2 小さな居場所
村に近づくにつれて、人の気配がはっきりしてきた。
木でできた家。
畑を耕す人影。
煙突から立ち上る煙。
「……本当に、人がいる」
胸の奥が、少しだけ軽くなる。
ここなら……大丈夫かもしれない。
そう思った瞬間だった。
「――誰?」
後ろから声がした。
「っ!?」
反射的に振り返る。
そこに立っていたのは、同い年くらいの少女だった。
茶色の髪を肩で揺らし、不思議そうな目でこちらを見ている。
「見ない顔だけど……どこから来たの?」
警戒しているというより、純粋な疑問といった様子だった。
「あー……その、気づいたら……ここにいて。自分でもよく分かってなくて」
うまく言葉が出てこない。
頭が混乱していて、何をどう説明すればいいのか分からなかった。
怪しすぎる。
普通なら追い返されてもおかしくない。
だが少女は少し考えるように首を傾げて――
「もしかして、“転生者”?」
「……え?」
あまりにもあっさりと言われて、思考が止まる。
「たまにいるんだよね、そういう人。記憶が曖昧だったり、変なところから来たりするの」
さらっとした口調だった。
信じられない話のはずなのに、この世界では珍しいことではないらしい。
「……そう、なのか」
「うん。とりあえず私のお父さんに会った方がいいよ」
少女はくるりと背を向ける。
「ついてきて。変な人じゃなさそうだし」
「いや、判断早くない?」
「んー……直感!」
漠然とした返答に、思わず小さく笑ってしまう。
――こんなふうに誰かと“普通に″会話したのは、いつぶりだろうか。
⸻
案内されたのは、村の中でも少し大きめの家だった。
「お父さん、ちょっといい?」
少女が扉を開けながら声をかける。
中から現れたのは、穏やかな雰囲気の男性だった。
「どうした、メア」
「この人、転生者っぽい」
「ほう、転生者か……確かに珍しいな」
男性は興味深そうに涼太を見つめる。
「最後に来たのは……もう20年も前か」
どこか懐かしむように呟いた。
その視線を受けて、涼太の背中にじわりと汗が滲む。
うまく言葉を選ばないといけない。
そんな緊張が全身を包んでいた。
「まあ、とりあえず事情を聞こう」
優しい声だった。
それだけで、少しだけ肩の力が抜ける。
⸻
事情を説明すると、村長は深く頷いた。
「なるほどな……確かに、転生者の特徴に当てはまる」
「やっぱり私の直感、当たってたでしょ?」
メアは得意げに胸を張る。
「はいはい、大したものだ」
村長は軽く笑いながら頷いた。
⸻
「ここはドルネア王国という国から最も離れた辺境の村だ。何もない場所だが……行く当てがないなら、しばらくここにいるといい」
「……本当にいいんですか?」
思わず聞き返す。
こんな簡単に受け入れられるとは思っていなかった。
「ああ。困っている人間を放ってはおけないからね」
その言葉に、胸の奥がじんわりと熱くなる。
こんなふうに、当たり前に優しくされたのは――初めてかもしれない。
「とりあえず、古くて使っていない倉庫がある。しばらくはそこで休むといい。生活に必要なものは後で持っていこう」
そう言ってから、村長はメアに視線を向ける。
「メア、案内してやってくれ」
「任せて、お父さん。じゃあ行こっか」
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倉庫へ向かう途中、メアが隣で話しかけてくる。
「改めて、私はメア。18歳で、今はお父さんと二人で暮らしてる」
「……ああ」
「で、あなたの名前は?」
「高橋涼太」
「りょーたね。よろしく!」
そう言って、メアは手を差し出した。
一瞬、戸惑う。
こんなふうに誰かと触れ合うことに、慣れていない。
それでも、ゆっくりとその手を取った。
「ああ……よろしく」
手のひらが、少し震えていた。
――こんな当たり前のことすら、経験してこなかったから。
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それからの生活は、驚くほど穏やかだった。
畑仕事を手伝い、薪を運び、水を汲み、魚を釣りに川に行く。
慣れない作業に苦戦していると、メアが笑いながら教えてくる。
「遅い遅い、もっとこうやってやるの」
「分かってるって……!」
「分かってないから遅いの!」
そんなやり取りが、とても心地よかった。
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夜。
焚き火の前で、メアが釣った魚を焼きながら空を見上げる。
相変わらず、巨大なクジラがゆっくりと空を泳いでいた。
「なあ、メア」
「なに?」
「この世界って……平和なのか?」
ふと、気になって聞いた。
メアは少しだけ考えてから、口を開く。
「うーん……場所による、かな」
「場所?」
「ここは平和だよ。でも、王国の中心とかは色々あるみたい」
あまり深くは語らなかった。
だが、その言葉に少しだけ引っかかりを覚える。
「まあでも――」
メアは笑う。
「ここにいる分には大丈夫だよ」
その言葉は、どこか安心させる力があった。
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――このまま、この場所で生きていければいい。
本気で、そう思った。




