ラプソディ・イン・オベントウ
私のお弁当は私が守る!
例え目の前で子犬が目をうるうるさせてしっぽ振ってても渡せない。いや、ほんとの子犬が欲しがってるならいくらでも分けてあげるけどさ。玉ねぎとか以外でね。
「た~の~む~。この通り! 弁当ちょうだい」
ぱんっと強く手を合わせて私を拝んでくる子犬――颯太が合わせた手を上に上げて勢い良く頭を下げた。今日これもう何度同じセリフ聞いたっけ。って事は結構頑張って断ってたのね私。と遠い目。
「そんな事言ったって……佐藤君とか鈴木君にお金借りるとか、それこそ颯太のクラスの女の子にでも聞けばいいじゃない」
小、中、高ずっと一緒のこの幼馴染はどうもまた、お弁当を忘れたようで。
お弁当がない。お金もない。どうしよう。そうだ私の所に行こう。って流れで私のクラスまで来たんだきっと。長年の付き合いで考える事なんて大体分かる。ただなんでいつも私のとこに来る。
「しょーがねーじゃん! お前の事しか頭になかったんだから」
「ちょっ!?」
そんな事言われるなんて予想外。あと何でちょっとほっぺた染めて妙に良い声出すかな。不覚にもちょっときゅんときちゃったじゃないか。
「そういう誤解受ける様な事軽く言わない!」
「誤解って誰に? んな事よりなあ頼むって~。いつもはすんなりくれるじゃん!」
「瀬尾君のクラス、ウチのクラスから一番遠いよね? 階段上ってはるばる来たんだからちょっとくらい分けてあげたら?」
「神崎! ナイスフォロー!」
「ちょっと弥也さん~?」
弥也に颯太の助け舟出されるなんて……!
いちごオレをずずっと飲んで知らん顔してる友よ。私は悲しい。
まあ確かに颯太のクラスは普通科で私は調理科。遠い所わざわざやって来る幼馴染にお弁当を分けてあげるくらい何でもない。そう思ってた時期が私にもありましたよ。ええ。というか、今だってそうは思うけど。
「弥也だって知ってるでしょ。颯太、食べ始めたら最後ぜんぶ残さず食べちゃうじゃん」
颯太が何だかんだ言って私のお弁当を食べに来るのは一度や二度じゃなかった。その度に言葉巧みに私の分まで食べられてしまう。そのせいで五限目にお腹が鳴って恥ずかしいったらなかった。
でも頼ってくる幼馴染を無碍にはできないし何より、自分が作った物が美味しいって言われたらそりゃ嬉しい。ついガードが甘くなる。今日からはそうはいかないのに……。
「悪かったって! お前の弁当すっげえ美味いんだもん。つい……。それにお前が、っ。じゃなくて、もう全部食べたりなんてしないって」
「私? 私が何さ」
「何でもねえって! なあ。ダメ?」
これぞ必殺☆子犬の眼差し! パート……いくつだっけ? 今日もう何回目か分かんないや。
「……はああ~。もう。仕方ないなあ~。負けました! けど、ほんとに私の分まで食べないでよね?」
「やった!」
私って押しに弱いのかなあ。ああ我がお弁当よ、あんなに守ろうとしてたのに……守りきれなくてごめんよ。
「うん。その笑顔、プライスレス」
お弁当を分けてあげていると、いつの間にか携帯を取り出した弥也が満面の笑顔の颯太を写真に収めていた。ちょいと弥也さん? この間臨時収入が入ったって言ってたけどまさか写真売ってたりしないよね? いくら大の写真嫌いな颯太が何故か許可してても節度ってものがあるのよ?
まあ颯太は高校に入ってからにょきにょき背が伸びていつの間にかきっと写真だって売れるくらいのきらきらモテ街道まっしぐらだけど。もともと甘い顔立ちをしていたけれどここまでになるとは思わなんだ。昔から一緒に居て家族同然だから良く分かんないや。
弱い者イジメとか大嫌いでまっすぐな明るいヤツだから男子からも好かれてるのに、ほんと何で私のとこに来るんだろ。そんなに私のお弁当が気に入ったのかな。うんきっとそうだ。
「はい、どうぞ召し上がれ。それにしても颯太も颯太だよ。最近やたら頻繁にお弁当忘れるよね? 言いたくないけど頭大丈夫? いつもお金ないとかどうしちゃったの?」
「あはは! ね? 瀬尾君。頭の心配されるとかもう根本的に攻め方間違えてるよね」
「神崎うっさい。」
「何? 攻め方? なんの話?」
「何でもねえよ! あ、あ~。これ美味えな~って、うわっほんと美味っ」
「無理矢理話逸らせたと思ったら本気で味わってるねえ瀬尾君。あ、その顏頂き!」
「また写真撮ってるし。……何なのさ」
お弁当。彼女でもできたら自分はお役御免だからそれまではって、颯太のお母さんが毎朝ちゃんと作ってくれてるのになあ。
あんなに愛情こもったお弁当があったら、私のなんていらないじゃない。
なのにああもう。そのミートボール、材料100gたった48円の挽肉だよ? そんな全力で美味いって輝く笑顔されたら、怒る気が失せちゃうじゃないか。ずるいなあ。
「なあ。今日に限ってあんなに弁当くれるの嫌がったのってなんで?」
「まずごちそうさまでしょっもう」
今日は本当に分けてあげた分だけを平らげて、颯太が私に聞いてきた。確かにいつもはいくら後でお腹が鳴ろうと来たらはいはい、くらいのやり取りで食べさせてあげていた。だけど。
「なんでって……」
ちらりと今は空いている左隣の席を見やる。
ほかの学校は知らないけどうちの調理科は八割が女子で男子は圧倒的に少ない。そんな中今日の席替えで隣同士になった田中君を、私は密かにいいなと思っていた。声が良いのよ、声が!
いつもはただ恥ずかしいだけだったお腹の音も、隣が彼なら話は別。
まだはっきり好きとまでは言えないけど、高い競争率の中お腹が鳴るのを聞かれるなんて女の子なら誰だって避けたいはず。
お弁当を守る気合だって入る。今日は鳴らないでくれそうで良かったよほんと。
「べっ別に! そんな事より明日はお弁当忘れないでよ?」
「……なんだよ。その顏」
なんだか急に照れくさくなって明後日の方を見ながら言った私は、無意識に紅くなったほっぺたを見つめる幼馴染の鋭い視線と、小さな小さな呟きに気付かなかった。
弥也がそんな私達を見て、面白そうに笑っていた。
次の日の昼休み。いつものように弥也と机を並べながら思い出す。
「そういえばさ、昨日の颯太なんか急に機嫌悪くなって教室帰らなかった?」
「あはは。あんたがあんな顔してたらね~。ねえ、瀬尾君、ほんとにただお弁当食べに来てるって思ってる?」
「あんな顔ってどんな顔さ。そりゃ、成長期の男子高校生が私のお弁当で足りる訳ないのに、なんで来るんだろっていつも思うけど」
「そのなんで、が大事だよ。私に言えるのはここまで! さっ食べよ」
「……ほぼ身内だから遠慮がないだけじゃなくて? う~ん? ま、いっか」
お腹も空いたし、とお弁当を広げた。
今日のお昼は大葉が香る梅としらすの混ぜご飯にきんぴらごぼうとさっぱりした蕪の漬物。卵焼きはシンプルに甘めにして、メインは朝揚げたばかりの鶏の唐揚げを詰めた。ちょっと彩りがイマイチだけど、美味しくできたから良いよね。手を合わせて。
「いっただきま~す」
「弁当ちょうだいっ」
まさかの二日連続で駆け込んできた颯太の声が重なった。
「ほんとに頭大丈夫?」
思わずまた私の前で勢いよく下げた颯太の頭を乱暴に撫でる。ほんとはチョップしようと思ったけど田中君が視界に入ったからやめておいた。にしてもうわあ髪の毛さらっさら。男なのに女子力高いとかどういうことなの。
「だっ大丈夫だって! 今日は母ちゃんが作るの忘れたの! 金ないのも知ってるだろ?」
「だからなんで私のとこに……」
来るの、と言いかけてまたお前の事しか……とか言われるのは勘弁、となんでかほっぺたを紅く染めてる颯太に大人しくお弁当を分けてあげた。昨日は守ろうとしてたけど、お腹が鳴らないくらいに食べられるなら分けてあげようじゃないか。
颯太が女子力で勝負するなら私はお母さん力で勝負するよ! 田中君には伝わらないだろうけど!
なんて自分でも良く分からない気合を入れていたら。
「瀬尾君、今日も来たんだ。いつも普通科からわざわざお弁当食べに来てるよね。どんだけ美味しいのか気になるんだけど、俺も味見していい?」
「へっ?」
あらやだ田中君!? 田中君が私に話しかけていらっしゃるわよ弥也さん……! 情けは人の為ならずって、ほんとの事だったんだ。
「も、勿論いいよ! 好きなのどうぞ?」
「何でも良いの? じゃあ悪いけど一口ずつ貰える? 代わりに俺のパンあげる」
「えっ良いってそんな! 颯太なんていつも食べてばっかで代わりなんてくれないよ」
「ははっ。じゃあこの後お腹空いたら言って。放課後までとっとくから」
うひゃ。何このにっこり爽やか素敵な笑顔。私、赤くなってないかな。ふつうに話せてるかな。なんか颯太の方からひんやりした空気が漂ってきてるんだけど絶対舞い上がってるから冷やすのにちょうど良いかな。あれ。そういえば田中君に割り箸渡したっけ? あ、お箸持ってたんだ。最初は卵焼き? あれその赤いお箸私のと良く似てるね……? ってそれ私のじゃん!? ま、いっか? …良いのか!?
「だめだ!」
え。
私がお箸に気付いたのと同時だった。突然叫んだ颯太が田中君の腕を掴んで、卵焼きをぱくっと食べてしまった。田中君も弥也もびっくりしてる。そんなに卵焼き食べたかったの?
「んぐ。ごくん。ちょっと来て」
「へあっ!?」
急いで卵焼きを飲み込んだと思ったら、颯太が私の腕を掴んでずんずん教室を出てひっぱって行く。ちょっ。何処へ行くというのかね!?
突然の出来事に頭が真っ白になってしまった私は、大した抵抗も文句を言うこともできず、気が付けば人気のない校舎裏まで連れてこられてしまった。ナニコレ。ナニガオコッテルノ。
訳が分からない。けれど颯太は混乱する私を更に追い詰めるように。
だんっ。と私を壁際に追い詰めて両手で囲い込んでしまった。ひええ。ナニコレ。
「……なの?」
「え?」
小さく揺れて掠れる、不安そうな声。いつも元気な幼馴染の、聞いたことのない弱弱しい声。
少し手、震えてる?
「……颯太?」
混乱しっぱなしだった頭がクリアになっていく。ちゃんと、話聞いてあげなきゃ。
「ごめん。もう一回言って?」
「……あ、いつの事……好き、なの……?」
「え、と? あいつ……好き……? もしかして田中く、」
田中君の事? と聞こうとした瞬間。
颯太が言わせない、というように私をぎゅっと抱きしめてきた。ひええええ。だからナニコレ!
「ちょ、ちょっと颯太!」
「だめだ。お前は。……お前は、俺の、なんだから」
「は!? ちょっと何言って……っ!?」
颯太の腕の中をもがいて、なんとか見上げたら。
どくん、と心臓が大きな音を立てた。
いつも見慣れてるはずの幼馴染。お弁当を食べて美味しそうに、嬉しそうに。友達や家族といつも楽しそうに笑ってる無邪気な笑顔。そんないつもの颯太はいなくて。見たことのない男の人がすごく真剣な目で私を見下ろしていた。どきどき、胸の音が鳴りやまない。このひとは、誰?
「……昔から」
「え?」
ぽつり、ぽつりと話す声に必死に耳を傾ける。
「……幼馴染で、昔からずっと一緒にいてさ。これからもずっと一緒だって、根拠もねえのに思ってたんだ」
ふう、と息を吐いて腕の力を弱めてくれる。すぐに離れる事はできたはずだけど、何故か動く気にならなかった。
「けど、高校入ってお前が調理科になって。それまでみたいにすぐに会えなくなって……。神崎から聞いたんだ。最近お前があいつの事目で追ってるって。可笑しいくらいすげえ焦った。で、気付いた。……俺、お前が好きだ」
「す……っ!」
「自分でも驚いてる。けど、本当だよ。……ただ、ずっとお前とは家族同然だったし、今更急にこんな事言って、この関係さえ壊れたらどうしようって、それなら、傍にいられるんなら、幼馴染のまんまでもいいや、って一旦は思ったんだ。怖くなって、必死に気持ち隠した。」
もう抱きしめた腕は解けていたけど、ここに来た時と同じように右手がしっかり私の腕を掴んでた。話す声にも力が戻ってる。
「けど、一回、初めて弁当忘れてお前んとこ行って食わせて貰った時にさ。俺が美味いって言ったら、お前が嬉しそうに笑ってくれたのがすっげえ、可愛くてさ」
「かっかわっかわっ!?」
「うん。可愛かった。調子乗って、お前の分まで食っちゃうくらい。そんな顏見てたら、やっぱ好きだ、って止まんなかった。でも、相変わらず怖くてさ。幼馴染の殻破りたくて破れなくて、それでもなんとか一緒に居る時間作りたくて弁当ねだってた。ほんと美味かったし。へたれでほんとごめん」
「い、いや!? お弁当美味しかったなら良かったよ、うん。 かえってありがとう?」
「ぶはっ。くくっ。何でお礼? お前、分かってる? 俺、告白してんだけど。都合の良いようにとっちゃうよ? ま、俺の良いようにしかしねえけど」
「っ!? な、なんかキャラ変わってない!?」
でも、ああ。いつもの颯太だ。颯太の無邪気な笑顔だ。何でか胸の音は鳴りやまないけど。
颯太が掴んでた腕を離して両手が私の手を包み込んだ。うわ。手、すっごい熱い。
「……変わってねえよ。きっとずっと変わんない。俺、ずっとお前が好きだよ。お前があいつに向けてる芽なんか、俺が刈り取ってやる。だから」
そっと、ぎゅっと。颯太の両手が私を掴んで離さない。颯太の声がいつまでも耳に残った。
それから。
颯太をなんとか引っぺがし、一人でふらふらと教室に戻った私は、なんだか全部お見通しの弥也さんにこれでもか、というくらい散々からかわれてしまった。
そんな弥也さん情報で、田中君にはとっても仲良しな彼女さんが居る事が分かった。ほんとにただの味見がしたかっただけだって分かって、でも不思議とがっかりなんてしなかった。
とんとん、と野菜を切りながら気が付くと浮かぶのは颯太の顔とあの時の言葉。
時間を頂戴、って言ったけど、最近颯太の事ばかり考えてるのは分かってた。
お弁当。颯太のお母さんに役を譲って貰うのは、案外すぐなのかもしれない。
――お前は、これからもずっと、俺のだよ。
読んで下さりありがとうございます。主人公の名前はあえて決めていません。