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妖しい、僕のまち 〜妖怪娘だらけの役場で公務員やっています〜  作者: 詩月 七夜
第十一章 大妖六番勝負 ~座敷童子・天狐・隠神刑部・悪樓・神野悪五郎・土蜘蛛・酒呑童子・茨木童子・山本五郎左衛門・大百足・塵塚怪王~
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【百二十八丁目】「て、偵察任務ぅ?」

「こちら南門警備担当、ほの十八番。現在異常なし」


 くちばしを模した面頬を着け、黒鎧に兜巾ときんを身にまとい、六角棍ろっかくこんで武装した木葉天狗このはてんぐが、手にした呪符にそう話しかけている。

 呪符は「六神通ろくじんつう」…俗に「神通力」と呼ばれるもののうち、遠方の音をも聞き取る「天耳通てんにつう」を応用した、いわゆる遠隔通話の術だった。

 内閣府「特別住民対策室」の中でも、無線通信機などの機械に慣れない一部の妖怪に重用される装備である。

 木葉天狗は、主に、要人警護や特別住民ようかいが絡んだ犯罪やテロ対策を任務とする「秋葉権現あきはごんげん戦団」の隊員の一人だ。

 戦団は“秋葉三尺坊大権現あきはさんじゃくぼうだいごんげん”である日羅ひら 秋羽あきはを戦士長に頂いた、七十五の眷属で構成されている。

 今回、ここ降神町おりがみちょうで開催されることになった「あやかしサミット」

 その警護を一手に任されたのが、精鋭部隊でもある彼ら「秋葉権現戦団」だった。

 サミットに主賓として招かれた妖怪達は、いずれもその世界で名を効かせる大妖である。

 仮に、彼らを害を及ぼそうとする輩が現れ、無法を働こうものなら、会場を提供している降神町は勿論、警備を受け持つ特別住民対策室にも、その責が及ぶ。

 また、同時に、通時は敵対し合う間柄の大妖達もいるため、顔を合わせたら、いつ何時、一触即発の事態になるか。

 もし、不測の事態が発生すれば、彼らは身を挺してそれを抑え込まねばならない。

 サミットは「無礼講」が標榜される会合ではあるものの、まったくもって気が置けない状況なのだ。

 こうして、対外的にも対内的にも全く予断を許すことが出来ない状況下で、彼らは任務に当たっていた。


『了解した。引き続き、付近の警戒に当たれ。あと、さっき西門付近でマスコミ連中が侵入を試みたそうだ。そちらも警戒しろ』


 呪符から返ってきた本部からの情報に、木葉天狗は眉根を寄せた。


「マスコミが?『百喜苑ひゃっきえん』での撮影規制の通知は、各社に送られているんだろ?」


『ああ。だが、有史以来初の人間界でのサミットだ。これをスクープとして、モノにしようとするマスコミは多いだろうさ』


「まったく迷惑な話だ。ほの十八番、了解した。そうした輩がいたら、丁重にお帰り願おう」


 そう言うと、木葉天狗は呪符に込めた術式を解き、溜息を吐いた。


「外も内も気が抜けないとは…これほど胃が痛む任務も珍しい。指揮をお取りになっているお館様の気苦労は如何ほどばかりか」


 そう言いながら、暮れなずむ空を見やる。

 一番星が輝くその空を、一つの影がよぎったのはその時だった。


「!?」


 慌てて目を凝らす木葉天狗。

 暗視の力を持つ彼の目をもってしても、その影はあまりにも素早く、全容が見て取れなかった。

 故に、彼の判断は迅速だった。


「待て、下郎!」


 一足飛びで、即座に飛翔をする木葉天狗。

 背の外套マントが大きな翼のように広がり、風をはらむ。

 術を施されたこの外套のお蔭で、彼らは地上も空中も戦場として活躍できるのだ。


「…早いな。間違いなく妖怪と見た」


 前方を飛翔する影は、白く長い髪をなびかせ、一直線に宵ノ原邸を目指している。

 随行者も見当たらないところを見ると、明らかな部外者だろう。

 木葉天狗はさらに加速し、影の前に回り込むと、棍を構えた。


「そこまでだ、怪しい奴め!」


 眼前に現れた木葉天狗に、白い影はその飛翔を止めた。

 木葉天狗は、改めて眼前の不審者を見やった。

 影は二十代の若者だった。

 雪のような白い長髪を背中で束ね、体にフィットしたボディスーツを身に着けている。

 額には赤い神代文字が一画浮かび上がっており、それが木葉天狗の目を引いた。


「ここは関係者以外は立ち入りが叶わぬ場所。そこに忍び込むとは、胡乱な奴。そなたは何者か?名を名乗れ!」


 油断なく身構える木葉天狗を、金色の目で一瞥した後、若者は薄く笑った。

 と、その姿が陽炎のように揺らめく。


「動く…」


 「動くな!」と警告しようとした瞬間、木葉天狗は意識を失った。

 若者が、想像を絶する速度スピードで、すれ違いざまに木葉天狗の首筋に手刀を叩き込んだのだ。


「俺は『妖魔』」


 術が効力を失い、ゆっくりと墜落していく木葉天狗を見下ろしながら、若者は続けた。


「怪異を超えた『魔』だよ」


 木葉天狗が地上へと消えたのを見届けると、若者…風峰かざみね 太市たいち鎌鼬かまたち)は、再び飛翔を開始した。


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 ほぼ同時刻。

 百喜苑の中で、人知れず蠢く影が、もう二つあった。


「こちらサーペント、潜入に成功したでござる」


「…誰に言ってんだ、お前」


 周囲をはばかるように声を潜めるあまり精螻蛄しょうけら)に、飛叢ひむら一反木綿いったんもめん)がそうツッコミを入れる。

 苑内にある茂みの中。

 彼らはその中に、身を潜めつつ、宵ノ原邸を目指していた。

 飛叢のツッコミに、チチチ…と指を振る余。


「飛叢殿、これは様式美でござる。深く考えるのは、野暮ってもんでござる」


 そう告げる余に、飛叢は肩を竦めた。


「よく分かんねぇけど、ふざけてないで、先を急ごうぜ。もう来賓の連中も到着しちまってる時間だぞ」


 そう言いながら、周囲を伺う飛叢。

 日が落ちつつある中、苑内の所々で篝火かがりびが焚かれ、松明を掲げ、鬼火を連れた何人もの木葉天狗が、あちこちで巡回を行っている。

 そんな中を、飛叢達は慎重に進んでいたのだった。


 そもそも、何故こんなところに彼らがいるのか?

 時間は少し前にさかのぼる。


 それは先日、めぐるから「あやかしサミットに、町の特別住民ようかい代表として同行して欲しい」と依頼された後ことだった。

 飛叢や余だけでなく、釘宮くぎみや赤頭あかあたま)、鉤野こうの針女はりおなご)、三池みいけ猫又ねこまた)、沙牧さまき(砂かけ婆)が全員一致で依頼を受けたが、巡が帰ったその後で、余が飛叢と二人きりになった際に、声を掛けてきたのである。


「先程、ネットで国のサーバーを覗いていて分かったのでござるが…」


 余の言葉に、飛叢はギョッとなった。


「お前、またやらかしてたのかよ?」


「安心めされい。いつものように、身バレするような痕跡は残してはござらん」


 そう低く笑いながら、眼鏡を光らせる余。

 彼の有する妖力【爬這裸痴ぱぱらっち】は「覗く」という行為に際し、神懸かり的な幸運判定が作用する。

 例えば、彼が「○○を覗きたい」という欲求を持ち、インターネットを使ってその情報に接続すれば、その過程がどんなにいい加減な方法であれ、国家機密クラスの情報でも簡単に覗き見することが可能となるのである。

 便利ではあるが、色々と制限もあり、仮にバレれば、余は間違いなく牢屋行きだろう。


「で、今度は一体何を覗いてたんだ?」


「サミットに出席する来賓の逗留先でござる」


 この男にしては珍しい内容に、飛叢は思わず余に目をやった。


「はあ?んなもん調べて、どうしようってんだよ?」


「無論、事前のリサーチでござる」


 辺りをはばかるように、余は告げた。


「さっきも言ったように、来賓の中には見目麗しい女妖が多いでござる。『美の探究者』としては、ぜひその麗しい姿を記録に収めておきたいのでござるよ」


 肩掛けのカメラケースをポンと叩きながら、余は言った。

 それに、ジト目になる飛叢。


「おめー、また風呂を覗こうってのかよ?」


「無論…と言いたいところでござるが、今回は相手が相手でござる。ごく普通のスナップ写真で我慢するつもりでござる。基本的に」


「基本的に、ねぇ」


 「応用的には、覗くつもりだな、コイツ」と考える飛叢に、余は続けた。


「そこで、飛叢殿に手助け願いたいでござるよ」


 飛叢は、目を剥いた。


「俺が!?」


「そうでござる。来賓の逗留先になる『百喜苑』には、国の特別住民対策室の部隊が警備に配置されるようなのでござる」


 当然だろう。

 何せ、来賓全てが大妖クラスで、中には歩く火薬庫みたいな連中もいる。

 国の精鋭部隊でも出張らなければ、不測の事態には耐えられまい。


「見たところ、それがしの隠形をもってしても、無事に突破できるか分からないくらいの警戒網でござる。なので、今回のミッションには、頼りになる相棒バディが必要なのでござる」


「で、俺に白羽の矢が立ったと」


 頷く余。


「飛叢殿は運動神経もいいし、空も飛べるという強みがあるでござる。それに【天捷布舞てんしょうふぶ】を使えば、ロープや刃物要らずだし、心強いことこの上ないでござる故」


「褒められて悪い気はしねぇけどよ…」


 飛叢は頭をボリボリと掻いた。


「要は盗撮の片棒を担げってんだろ?そいつがなぁ…」


「何を言っているでござる、飛叢殿!これは立派な偵察任務でござる!」


 突然ドアップで詰め寄られ、飛叢は思わず仰け反った。


「て、偵察任務ぅ?」


「そうでござる。先程、十乃殿から受けた依頼は知っての通り。しかし、某達はいずれ相対する相手の詳細なデータを全く知らないでござる!性格や実力、好き嫌い、あと、入浴時にどこから洗うかとか、どこが一番感じるのかとかっ!」


「最後の方の奴は、あんまり関係ないような気がするけどな…」


「とにかく!」


 トドメとばかりに、余は飛叢に詰め寄った。


「仕入れた情報は、間違いなく十乃殿の手助けになるはずでござる!漢なら、ここは腹をくくるべきでござるよ、飛叢殿!」


「わ、分かった!分かったから、それ以上、ドアップになるな!」


 余から身を離すと、飛叢は腕を組んだ。


こいつの口車に乗るわけじゃないが、聞けば、サミットの来賓はいずれも猛者揃いって話だし…ちょっと興味あるな)


 喧嘩が三度の飯より好きな飛叢の脳裏に、物騒な想像が浮かぶ。

 もっとも、それを実現させるつもりはない。

 そうなれば、どんな結果になるかは、火を見るより明らかだ。

 さすがに、飛叢にもその辺の良識はある。

 だが、あわよくば、滅多に見ることが出来ない彼ら・彼女らの実力を、間近で目にすることが出来るかも知れない。

 それは今後、手ごわい相手を前にした時に、役に立つかも知らない。


「…よし、乗った。偵察ってのが性に合わねぇが、強ぇ奴を間近で見れるなら、収穫があるかも知れねぇからな」


 頷く飛叢に、余が顔を輝かせる。


「おお!飛叢殿なら、受けてくれると思っていたでござるよ!」


 差し伸べた余の手を、飛叢がグッと握る。


 かくして。

 ある意味、危険極まりないタッグがここに結成されたのだった。

 

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