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私を育ててくれた両親への感謝と思い出

作者: 有未
掲載日:2026/02/08

 私の両親が私を育てている時は、たぶんインターネットがなかったのではということに気が付いた。子供のちょっとした体調不良などについて、ネットで調べるという選択肢はなかったはず。ネットが正解というわけでもないけれど。気軽に調べられない時代の子育ては不安が大きくなりそうだと個人的に思う。


 子育てに限らず、自分の体調や症状もインターネットで調べることも出来ない。むかしは、メンタル面での症状について理解が広まっていなかったと思う。私が鬱状態になった時も、鬱やメンタルという言葉は浸透していなかった感覚だ。


 むかしは、ゲームや漫画の新発売情報や攻略情報も調べられない。父が急にスーパーファミコンのソフトであるスーパーマリオワールドを買って来たり、ドラゴンボールの漫画を買って来たりしてくれたのだけれど、他にもゲームや漫画が存在しているということを子供の私は想像すらしていなかった。


 ゲームショップのチラシを初めて見た時、こんなに沢山のゲームがあるんだ! と私は衝撃を受けた。基本的に私の家は新しいゲームや漫画は買って貰えない環境だった為、チラシを眺めるだけだったが。稀に中古のゲームショップや古本屋に連れて行って貰える。それが、私はすごく嬉しかった。


 だんだん、私の家はお金がない家だなと子供心に理解し始める。親戚が良く本を買ってくれた。偉い人の話ばかりだったけれど、私はとても嬉しかった。折り紙なども買ってくれた。私は母と相性が合わなかったけれど、インターネットで調べる選択肢がない時代に私を育ててくれたのだなと気付くと、すごいと心に思った。


 子育てはわけが分からないことの連続だと思うし、子供が幼稚園や小学校に通い始めるとお金も掛かる。当時、ランドセルや学習机が幾らしたかは分からないが、両親はそれらも含めて私に色々なものを準備してくれた。ロケット鉛筆もロケット消しゴムも私がほしがったら買ってくれた。


 そういう感謝に私が気付く年齢になる前に、父は亡くなってしまった。一緒に外食したことも一度だけだし、一緒に買い物に行ったのもコンビニと焼き鳥屋さんのみ。離婚して家を出た父と、母のいる実家に残った私の交流が始まってすぐに父は入院し、転院し、亡くなった。もっと父と話がしたかったし、一緒に紅茶を飲んだりもしたかった。


 父がまだ私達と一緒に住んでいた頃、デジタルで絵を描く為にMacのパソコンを買って、私や弟にも絵を描かせてくれたり、魚の飼育ゲームを遊ばせてくれたりした。当時、パソコンのある家庭はもしかしたら珍しかったかもしれない。


 父の描いた温かい絵はフロッピーディスクに沢山保存されていたはずだけれど、父の親族が遺品整理をした為、どこにあるかもう分からなくなっている。父の親族と電話で話した時に、父の描いた絵が残っていれば譲ってほしいと伝えたが、全部捨てたと言われて本当につらかった。


 小学生の時の思い出が大人になったいま、私は沢山よみがえって来る。私が小学生の時はハムスターを飼っていたのだけれど、夜中にハムスターが逃げ出して父の顔の上にいたことがあった。家族全員が起きた。父が捕まえてくれて、ハムスター逃げてるよと私に教えてくれた。このエピソードを私は何故かずっと覚えている。


 中古ショップや古本屋ではあったが、両親はゲームや漫画を私や弟に買ってくれたし、本棚もそれぞれの部屋に置いてくれた。エアコンやファンヒーターも。子供の私はありがたさに気付いていなくて、もっとゲームや漫画がほしいと良く思っていた。


 私が小学生の時は、流行りのシールを文房具屋さんで母が買ってくれた。名札の裏にお気に入りのシールを貼って、友達同士で見せ合ったり、交換するのが当時の私の楽しみだった。私は多くのシールは買って貰えなかったけれど、それでもすごく嬉しくて、買って貰ったシールは宝物だった。


 あの頃の子育ては、現代より大変だったかもしれない。インターネットで調べる選択肢もなく。私の家はあまりお金がなかったようだし、それでも私と弟がゲームや漫画や文房具を欲しがるし。弟はドラクエのバトル鉛筆を買って貰っていたけれど、高かったのではないだろうか。


 私が子供の頃、色々なことがあったけれども。まだそこまで母が異星人みたいに話が通じないわけではなかったし、必要な文房具は買って貰えたし、毎月に家に届く科学の雑誌みたいなものも買って貰っていた。カブトエビの飼育セットが付属したりして、毎月の楽しみだった。なかよしという漫画雑誌も買って貰えた。友達はりぼんという漫画雑誌を買っていたので、交換して読んだ。


 セーラームーンのカード交換を私は友達としていたけれど、つまり母がカードを私に買ってくれていたということだ。ありがたいことだった。当時のセーラームーンのカードを綺麗にファイリングして私はまだ持っている。弟はポケモンバトルに使うカードを買って貰っていた。


 思い出はちゃんと子供の心に残って、大人になっても思い出すことが出来る。楽しかったことも、悲しかったことも。私のことは私の両親や親戚が精一杯、育ててくれたのだろう。感謝の気持ちと温かい心を忘れずに過ごして行きたい。

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