密着! 異世界警察24時
どうしてここから助けてくれないのか、と少女はすがりついた。
かわいそうに、だが今は無理だ。彼女の救世主はそんなことを言う。
ああ、と。
この人も同じだった、と思わされた。
少女は経験から知っていた。
後で必ず助けに来る、とか。迎えに来るから待っててくれ、とか。
そんな風に甘い言葉を吐く大人というのは全く信用できないということを。
信じてくれ、明日必ずやってくるから。君を一番に保護する。
そんなことを言われても、少女にはとても信用できない。
ここはそんな言葉で期待させておいて、約束を守らない人間ばかりが集まる場所だからだ。
王都の中でも、下種な人間ばかりが集う。児童買春施設。
去っていく大人を見送りながら、それでも少女はあふれる涙を抑え切れなかった。
――眠らない町、王都!
ここには、夜を楽しむ若者たちが、仕事に疲れた作業員たちが、癒しを求めて集まってくる!
しかしその裏側では、麻薬、賭博、密輸といった凶悪犯罪が今日も行われている!
われわれ取材班はそんな凶悪犯罪撲滅のため日夜戦いを繰り広げる、警察組織に密着取材を敢行!
彼らは今夜、非常に凶悪な犯罪組織に戦いを挑む!
その組織はなんと卑劣にも性成熟さえもしないような児童を誘拐し、奴隷として搾取しているのだという!
鬼畜の所業ともいえる言語道断の犯罪である。それを逃すような警察ではない!
今回、われわれは三ヶ月前に警察組織に入隊したという若者に密着。初の緊急任務にいささか緊張気味か。
しかし、犯罪は待ってくれない!
こうしている間にも、何の罪もないいたいけな少女が毒牙にかかろうとしているのだ。
若者はまだあどけない面影を残しているが、非道な犯罪に対する怒りは誰にも負けていない!
彼は自ら現場への潜入を志願し、非道な犯罪の数々の証拠を手に入れてきた。そして今回も、現場への突撃班に参加することを誰よりも早くから表明していたのである!
午後十時、王都の鐘も鳴らぬ深夜になろうというころ。
犯罪組織の宴が始まるという。突撃班はその頃合を見計らい、現場に突入し、現行犯で逮捕するのだ!
現場の指揮をとるのはこの道25年の大ベテラン、霧島健吾(48)だ。
冷静沈着、悪を憎む心も人一倍。ふだんは優しく冗談もかわすがひとたび現場に踏み込めば鬼の霧島と異名をとる強面になる。
その彼が見守る中、我々が密着取材を行う若者は現場付近の物陰に潜み、突入の合図を待っていた。
この若者の名は竹下明(19)。入隊後の訓練では、霧島が自ら指導に当たり、優しくも厳しいものであったという。
いままさに竹下は、その成果を試そうとしているのだ。
眉目秀麗、ふとみれば美女ともみえるその容貌。だが彼こそ間違いなく、王都警察でもっとも熱い警察官なのである!
先日行った潜入調査で、竹下は誘拐されてきた少女たちの置かれている現場を生で見てきている。その状況は想像を絶する、生き地獄とも思えるものであったという。
もはや、このような凶悪組織は存在することまかりならず、背後の黒幕ごと燃やし尽くしてしまうべきだと彼は主張する。
だが霧島は誘拐された少女たちの身の安全を確保するため、竹下の独断専行を禁止。組織による一斉の検挙により、少女たちを保護し、犯人グループを一網打尽にする作戦を立てたのであった。
闇に潜む霧島たち現場班。むろん、竹下も物陰で合図を待ち構えている。
今夜もまた、少女たちに対する無常な搾取が行われているのであろうか。現場となっているのは、王都に住まう大臣の別荘だ。
まつりごとに携わる者が、犯罪組織の片棒を担ぐという前代未聞の事件であるため、霧島は逮捕にあたり周囲から固める方針をとった。スピード重視であるため、余計な手間を省き議会の承認などとっていない。
ともすれば、組織的な抵抗があるかもしれない。だが、これ以上被害に遭う少女を増やすわけにはいかない。霧島は突入を決意した!
「緊急、現場に一名入りました。客と思われる、ガタイのいい親父」
魔法会話により、裏口を固める警察官から情報が届いた。
霧島は頭の中の情報を整理し、情報を返す。
「了解、現在、現場には4名の客がいると思われる。2分後に突入予定。よろしいか?」
「問題なし、裏口待機班、現在欠員なし。突入を待ちきれない警官多数、どうぞ」
「突入の際に合図を送る、それまで待機せよ。通信終わり」
現場は豪邸である。その出入り口すべてを固める警察官がいるのだ。無論、そこから逃げ出す犯人たちを一人も逃さないためである。
そして、少女たちを全員救い出すため、救急体制の準備も整えている。霧島はそのあたりも自ら行い、手抜かりはない。
決断のときが迫っていた。いまこそ、巨悪の手から少女たちを救い出すのだ。
二度、三度と時計を見た。霧島の左手首に巻かれた時計は、王都にあるどの時計よりも正確で、どの時計よりも小さいという優れものだ。しかし、そんな時計も霧島は「近所の時計店で2000円だった」と語る。
どの時計屋にも作れないといわしめた、信頼する時計を見つめる霧島。そして、二分が経過した!
すべての警察官が、待ちきれないという表情で霧島を振り返った。すぐに、彼は命令を下す。
「突撃班、突入!」
はじかれたように警察官たちが飛び出し、入り口になだれ込んだ。先頭を走っているのは、竹下だ!
怒りの形相で、全力疾走をしている。
「警察だ、令状がでている。抵抗するな! 警察だ!」
ただならぬ迫力をもった声。弱気なものはそれだけで気合負けするであろう、芯のある声を吐き、竹下が現場に飛び込んだ。
潜入捜査を行ったときに、間取りは把握している。彼は、いままさに犯罪行為が行われている場所に向かって、一直線だ。
「だまりゃ! 警察がなんぞ、ここがどこだかわかっておるのかや!」
実力行使で時間を稼ごうというのか、竹下の前に何者かが飛び出した!
しかし、ここで証拠を隠滅されてはどうにもならない。無論、物証は集めているが、なんとしても現行犯逮捕で少女たちを安心させたい。ゆえに、竹下はここを押し通った!
犯人たちの手が竹下に伸びる、しかし、彼はその下を掻い潜った。そして、そのまま体当たりをする。
情熱のこもった体当たりに、犯人がたじろぐ。そのすきに、後続の警察官が現場になだれ込んだ! もう、逃げ場などない。
しかしかえってそれが犯人を刺激したか、彼は大柄な体を武器に竹下を押さえ込もうとする。熱意はあれども、竹下の体は小柄だ。あわや、新人警察官は殉職するかと思われたそのとき。
なんと、襲い来る犯人の腕を器用にからめとった竹下。瞬間、犯人の体はまるで吸い込まれるように一回転し、床に叩きつけられたのである。摩訶不思議、決して筋力でも体重でも勝っていないであろう犯人を、竹下は見事に取り押さえたのだ。
彼は襲いかかった男を公務執行妨害で取り押さえ、拘束。自らも犯行現場へと駆け込む。
現場は小部屋に仕切られた暗がりだった。まさに行為に及ぼうとしていた男を取り押さえ、少女たちを保護する。
暗がりのために視界が確保できないが、竹下が取り出した不可思議な道具が現場を明るく照らし出す。手のひらにおさまるような筒状のそれは、竹下によれば故郷では広く普及している灯りだという。
現場に警察官の声が響く。
「動くな、警察だ! そのまま、そのままだ! どこにも手を触れるな、そのまま寝とけ!」
荒々しく、現場で物証がおさえられていく!
そこかしこに散らばる銀貨、銅貨! これらはチップとして機能していたのだろうか。
そして、このチップさえも少女たちから召し上げていたであろうことは間違いない! 受付と思われる男のポケットからは夥しい数の硬貨が出てきたのだ!
竹下は手に持った小さな、しかし強力な灯かりをで周囲を照らし、何か探していく。
そして、彼がもっとも奥にある仕切り板を取り外したとき、それは現れたのである。まだ年端もいかぬ、少女だった! 他にも保護された少女は多いが、彼女はその中でももっとも幼く、現場に現れた竹下を見るや、叫んだのである!
「あ、ああぁ……!」
悲鳴のような、しかし確かに歓喜の声であった!
少女は竹下の腰にすがりつき、泣きじゃくる。なんと、この少女は先日の潜入調査の際に竹下に出会っていたのだという。
その際に竹下は後日必ず迎えに来ると少女に約束をしていたのだ!
約束が果たされ、少女は感極まっている! そんな少女を、竹下は優しく抱き上げて保護した!
「突入班より本部へ、現場確保。犯人グループ6名を現行犯逮捕、拉致されてきた少女4名を保護。どうぞ」
その様子を後方から見て、満足したような霧島。彼は本部へと作戦成功を伝える!
現場での物証集めをなおも続ける彼らに、本部より朗報がもたらされた。
「本部より突入班へ。脱出したと思われる犯人グループ、首領を含む8名、現場付近にて待機班が確保」
なんと、判明しているグループの構成員が逮捕されたという知らせだった!
大いに喜ぶ霧島。だが、現場での仕事はまだ始まったばかりだ。証拠集めと取調べは、夜を徹して続くのだ。
「まあ今までの下調べがあって、ようやくこぎつけたという感じですね」
助けた少女にしがみつかれて困っている竹下を横目に、霧島は言う。
「やっぱりああして感謝されると、ああ、よかったなあという気になりますね。
悪いことをする奴らを許せないってのもあるんですが、被害者さんの気持ちになるとね、どうしても」
取材班にそうこたえる霧島は、少女を救護班に引き渡そうとしている竹下を見やる。少女が竹下から離れたくないとごねているようだ。
霧島は苦笑して、竹下にもう現場からあがれと告げた。少女の気持ちを優先し、現場から遠ざけてやることが大事だと考えたのだ。このような気遣いをするような警察官は、まれだという。
こうして、勇敢な警察官の働きにより、凶悪児童売春組織は摘発された。しかし、まだ王都に潜む犯罪がなくなったわけではない。
この王都に犯罪がある限り、そのかげに苦しむ人々がある限り、これからも王都警察は日夜、奮闘を続けるのだ!
数日後、霧島は竹下と二人で王都を歩いていた。警邏である。
と同時に、次なる犯罪組織摘発のための調査も兼ねているのだ。
「竹下、お前今回は活躍だったな。俺は正直なところちょっと案じていたが、いらん心配だったようだ」
「そうですか、先輩にご心配いただけるとは光栄です」
霧島に褒められ、竹下は笑みを見せる。そう、警察組織にいる霧島は恩人であり、師匠だった。認められて嬉しくないはずがなかった。
「ばか、別にお前のことは心配するか。俺は犯人たちがお前に殺されるんじゃないかと不安でだな」
「ひどいですね」
「それよりお前、あれはどうした。お前にしがみついてわーわー言ってた子は。ちゃんと親元に帰って行ったか」
「ああ、彼女はどうも捨て子らしいですね。親に会ってみましたが、そんな子はしらないと一蹴されまして」
「なんだそりゃ、だったら孤児院いきか」
「それなんですけどね、うちで引き取ることにしました」
竹下は少し言いづらそうにしながら報告する。霧島は目を見開く。
「な、なにぃ……。お前そんな趣味があったのか。いくら娯楽がないからってそれはまずいだろ」
「彼女がそう望んだので。別にどうこうするつもりはないですよ、馬鹿馬鹿しい」
「いやしかしよう、お前この間だって他の警察官がいる前で受付に立ってた大男を投げ飛ばしただろ。
そこでその上に幼女を引き取っただなんてな」
霧島は非常に心配そうな目を、竹下に向ける。
上司に見られて、竹下は首をかしげた。何が問題だというのだろうか。
「何か気になることでもあるのですか」
「お前、そんなことばかりしているとますます嫁の貰い手がなくなるぞ。こないだの取材にも男丸出しで受け答えしてたし」
竹下は一瞬で不機嫌な表情になり、上司を平手打ちにした。
「余計なお世話ですっ!」
「ぐへっ」
打たれた頬を押さえる霧島を見捨てて、竹下はさっさと先を急いで歩き出した。