞いながら、片手でロープを大きく旋回させる勇魚。

 まるで新体操のリボンのように広がったロープは、次の瞬間、飛び掛かって来たワニの顎をぐるぐる巻きにし、強引に閉じさせた。


「!?…!?」


 呆気なく捕縛され、宙吊りになったワニがジタバタもがく。

 それを見つつ、勇魚は笑った。


「そんな程度じゃ、おっかさんが草葉の陰で泣くぜ、小源太」


 そう言うと、勇魚はさっさと次の浮島へと向かう。

 俚世りせが勝利宣言をしてないところを見ると、まだ巡達はゴールしていないのだろう。


(へへ、まだ勝ちの目がありそうだ)


 そう考えつつ、次の浮島に飛び乗った勇魚は、そこに広がる光景に唖然となった。


「うふふふふふ♡ほらほら、もうすぐ脱げてまうで~」


「わーッ!?うわーッ!?」


 一言で言えば、そこは蜘蛛の巣状に貼られた巨大なゴム状のネットだった。

 不規則な大きさの網の目の下はプールになっており、足がはまれば身動きが取れなくなるか、プールに落水しそうである。

 その巨大ネットの真ん中で、巡と釘宮が上半身が女性の大きな絡新婦じょろうぐもに襲われていた。

 それも、食事的な意味でなく。

 肉体的な意味である。


「さー、もうちょっとで御開帳や♡」


 恐らくネットを渡る最中に、足を踏み外したのだろう。

 大きく開いた網の目に片手でぶら下がった二人の水着を、絡新婦が自ら繰り出した糸により、引きずり降ろそうとしていた。

 まさに犯罪の現場であった。


「たたたたた玉緒たまおさんッ!冗談が過ぎますよ!?」


「わーん!誰かー!」


 顔を真っ赤にして抗議する巡と、半泣きの釘宮に、絡新婦に化けた玉緒(天狐てんこ)が舌なめずりする。


「そないな事言うてもしゃあないわ。うちもこないな事やりたないけど、俚世ちゃんに頼まれちゃったし♡」


 そう言ってはいるが、その息は荒く、目は爛々と輝いている。


「ああ、辛い♡辛いわあ♡」


「嘘だぁぁぁぁっ!絶対楽しんでるでしょー!?」


「えーん!怖いよー!」


 残った片手で何とか死守しているが、巡達の水着がずり降ろされるのは時間の問題のように思われる。

 勇魚は、珍しく頭を押さえてから、つかつかと玉緒の背後に近寄ると、その首筋に手刀を叩き込んだ。


「そこまでにしとけ」


「こんっ!?」


 そう言いながら、意識を失い、プールに落水する玉緒。

 変化が解け、仰向けのままぷかぷか浮かぶ彼女には目もくれず、勇魚は二人を引き上げてやった。


「あ、ありがとうございますっ!!」


「いや、ま、いくら何でも、アレは見過ごせないだろ、さすがに…」


 平伏さんばかりの二人に、鼻の頭を掻きながら勇魚はそう言った。

 そして、ニヤリと笑う。


「さて…じゃあ、こっから仕切り直しだ。勝負続行と行こうか…ねェ!」


 そう言うと、蜘蛛の巣の上をダッシュし始める勇魚。

 極めて不安定なゴムの上だが、その走りは微塵も揺らがない。

 蜘蛛の巣を渡りきれば、そこには勝利の証…赤いフラッグがある。


「し、しまった!」


 思わず慌てる巡。

 が、既にその距離は開きつつある。

 しかも、足場は極めて不安定だ。

 今から追い掛けても、到底間に合いそうもない。


「…よし!」


 巡が決意したように頷いた。


「釘宮くん、こうなったらさっき話し合った『最後の手段』いくよ!」


「う、うん!」


 そう言うと、二人はゴールにある旗とは真反対に駆け始めた。

 後ろを振り向いた勇魚が、それに首を捻る。


(何だ?勝てないと思って、諦めたのか?)


 何にせよ、旗は目の前だ。

 もう、どう足掻こうが勇魚の勝ちは揺らがないだろう。

 そう思った時だった。

 ふと、足場に違和感を覚える。

 先程まで不安定だった蜘蛛の巣が、妙に固く安定した足場になっていた。


「何だい、こりゃ!?」


 違和感に戸惑いつつも、勇魚は目の前の旗へ手を伸ばす。


 その瞬間。

 黒い疾風が目の前を通り過ぎ、あとは掴むだけだった旗がきれいに消え失せていた。


ドスン!


 同時に、何かがぶつかる音が真横で響く。

 目を向けると、そこには。

 旗を手にしたまま、折り重なって目を回している巡と釘宮の姿があった。


-----------------------------------------------------


「やあ、完敗完敗!やられちまったよ」


 勝負終了後、そう言いながら勇魚さんが笑った。

 それにクラクラする頭を抑えつつ、僕と釘宮くんが応じる。


「いえ、辛勝でした。ほとんど僕達の負けでしたよ」


「何言ってんのさ。ああも見事に逆転されちゃあ、ぐうの音も出ないさね」


 あの時。

 勇魚さんが旗を掴みかけた瞬間。

 旗とは真反対に走り出していた僕と釘宮くんは、最後の賭けに出た。

 あの時、ゴールとは真逆に走り出しながら、釘宮くんは足場になっている蜘蛛の巣を掴んでいたのだ。

 伸縮性に富んだその蜘蛛の巣を、釘宮くんの怪力で限界まで引き絞った僕達は、パチンコ玉のようにその反動を利用し、一気にゴールまで射出されたのである。

 そして、勇魚さんが今まさに手にしようとしていた旗を、横から拝借したのだった。

 …まあ、今回も着地の事は考えていなかったので、旗を取ることには成功したものの、着地時に気絶してしまったわけだが。

 何にせよ、エアー遊具やマットがあったため、クッションとなって大きな怪我を負わずに済んだ。


「ゴール直前で、足場が妙に固くなったのは、お前さん達が蜘蛛の巣を引っ張んていたせいか…いやはや、とんだ逆転ホームランだ」


 負けたのにも関わらず、何故が愉快そうな勇魚さん。

 そして、釘宮くんの頭を乱暴にわしわし撫でる。


「特に釘宮!お前、ちっこいくせにド派手なことやらかすじゃないか!気に入ったよ!」


「ど、どうも」


 頭を撫でられるという扱いながらも、ベタ褒めされているからか、釘宮くんは複雑な表情を浮かべていた。


「そうだ。釘宮、このサミットが終わったら、あたしの船に乗らないかい?」


「えっ!?」


 驚く釘宮くんに、親指を立てて見せる勇魚さん。


「あんたみたいな使える部下は、多い方がいい。どうだ?あたしと一緒に世界中の海を回ってみないかい?」


「世界の海…」


「おうさ。そうすりゃあ、お前はもっとデカい男になれるぜ?そうなるよう、このあたしが直々に鍛えてやるよ」


 釘宮くんは無言で俯いた。

 その目には、迷いが浮かんでいた。

 それに気付いた勇魚さんがフッと笑う。


「…ま、答えは今じゃなくていいさ。けど、サミット終了までにいい返事がもらえるのを期待してるぜ?」


 そう言いながら背を向ける勇魚さん。

 残された釘宮くんは、その背中をずっと見詰めていた。

 僕はその肩に手を置いた。


「いいんじゃないかな?」


 それに、僕を振り仰ぐ釘宮くん。


「釘宮くんは、いつも僕や皆のことを考えて、色んなことに力を貸してくれたよね。だから、君がやりたいことや目指したい場所があるなら、今度は僕達が力を貸す番だと思う」


「十乃兄ちゃん…」


「ゆっくり考えて。そして、君の心が固まったら、僕達に教えてよ。その答えがいい方向に向かうように、僕達が力を貸すからさ」


 それに、釘宮くんはゆっくり頷いた。

 大妖六番勝負の初日は、それで幕が下りたのだった。

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