感染(うつ)るんです
「小夜子…」
「感動のご対面は、そろそろ終わりにしてもらおうか、なにせお互い時間の無い身であるからな」無粋な声が博士を実行力を持ってその場から連れ去ろうとする。
「あのー、ところで博士、”感動の対面、またまた冷たく愛し合う二人は引き離されるのね。泪、涙だわ私”の所、申し訳ないんですが、わたくし今、とぉーーっても重要な事を思い出しましたんですけどぉ…」
「な、なに?」珍しく真剣な表情の小夜子に嫌な予感を疾らせながら彼は、つとめて自分では平静を装ったつもりで尋ね返す。
「すみませーん、博士。私、今日お薬飲むの、ズッバッこーんっと忘れていてしまいましていましたぁ」
*
明るく言い放った小夜子とは対照的にみるみると結城博士の顔が青ざめ「だからあれほど言っておいたのに…」後悔と諦念のないまぜになった声で呟いた。
「最悪の事態が発生しつつあります。全部の入り口を封鎖して、換気も止めて下さい、これ以上被害が広がらないためにもそうすべきです。まだまともな思考が保たれている間に…」
「説明しろ、どういう事だ」自分の立場をわきまえていないと思われる結城博士の命令にとりあえずは従った男が、銃口を突きつけながら尋く
「飴でもどうですか、落ち着きますよ」まるで、銃口など始めからそこに存在しないかのように博士は先ほどまでの蒼白な顔とはうって変わって自由に振る舞いだした。
「…」男は無言、効果を未だ持つのかどうか解らぬ銃口を男に突きつけたまま。
「無駄ですよ、いくらそんなものを突きつけられた所で今の僕には無駄ですよ、おや、不思議そうな顔をしていますね。では、飴は僕がいただくとして、現在、起こりつつある事態の解説を始めましょう、秘法書”まぐどぅらむ”による死に返りの法には二つの重大な欠陥があるんです。一つ目、あの秘法書どおりに黄泉還りの法を行うと全くの思考能力を持たない西洋で言うところのZombieがホイサッサっとできあがります、そこをなんとかあそこまでにしたのが僕の腕というわけで、その成果が先ほどあなたが拒否されたアメ玉にと詰め込まれております。ちなみにこのアメ玉にはもう一つの欠陥を押さえる成分も含まれております。でも、喜んで下さい、あなた方の望むところの不老不死は叶えられつつあります」
「どういう事だ」どこかサバサバとした様子で語る博士に不審を抱き男が問いつめる。
「つまり」
「つまりぃ、私ってば空気感染するんですよ」捕まえられたまんまの彼女はなぜかにっこりと微笑んでこう言い放った。