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私と彼とばんごはん

ガチャリと玄関から音がして家人の帰宅を示し慌ててそっちへ向かう。


「おかえりなさい」


声を掛けると彼は意外そうな顔をした。

大丈夫、もう、吹っ切れたのだから。

お金を貯めて、新しい家を借りるまでなのだから。


「ただいま」


鞄を持とうと手を伸ばすと彼は首を振ってそれを制止歩き始める。

暖かくなっているリビングへ入るとテーブルを見ておぉっと声を上げた。


「今日はミートローフです」


コートを脱ぐのを手伝い、それをハンガーに掛けて隣の和室の鴨居へと掛ける。

お腹が空いているのか着替えもせずに席に座る彼にご飯と味噌汁をよそって持っていく。


「すごいね」


褒められ素直に嬉しくなり自然と笑顔がこぼれた。

それを見て安心したのかお盆からご飯と味噌汁を受け取り自分の前に置く。

箸置きに置いた箸を取りそわそわしながら私の着席を待つ彼に急かされるように向かいに座る。


「「いただきます」」


そう言い合って取り皿に切り分けてあるミートローフを二枚取って渡すと脇に置かれたカップに入ったソースをスプーンで掬い掛けている。

よかった、もう、怒ってないみたい。

ほっとしながら自分の分も取りソースを掛けた。


「美味い!」


一口食べてそう声を上げるのを見て尚更ほっとする。

そう言えばこの家に来てからこうやって晩御飯を食べるのは久しぶりだ。


「ピザ以来ですね」

「え、何が?」

「お夕飯一緒に頂くの」


あぁっと漏らす彼に手を振る。


「別に責めてるとかそういうわけじゃ」


慌てて言うと困ったように笑う。

それがどこか寂しそうに見えてちくりとする。


「不慣れな家に一人にして申し訳ないね」


おかわりのミートローフを取りながらそ言う。

いえいえ、大丈夫です。

そういうお約束だったでしょう。

と返しもぐもぐと後は黙って食べた。


付け合せのにんじんのグラッセも、ブロッコリーとカリフラワーのヨーグルトドレッシング和えも、副菜のセロリと烏賊のトマト煮も気に入って貰えたようでほぼ無くなった。

皿を下げ洗い桶に浸してからお茶を入れる。

睡眠を妨げないノンカフェインのほうじ茶。

湯呑みと急須をお盆に乗せて戻りお茶を注いでから渡す。


「お、ほうじ茶だ」


くんくんと香りを嗅いでからそう言いずずっと飲む。


「大好きなんですよ」


焙煎したてのそれはとても美味しくて緑茶からフライパンで作った甲斐があるというものだ。


「安心するよね」


お菓子くらい用意すればよかったかなと思いながら同意し、言葉が切れる。

湯呑みを手の中で回していた彼が私の顔を見つめた。


「朝、ごめん」


それが何を指すのか私にはよくわからない。

首を傾げると彼はそれ以上言わずにお茶を飲んだ。

二杯ちょうど飲んで風呂に入ると言った彼を見送る。

洗い物を終えふとリビングの壁に目をやるとそこには風景写真が載っているカレンダー。

日付を辿りようやくもうすぐクリスマスだと気づく。


「もうそんな時期なのか」


ぽつりと呟きエプロンを外した。

それを持ったままぼんやりと考える。

こんなにお世話になってるんだから何か彼に贈った方がいいよね。

でも、デートかも知れないから、23日に渡そうかな。

火災保険で何か買えば彼のお金で買った事にはならないし。




風呂場に持ち込んだ新聞を読みながら湯に浸かっている。

告白はやはり出来なくてそれでも謝る事が出来たなら上々だと思う。

濡れないように四つ折にしたそれを裏面に返した所で同じく持ち込み、備え付けの棚に置いていた携帯が鳴った。

別に見られるのが嫌だとかそういうわけではなく、いつ仕事の電話が掛かってきても良いようにとの習慣だった。


「もしもし」


声が反響する。

ディスプレイには祐樹の文字だったので安心半分焦り半分で出る。

何か問題でもあったのだろうか、と。


『あ、俺』

「詐欺かよ」

『ちげーよ。あのさ、例の毎年恒例のあれ、どうする』


そうか、そんな時期だったとさっきの会話でお互い思い出さなかった事に苦笑しながらんーっと唸る。


「どうって、いつも通りだろ」

『そりゃ、そうだけど、日程は。でも、場所よ、場所』


彼がそう言いあぁっと呻いた。

そうか、今年はそれもあるのか。


『お前の家ってのが恒例だけどさ、どっか借りるか?』

「いや、うん、どうしようかね」


いい加減暑くなってきて湯船から出て縁に座る。

汗がぽたぽたと顎を伝って落ちる。


『だろ、居るんだろ、彼女。いくらそんなに多くないって言ったって初対面ばかりじゃなぁ、可哀想だろう』


仰るとおりですと言いながら頭を捻る。


「23日だろ。祝日か、どこかに行って貰うのも申し訳ないしなぁ」


恋人も居ない、友達は皆結婚している彼女が浮かれた男女の中で一人ぼっちで居るのが容易に想像出来てそう言うと電話の向こうで同意してうんうんと頷く声。

同居人の意見も聞いてみるかと返すと驚いたような声。


『良いの?だって彼女じゃないんだろ?無理じゃね?』

「まぁ、その時は何とか外出して貰うよ。それ位はきっと分かってくれるだろ」

『ま、じゃ、任せた。俺はいつも通り準備の段取りは取っとくよ。なるべく早く返事しろよな』


ぷつっと電話が切れてため息をつく。

そうだった、忘れてた。

クリスマスの前の日の大イベント。




お風呂から上がった彼が頭をタオルで拭きながら言った言葉を繰り返す。


「クリスマスパーティーですか?」


うん、そう。

と答えてから事の詳細を話してくれる。

有志の参加で彼の家で毎年、社内の人間を招いてクリスマスパーティをしているらしい。

もちろん、自由参加だし、家族や恋人を連れてきても構わないらしい。

出世や成績には響かないあくまでプライベートなイベントとして社内には浸透しているようだ。


「嫌でしょう?初めて会う人ばかりだと」


特に独身の可哀想な男がいっぱい来るしと彼が付け加える。

うーんと唸り悩む。


「お料理とかはどうするんですか?通いの家政婦さん、辞められてますし」


デリバリーでも頼むよとの言葉に貧乏性の私が悲鳴を上げる。


「そんな、勿体無い。とりあえず料理は私で良ければ作ります。後は、そうだな、当日の気分次第でいかがですか?」


良いの?と何度も聞かれて頷き、とりあえず、その方向で決まってからお互いの部屋に引っ込んだ。


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