博士、登場してみる
「ううっ、ごめんよう。もう僕には君とうまくやっていく自信がないんだっ、ふがいのない僕を許しておくれぇ、精力のない僕を許しておくれーっ、このままじゃぁやせ細って死んじゃうんだよぉ、可愛いがってもらうんだよおぉっ僕の小夜子ぉーーーっ!!」人形師 源十郎の屋敷から離れた高台で双眼鏡で小夜子達の様子を覗いていた小柄な男はそう泣きながら絶叫した。
「おまえが、結城博士だな」
「いいえ、まったくの人違いです!!」背後から唐突にかけられた声に結城博士は瞬時にさらさらっと嘘をついた。しかし、不幸な出来事は、男達の言葉は確認の必要すらない質問であったことであった。
「結城博士だな」
「…」もう一度ゆっくりと眼前から問われ、彼は不承不承、頷いてみせた。彼の目には黒く光る銃身が映っていた。
「では、ご同道願おうか」
*
綺麗だった。空には星の海が広がり、かすかな月が彼らを照らし出していた。そこに不意に情緒を一気に踏みにじる光彩が現れた。彼がその発生源に目をやると小夜子が発光していた。
「ああっ!! 博士の危機なんですぅ」
頭を叩かれた後、首から上だけがかろうじて自由になった小夜子さんの第一声がそれだった。
「この前、コソコソっと真夜中に博士の心臓に埋めておいた発信器が彼の心拍数の非常なまでの異常を訴えているのですっ!! ええっと、ええっとですね。博士の身になにかあると実際に私の死活問題なんで、最前、博士が永眠したかのように熟睡の折りにシュジュチュしておいたのが役に立ってみました。ちなみに危ういところで永眠させかけましたけれど、そんなときはそんなときで二人で腐れた仲になればいいだけの話、……、三、二ぃ、一、びーむぅっ!!」最後の言葉と同時に彼女の身体から光線が飛び出し、ある一カ所を指し示す。
「では、長らくお世話になりましたです。私は博士を助けに行きますですぅ!!」炎の決意をその瞳に宿し、なぜか、なんとなく自由を取り戻した彼女はそう言って立ち去って行った。
彼女が去った後、しばらく、彼は、呆と空を見続けていた。
「準備できましたぁ、では、行きましょう。御主人様」そこに神無の威勢の良い声がかかる。その言葉には一片の揺るぎもない、彼がそうするのがさも当然のごとくに神無は彼の側に立って居た。
「神無もたいがい…」それだけを彼は口の端にのせた。