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俺と決意

夕飯を一人で食べ終わりお風呂にも入って自室のこたつで今朝貰ったコピー用紙に手順を書いていく。


「うーん」


どうしたら上手くいくだろう。

もう一人居るのなら手順を明確にした方が良いと思った。

思ったは良いがそれ以上手が進まない。

ほとんど白紙のままの紙を睨む。

今回ばかりは行き当たりばったりと言う訳にはいかない。

上手く行かなければ佐久間さんの顔に泥を塗る。

私の評判はどうでも良い。

でも彼は、だめだ。

立場がある。


「今さらやっぱりデリバリーとは言いづらいなぁ」


そう告げた所で彼は顔色ひとつ変えずに大丈夫だと言うだろう。

そういう人だと言うのは短い期間でもすっかり分かってしまった。

ただ、今朝メニューを見せた時に、彼は笑った。

すごく楽しそうに嬉しそうに。

作り笑いじゃない本当の笑顔にその期待を裏切れないとまた思う。

成功するか失敗するかでは無く、私の料理を楽しみにしてくれている。


それは彼が私に対して思っている事からだろうか。


顔が急に赤くなり封印していた思考が蘇りそうになって慌てて首を振った。

少なくなってしまったみかんを剥き口に入れる。

そう言えばと思う。

リビングの隅に置かれたお礼のお菓子はそのまま放置されている。

中々会う機会が無いからね、と彼は言い、中身を私に確認してからそれなら近い内に会うからその時に渡そうと、そのまま置きっ放しにした。

どっちなんだよ、と突っ込みたくなるのを我慢して、テーブルに置いておくのは、と隅の床に下ろした。


親しい人では無いのだろうかと思う。

みかんをあんな風な形でくれるなんて恋人とかそういう存在からだと思ったのに、違うのか。


じゃあ誰だろう。


女の子からとの言葉を思い出し心がざわつく。

知らず知らずの内に眉間に皺を寄せ、白紙の紙の上にボールペンを置いた。

今はこんな事を考えている場合じゃないのに、どうしても、気になる。

けれどそれを聞けるほど私は勇気が無くて、一人悶々とした。




「俺は」


もう一度呟く。

祐樹がじっと俺の続きを待っている。

普段は急かす奴なのにこういう肝心な時はどっしりと構えてくる。

それでいて促しもしない。

下手したら半日だって待ちそうな勢いだ。


言葉の続きを考える。

いや、もう思いついている。

ただそれを口にしたら事実になってしまう。

この場に当人が居なくてもそれは気が引ける。

それでも、彼女が居なくなるのは耐えられない。

彼の言う事は当たっている。

いつまでも彼女を引き止めておくには大家と店子じゃ無理だ。


「俺は彼女を」


彼の目が細くなる。

期待半分不安半分といった顔。


「力ずくでも自分の物にする」


最低な言葉を吐き捨てるように言う。

すると目の前の人物はにやにやと笑った。

それからはーっと脱力し背もたれにもたれ掛かる。


「あー、良かった。お前が諦めるとか言い出したら、俺、殴ってた」


親友の物騒な物言いにこちらも脱力する。

いや、物騒な事を言ったのは俺も同じだ。


「でも、それで良いんじゃね?」

「そうか?物凄く我儘な事を言ったつもりだよ」

「恋愛ってそういうもんだろ」


そういうもんなのかな。

鸚鵡返しに呟くと彼はまたビールのお代わりをした。


「そういうもんだよ、お前はちっとも間違っていないよ。その気持ちでいけよ。咲くも散るもそれからだろ」


そりゃそうだけどと思う。

間違っていないと言われてもそれで良いのかと自問する。


「幸せになれよ、礼。そんでその分相手を幸せにしてやれよ」


ほらほら、決意に乾杯だと新しく来たビールを片手に言う彼に言われるがままジョッキを合わせた。




「寒いですな」


吐く息が白くもう冬も本番だと思う。

坊ちゃまはどうやら祐樹様と飲みに行かれた様でまだお声が掛かっていない。

自動販売機で買った珈琲を両手で包む。

白い手袋は外して車内に置いてある。

染みでもついたら大変だ。

何より家内に怒られる。

老体にはもうこの寒さは堪えると一気に珈琲を飲み干すと缶を捨て車内へと戻った。

暖房の効いていないそこは外に比べればいくらかましではあったがやはり寒い。

この仕事を続けてもう50年だ。

来年には70の大台に乗る。


そろそろ退職だと覚悟は決まっている。

しかし、先々代よりお仕えしたこの身に、現当主の坊ちゃまのお父上、つまり旦那様の言葉が忘れられない。


私の事はあまり好きではないようだから、お前が私の代わりに傍に居てやってくれ。


小学生の頃の坊ちゃまに対してそう言った父親の覚悟とはいかほどだろう。

その言葉通り旦那様はそれから一切坊ちゃまに自分から関わろうとせず、私から近況を聞いては嬉しそうにしてらっしゃった。


その時に決めたのだ。

坊ちゃまのために半生を生き、いずれ、何方かが彼の横に立つまでは一緒に居ようと。

給料でも名誉でもプライドでもない。


ただ、我が子のように見守ってきた坊ちゃまの幸せを見届けたいと思った。


不意に電話が鳴り急いで出ると迎えに来てほしいとの要請ですぐにエンジンを掛け車内を暖める。

五分ほど時間を頂いてからようやく走り出し、目的の居酒屋の前へと停める。

ドアを開け坊ちゃまが乗り込むのを見届けてから祐樹様に会釈をし車を出した。


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