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俺と彼女とメール

残業なんてするなよ、と言ってる俺が一番やっている。

ただ俺が帰らないと他の社員が帰らないもんだから一度出てからこっそり戻ってくることにしている。

帰国して荷物を置くついでに社に寄っててんこ盛りの仕事にため息をついてから彼女に会いにいった。

お土産を買うなんて久しぶりで胸がわくわくしていた。

俺が忙しくなればなるほど寄って来る女は居るもののすぐに離れていってしまう。

曰く、あなたがぜんぜんわたしを構ってくれないから、寂しいのだそうだ。

社員は俺の仕事熱心さをよく知っているためかそんな素振りすら見せてくれない。

ふらっとナンパする暇もない俺にはもう何年も恋人も居なかった。


明かりが消えた社内に戻りスイッチを入れる。

ここは俺のオフィスのひとつ下で祐樹が筆頭に50人ほどの社員が働いている。

綺麗に片付いていたりはたまたぐちゃぐちゃだったりする机の群れを抜けて一番奥にひとつだけ少し大きめの机がある。

そこまで行き無断で引き出しを開ける。

一番下の大きいそれには夜食用のカップ麺とお菓子を祐樹が入れているのを俺は知ってた。


「うどんかな」


ごそごそ漁りお目当てのカップうどんお揚げ入りを手にしてあとはチョコレートをいくつか拝借する。

隣にある給湯室へ向かいウォーターサーバーからお湯をカップに注ぐ。

デザートの代わりだったチョコをひとつ口に放り込みそれを持って上へと階段で上がる。


社長室のドアを開けまずはじめに壁のスイッチを入れた。

一瞬で部屋は明るくなり応接セットのテーブルにカップ麺とチョコを置いた。

腕時計を確認しもうそろそろだとふたを開ける。

胸ポケットに刺してきた割り箸を割り中をぐるぐる混ぜる。


「日本に帰ってきた一発目がこれとはね」


それでもしばらく嗅いでいなかったダシの香りに鼻腔をくすぐられまずは一口と出しをすすった。

体中にニッポンが染み込んで行き目頭が熱くなる。

ナシゴレンも、ソーセージも、ステーキも、ポトフも、ピザもみんな美味かったけれどやはり和食がいい。

伸びないうちにとずるずる麺を啜る。

途中で揚げも一口二口と齧り染み出るあまじょっぱさにとにかく感動する。

粗方食べ終えカップを置いた。

手を顔の前で合わせごちそうさまでしたと小さく言う。

手を下ろし食べた残骸を見てため息が出た。


本当は彼女を誘って和食を食べにいくはずだったんだ。


「しょうがないな、振られちゃったんだし」


チョコレートをひとつ口に入れゆっくり溶かしながら味わう。

終電はあと3時間で無くなる。

酒井は高齢だからあまり無理はさせたくない。

携帯を出しメールを打つ。

会社に泊まりこむから先に戻れ、と。

それからひとつ伸びをして机へと向かった。

てんこ盛りになった判子待ちの書類を一部づつ目を通していく。

1ヶ月の間に何度か帰国していたとは言えそこまでは手が回らなくあっという間にこんな量だ。


「本当に朝までコースだなぁ」


引き出しを開け少々立派すぎる社判と自分の印鑑を取り出し朱肉にぽんぽんとそれをやった。

終わらないと業務に支障が出る、俺しか出来ないのならやるしかないのだ。




さっと風呂を浴び、簡単に作ったパスタで晩御飯を済ませつけっ放しだったテレビをぼんやりと見る。

若者が10人程度集まり男女間の友情は存在するかと言う事を討論している。

私の場合は間違いなくイエスだ。

存在しないわけがない。

存在出来なくなる理由は簡単だ。

どちらかに恋人が出来ると恋人から嫉妬されるから自然と疎遠になる。

しかしそれが落ち着けばまた何も無かったかのように一緒に遊んだり食事をしたりするのだ。

番組の中の女の子たぶん大学生の子が言っている。

男女の友達はありえるけれどそれが恋愛目的で無いとは言い切れないと。


佐久間さんもそうだったんだろうか。

たくさんの取り巻きの中の一人にしたかったのかな。

あんまり可愛くもない私なんかをそんな風にしたかったのかな。

そもそもなぜ彼は私と友達になりたいなんて言ったんだろう。


「私、何も知らない」


佐久間さんは魅力的な人だ。

他愛の無い話もものすごく楽しいし、聞き上手にもなってくれる。

そして少々強引な所はあるが礼儀正しい。

何も知らない人をそんな風に拒絶していいのだろうか。


友達は知らない人同士が互いをゆっくり知っていくものだ。

性急に答えを求めすぎただけで、彼だって私の事を知らないわけなのにあんな風に言ってくれた。


「謝らないと」


勘違いした私に大丈夫と体を起こしてくれて、お礼としてパフェと珈琲をご馳走してくれて、お土産まで買ってきてくれた。

それだけ私と仲良くしたいという行動だっただけなのに。


携帯を取り出しぽちぽちメールをする。

今日ならきっと読んでくれるだろう。

帰ってきたばかりで仕事をしていたりしないだろうから。

返事は来ないかもしれない。

来なかったら、今度こそ、縁が無かったと諦めてアドレスを削除しよう。

ふぅっと息を吐いてから打ち終えた本文を3回も読み返して送信ボタンを押した。




3分の1ほど片付いた書類を横に退け次の分を束から取り机に置く。

立ち上がりんーっと伸びをしてスーツの上着を脱ぐ。

それを応接セットのソファへ向けて放り投げネクタイを緩めた。

ワイシャツのポケットから煙草を出しジッポで火をつける。

灯油のような油の匂いと煙草の燃える匂いが混じる。

机から離れ応接セットのソファに座る。

裏返っていた灰皿を表にしトントンと灰を落とす。

吸い込み肺を満たしてまたゆっくりと吐き出す。

珈琲でも入れてくるかな、と思っていたその時ピロリロンと間抜けな音。

こんな夜にメールを入れてくるやつなんか祐樹か母親くらいで、げんなりした顔でタバコを咥えたまま携帯を持ち上げる。

ぱかっと開きメールを見て驚いた。


『佐久間様

 先程は大変失礼いたしました。

 申し訳ありませんでした。

 お互いの事を知る機会も無いままあのような事を言ってしまい、

 さぞ気を悪くされた事と思います。

 もし佐久間様がお嫌でなければお詫びをさせて頂きたいのですが

 如何でしょうか。

 ご多忙と存じますので都合はそちらに合わさせて頂きます。

 夜分に長々と失礼致しました。

    笹川』


片手で口元を思わず押さえてしまう。

誰も居ないのだから見られる心配などないのに。

もう連絡なんて来ないと思っていたのだ。

手を外しにやにやと緩んだ口元のままメールを返す。



ピンピロンと電子音が鳴ってびっくりして食べかけのみかんにむせる。

手を伸ばしてそれをとりまさかねと思いながら画面を開く。

メールはそのまさかで、まぁ驚きだわと本文を開く。

そこには090から始まる11桁の番号が並んでいる。


これは電話しろってこと?

それはずいぶんレベルの高い話ですよ、おにーさん。

最近の携帯は本当に便利で本文中の文字から電話を掛ける事が出来る。

そうこうしている内に次のメールがきてそれを開いた。


『電話しておいで』


あぁ、もう、逃げられないじゃないですか。

とりあえずマグカップに水を汲んでから正座をして座りどきどきしながら、少し震える手で電話をかけた。

どうかお説教ではありませんように。


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