【百三十三丁目】「「「「「「乗った!」」」」」」
「…というわけで、十乃兄ちゃんは、僕にとっては、とても大事な友達なんです」
釘宮くん(赤頭)が、そう話し終えると、パチパチと拍手が上がった。
ひとり喝采を送っているのは、玉緒さん(天狐)だ。
可愛いものに目が無い彼女は、見た目も幼く、あどけない彼をいたく気に入ったようだ。
「えらいなぁ。まだ小さいのに、ちゃんと分かりやすく説明できてたわぁ。お姉さん、感動やわぁ♡」
「…僕、もう成人なんだけどな…」
見た目が五歳児程度故に、お子ちゃま扱いされがちな釘宮くんは、膨れっ面のまま、小さくそう漏らした。
が、そんな不満も聞く耳持たず、玉緒さんは釘宮くんをベタ褒めし続ける。
それを横目に見つつ。紅刃さん(酒呑童子)が、溜息を吐いた。
「あの、山本様?まさか、コレを延々と続ける気ですの…?」
そう振られた「魔王」山本さん(山本五郎左衛門)は苦笑した。
「うん。まあ、ちぃとばかり考える必要があるな」
「アタシは大いに改める必要があると思うわ」
そうやって生欠伸を噛み殺したのは、山本さんのライバルでもある神野さん(神野悪五郎)だ。
平安貴族のような美丈夫は、飽きたように脇息に肘を預けている。
「話を聞くのはいいんだけれど、これじゃあ、ただの美談大会よ」
「同感だぜ。まあ、さすがに時間が掛かり過ぎだよな。狸公の坊主なんか、船漕いでるし」
勇魚さん(悪樓)の視線の先では、鼻ちょうちんを出し入れしながら寝こける小源太さん(隠神刑部)の姿がある。
その姿に、御屋敷町長(座敷童子)がジト目で言った。
「…汝ら、アホじゃろ?」
「言うな。ちょっと慣れてねぇだけだ」
山本さんが頭をボリボリと掻きながら、そう言う。
遂に開幕した「妖サミット」
その主賓としてやって来た大妖達は、人間であるにもかかわらず、様々な妖怪絡みの事件に首を突っ込んでいる僕…十乃 巡に興味を持ったらしく、僕がどんな人間か、同行した特別住民達から聞くことになった。
…正直、自分自身の人となりを目の前で語られるのは、相当に面映ゆい。
今も、釘宮くんと出会った時のあどけないエピソードを延々と聞かされた挙句、彼自身の僕に対する心象を汚れ無き言葉でまざまざと語られ、不覚にも僕は赤面しっぱなしだった。
「なにこれ、新手の羞恥プレイなの…?」って感じだ。
「何にせよ、勇魚の姉御が言うように、このままこいつらの話を聞くだけじゃ、時間が掛かり過ぎるし、何より、小僧の精神がもたないだろう」
どうも、僕が居心地悪そうにしていることに、気付いていたようだ。
山本さんが、笑いを堪えるような表情で、僕を見下ろす。
僕は、ただ無言で頭を下げた。
「しかしのぅ、十乃のことを知りたいと言い出したのは、汝らじゃろ?」
御屋敷町長がそう言うと、紅刃さんは困ったように頬へ手を当てた。
「それはそうなのですが…」
「あらあら、それならば、一つ提案があります」
そう言いながら、名乗り上げたのは、沙牧さん(砂かけ婆)だった。
「貴女は?」
紅刃さんをはじめ、大妖達が注目する中、沙牧さんは丁寧にお辞儀した。
「私は沙牧 美砂と申します。日頃、十乃さんとは懇意にさせていただいております」
「さまき…みさ?」
不意に、紅刃さんの片眉がピクンと跳ね上がる。
そして次の瞬間、驚愕の表情で立ち上がり、沙牧さんを指差した。
「あ、ああ貴女、まさか!あの『サンドウィッチ・ミサ』…!?」
わなわなと身体を震わせる紅刃さんに、勇魚さんが不思議そうに尋ねる。
「サンドイッチ?何だい、その美味そうな異名は?」
「『サンドイッチ』ではなくて『砂の魔女』です!一昔前に中東で悪名を轟かせた謎のエージェントで、裏の世界では賞金が懸けられているほどの大悪党ですわ!」
そう言うと、敵を見るような目で沙牧さんを見やる紅刃さん。
「六代目からは、うちも何度か取引現場を荒らされたと聞かされております」
「いやですわ、古い話です」
声も無い僕達を尻目に、口元を隠しつつ、ころころと笑う沙牧さん。
それにしても…
暴○団まがいの鬼族に「大悪党」と言わしめるなんて…やはり、この人は謎だ。
「ほう。そんな大悪党たぁな。まあ、女は見かけによらねぇもんだが」
山本さんが興味深そうに、沙牧さんを見やる。
「で、沙牧とやら。お前さん、何か提案があったみてぇだが?」
「はい。皆さんが仰ったように、このまま、私達が十乃さんのことをただ話すだけでは、面白…いえ、いささか問題があるのではないかと思いまして」
…この人、いま絶対に「面白くない」って言いかけた。
「何か代案があるっていうのかしら?」
神野さんがそう聞くと、沙牧さんは頷いた。
「皆様はいずれも名のある大妖です。その威光は時代を超えて、今なお人間の世にも届くほど。しかし、そのイデオロギーには、それぞれ異なる部分があるのではありませんか?」
「『いでおろぎぃ』?何やら、小難しい横文字を言いますなぁ」
「要するに『大妖でも、それぞれの理念や思想が異なる』と言いたいのですわ」
首を捻る玉緒さんに、紅刃さんが補足する。
「それは、貴女に指摘されるまでもなく、当然のことですわ。私達は、数多の妖怪・魔物の頂点に立つ存在。こうして一堂に会することはあっても、百鬼を率いる身である以上、それぞれの信念や思惑は異なるものですわ」
油断なく見下ろしてくる紅刃さんに、沙牧さんはやわらかな微笑みを浮かべたまま言った。
「ええ。ですから、ここでいくら私達が十乃さんの事を語っても、恐らく十乃さんを肯定する方と否定する方が出ることになりますし、それでは十乃さんのために集った私達としても、不本意です。どうせなら、満場一致で十乃さんの事を理解していただきたいのが本音ですので」
「勿体つけずに、単刀直入に頼む」
山本さんがそう促すと、沙牧さんは頷いた。
「つまり、皆様が納得するよう、それぞれ課題を出し、それを十乃さんがクリアできれば、全員が納得のうちに十乃さんをお認めになるのではないかと」
「ちょーーーーーーーっと、待ってください!!!!!!!」
僕は思わず声を上げた。
「さ、沙牧さん!一体何を考えているんです?今はサミットの開催期間中です。そんなゲームみたいなことをしてる時間は…!」
「「「「「「乗った!」」」」」」
突然。
大妖全員…居眠りしていたはずの小源太さんさえも飛び起き…唱和する。
「…え?」
呆ける僕に、大妖達は嬉々とした様子で言い放った。
「そいつは妙案だぜ!確かに、俺達一人一人が十乃の実力を知るには、それが手っ取り早いな!」
「はっはー!こいつは面白くなってきたね。普通に面合わせするよりは、断然面白い!」
「うふふふふふふふふ♡十乃君のっ♪事をっ♪聞き放題っ♪触り放題っ♪好き放題っ♡」
「確かに、お互いの事を理解することは大切ですわね…ああ、この辺りにムード溢れるデートスポットとかありましたかしら?」
「果たして、子ザルちゃんにアタシの芸術的センスが理解できるかしらね?」
銘々で勝手なことを言い始める大妖達に、僕は全身の血の気が引いたのを感じた。
これは。
間違いなく。
とんでもないくらいに。
厄介なことになる…!!!!!!(断言)
「さ、沙牧さんっ!」
思わず叫んだ僕を、沙牧さんはニッコリ笑いながら、制止した。
「ただし、条件を一つ加えさせていただけませんか?」
「ほう?何だ?」
尋ね返す山本さんに、沙牧さんは言った。
「皆様の数が六名。必然、出される課題も六つ。そして、ここには十乃さんを慕う特別住民が六名おります」
沙牧さんは、笑みを崩さずに山本さんを見上げた。
「なので、その課題のクリアには、私達六人が一人ずつ助太刀させていただきたいのです」
驚く僕に、沙牧さんが片目をつぶって見せる。
そして、今度は鉤野さん(針女)が目を剥いた。
「ちょ、ちょっと!何を考えてるの、美砂!?」
さすがに仰天したのか、髪の毛を乱しつつ、沙牧さんの襟首を引っ掴むと、会議場の片隅へ連行し、そのまま詰め寄る鉤野さん。
「ふざけるにも程がありますわ!十乃さんは貴女の玩具じゃないのよ!?」
「ええ。大切なチームメイトですよ」
その言葉に。
鉤野さんが固まる。
(よく考えて、静。これはある意味、チャンスなのですよ)
珍しく、沙牧さんは真剣な表情のまま、小声で何か囁いた。
(ここで十乃さんを大妖達に認めさせ、何らかの協力が得られるようになれば、野放しにしたままの「K.a.I」に対して、強力な切り札になるかも知れないでしょう?)
「み、美砂…貴女…」
離れた場所にいた僕には、よく聞こえなかった。
しかし、何を言われたのか、鉤野さんは目を大きく見開き、固まった。
それを他所に、沙牧さんはいつもの笑顔に戻り、言った。
「御屋敷町長、魔王様、如何でしょう?」
「…いいだろう」
山本さんが頷く。
「俺達が出す課題一つにつき、お前達の中から一人、助っ人を認めよう」
「勝手な真似を…と言いたいどころだが」
御屋敷町長は、大妖達を見回した。
「確かに、そうした方法でもなければ、こいつらも納得すまい。じゃから、別に命まで取ろうという訳でもなければ、儂も異論は挟まぬ」
御屋敷町長は、僕を見ながら続けた。
「考えてみれば、十乃がどれだけ特別住民に慕われているか、一つのバロメーターにもなるじゃろうしな」
「では、決まりということで…皆さんも宜しいですね?」
飛叢さん達にそう尋ねる沙牧さん。
それに、飛叢さん(一反木綿)が不敵に笑いながら頷く。
「ああ、いいぜ。このままお喋りで終わるよりは、面白そうだ」
それに釘宮くんも、緊張したように頷いた。
「ぼ、僕で役に立てるなら!」
「あわわわわ…本気?本気なんだよね?」
「本気でござるな、これは…しかし、これはもしかしたら千載一遇のチャンス…デュフフフフフ…」
ビビりまくる三池さん(猫又)に、何やら怪しげな含み笑いを発する余さん(精螻蛄)。
「貴女もいいですね?静ちゃん」
「…ええ」
呆然としていた鉤野さんも、真剣な表情で頷く。
こうして。
僕の意思などそっちのけで、僕達と大妖達の激闘が成り行き上始まったのだった。
…もう、好きにして(泣)




