最高のプロポーズには、最高の花束を
『彼の作った花束でプロポーズをすれば、必ず成功する』と言われている伝説のフラワーデザイナーがいる。
あるイベント会社の事務所の一角には、区切られたお洒落な接客ブースがある。
薄手のジャケットを着たスタッフがブースで待ち構えていると、1人の男性がやって来た。スタッフは名刺を渡しながら挨拶をする。
「初めまして、フラワーデザイナーの矢吹と申します。よろしくお願い致します」
「坂口です。よろしくお願いいたします」
「今日は、プロポーズ花束のご相談でよろしかったでしょうか?」
席に着いた矢吹は、ペンを片手に、机の上に置いたシートを確認しながら問いかける。
「はい。来月にプロポーズしようと思ってて…」
「来月ですね。では早速ですが、ご予算と希望の花や色、イメージなどがあれば教えてください」
「予算はお任せします。色は…彼女が青が好きなので、青系の花は必ず入れたいです」
「かしこまりました。向日葵の時期なので、ブルーと向日葵を掛け合わせたデザインは、いかがでしょうか?」
「良いですね!それでお願いします!」
「では、その方向で進めていきましょう」
手元のシートに記入していく矢吹。
「彼女さんとは、お付き合いされてどれくらいなんですか?」
「8年になります」
「長いですね。どんな方なんですか?」
「僕には勿体無いぐらい素敵な人です…」
8年前。高校の入学式に出席している坂口は、生徒会長として挨拶をする女子生徒に心を奪われていた。
「彼女に少しでも近づきたくて、生徒会に入ったんです。一緒に活動するうちに、憧れから恋愛感情になって…。振られる覚悟で夏休み前に告白したら、まさかのオッケーしてもらえたんです。それからの毎日は幸せで、もう夢なのかなって思うぐらいあっという間でした」
(本当に彼女さんが好きなんだな)
「だから8年付き合ってても、彼女が僕を好きなのが今だにどこか信じられなくて。プロポーズも断られるんじゃないかって不安で…。そんな時に矢吹さんの噂を聞いて、お願いしたいと思ったんです!」
「そうだったんですね。お力になれるよう最善を尽くします。1週間後ぐらいにイメージデッサンをメールでお送りしますので、ご確認お願いしますね」
「分かりました」
坂口がブースを出て行き、矢吹がコップを片付けていると、演出スタッフの山崎が顔を出してきた。
「お疲れ様でーす。依頼オッケーそうです?」
「ああ、来月分で」
「さすが伝説のフラワーデザイナー!矢吹さんの作った花束でプロポーズすると成功するって噂、今でも広まってるみたいですよ」
「伝説とかじゃないから。たまたま担当したお客様が全員成功しただけ」
(そう、本当にたまたま。学生時代に花屋でバイトをしていた俺。友達の兄ちゃんからプロポーズ用の花束を作ってほしいとお願いされて作ったのが、最初のプロポーズ花束。デザインは王道の薔薇メインのもの。12本や108本がプロポーズでは多いが、33本の薔薇とかすみ草の花束にした。33本の意味は【生まれ変わってもあなたを愛します】友達の兄ちゃんは彼女が大好きで、来世でも彼女と出会いたい、とよく惚気ていた。花屋の先輩に教えてもらいながら、なんとか出来上がった花束。少し緊張しながら届けたのをよく覚えている。その日の夜、友達から写真が送られてきた。ぐずぐずの泣き顔の兄ちゃんと、その隣で俺の作った花束を抱えて幸せそうに微笑む彼女。その瞬間、自分の中の色んな感情がぐわぁーって込み上がった。それから、兄ちゃんの紹介で違うプロポーズ花束を作って以来、喜びの報告とともに成功するという噂が広まっていった)
自分のデスクに戻り、パソコンに届いたメールをチェックする矢吹。
(再来週のアパレルイベントの装花チェック、まだ来てないなぁ。ここって社長の知り合いだっけ?)
コーヒーを飲みながら画面を見る。
(俺の噂を知って花屋にやって来たのが、このイベント会社の社長。一般客との売り買いがメインだった花屋と違い、今の会社ではイベント時に花を使用した会場装飾がメインの仕事だ。その合間にプロポーズ花束の依頼を受けている)
次の月。専用の作業場で花束を作る矢吹。そこに山崎が確認しに来る。
「今日、坂口さんの花束何時渡しですっけ?」
「12時」
「昼間にプロポーズですか?この時期にしては珍しいですね」
「そうだねぇ。暑いから心配だけど、依頼主の希望だからさ。…坂口さんって真面目で良い人なんだけど、ちょっと抜けてるっていうか、視野が狭くなるタイプだと思うんだよ。だから今日、何かあったらすぐ動けるようにしといてほしい」
「承知しました!」
「坂口さん!」
ブルーの包装紙で包んだ向日葵の花束を抱えた矢吹が受け渡し場所に到着した。
「あ、矢吹さん。…わぁ、すごい!デッサンで見た以上に素敵です!ありがとうございます」
「こちらこそありがとうございます。緊張してますか?」
「はい…。あ、彼女が急遽午前中仕事になってしまって、渡すのが少し遅れそうなんです」
「そうなんですね。渡すまでは、なるべく涼しい場所に立てた状態で置いてくださいね」
矢吹が事務所に戻り、仕事をしていると会社用のスマホの着信が鳴った。かけてきたのは坂口だった。
「坂口です!あの、僕っ…」
電話越しの坂口は焦っている様子だ。
「あの、花束の…花束を車内に置いていたら花がしおれてる感じで、ど、どうしたらいいですか!?」
(この暑い中ずっと車内に…。きっと緊張して、俺の言ったこと忘れてたんだろうな。今の花の状態を見たいが、素人が見てしおれてると思うぐらいだから、水切りしても全部は間に合わないか)
「坂口さん、落ち着いてください。彼女さんに渡す時間、まだ余裕ありますか?」
「はい、あと1時間ぐらいは…」
「30分後にそちらに着くようにしますので、待っていてください。そこにある花束は、出来れば水につけて、なるべく涼しい場所に置いておいてください」
坂口との電話を切り、取引先の花屋に電話を掛ける矢吹。
「お世話になります、矢吹です。急で申し訳ないんですけど…」
(最高の瞬間を、最高の状態の花束で。だからこそ渡す時間を考え、逆算して花を準備する。夏場は気温にもよるが2、3時間以内に渡すのが理想だ。しかし、デリケートな生花を扱うからこそのトラブルは付きもの)
「山崎!緊急事態!ちょっと車出せる?」
「お任せくださいっ」
30分後。
「お待たせしました」
青のトルコキキョウをメインに作られた新しい花束を抱えた矢吹と山崎が、焦る坂口の元へやって来た。
「本当にすみません、僕がちゃんとしていなかったから…」
「今はそんなこと気にしないでください。前の花束の中で、まだ元気な向日葵はありますか?」
「確か2、3本あったと思います」
「完璧です!」
「?」
坂口の持ってきた花束を確認する矢吹。
向日葵を2本抜き取り、新しい花束に優しく差し込んだ。
「青のトルコキキョウの花言葉は【あなたを想う】です。向日葵の花言葉である【あなただけを見つめる】に近いものになっています。2本の向日葵は坂口さんと彼女さん。お互いが想い合って、見つめ合っている、そんな花束です。だから自信持ってください!」
「ありがとうございます!頑張ります!」
遠くからプロポーズの様子を見守っていた2人の元へ坂口と彼女が笑顔で駆け寄ってきた。
「大成功です!本当に、本当にありがとうございました」
深くお辞儀をする坂口。
「おめでとうございます。良かったら、お写真撮りますよ」
(花屋の頃は、花束を作って渡すまでで終わりだった。今の会社はイベント会社ということもあり、相手に渡し終わるまでを見届けたり、他のスタッフと協力してサポートすることができる。我ながら良い仕事をしていると思う)
数日後。社長と打ち合わせを行なっている山崎は誇らしげに言う。
「矢吹さん、今回もさすがでしたねぇ。社長がスカウトするぐらいの人だもんなぁ」
「俺が矢吹をこの会社にスカウトしたのは、単にプロポーズが成功するからじゃない。何度か花束を作る過程を見せてもらって、アイツの色んな凄さを知ったからだよ」
「凄さ?デザインセンスとかですか?」
「もちろん、デザインセンスは抜群。だけど、それだけじゃないんだよ。カップルの想いや物語、相手のことをしっかり知った上で、ちゃんと深い意味を花束に込めてるんだ。それに矢吹の頭の中には、全ての花言葉が入ってる」
「え、全部っすか!?」
「うん。それともう一つ…臨機応変に対応できる力だよ。矢吹のこだわりで必ず生花を使用するんだけど、当日花が用意できなかったり、思ったほど咲いてないこともある。あと、先日みたいにお客様の不注意でだめになることがある。そういう時でもすぐに他の案で対応して、尚且つ花束に込めた意味は変えない、さすがだなって思うよ。自分の伝説のためじゃなくて、純粋に成功してほしいって想いが強いんだろうな」
「…凄いですね」
季節は少し肌寒い秋になっていた。
「矢吹さぁーん」
休憩時間に話しかけてきたのは、営業の町田だった。
「なにー?」
「あの…花束お願いしたいんですけど…」
「え…あ、プロポーズすんの!?」
「はいっ。俺の一生に一度のプロポーズは、矢吹さんの花束とともにしたくて」
「なんかプレッシャーだな。じゃあ、今度空いてる時間に打ち合わせしようか」
「ありがとうございます!」
後日、休憩室で話をする矢吹と町田。
「一応確認だけど、プロポーズする相手って前に会ったあの彼女だよね?」
「もちろんです!」
「良かった。じゃあ、何か希望ある?使いたい花とか色とか」
「正直、全部お任せしたいです!彼女に対する気持ちが適当なわけじゃなくて、矢吹さんの花束を信頼してるんで!」
「上手いこと言うなぁ。んー、例えばだけど、王道の薔薇を使ったデザインとガーベラを使った元気なデザインならどっちがいい?」
「なんか、プロポーズといえばバラ!みたいなイメージはあるんですけど…俺っぽくないというか」
「なるほど。ちなみにどこで渡そうと思ってるの?」
「遊園地です」
「遊園地?」
「初デートの場所です」
「遊園地かぁ。…9本か11本のガーベラを一色でシンプルにまとめたデザインとか、どう?」
「9本…」
町田の不安そうな顔を見て、矢吹が説明する。
「プロポーズの花束は大きいものって、勝手にイメージ持ってる人も多いけどさ、そうじゃないから。渡す相手の性格や好みにもよるけど、1本の花を渡すプロポーズも、ちゃんと意味を込めていれば最高だと俺は思ってる。前に会った感じだと、彼女元気だけど少し人見知りっていうか、目立つの苦手な感じしたけど違う?」
「その通りです!慣れた人にはお喋りなんですけど、他人の前だと控えめで緊張するタイプです」
「じゃあ、大勢の人がいる遊園地で、大きな花束でプロポーズされたら周りの目が気になって、返事どころじゃないかもしれないよ」
「うっ…確かに。じゃあ他の場所で…」
「町田のその遊園地でプロポーズしたい気持ちは変えなくていいよ。だからこそ本数を控えめにするんだよ。ガーベラは華やかな花だから、本数が少なくても存在感がある。例えば11本にしたとしても、周りを歩く人からはそんなに目立たないし、プロポーズとは思わないかもしれない。だけど、目の前で受け取る彼女からすれば、十分華やかな花束だよ」
「そうなんですね。ガーベラの本数で意味は変わるんですよね?」
「うん。9本は【いつまでも一緒にいてほしい】11本は【あなたは私の最愛の人】もちろん、これは1つの案だから、本数を増やしたいならそれに合わせて考えるから、遠慮なく伝えて」
「分かりました」
数日後、事務所でパソコン作業をする矢吹は、時計をチラッと見た。
(町田のプロポーズそろそろかな。いつも以上にこっちもそわそわするな)
しばらくすると、私用スマホに通知が来た。
『伝説更新です!』の言葉とともに、満面の笑みを浮かべる町田と9本の赤いガーベラの花束を持つ彼女の写真が添えられていた。
(良かった。花束も彼女によく似合ってる)
プロポーズシーズンも終わり、依頼が落ち着いてきた年明け。
他の社員が帰って行く中、事務所から帰る気配のない矢吹。
「あれ、矢吹さん残業ですか?珍しいですね」
「うん、ちょっとね。鍵、俺が閉めとくよ」
机に向かい、花束のデザインを考えていた。
2月。厚手のコートを着ている男は、綺麗にラッピングされた花束を抱えている。
ふわりと雪が降り始めた。
(雪…。中にすれば良かったかな。いや、雪さえも花束のデザインの一部になるはずだ。なぜならこの花束は、あの伝説のフラワーデザイナーが作ったものだから)
男のスマホのバイブが手の中で鳴る。
「もしもし」
「あ、叶人。今、電話大丈夫?ちょっとお願いがあってさ…」
「ごめん。もし急用じゃないなら後で掛け直したいんだけど」
「全然、後で大丈夫!また連絡して」
「了解。じゃあ」
雪がぱらつく中、誰もいない場所で
「結婚してください」
とプロポーズの言葉とともに、少し悴む手で花束を差し出す叶人。
「…ごめん、それは受け取れない」
たった一言、それだけを言い残し、目の前から立ち去る彼女。その姿を呆然と見る叶人の肩に雪が薄っすら乗る。
(嘘だろ…。さっきまで軽いと感じていた花束が、ひどく重い。…自分で自分の伝説を砕くなんて…。)
その場にしゃがみ込む叶人。
(そう、伝説のフラワーデザイナーは俺自身。年明けから練りに練って考えた花束が、いとも簡単に役目を終えるなんて)
2週間後。デスクに座りボーっとする矢吹。
(結局あの日以来、彼女から何の音沙汰もない。あれ、これって…)
プルルル…社内の電話が鳴り、山崎が対応する。
「矢吹さん」
電話を保留にした山崎が矢吹を呼んだ。
「ん、なに?」
「花束相談の飛び込み可能ですか?」
「今日?」
「はい。13時希望です」
スケジュールを確認する。
「うん、大丈夫。2時間しか時間が取れないことは伝えてて」
「了解です」
電話を切り終えた山崎は矢吹に伝えた。
「13時で予約取りました。びっくりしたんですけど、女性からでした。逆プロポーズってやつですかね」
「そうなんだ」
(10年以上プロポーズ花束を作ってきて、女性からの依頼は1割。なかなかプロポーズしてくれない彼氏に痺れを切らしたパターンやサプライズ好きのパターンとか。女性は男性以上に要望が細かく作りやすい反面、イメージに沿えるかのプレッシャーも大きい)
13時。接客ブースで依頼者を待つ矢吹。
ガチャ…
「…!」
入ってきたのは、矢吹の彼女だった。
「え…何で…」
「花束をお願いしに来たの」
(え?プロポーズ花束を?…もしかして俺、二股されてたのか?もう1人の男に渡すってこと?いや、でも…)
「座っていい?」
「え、あっ、どうぞ」
(落ち着け自分。これは仕事だ。いつも通りにこなすだけ)
「フラワーデザイナーの矢吹と申します。よろしくお願い致します」
矢吹の差し出した名刺を受け取り、じっと見る彼女。
「プロポーズ花束のご依頼でよろしかったですか?」
「はい」
(まじかよ…)
「…分かりました。ご予算やお花の希望はございますか?」
「予算は特に。花は…そういえば、好きな花なに?」
「…え、俺の?」
頷く彼女。
「うーん、1つに絞れないけど今の時期ならクリスマスローズかな」
「クリスマスローズ…花言葉は?」
「…花言葉は【私を忘れないで】【私の不安をとりのぞいて】あんまりプロポーズ向きの花じゃないよ。俺の意見は置いといて、相手の好きな花とか、込めたい意味で決めたらいいと思うよ」
(自分で言ってて虚しくなる。そもそもプロポーズ断られたけど、俺たち別れたんだっけ?)
「クリスマスローズをメインにした花束にしようかな」
「え、でも…」
「…やっぱり忘れてる」
「え?」
「この花束は私たちのためのものだよ。いつも人の為に作っているから、自分の為に作る最初で最後の花束は、私たちのプロポーズ花束にしようね、一緒にデザイン考えようって約束したじゃん」
(あ…)
「なのに勝手に花束作って、プロポーズするなんて…どんだけ私との約束忘れてるのよ」
「…え、だから断ったの!?」
「…そうだよ。びっくりするぐらい素敵な花束だったけど…2人で考えたかった」
「はぁー…あの時言ってくれよぉ」
彼女の言葉に肩の力が一気に抜ける矢吹。
「ごめん。花束を無駄にしたことも、本当にごめんなさい」
「あはは。俺を誰だと思ってんだよ。伝説のフラワーデザイナーなんだけど?」
「え…?」
「ちょっと待ってて」
ブースに戻ってきた矢吹は、持って来た段ボールから何かを取り出した。
「はい」
「…。」
「お前のこと考えて作った花束だから、どうしても捨てる気になれなくてさ。知り合いにドライフラワーにしてもらったんだ」
目を潤ませながらドライフラワーの花束を受け取る彼女。
「約束忘れてて本当にごめん。…2人で花束考えよう?」
「…うん」
「よしっ!最高の花束にしような!」
伝説のプロポーズ花束が出来上がるのは、ほんの少し先の話。




