3 魔力と約束
それから数日が経った。
村での生活にも、少しずつ慣れてきた頃。
「なあ、メア」
「なに?」
畑仕事の合間、ふと気になっていたことを口にする。
「この世界ってさ、魔法があるんだよな?」
「魔法っていうか、“魔力”かな。もちろんあるよ」
メアは当然のように頷いた。
「この世界の人なら、みんな少しは使えるよ」
「……みんな?」
その言葉に、少しだけ引っかかる。
「簡単なのならね。火をつけたり、水を出したりとか」
「へぇ……」
少し考えて、ふと疑問が浮かぶ。
「じゃあさ、水とかいちいち汲まなくてもよくないか?」
メアは一瞬きょとんとした後、くすっと笑った。
「思うよね。でもそんな簡単な話じゃないの」
「え?」
「魔力って、使えば使うほど体力を消耗するし、人によって使える量とか得意な魔法も違うの」
そう言って、畑の方へ視線を向ける。
「この村の人たちは、生活に困らない程度の魔力しか使えないし……それに、自然の水の方が安心で美味しいんだよ」
「なるほどな……」
便利な力があっても、それだけで全部が解決するわけじゃない。
この世界にも、この世界なりの“普通”があるんだと感じた。
⸻
それは、元の世界ではあり得なかった力。
少しだけ、期待が膨らむ。
「じゃあ、俺もできるのか?」
「たぶんね。やってみる?」
「……やる」
⸻
メアに教えられるまま、手のひらに意識を集中させる。
体の内側にある何かを、外に出すイメージ。
「……っ」
集中する。
何度も、何度も。
だが――
「……出ない」
何も起こらなかった。
「もう一回やってみて」
「……っ、はぁ……」
何度やっても、結果は同じだった。
火も、水も、何も出ない。
ただ空気を掴むだけ。
「……なんでだよ」
思わず、声が漏れる。
この世界では“当たり前”のことが、自分にはできない。
それが、妙に引っかかった。
「まあまあ、最初はそんなもんだって」
メアは軽く言う。
「でも……メアはできるんだろ?」
「そりゃね」
そう言って、メアは手のひらを上に向ける。
次の瞬間、小さな火が灯った。
「……すげぇ」
思わず見入る。
こんなにも自然に、当たり前のように。
「慣れれば簡単だよ」
メアは笑う。
だが、その言葉が少しだけ遠く感じた。
⸻
夜。
いつものように焚き火の前で、空を見上げる。
空には、あの巨大なクジラ。
「……なあ」
「ん?」
「俺さ、この世界でも……普通に生きていけるのかな」
ぽつりと呟く。
魔力も使えない。
特別な何かがあるわけでもない。
また、置いていかれるんじゃないか。
そんな不安が、胸の奥に広がる。
「何言ってんの」
メアは少し呆れたように笑った。
「ちゃんと働いてるし、みんなとも話せてるじゃん」
「それは……そうだけど」
「それで十分でしょ」
あっさりと言い切る。
その言葉が、不思議と胸に落ちた。
⸻
少し沈黙が流れる。
焚き火の音だけが、静かに響く。
「ねえ、涼太」
「なに?」
「ずっとここにいればいいじゃん」
「……え?」
思わず聞き返す。
「この村でさ。私たちと一緒に」
メアは、少しだけ照れたように視線を逸らす。
「別に無理にとは言わないけど……その……嫌じゃなければ」
その言葉に、胸が強く鳴った。
こんなふうに、自分の居場所を与えられるなんて思っていなかった。
「……いいのか、俺なんかが」
「“なんか”じゃないでしょ」
少し強い口調で言う。
「涼太は涼太なんだから」
まっすぐな言葉だった。
⸻
「……じゃあさ」
少しだけ勇気を出して、口を開く。
「もし……ここでずっと暮らすことになったら」
「うん?」
「その時は……一緒に、いてくれるか?」
言った瞬間、心臓が跳ねる。
何を言っているんだと思った。
だが――
「……なにそれ」
メアは、くすっと笑ってから。
「当たり前でしょ」
そう言って、そっと肩にもたれかかってきた。
その温もりに、言葉が出なくなる。
⸻
――この時間が、ずっと続けばいい。
本気で、そう思った。
このときの自分はまだ知らなかった。
この穏やかな日常が、あまりにも簡単に壊されることを。




