おまわりさん現る その1
「そこまでだ。そこの男、そう お前だ。ゆっくりと立ちあがれ、不審な動きをするんじゃないぞ、両手をゆっくりと上にあげろ。そしてすこしづつこちらを振り向け。よーし、そのままでいろよ。お前を死体遺棄ならびに殺人容疑で逮捕する。詳しいことは署にいってからだ」憮然とした表情で黙りこんでいた彼に高圧的な声がかけられた。
「貴様には黙秘権とか弁護士を呼ぶ権利がある。ああ、いっぺんこのセリフ言ってみたかったんだ、僕」
「はずしてやれ」
銀製の立派とも言えなくもないアクセサリーをその手にかけられたところで、落ち着いた男の声がした。
「え、先輩ダメですよ。コイツは僕の手柄なんですから」声の主に振り返りつつ男が不満そうに言う。
「そうじゃない、いいからようく見ろ」
「えーっと、その人連れていかれると非常にとてもとても私が困るなんですけど…」
能登 源十郎の両腕に手錠をかけた若い巡査はそこで硬直した。なぜなら彼が死体と思っていた物体が彼に向かって泣きそうな顔でそう言ったからだ。
「能登 源十郎君、それは君の作品だな、いや、なにも言うんやない。君の作品だということにしろ、それが唯一ワシ達と君がいる世界で共通の言語として役に立つんだよ。いや、この場合真実なんてものはどうだっていいんだよ源十郎君、ワシ達の事実をグラつかせるような真実なんてものはこの世にあっちゃぁいけないんだ、なぁ、戸川 現実との接点を持って生きていきたいんならコイツとその周囲と絶対に関わるんじゃない。いいな ワシ達は なーんにも見なかった。あの通報はどこかのドイツのいたずらでな、現場には何も無かったんだ。納得できないか、じゃぁこうしようワシ達が見つけたのは ぼろ布のカタマリでそいつの下に生ゴミがあってハエがたかっていた。だから第一発見者はこれを死体だと勘違いした。な、この暑さだものな。ちょいとドタマが接触不良を起こしてもしょうがないさぁね。とな、そういうわけだ。いいか もう一度言うぞ、この仕事を続けていきたいんならこの男とその周囲と絶対に関わるんじゃない。いいな、ワシ達はワシ達の現実内で処理できる仕事しかしちゃいけないんだ。いいなわかったなわかったよな、わかったなら帰ろうな。文句とかは帰ってからゆっくりとっくりと聞いてやる。だが、お前が知りたい真実とやらは教えてはやれんがな。な、ワシ達はワシ達が許容しえる範囲外の出来事は何一つ見もしなかったし聞きもしなかったし腐った肉の臭いなんてものは月曜のゴミ置き場にはつきものなんだ。いいな今日もワシ達の担当区域にはいつも以上の出来事なんてなかったんだ」




