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私と彼と釜飯と

はっきり言って私は当初の目的をもうすっかり忘れている。

高級なお寿司をご馳走してもらうんだったと浅草に着いてから思った。

彼の手をしっかり握り人を抜ける。

外国人も日本人にも人気の観光地。

ゆっくりしたいという彼の希望にはもしかしたら沿えないかもしれない。


「まずはお参りだね」


と、浅草寺へ向かう。

地方から出てきた時に初めて来た時の事を思い出す。

あの時同じ赤い大提灯が私達の頭上にある。


「すごいねー」


同じように言い合い仁王門を抜けて中へと入る。

本道へ向かう石畳の道を歩きながら屋台なんかちらちら横目にする。

そういえばそろそろお昼だ。

年始ほど混んでいなくてあっさりとお参りを済ませ、二人でおみくじを引いた。


私が吉で、彼が大吉。

うっしゃっと似合わない言葉で喜ぶ姿に思わず吹き出す。

二人でそれを結び、手を取り合って屋台を冷やかす。

たこ焼きの良い匂いとかお好み焼きのソースの焦げる香りとかチョコバナナの甘い香りとか。

何か買おうかとの彼の申し出を断り境内を抜けた。

ぶらぶらと歩き江戸切子の店や呉服店を覗く。

裏通りに入りようやく立ち止まった。


「お昼にしませんか」


小腹よりももう中腹が空いていて彼も同じだったらしく、良い店があるんだよとの申し出に着いていくとそこは釜飯屋さんだった。

小さな店の暖簾をくぐり中に入ると中は9割方埋まっていてそれでも何とか席に着いて小さなメニューを二人の真ん中に置いて見る。


「ここは注文受けてから炊くから美味しいんだ。何にする?」


どれもこれも安いわけではなく悩み結局自分では決められなかった。


「お任せします」

「そう。食べれない物は無い?」


首を振りそれに答える。

んーっと彼が唸り二つとってシェアしようと提案してきてそれに同意した。


「お酒はいける口?」


え?っと言いながら頷く。

お酒は大好物だ。

夏は毎日発泡酒を飲むくらい。

彼が嬉しそうににやっと笑う。


「じゃあ、熱燗だね。寒いし。休みの日の醍醐味じゃない?昼から飲めるって」


店員のおばちゃんに注文をする。

五目釜飯とカニ釜飯、熱燗が2合に、板わさひとつ。

おちょこは二つですね、といわれ二人で頷く。

あっという間に熱燗と板わさが運ばれてきて彼がお銚子を取るより先にそれを取りお酌する。


「気が利くね」


いえいえと反対にお酌してもらって二人で小さく乾杯をする。

ぐいっと飲むとかーっとお腹の辺りからぽかぽかしてくる。


「くー、美味い」


おっさんかよ、と突っ込みたくなるような言い方に笑いを堪えて空いた杯にお酌する。

板わさのわさびに醤油を掛けつまみながら二人で杯を重ねていった。


「結構強いんだね」

「えぇ、東北なんです」

「なるほど」

「佐久間さんはずっと関東ですか?」

「うん、そう」

「ご実家もご立派なんでしょう?」

「……多分ね」


熱燗が無くなる頃に湯気立つ釜飯が運ばれてきて小さなしゃもじで木の蓋を開けて混ぜる。

うあ、おこげがあるっ。

一緒に来た茶碗に盛り付け二人同時に手を合わせっていただきますをする。

私の前にあった五目釜飯はダシがよく効いててそれでいて醤油と砂糖の甘さが控えめに香る。

はふはふしながらそれを食べ飲み込んで、笑う。


「美味しい!」


佐久間さんがほふほふしながらだろうって顔をする。

この人といると美味しいご飯が食べれる。

ご飯が美味しいだけなのかこの人だから美味しいのかはまだ分からないけれど。


「交換しましょう」


ノリノリで茶碗が空になると交換し合いお互いの前の釜飯を持ってまた交換する。

カニ釜飯はもう余計な味付けなんてしてなくてカニの旨味がぎゅーっとお米に浸透しててたまに出会う身がまた歯ごたえを生んでいて、ものすごく美味しかった。


「あぁ、こっちも」


ほうっと惚けた顔をする。

その後は五目とカニを分け合ってあっという間に食べ終わった。


「あー、美味しかった」


彼がそう言い食後に頂いた熱いお茶を啜る。

それに同意しつつお茶を啜りほーっと息を吐く。


「本当に。特におこげが絶品でしたね」


待っている人も居るようなので立ち上がり脱いでいたコートを手にする。

そのまま彼が会計を済ます前に店の外へ出て待っている人に会釈をしてコートを羽織った。

熱燗のおかげか釜飯のおかげか体中がポカポカし前を留めないでおく。

続いて出てきた彼に頭を下げる。

こういう時は素直にご馳走になるのもマナーだと思う。


「ご馳走様でした」

「いえいえ。さて、どうしようか」

「ふらふらしましょう。少しお腹が落ち着いたらお茶でもどうですか?タバコも吸いたいでしょう?」


参ったなという顔を見ながら手を繋ぎまたふらふらと歩き始めた。

小物屋さんを覗き、手拭屋さんを覗き、浅草公会堂の前の手形を眺め。


お土産にしなよと途中で舟和の芋羊羹をひとつ買って貰い、それを彼が持ってくれて、そろそろお茶にしようかと、古い喫茶店へと入る。


「珈琲ふたつ」


彼がそう注文し、胸元からタバコをだして私に目で確認をした。

もちろん構いませんと瞬きをする。

じゅっとタバコが燃え煙が出る。


「あー、うまい」

「別に道の灰皿で吸っても構わなかったのに」


その様子にそういうと首を振る。

曰く待たせるのは申し訳ないのだと。

運ばれてきた珈琲にたっぷりのクリームを入れる。

どろっとしたそれはきちんとした生クリームのようだ。


「今日楽しかった?」


2本目のタバコを咥えながら彼が言い大きく頷いた。


「それはよかった。また遊ぼうね」

「はい。佐久間さんよかったって言葉口癖ですよね」


ふふっと笑ってそう言うと彼はまったく自分で気づいていなかったようでそうかなっと笑った。


喫茶店を出て駅まで歩き、芋羊羹を受け取って別々の電車に乗った。

同じ路線でもよかったのだけれど、なんか、離れがたくなってしまいそうで怖かったのだ。

自宅の最寄駅に着く頃にはもうすっかり日も暮れていて駅からとことこ歩いて自宅へ向かう。

途中でなんか焦げ臭いななんて思った。


自宅すぐの角を曲がった所で異変に気づく。

なんか道がすごい水で濡れている。

黄色いテープが張られアパートの両隣と目の前の家の塀が黒くなってる。


どさり、と、舟和の芋羊羹の袋を落として膝から地面に落ちた。


そんな、まさか、まさか。


見えるはずの建物はすっかり骨組みだけ黒く残っていて、私の様子を見た消防隊員が駆けつけてきた。


「笹川さんですかっ」


こくりとその言葉に頷く。

消防隊員がその場を去り上長らしい人になにやら報告している。

生存確認。


「うそ」


やっと出たのはそれだけで。

自分の住まいだったはずのアパートがもうまるっきり無くて涙が溢れた。


お気に入りの家具も、食器も、毛布も、ベッドも、枕も。

パソコンも、ポータブルプレイヤーも、タオルも、洋服も、下着も。

小さい頃からずっと一緒だったくまさんも。


みんなみんな燃えてしまった。

もう跡形もなく無くなってしまった。


体が震えてきて両手で自分を抱きしめる。

近所に住んでいた大家さんが私を見つけて走ってくる。


「よかった、よかった。笹川さん無事だったのね」


その顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ。

この人だって大きな資産を失ったのだ。

大家さんと抱き合うようにしてわんわん泣く。


しばらくして聞いた事実では私にすぐ隣の、あのお盛んな大学生が情事の後に寝タバコをして火を出したらしかった。

とにかく火災保険でお金が下りるからという言葉に頷いて、私の家に来るとの申し出を断りそれ以上そこに居たくなくて駅前に戻ることにした。


残された荷物は今着てる服と芋羊羹とバッグと携帯と化粧道具だけで、もう、この年の瀬に何て事になったんだろうと、歩きながらも涙が止まらなかった。

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