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礼と俺と喧嘩

部屋のドアを閉め脱力する。

肩を落としはぁっとため息をついた。

せっかく料理している姿が見れたというのに、心は真っ暗だ。

台風でも来たように大荒れ。


「雇用主ね」


言われた言葉を繰り返し泣きたくなる。

自分ばかり彼女を好きで、彼女はまったく俺を好きじゃないのだ。

パジャマを脱ぎワイシャツを着る。

会社行きたくないなぁとまるで小学生の子供のような考えに首を振りクローゼットを開く。

ネクタイもスーツも選ぶ気にならず、適当に選んで身に着け靴を履き替えて部屋を出る。

とにかくいつも通りにしなくてはとリビングへ向かいテーブルに着くともう朝食が用意されていた。

いただきますと口に出し箸を持つ。

彼女がすこし遠慮したように向かいの席に座り、おにぎりを食べ始める。


「俺が食べるって言ったのに」


顔を上げ怯えたような表情を浮かべる。

そんなに強い口調では無かったはずなのに次にはついに俯いて小さく謝罪の言葉を述べた。


「すみません」


手が止まりテーブルの下へと潜る。

もう食欲なんて無くなって何も言わずに席を立ち鞄を持つとそのまま玄関へと向かい家を後にした。

いつもより早い俺に酒井は少し驚いたようだったが、すぐにドアを開ける。

黙って乗り込みそのまま窓の外を眺めたまま何も話さなかった。


社へ着くとすぐに自分のオフィスへと向かう。

いつもならば他の者が居る階へ寄るのだがそれももう面倒だった。

そんな俺に不審を抱いた祐樹がノックをして入ってくる。


「どうした?」


別に、と短く返し書類へと目を戻す。

こんな時少しだけ彼が居る事を疎ましく思ってしまう。


「別にって、変だぞ。何かあった?昨日遅くなったから怒られたか?」


昔からの付き合いだからか遠慮が無い。

親しき仲にも何とやらはどうしたと問い詰めたい。

無遠慮に一番触れて欲しくない部分を抉られて机を思わず叩いた。

想像以上に大きな音がして彼が目を開いた。


「何でも、無い」


それ以上聞くなと牽制の意味を込めて睨み視線を外さない。

開いていたドアを閉めて表情を強張らせたまま彼が入ってくる。


「おい」


机の前まで来るとドンッと叩き返す。

目を細め俺を睨み、お互いが睨み合う形となる。


「何だ」

「何だじゃねーだろ、ガキか、お前は」


静かに返したというのに怒鳴り返され立ち上がる。

ガキって何だよ、自分は上手く行ってるからって、先輩面か。


「関係ないだろ、祐樹には」


吐き捨てるようにそう怒鳴ると彼は俺の胸倉を掴んだ。

喉仏が詰まり苦しくなり眉を顰める。

顔を真っ赤にした彼がまた怒鳴る。


「あるんだよ、俺には。俺には部下が居るんだ、お前の部下でもあり俺の部下でもあるんだよ。上司から守るのだって、俺の仕事なんだよ、分かるか、馬鹿」


俺を掴んでいない方の手が震えている。

ますます喉を押され咳が出そうになる。

彼が言っている事は正論だ。

ものすごく。

俺は今、直近の部下である彼を守れて居ない。


「お前がそうやって感情を剥き出しにした事なんてあったか?!ねぇよ、今まで一度だって、どんな失敗をやらかしたって、誰に対したって、ねぇよ。俺はそんなお前を尊敬してんだよ、分かるか」


ぐらぐらと揺さぶれる。

何か言わなくちゃと思うのに言葉が出ない。


「だから、お前に着いて来たんだよ。お前を財布だって思ってた糞女だって、騙して金を巻き上げたアホにだって、お前はそんな態度取らなかったんだ」


彼の手が離れていく。

浮いていた尻が椅子に戻る。


「何なんだよ、そんなに俺信用ねぇのかよ」


顔を背けて唇を噛み締める姿に胸が痛くなる。


「ごめん」


素直にそう呟いて俯く。

それしかもう言えなかった。

その言葉を聞いたのか呆れたのかは分からないが彼はそのまま何も言わずに部屋を出て行った。

後姿を見送りドアが閉まると共に両肘を着いて頭を抱えた。


何やってんだ、俺。




怒って出て行っちゃった、と残ったご飯とおにぎりを見て涙が零れた。

どうして、あんなに機嫌悪くなっちゃたんだろう。

テーブルに竹の籠に盛ったみかんがある。


「女の子って誰」


ぽつりと呟き立ち上がる。

食事なんて取らなくたってとりあえず生きていける。

無理に食べてまずいと思うくらいなら食べないほうがマシだ。

残った物全てにラップを掛けて冷蔵庫に戻す。


「お菓子、買わないと」


もう考えるのはやめようと思う。

考えたって付き合いが浅い人だ、何も分からない。

エプロンを外しコートを着て家を後にした。

居候の身で彼の本音なんか聞きたいと思うのはおこがましいのだと自分に言い聞かせながら。




ガシャンと屋上のフェンスに身を預ける。

あんな事を言うつもりじゃ無かったと考える。

礼だって何かあったんだろ。

それが俺にすら打ち明けられない位にショックを受けた、それだけなのに。


でも、それすら、俺にはショックだった。

何でも話してくれてると思ってた。

ずっと一緒にがんばってきた、親友で戦友だ。

嫁になる女よりずっと大切な友達。

火種を撒いたのは俺だ。

余計な事を言った自覚もある。

いつもの礼ならと考える。

冗談だと捉えて上手くかわしてくれただろう。


「何なんだよ、一体」


煙草を出し咥えて火をつける。

風に煙が揺れて空へと昇る。


礼に好きな女が出来たと聞いた時、驚きはしたものの本音は自分の事よりも嬉しかった。

散々な目に遭った彼はもう女は要らないとはっきり俺に言った。

本人がそうまで言うならと紹介するのもその手の話をするのも止めていた。

だから本当に嬉しくて、ようやく婚約者も紹介する気になったんだった。


「もう、知らねぇよ」


煙草を地面に落とし足で踏みつけて消してそのまま自分のオフィスへと戻る事にした。



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