【百二十二丁目】「それは内緒じゃ♡」
「妖サミット」…古来から、人間に知られることなく行われてきたこのイベントが日の下に明らかになったのは、この日本に再び妖怪が姿を現してからしばらく後のことだった。
以来、開催が近づくと、マスコミを通じて日時や場所が発表され、何かと話題になるイベントの一つである。
そもそも、人間社会で「サミット」というと、首相や大統領といった国のトップが顔を揃えて、諸国の抱える問題などについて会議で話し合うことを指す。
が、これが人間社会と構造が異なる妖怪社会になると、やや意味合いが変わってくる。
まず、妖怪には基本的に上下関係というものは存在しない。
よく「総大将」と呼ばれる妖怪として“ぬらりひょん”の話が出るが、これはあくまで俗説であり、明確な根拠があるわけではない(それでも「妖怪達の相談役」として一目置かれているようだが)。
では、誰が妖怪社会を取りまとめているのかというと、これは俗にいう「大妖」と呼ばれる妖怪である。
話は飛ぶが、皆さんは妖怪や物の怪が群れを成して闊歩する「百鬼夜行」というものをご存じだろうか?
そう、古い絵巻物の中とかに描かれているアレである。
妖怪達が出現した後、この妖達が見せる集団行動については、その発生原因や「集団を率いる主となる妖の存在」が、長年、研究者の間でも取り沙汰されてきた。
そんな中で、百鬼夜行の発生・統率に深く関わっているのが「大妖」と呼ばれる一連の妖怪達であるという説がある。
その「大妖」とは即ち、
“鬼族”の頭領として名高い、大江山の「鬼王」“酒呑童子”
“妖狐”達を束ね「神の使い」ともされる「霊王」“天狐”
それと双璧を成す“妖狸”達の元締めにして、八百八狸を統括する「獣王」“隠神刑部”
人間社会から距離を置き、日本で最も危険と目される「魔王」“山本五郎左衛門”
その好敵手であり、同じくらい危険とされる「妖王」“神野悪五郎”
大海の支配者にして、最も古い魔物の一人とされる大怪魚「海王」“悪樓”
全ての付喪神の祖であり、妖怪達の長老とされる「古王」“塵塚怪王”
と、いうように、ざっと一部を挙げても、これだけの顔ぶれが並ぶ。
いずれも、日本で神話伝承に顔を見せるメジャーどころばかりだ。
彼らは互いに領土を持っており、そこに一族配下の妖怪達が自然と集い、各々が「百鬼夜行」を形成しているのである。
僕…十乃 巡の推測だが、恐らく、彼らは「大妖」達の放つ妖気に魅かれて集まり「百鬼夜行」というコミュニティを形成しているのではないだろうか。
いずれにしろ、こうした「大妖」達は、人間社会とは一線を置いているのが現状だ。
理由は様々あるが、ほとんどが「昔あった人間と妖怪の関係」…即ち、人が妖怪を恐れ敬うという関係に、固執しているためといわれている。
以前も述べた通り、古くから存在し、強大な力を持った妖怪ほど、僕達人間の声が届きにくい。
それは、彼らが矮小な人間を対等の存在として扱っていないという意識があるためだとされる。
それ故、彼ら「大妖」とその一派は、人間社会から遠のき、現在は「幽世」のような、この世とは位相の異なる世界に潜んでいるとされている。
話を元に戻すが「妖サミット」とは、そうした「大妖」達が自分達の領域から姿を現し、一堂に会して宴会や様々な話し合いが行われる会合のことを指す。
「…で、その『妖サミット』が、この度、この降神町で開催されるわけだ」
降神町役場町長室。
大きな椅子にちょこんと座った御屋敷 俚世町長(座敷童子)は「禍福」と書かれた扇子をパラリと広げながら、立ち尽くしたままの特別住民支援課長、黒塚主任(鬼女)と僕の三人を見やった。
「無論、降神町の町長として儂も出席する。そこで、特別住民専門の部署である貴課からは、坊に儂のサポート役として同席してもらいたいのじゃ」
「はあ…しかし、町長」
それに、課長はしどろもどろになりながら続けた。
「『妖サミット』は、国中…いえ、世界中が注目するほどの妖怪・魔物達の大会合です。そんな場に、新人である十乃君ひとりでサポート役とは…その、いささか荷が勝ちすぎているというか、何というか…」
人の良さと温和な性格で有名な課長のことだ。
面と向かって言葉にこそしないが、多分、危険な大物妖怪達の前に、人間である僕が引っ張り出されることを案じてくれているのだろう。
加えて『妖サミット』の開催中は、一部を除き、マスコミは勿論、人間の出入りは一切シャットアウトされる。
大妖の中には、人間の好奇の目を好まない皆さんが多いから、これは仕方がない。
何せ、強大な力を持つ彼らを悪戯に刺激しても、人間には一切利がないのだから。
だが、課長の心配をよそに、御屋敷町長はニッコリ笑った。
「坊のことなら心配いらん。警備から運営まで内閣府の特別住民対策室が全面協力してくれるそうだし、問題はあるまい」
と、そこで膨れっ面になる御屋敷町長。
「というか、そもそもあそこの変態室長が、妖怪共にサミットの会場に降神町を推薦しくさったのだから、それくらいしてもらわにゃ割に合わん」
「雄賀室長が…?」
主任が意外そうにそう尋ねる。
御屋敷町長は頷き、
「『妖怪の重鎮お歴々に、妖怪特別保護区の現状を見てもらうのも一興でしょ?』とか言ってきおった。どうも、そんな軽いノリで大物共とも勝手に交渉を進めたらしい」
それを聞き、主任が考え込むように顎に指を当てる。
「信じられません。大妖連中は、ほとんどが人間社会へ足を踏み入れようとするのを拒んでいると聞きましたが…」
「連中の胸の内なぞ、儂にも分らんよ…ふふ、もしかしたら、誰か会いたい人間でもおるんかの」
そう言うと、悪戯っぽく僕を見詰める御屋敷町長。
それに、僕は曖昧な笑みを浮かべた。
「?」
顔を見合わせる課長と主任。
構わずに、御屋敷町長は続けた。
「それと…坊に、一つ頼みたいことがある」
「は、はい。何でしょうか?」
「うむ。今回のサミットには坊以外にも、何匹か一般の特別住民を連れて行こうと思っておる」
「それって…もしかして、主任とか、間車さん達じゃなくてですか?」
「そうじゃ」
僕は思わず主任と顔を見合わせた。
「差し支えなければ、理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?町長」
主任がそう尋ねると、町長は扇子をピシリと閉じた。
「それは内緒じゃ♡」
言葉を詰まらせる主任に、御屋敷町長はころころと笑った。
「何じゃ、黒塚。そんなに愛しい部下の傍に居たかったのか?」
「い、いえ、そういうわけでは…」
珍しく慌てる主任に、御屋敷町長は笑いながら言った。
「冗談じゃよ。ま、理由は今は言わん。が…」
ふと、窓の外に目を向ける御屋敷町長。
窓の外には、いつもの降神町の風景が広がっている。
冬の日差しに包まれた町は、今日も穏やかで平和だ。
やがて来る、嵐のような未来も知らないかのように。
「…それが今回のサミットで一番大切な部分になると思うてな」
そんな町を見渡しながら、御屋敷町長は静かに微笑んだ。




