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俺と彼女と嫉妬

何で俺はそっちを向いていたのだろうと思う。

挨拶回りを徳本氏としていてたまたま目に入った。

彼女、笹川涼を抱きかかえる茶髪の男の姿。

顔が強張っていたと思う。

けれど徳本氏に同意を求められ笑顔をつくって頷く。


何なんだよ、あれ。

なんで抱き合ってんの。


口調が祐樹のようになった。

目の前で起きた景色に目が眩む思いだ。

ようやく離れて次へ行こうとする徳本氏に声をかける。


「申し訳ないのですがちょっと酔ったようで」

「おお、そうか。では水でも頼もう」


ウェイターを呼び止めその旨を伝えると普通のグラスに冷たい水が入ってきた。

違うんだよ、解放して欲しかったんだと思いながらそれを一気に飲み干す。

とにもかくにもそれで少しは頭が冷えた。

視線の先では笑顔で男性と話しながら料理を皿に取っている彼女の姿。


いや、違う。

ちゃんと彼女は俺のパートナーとしての責務を果たしているだけだ。


でも。

あんな風に他の奴に笑顔を向けられるのは嫌だ。

顔を寄せてなにやら耳打ちをされるとまたくすくすと笑っている。


「佐久間くん?」


徳本氏の声にはっとしてそちらを向くと少し心配そうに俺を見ている。

グラスをウェイターに返し彼女から目を離して向き直る。


「申し訳ありません、こんな立派なパーティには滅多に呼ばれませんので、すこしのぼせました」


そうかそうかと笑う彼に愛想笑いを返してとにかく挨拶を終わらせようと着いて回った。





「大丈夫?」


と支えられて体勢を直す。

幸い倒れる前だったから周囲は気付いていない。


「あ、ありがとうございます」


お礼を言って顔を上げると心配そうな男性の顔。

大丈夫ですと落としかけた皿を持ち直す。

転ばなくてよかった。

皿を落とさなくてよかった。

彼は何もなかったように私をまたエスコートしてテーブルへと連れて行く。


「わぁ、美味しそうですね」


呟き自然と笑顔が漏れる。

料理の説明なんかを聞きながら取り皿に取る。

やばい、本当に美味しそうで、笑顔が止まらない。


「ひやっとしたよ」


と不意に耳打ちされて赤くなる。

誤魔化すようにまた笑って、すっかり佐久間さんの事は忘れていた。

壁際まで戻りフォークで口に運びながら相手の話を聞くと彼は佐久間さんと同じく若くしてインターネット関連の会社を立ち上げた言わば新進気鋭の社長さんだった。

名刺をありがたく頂き、就職に困ったらおいでという申し出を丁重にお断りする。

そういう会社がブラックでマーチばかりなのはよく知っている。


「だよねぇ」


と苦笑をしながら彼が言う。

曰く人手不足に悩んでいるらしい。

飲食業も同じでしたよと答えると彼が意外そうな顔をした。


「社員か何か?」


と聞かれ首を振る。


「ただのアルバイトだったんですけど、新人はすぐに辞めてしまって中々続かなかったんです」

「そうなの」

「はい。よく上司が頭を抱えていましたから」


ふーんと答える彼がどこも大変だねと呟き口を開きかけたところで後ろから名を呼ばれた。


「あーあ、見つかった」


彼が下をぺろりと出して見せまたねと言って去っていく。

頭を下げてそれを見送りまた一人になった。





挨拶回りが終わると徳本氏にお礼を言ってその場を離れる。

彼はこの後主催としてスピーチが待っている。

足早に人の間を抜けて彼女を探す。


やはり一人になどしなければ良かった。

大丈夫とのいつもの言葉に不安だった物のどこか安心して置いてきてしまった。


会場をいくら探してもまったく見つからずウェイターを捕まえて尋ねるとどうやら酔っ払ったらしくロビーのソファへ向かったという。

一階のそこまでエレベーターに乗って降りると、確かに彼女は居た。

ソファに凭れ掛かりウトウトと舟を漕いでいる。


「笹川君」


顔を覗き込み声をかけると覚醒したようであわわっと目を開ける。


「わ、私、す、すいません」


顔が赤いのは恥ずかしいからだけじゃない。

慣れない場で飲みすぎたのだ

その証拠に彼女からはふわりとアルコールの香りがする。


「大丈夫?悪かったね」


謝ってばかりだと思いながらそう聞くと大丈夫だと首を振る。

私はもう少し休んでから戻るという彼女の手から名刺がひらりと落ちた。

それを拾うと見覚えのある名前。

裏面にはご丁寧に携帯のアドレスまで書いてある。


「あ、さっき一緒に話した方なんですよ」


と手を伸ばす彼女にそれを渡せなくて握りつぶす。

え?と顔が固まる姿に嫉妬を通り越して怒りが沸いた。

誰に?

名刺の男でも彼女でもない。

俺に、だ。


「帰ろう」


その言葉にえぇっ?!と立ち上がる。

ふらりと体が揺れて慌ててそれを支える。


「もう挨拶は済んだから」


でも、という彼女を制してクロークへと向かい二人分のコートを受け取る。

まず自分の分を着てから彼女の物を持っていき着せてやってから手を取る。


「佐久間さんっ」


ずんずんと早足で歩き始める俺に彼女の非難の声が後ろから響いたがその足を止めることなくホテルを出た。

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