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彼と私の気持ち

覚悟していたとは言えやっぱりそう告げられると顔が赤くなる。

心臓はかつてないほど速くなる。


あぁどうしよう。

どうしたら良いんだろう。

私の中に今までになかった感情が芽生える。

それに戸惑って何も言えない。


ドキドキしながらもそのまま動かずに居ると彼は顔を上げ片手で顔を拭ってから私を解放した。

目が赤い顔、それでもどこかすっきりといつものように笑っている。

佐久間さんと呼びかけようとして躊躇する。


礼って呼んでよ


彼はそう言った。

それは寝ぼけてだったりしたけれど、だからこそ、本音だったんだろう。


「帰ろうか」


迷っている私に彼はそう告げて手を差し出す。

結局名も呼べぬまま頷きそれを握り返した。

それに意味があるのかどうか分からない。

でもそれがいつも通りだったから。


彼は返事を聞かなかった。

告げただけで私を解放した。


こんな時まで私の事を思って優しくしてくれる。





ついに言ってしまったと握った手を引きながら歩く。

携帯を取り出し酒井を呼ぶとホテルから少し離れた場所だと言うのにすぐに向かうと返事がある。

悪いねと謝ってから電話を切り大通りへと出た。

車が停まり出てこようとする彼を手で制して歩道側のドアを開け彼女を乗せる。

続いて反対側に回り自分も乗り込めば彼は車を何も言わずに出してくれた。

パーティが終わるのは夕方だと告げてあった。

まだ午後の三時くらいだろう。

聞きたい気持ちもあるだろうに何もいわずにただ運転してくれている。


俺は周囲の人に恵まれているんだと改めて思う。

それは目の前に座る彼女に関してだって言える。

逃げないで手を握り返してくれた彼女にまた想いが膨らむ。

不意にその小さな手が紺色の包みを差し出してくる。


「お世話になってるから」


まさかのプレゼントに胸が躍る。

それを受け取り包みを遠慮なく開くと煉瓦色の暖かそうなマフラー。

今日は慌てて出てきて忘れていたとそれを見て思い出す。


「ありがとう」


俯く彼女にそう伝え手にとって首に巻いてみる。

暖かく触り心地の良いそれはやわらかい彼女の香りがした。





マフラーを巻く彼を見てから俯く。

もっと他にタイミングあったのではと思う。

それでも座席に置きっ放しにしてしまったそれを見咎められる前に何とか渡してしまいたかった。


「どうかな」


おどけて言う彼に似合ってますよと答える。

なんであんな事言ったくせにいつも通りなんだよと思う。

穏やか過ぎてああやって感情を剥き出しにした後とは思えない。


「佐久間さん」


結局いつも通り呼ぶと、何?と顔だけ上げる。

呼んだものの何を言えばいいのか迷う。


貴方の気持ちには応えられませんと告げるのか。

それとも。


「お腹空きませんか」


出てきたのはその言葉で彼が笑う。

声を上げて笑った後にそうだねと呟き酒井さんへどこか寄る様にとリクエストをしていた。





空腹ってと声を上げて笑ってしまった。


彼女から返事は聞けなった。

でも、それで、良い。

どうせ良い答えなんて返ってこないのだから、最後までこの曖昧な関係で良いんだ。


どこが実家なのかは聞いていないけど帰ったら聞き出して新幹線でも飛行機でもチケットを取ってあげよう。

そうして少し早めに帰してあげれば良い。

それで、全部終わりだ。


酒井にどこか寄って欲しいと言うとどこも混み合っておりましょうとファーストフード店の前で車を停める。

私が何か買って参りますと彼は出て行って車内は静かになった。


行き交う人々を横目に窓に頭を寄せてみる。

彼女の顔を見るよりずっとそっちの方が良い。

あと半日もすれば目の前から居なくなってくれるだろうし。

どうせなら笑った顔だけ覚えておきたい。





酒井さんが出て行くと静かになった車内で彼は私ではなく外を見ている。


帰省を早めないとと思う私と本当にそれで良いのかと言う私。

どっちも本音だ。

彼に言葉にされてはっきりと分かった。


私も彼が好きだ。

たぶん愛しているのだと思う。


抱きしめられても撫でられても額に口付けされても。

全く嫌な気にならなかったのはそういう事だ。

自分で思うよりもずっと前から彼の事を想っていたのだ。

だから好きだと言われて嬉しかった。

とんでもなく嬉しかった。


けれど、やっぱり覚悟が決まらない。

私に彼の隣が務まるとはどうしても思えない。


「どうしたの」


いつの間にか彼は私を見ていた。

見られていたことに恥ずかしくなり顔を背ける。

化粧だってあんなに泣いたからぐちゃぐちゃだ。

そんな顔見ないで欲しい。


「もう何もしないから」


安心させるように低いそれでいて伸びのある綺麗な声が告げる。

反射的に彼を見ると困ったようにそれでもいつものように笑っていた。


どうして、そんな事言うの。

そんな事言われたら私はもう何も言えなくなってしまう。






何もしないからと告げると彼女の顔が強張った。

いや、だから、しないってと思い手を伸ばして止める。

もう何もしないんだと。

酒井が戻ってくるまではどうにも気まずいなと息を吐く。

彼女が俺を見たまま目を潤ませている。

いやいや、泣かなくても良いじゃん。

俺が圧倒的に悪いけどさ。


「な、泣かないでよ」


そう告げると彼女は首を振る。

無理です、と小さな声で呟き、バッグからハンカチを取り出した。

今日の為に買ったであろうそれは彼女らしい清楚なもので三角に折り畳んで涙を拭う仕草に胸が打たれる。


「困ったな」


呟き頭を掻く。

後ろに撫で付けていたそれが崩れて前髪が垂れた。


「ずるいです」


しゃくり上げながら鼻声でそう反論してくる彼女の言葉に、詰まる。

いや、仰る通りですと項垂れる。


「ずるいです、佐久間さんは」


もう一度言われ口を開きかけた瞬間に酒井が戻ってきて車に乗り込んだ。

あー、助かったと思いながらすぐに出すようにお願いをするとファーストフード店の袋を助手席に置いてハンドルを握った。

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