1章 第2話 無能職員、上級冒険者に出会う
アルノーのダンジョン。
そこに併設された冒険者ギルド アルノー支部。
その受付卓に座った女冒険者。
『疾風の乙女』とも称される上級冒険者ルナ・リングハートは、自身の金獅子色の髪をかきむしりたい衝動をどうにか押さえていた。
「良いよなぁ、冒険者の二つ名。オレ何か欲しいぜ」
受付卓の向かい側に座り、そんなことを話すのはギルド職員。
黒猫色の髪と同色の瞳を持つ、20代半ばの男だった。
その男、ムクロ・スパルダを眺めながら、ルナ・リングハートは彼に相応しい二つ名の候補を思い浮かべた。
無能のムクロ。
ごくつぶしのムクロ。
軽薄のムクロ。
ギルドの暇つぶし窓口担当ムクロ。
アルノーに降り立った流星の如きボンクラ。
顔は悪くないのにどうしてこう、微妙なんだムクロ。
こないだご飯誘われたからついてったけど意外と紳士だったよムクロさん。
アイツがギルド職員として採用されたのは採用担当の女性に枕営業をしかけたかららしいルナさんも気を付けた方がいいですよムクロには。
最後には二つ名ではなくなってしまったが、そのどれもが実際に冒険者たちが話しているムクロ・スパルダというギルド職員への評価だ。
驚くべきは、それらの評価がムクロに与えられたのは、彼がここアルノーのギルドに出向してきて数日のことだというのだから、その無能さの程はダンジョンの深淵のように底が知れない。
「クエスト受注窓口」
「ええ、カッコ悪いぜそれは。二つ名ってのはもっとこう……」
「二つ名じゃなくて! いまのあなたの担当が、クエスト受注窓口でしょう!」
アルノーの冒険者ギルドは規模こそ小さいが、ギルドの常として盛況である。
ダンジョンへの入場受付。
ドロップアイテムの査定換金。
親に連れてこられた子供が、ステータスを得るためだろう冒険者登録をしている光景も見える。
それらの仕事を捌くギルド職員たちは、誰もが忙しそうに、そして効率よく働いている。
そしてどの窓口にも、冒険者が列をなしている。
対して、ルナの後ろ、ムクロのいる窓口には誰も並んでない。
「あー。オレはアルノーのギルドに来てまだ7日目で仕事に慣れてなくてな」
「クエストの受付はどこのギルド支部でもやる基本業務でしょ。前のギルドではどうしてたのよ……」
「前は海が近くてな。魚が美味かったな。最近はダンジョン産の食材を出す店ばかりだけど、俺はやっぱり地上産で、地方それぞれの特色が出た料理が……」
「つまり、ここと同じ調子でろくに仕事してこなかったのね」
他のクエスト受注窓口には冒険者が列を成している中、空いているムクロの窓口に来てしまった自分の判断をルナは悔やんだ。
無能だという話は聞いていたものの、それでも手際が悪いくらいで受付処理くらいしてくれるだろうと高を括っていたのだ。
このギルドに来てから7日という新参者のムクロだが、ルナもまたこの街にとっては新参者である。
とは言っても、『疾風の乙女』との二つ名まで賜っているほどである。冒険者として新参者ということではない。
すでにレベル65に到達し、ダンジョンの下層域まで潜る許可を得た上級冒険者だ。
いくつものダンジョンをめぐり、数多のモンスターを打倒し、そして幾多のドロップアイテムを手に入れてきた。
今回も、アルノーのダンジョン下層で手に入る光属性のアイテムを狙ってはるばる魔導列車に乗って遠征してきたのだ。
その豊富な経験が故に。これまでここまで仕事のできないギルド職員に会ったことが無く。判断を誤ってしまった。
「はあ。冒険者がすることじゃないけど良いわ。私が教えてあげる」
何度もクエストを依頼してきたルナはその受付手順についても何度も見てきた。受け付けたあとの手続きについては門外漢だが、とりあえずこの窓口で行うべき手続きについては分かる。
「悪いねえ。どうだ? 今日お礼に酒をおごるぜ」
「一番のお礼は仕事を覚えることよ!ほら、ここ。まずは記入された発注者本人であることを確認する」
「はいよ。どれどれ」
ムクロが身を乗り出して書類を確認しようとする。
すると、ゴトリと鈍い音が響いた。
「あなた、帯剣してるの?」
「ん?ああ済まねぇ。柄頭が当たっちまった。どうよ、この名剣」
「鑑定」
ムクロが自慢げに掲げて見せた剣に対し、ルナは魔法を発動する。
しかし、なんらの反応も無い。
「なんだ。地上産の剣か。じゃあナマクラじゃないの」
「ナ、ナマクラ……、これは古の賢者によって鍛えられた名剣のうち一本なんだが」
「ドロップアイテムじゃないんでしょ? じゃあたかが知れてるわよ」
『鑑定』の魔法は、ダンジョンに潜りステータスを得た冒険者、ダンジョン内のモンスター。そしてモンスターのドロップアイテムに対して発動し、その情報を示す。
それが反応しないということは何のバフ効果も追加効果も持たないナマクラに過ぎない。
高レベルの上級冒険者たるルナからすれば、子供がふりまわす剣の形をした木のオモチャと大差ないものだった。
恐らく切りつけられても肌すら切れないだろう。
無論、長期間ダンジョンに潜らずステータスダウンしてしまえばその限りでは無いが。
「名剣ってのは例えば、こういうのを言うのよ」
ルナは自分の腰に下げていた剣を掲げて見せる。
緑柱剣サーガルド。
攻撃力65を誇り、更に風属性攻撃の威力増加および詠唱短縮効果を持つ紛れもない名剣だ。ギルドの査定による等級付けでは特二等武器と位置付けられている。
グレッポのダンジョン中層の階層主を単独で撃破した際のレアドロップで、ルナの主力武装だった。
ムクロの持つ、何の装飾も無い剣に比べて、柄から鞘から美麗な彫刻が施されたそれは、刀身を見ずとも剣としての格が大きく開いていることは明らかだった。
中層階層主単独撃破の証であり、自身の誇りでもある剣。
黄玉色の瞳を輝かせて「どう?」と自慢げに剣を掲げるルナを見て、ムクロはバツが悪そうに目をそらした。
その反応を見て、大人気なかったとルナは気づく。
《《ギルド職員が、立派な剣など持てるはずもない》》のに。
冒険者ギルドの理念を記した、六条から成るギルド憲章。
その最後の六条目で謳われているのは、《《戦力の放棄》》。
冒険者ギルドは独自の戦力を保有しないものとする。
その理念に基づき、冒険者ギルド職員倫理法ではレベル3以上の者はギルド職員になれないものとし、また八等級以上の武装魔具の保有・使用を禁じられている。
これはギルドの所在地である各国家との同種法とも紐づけられているし、国家・ギルド間連携協定でも厳しく取り締まられることになる。
「あー、ギルド職員が本物の武器持つわけにはいかないか」
「ま、そうだな」
どこか不貞腐れるように応じるムクロを見て、ふと、ルナは思った。
この男は本当はギルド職員などやりたくないのではないか、と。
何らかの事情。例えば家が実は貴族などの名家で、その圧力によって嫌々ギルド職員をやっているのかもしれない。
それならば、こうまでギルド職員として無能なのにその職を失わないでいる理由も、名家からの圧力ということで説明がつく。
そうやって考えると、ムクロの在りようもいささか可愛らしく思えた。
世の中には職に就くことができずに貧困にあえぐ者もいる中で、贅沢な不貞腐れではあるとも思うが。
「あなた、本当は冒険者に憧れてるんじゃないの?」
「……は?」
ルナが思わず聞くと、ムクロはぽかんとした表情を浮かべた。
なぜだかルナには、その表情が初めて目にしたムクロの素の表情のように感じられた。
「だって、でなきゃそんな剣を下げたりしないでしょ。何に使うのよそれ」
「それは、護身用だよ……」
誤魔化すような調子で目を泳がせて言うムクロを見て、ルナは自分の考えを確信する。
魔具でもない玩具のような剣、《《偽物の剣》》と言ってもいい。それを下げて冒険者気分に浸っているムクロは、現実を知らない子どものように感じられて。
ルナは、《《本物の冒険者の先達》》として助言することにした。
「あなたの年齢から本格的に冒険者としてやってくのは大変かもしれないけど、仲間に恵まれれば迷宮下層にだってたどり着けると思うわよ? まあワタシは単独で活動してるけど、今回みたいにクエストを出して臨時のパーティを組んだりはするし」
「いや。待ってくれ。あんたな……」
ムクロは困惑したように、あるいは《《なにか苦しむような》》、そんな表情を浮かべてルナの言葉を遮ろうとする。
しかし、これだけは言っておこうとルナ・リングハートは満面の笑みとともにムクロ・スパルダへと言い放った。
「危険なこともあるけれど、冒険って楽しいわよ」
その後すぐに。手続きが進んでいないことを見かねて、他のギルド職員がやってきて。
ルナのクエスト依頼はすんなり受注された。
追いやられる様に、奥へと去っていくムクロ・スパルダが浮かべていた表情はルナ・リングハートから見えなかった。
主人公ムクロですがしばらくルナ視点続きます
じわじわ投稿しようと思ってましたが、エンジンかかるの15話からなので一気に投稿してしまいます。




