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妖しい、僕のまち 〜妖怪娘だらけの役場で公務員やっています〜  作者: 詩月 七夜
第二章 “スネークバイト” ~片輪車~
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【八丁目】「さて、フィナーレだ」

 これほど必死になって、ハンドルを握る間車まぐるまさんを、僕は初めて見た気がする。

 いつも明るく、気風きっぷうの良い姉御肌の間車さん。

 いま、それはなりを潜め、焦燥に急き立てられた表情で、車を走らせている。

 カーブを切り返すたびに起きる、大波に翻弄されるような車体の揺れよりも、僕はそちらに気をとられていた。


 “スネークバイト”中盤。


 女王、妃道軌ひどうわだちとの一騎打ちにおいて、僕達は優位にレースを進めていたはずだった。

 だが、今は違う。

 妃道が操るバイクは、激走する僕達の車をからかうように、少し前を走っている。

 しかも、その差が縮まらない。

 間車さんの妖力【千輪走破せんりんそうは】が発動しているのに、全く追いつけないのだ。

 これで導き出される答えは二つある。

 一つは、妃道はやはり妖怪であること。

 これは通常の人間が【千輪走破】を使っている間車さんには、ほぼ勝てないことから明白だ。正体は分からないが、彼女も妖怪ならば、何らかの妖力を使っている可能性が高い。

 そして、二つ目は…


 このままでは僕達は、このレースに勝てない。


「そんな…」


 茫然と呟いた僕とは対照的に、間車さんは気勢を上げた。


(めぐる)、ここがチャンスだ!勝負するぞ、しっかりつかまっとけ!」


 アクセルを限界まで踏み込む間車さん。

 …そ、そうか!

 ここからは少しの間、直線道路が続く。間車さんは、その間に思いっきり加速して、相手のリードを詰めるつもりなのだ。

 勝手に諦めていた僕とは違い、間車さんはキッチリ勝つためのチャンスを伺っていたのである!


「行け、相棒…!」


 間車さんの瞳が蒼い輝きを放ち始める。

 妖力を発揮するため、極度に集中しているのである。

 間車さんの呼び掛けに応じるように、彼女の身体と駆っている車体がおぼろげな陽炎をまとい始めた。

 月光に照らされた霧のような、蒼い陽炎だ。

【千輪走破】を最大開放したのであろう。

 車体は持ち主である「朧車おぼろぐるま」の名前の通り、幻想的な陽炎をたなびかせ、一気に加速する。

 弾丸と化した車は、あっという間に妃道のバイクに並んだ。

 並走しながら、チラリとこちらに目を向ける妃道。わずかに覗くその目からは嘲笑が消えていた。

 さすがに直線距離では、こちらに分がありそうだ。そのまま、僕達の車はバイクの前に回り込んだ。


「やった!」


 思わず歓声を上げる僕。

 間車さんにも、ようやく笑みが浮かぶ。


「間車さん、このまま一気に…」


 言いながら、僕は目を見張った。

 ミラー越しに、遠ざかっていく妃道のバイク。その車体が前に持ち上がる。

 ちょうど、ウィリーをしている状態だ。


 そして、異変が起きた。


 ウィリーと同時に、妃道の身体とバイクが炎に包まれたのだ!


「あれは…!」


 一瞬、事故かと思った僕は驚愕した。

 バイクの車体を彩る炎の模様が、そのまま実体を結び、現実の炎になったのが見えた。

 炎は、バイクの後輪と妃道の下半身にまとわりつくように燃え盛る。

 しかも、ウィリーをした片輪状態なのに、彼女のバイクは更に加速し始めた。


「あの女、“片輪車かたわぐるま”だったのかよ!?」


 同じ光景を見たのか、間車さんも驚愕する。


「この姿を見せた以上…」


 妃道は、ウィリーをしたままヘルメットを無造作に脱ぎ捨てた。

 ざあっと長い髪が黒く燃え広がる。

 その目には本気の光が宿っていた。


「あんたたちは潰させてもらう…!」


 オオオオォォォォォ…!!


 炎のバイクが、この世ならざる咆哮を上げて迫ってきた…!


----------------------------------------------------------------------------------


 「片車輪」とは、昔、近江国(いまの滋賀県)に現れた妖怪である。

 とある村を毎晩のように徘徊し、見た者や噂話をした者は祟りにあった。

 そのため、人々は夜には外出を控えて家の戸を固く閉ざしていた。

 しかし、ある女が興味本位で、家の戸の隙間から外を覗き見ると、炎に包まれた片輪の車に女が乗っており「自分を見るよりお前の子を見ろ」と告げた。

 慌てて女は子どもを探すが、家の中にいたはずなのに、その姿がない。

 女は嘆き、


 “罪科つみとがは 我にこそあれ小車の やるかたわかぬ 子をばかくしそ”


 即ち「罪は私にあります。どうか、小車の引き方も分からない小さな我が子を隠さないで」と一首詠んで戸口に貼り付けた。

 次の日の晩に片輪車が現れ、その歌を見た。

 そして「心優しい人間よ、子どもは返してやろう。私は、人に見られた以上ここから去るとする」と言って子供を返した。

 片輪車はそのまま姿を消し、その村に姿を現すことは二度となかったという。


 これが「片輪車」の伝承だ。

 バイクをウィリーさせ、片輪走行のまま、炎を纏って疾走する今の妃道は、その伝承さながらの姿だった。

 彼女は、妖怪としての本性を現したまま僕達の車を追い抜き、トップポジションを確保した。


「行きな!【炎情軌道えんじょうきどう】!!」


 そう叫んだ瞬間、彼女のバイクに纏わりついていた炎が、灼熱の飛礫つぶてと化して、後方…つまり僕達に向かって発射された!


「チッ!!」


 咄嗟にハンドルを切ってかわす間車さん。

 だが、その分スピードが削がれてしまう。車体が大きく踊り、さすがの間車さんでも立て直すのが精一杯のようである。

 どうやら、今の炎を操る力が、妃道が持つ妖力らしい。

 妃道は、続けて第二弾を放った。

 今度は避けきれず、助手席のそばをかすめた。焦げ臭いにおいが車内にも漂ってくる。

 危うく直撃寸前だった僕は、悲鳴を上げた。


「大丈夫か!」


「ドアが少し焦げましたが…だ、大丈夫です…」


「妃道、てっめぇ!まだローン残ってんのにぃぃぃぃっ!!」


 逆上する間車さん。

 …どうやら、心配していたのは車のようである。

 いや、いいけどね…


「しぶといねぇ…なら、これはどうだい!?」


 第三弾。

 今度は飛礫だけではない。バイクの後輪から炎の帯が走り、タイヤの跡が残る路面が、派手に燃え上がっっていく。

 ちょうど、飛行機の後に伸びた飛行機雲が燃え上がった感じだ。

 こちらのタイヤに直撃する前に、間車さんが軸をずらしたが、飛礫の方は避けきれない!


 凄まじい衝撃音が車体を揺るがした。


 思わず目をつぶった僕は、車がクラッシュする様を想像した。

 しかし、車は何事もなかったように走り続けている。


「あ…れ…?」


 恐る恐る目を開けてみる。

 焦げ臭いものの、車体は無事だった。


「何で…?」


「【千輪走破】で防いだんだよ」


 間車さんが説明する。


「ちょっとやそっとの力じゃ、あたしの【千輪走破】は破れねぇよ」


 そうだった。

 彼女の【千輪走破】は、車輪の付いた乗り物を自在に操るだけではなく、その能力も強化する。

 つまり、耐久性も向上させるのである。

 しかし、間車さんは続けた。


「…けど、ありゃあ、ちょっとやそっとの力じゃないらしい…次に食らったら、マジでヤバいな」


 見れば、車体を覆う陽炎が、だいぶ薄らいでいるようだった。

 歯噛みする間車さん。

 思わず唾を飲み込む僕。


「さて、フィナーレだ」


 炎に照らされた妃道の笑みが、最後の時を告げる…


 

 

遂に明らかになった、妃道の正体!

今回の妖怪「片輪車」は、お気に入りユーザーの一人、菅部享天楽さんからリクエストをいただきました。


菅部享天楽さん、やりましたよ!(笑)


“スネークバイト”も終盤です。

次辺りで、決着をつけたいですね。


ご感想、お待ちしております。


※本作の「片輪車」の呼び名は、様々な資料にある妖怪として忠実な呼び名を採用しております。よって、作者に差別的な意図はございません。ご了承願います


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