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妖しい、僕のまち 〜妖怪娘だらけの役場で公務員やっています〜  作者: 詩月 七夜
第十一章 大妖六番勝負 ~座敷童子・天狐・隠神刑部・悪樓・神野悪五郎・土蜘蛛・酒呑童子・茨木童子・山本五郎左衛門・大百足・塵塚怪王~
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【百三十丁目】「御機嫌よう、皆様」

ドォォ…ォン


 百喜苑(ひゃっきえん)の中にある「宵ノ原(よいのはら)邸」

 「(あやかし)サミット」の来賓を迎えるべく、玄関で待機していた僕…十乃(とおの) (めぐる)は、不意に聞こえた地鳴りのような音に、慌ててその方向へ目をやった。

 薄暗くて分からなかったが、どこかで大きな何かが倒れたような音だった。


「町長、今のは何の音でしょう…?」


 すると、傍らにいた御屋敷(みやしき) 俚世(りせ)町長(座敷童子(ざしきわらし))は、音のした方向を胡乱(うろん)なものを見る目で見やった。


「…誰か、派手に暴れてる奴がおるようじゃな」


「あ、暴れてるって…」


 息を呑む僕に、御屋敷町長は事もなげに言った。


「心配せずともよい。荒事は、全部あの連中が何とかしよう」


 町長はそう言うと、顎をしゃくって示した。

 見れば、薄闇の空を、何人もの黒い影が、一斉に音のした方へと向かっている。

 暗いけど、僕にも正体は分かった。

 あれは「木葉天狗(このはてんぐ)衆」だ。

 内閣府「特別住民対策室」に属する天狗神“秋葉三尺坊大権現あきはさんじゃくぼうだいごんげん”こと、日羅(ひら) 秋羽(あきは)さんが率いる精鋭部隊だ。

 彼ら木葉天狗は、彼女の眷属であり、今回の「(あやかし)サミット」の警護役を引き受けている。

 その警備網は、蟻の子一匹通さない程の厳戒態勢にあるらしい。

 当然だろう。

 ここにやって来る来賓は、いずれも妖怪の中でも大物中の大物揃いだ。

 彼らに何かあれば、人間に対する妖怪達の見方が変わってしまう可能性がある。

 それも、悪い方向へ。

 もしそうなったら、人間にとっても妖怪にとっても良い結果にならないのは明白だ。


「ま、まさか…テロか何かでしょうか!?」


「そうだとしたら、ロクな結果にならんのう」


 僕の言葉に、御屋敷町長は溜息を吐いた。


「ここに来ていない大妖は、残すところあと三体。そのうちの二体は、血の気が多いとされる連中じゃ」


 血の気の多い、二体の妖怪。

 推測するまでもない。


 一体は“山本五郎左衛門さんもとごろうざえもん

 「魔王」の異名を持ち、日本で最も危険視されている大妖だ。

 実力、抱える手勢の数、いずれも要注意レベルとされている。


 そして、もう一体。

 血生臭い逸話を持つ、鬼族の王“酒呑童子(しゅてんどうじ)

 血の気の多い鬼族の中において、他の鬼族と常に抗争状態にあるとされる大鬼だ。

 噂では、お互いに出会っただけで血で血を洗う抗争が勃発したのも、一度や二度ではないという。


「確率三分の一…まあ、いずれにしろ、いい結果にはならんじゃろうが…ん?」


 不意に、御屋敷町長が門の方を見やる。

 見れば。

 まっすぐにこちらにへと向かう二つの光が見えた。


「噂をすれば何とやらじゃな。ホレ、出迎えるぞ。精々気張るがよい、(ぼう)


 言いながら、玄関先に並ぶ御屋敷町長。

 それに、僕も慌てて続いた。

 その間、光は思いがけない速度でこちらへ近付いてくる。

 近付くにつれて、聞き慣れたモーター音も耳に届いた。


「車?」


 そう呟いた瞬間、門を通り、ヘッドライトを点けた一台の車が玄関先で停車した。

 黒塗りの、高級そうな車だ。

 車には詳しくないが、武骨なボディラインに黄金の装飾が施された大きな車だった。

 窓はフルスモークで、中の様子は見て取ることが出来ない。

 棒立ちになる僕たちの目の前で、後部座席のドアが開いた。


「ここか」


 僕は目を見張った。

 中から出てきたのは、背の高い眼鏡の女性だった。

 目つきは鋭いが、凛とした感じの「万能秘書」チックな美女である

 白銀の髪を背中まで伸ばし、かっちりとしたビジネススーツに身を包んだその女性は、周囲を確かめるようにその赤い瞳を巡らせると、運転席の窓を叩いた。

 それが合図だったのか、運転席と助手席から、二人の屈強な男性が出て来る。

 サングラスを掛け、筋骨隆々とした身体をダークスーツで包んだ二人の巨漢は、手にした赤い布地をいそいそと運び、後部座席の反対のドア…玄関側のドアの下に置いた。

 そして、そのまま一気に放り投げる。

 すると、赤い布地は巻物が解かれるように勢いよく転がり、玄関の端でピタリと停止した。


「レ、レッドカーペット!?」


 唖然となる僕の目の前で、最後のドアに銀髪の女性が手を掛ける。


「どうぞ、お嬢様」


「有り難う、白菊(しらぎく)


 そう答えた人物が、銀髪の女性…白菊さんに手を取られ、地に降り立ったその瞬間。

 周囲の空気は変貌した。


 突然だが「宵ノ原邸」は、全然たる和風の大屋敷である。

 内部には洋室こそあれど、その造りはほぼ日本式。

 来客の目を楽しませる庭園も、日本庭園の粋を凝らした一級のものだ。

 が、その時、その場は明らかに違う世界に変わった。


 風に彩る薔薇の香り。

 立ちそびえる白亜の宮殿。

 鳴り響く宮廷音楽団の荘厳な調べ。

 そう。

 その時「宵ノ原邸」は、中世時代の王侯貴族が行き来するような、豪奢な王宮と化したのだった。


「御機嫌よう、皆様」


 後部座席から降り立った、一人の女性がにこやかに微笑む。

 それだけで、咲き誇る花すらも恥じ入りそうな美しさだ。

 細くたおやかな身を包むのは、鮮やかな深紅のドレス。

 名だたる工芸家も再現不能かと思わせる、黄金の縦ロールとそれを引き立てる白金の額冠(ティアラ)

 手にした白い洋風扇子で口元を隠しつつ、しずしすと歩むその姿。


 まごうことなき。

 王族(ロイヤル)オーラ百パーセントの。

 豪華絢爛お嬢様だった。


「久しいの、紅刃(くれは)


 謎のお嬢様の美しさと、醸し出される高貴なオーラに硬直する一同。

 そんな中、御屋敷町長のみはいつもの平常運転だった。

 それに、完全無欠のお嬢様…紅刃さんが笑みを深くする。


「まあ、俚世様。お久し振りでございます。お元気そうで何よりですわ」


(なれ)もな。聞いておるぞ。最近も、元気にあちこちで戦争(ドンパチ)やらかしているようじゃな」


 呆れたような空気を含む、何とも物騒な会話に、紅刃さんが花のように微笑む。


「うふふ。お恥ずかしいですわ」


 洋風扇子を緩やかに仰ぎつつ、その紅の唇が、薔薇の花弁のように揺れる。


服役(ジギリ)をかけた出入りならともかく、最近は三下(さんした)同士のシノギ争いばかり。言ってみれば、末端支部同士の喧嘩(ゴロマキ)です」


 優雅に微笑みつつ、物騒な極道言葉を吐く紅刃お嬢様。

 あまりのギャップに、居並ぶお偉方のデレデレした笑みが、ピキーンと固まる。


「この前も、(わたくし)標的(マト)に、鉄砲玉がやって来ましたが、ちょっと脅かしたら、イモを引いて(ビビッて)逃げていきましたの。本当に最近の若いモンは、○玉(ピー)がついているのかと疑いたくなりますわ」


 まるで「この前の外国旅行は楽しかったですわ」などという会話を交わすように、紅刃さんは笑った。

 僕をはじめ、人間のお偉い方一同の血の気が引く。

 どうにも思い当たる事前情報を思い出した僕は、こっそりと御屋敷町長に耳打ちした。


(町長、この美し怖い女性(ひと)ってもしかして…)


「ん?おお、こいつは紅刃と言ってな。またの名を『七代目 酒呑童子』じゃ」


「…やっぱし」


 僕は脱力しつつ、目を覆った。

 今の今までに目にしてきた伝説の大妖達。

 実力は別として、神話・伝承で語られる逸話とはかけ離れた個性の数々に、言い得ぬギャップを感じてはいたが…これは極め付けだ。

 名を持つ鬼として有名な、かの“酒呑童子”が、代替わりしたとはいえうら若い女性で、しかも見た目は虫も殺せないようなお嬢様なのに、中身はまごうことなき生粋の極道者ときた。

 予想を裏切るのも大概にして欲しい。

 

「あら?」


 僕が、伝説と目の前の“酒呑童子”のギャップに懊悩(おうのう)していると、紅刃さんが僕に目を向けてくる。


「俚世様、こちらの方は?」


「む?ああ、こ奴か。こ奴は儂の部下じゃ。今回のサミットで補佐役をさせておる」


 そう言うと、御屋敷町長が僕に目で促す。

 あ、そうか。

 挨拶をしろということだな。


「は、初めまして。僕は十乃と申します。降神町役場に勤めております」


「まあ、あなたが?それに、降神町役場ということは…もしかして、黒塚さんの…」


「はい、部下です」


 その一言に。

 紅刃さんの相好が崩れた。

 気のせいか、行き過ぎる程である。


「まあまあまあ!そうでしたのね。それはそれは。成程成程」


 紅刃さんの反応に、僕は何か言い得ぬ悪寒を感じた。


「…あの、何か?」


 そう問う僕に、優雅に笑い掛ける紅刃さん。


「いいえ、別に…でも、私、貴方に大変興味が湧きました」


「は、はあ…どうも」


 どぎまぎしながらそう言うと、紅刃さんは白魚のような指を伸ばし、僕の頬をなぞった。

 突然のことに身動きできない僕へ、紅刃さんが耳元に唇を近付けて囁く。


「今度、ゆっくりとお話しましょう。できれば…」


 紅刃さんの笑みが深くなる。

 その様が、何故か僕には妖美な食虫植物に見えた。


「二人きりがいいですわね」


“ほう『七代目』も色恋を知る歳になったか”


 突然。

 そんな深い男性の声が聞こえる。

 同時に、僕の背筋を、恐ろしいまでの寒気が走った。


「危ない!」


「お嬢様…!」


 僕が身を(ひるがえ)すと共に、紅刃さんに付き従っていた白菊さんが、彼女を(かば)うように立つ。

 その瞬間。


ドゴォォォォォォォォオオオオオオン!


 辺りを凄まじい光と轟音が埋め尽くした。

 

「な、何だ…!?」

「雷か!?」


 その場に居合わせた全員が、呻き声を上げる。

 普通なら、五体満足では済まない距離での落雷だ。

 だが、不可解なことに、その場にいた全員が無事だった。

 そして。

 ようやく戻った視界の中、僕は雷が落ちた場所に、今まで居なかった一団がいることに気付いた。

 一目で目を引いたのは、豪奢で古風な(かご)だ。

 その周囲には、騎馬や徒歩の従者みたいな連中が(かしず)いていた。

 いでたちといい、まるで、昔の大名行列のようだ。


「だ、誰です?」


 チカチカする視界を堪えつつ、辛うじてそう問いかける僕。

 すると、一団の中から進み出た黒毛の馬に乗った若武者が名乗った。


「遅参の非礼、ご無礼(つかまつ)る。これなるは“大百足(おおむかで)”の七重(ななえ)と申す者なり!」


 若武者は下馬すると、数十人が囲む古風な駕に近付くと、その扉を引いた。


「さ、お館様。着きましたぞ」


「ああ、ご苦労さん。流石にこれだと速いな。その分、つまらないけど」


()()()()()()()の後でございます。何卒(なにとぞ)ご辛抱くださいませ」


「ああ、分かってる」


 そう言いながら、駕から現れたのは、黒い(かみしも)姿の五十代くらいの男性だった。

 細身で眉目秀麗。

 後ろに流した長髪と、頬を走る傷跡が目を引く。

 若武者が、一同に大声で告げる。


「一同、控えられい!『魔王』山本五郎左衛門様のお成りである!」


「大袈裟だな。まあ、いい。全員宜しくな」


 そう言うと、裃姿の男性…山本五郎左衛門は、渋い笑みを浮かべた。


「さ、山本…五郎左衛門…」


 僕は身を震わせた。

 見た目は人間と変わらないし、伝承の中で語られていた風貌とはいささか異なるもの、その佇まいはまさしく大妖。

 ごく自然に威厳を放ち、臣下達に付き従われ、さりとてそれに甘んじることのない威圧感。

 そこに在ったのは、まさしく「魔王」

 原典である「稲生物怪録」でも正体不明とされ、妖怪達の頂点に立つとされた魔物だった。


「…何故、泣いてらっしゃいますの?」


「いや、何ていうか…ようやく想像通りの大妖が出てきてくれたって…うわああああああっ!?」


 僕はつとつとと語りながら、自らの状況に気付いて、思わず声を上げた。

 僕はあろうことか。

 紅刃さんを地面に押し倒していたのだ…!


「な、なななな…!?」


「この私を押し倒すなんて…見た目によらず、強引なお方…♥」


 慌てふためく僕に、微塵も慌てない紅刃さん。

 何だか、とても嬉しそうにも見える。


 あわわわ…

 お、落ち着け!

 どうして、こうなった!?

 彼女を押し倒した覚えなんて、全然…


 その時、僕はハッとなった。


 …そうか!

 さっきの落雷の直前…何故だか寒気を感じて身を翻したあの時、足をもつれさせて転んで、近くにいた彼女を偶然押し倒してしまったのか…!


「いや、あの、これは…!」


「…おい、貴様…」


「ひぃっ!?」


 突然、背後から白菊さんの声が響く。

 声に含まれた冷たさが尋常ではない。

 恐る恐る振り向くと…


「!?」


 そこには。

 額に一本の角を生やし、刃のような目で見下ろす白菊さんの姿があった…!

 付け加えれば、その口からは、白い蒸気が漏れ出ている。


「お嬢様に、何をしている…?」


「は、あの、その…!」


 さらに補足。

 立派な牙も見えた。


「三秒でいいから、そのまま動くな」


 あ、爪も伸びた。

 三池(みいけ)さん(猫又(ねこまた))より長いや。


「一瞬で(なます)切りにしてくれる…!」


「誤解ですぅぅぅぅぅぅ…!」


 脱兎の如く逃げ出す僕。

 それを追う白い鬼。


「待て!逃がさんぞ、不心得者が…!」


 そんな様子を見ていた紅刃さんは、ゆっくりと身を起こし、言った。


「白菊は、かの“茨木童子(いばらきどうじ)”の子孫ですわ。本気でお逃げくださいまし、十乃様。でないと、本当に鱠切りにされましてよ?」


「いや…止めないのか?」


 皮肉にも。

 その場で助け舟を出してくれたのは「魔王」だけだったという。

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