ヤンチャなくせに、私の前ではデレる君
正直に言えば、私は彼が苦手だった。
山科龍河
金髪気味の髪色、だらしなく着崩した制服、授業中でも平気で居眠りする態度。
他校との小競り合いに首を突っ込んで、頬に絆創膏を貼って登校してくるのは日常茶飯事。
廊下を歩けば、下級生がサッと道を空け、厳しい生活指導の先生でさえ「またお前か……」と頭を抱える。
休み時間、教室の窓際で仲間とバカ騒ぎしている彼の周りには、いつも近寄りがたい刺々しい空気が漂っていた。
──どう見ても、関わらない方がいいタイプ。
それが、入学当初の私の評価だった。
山科くんと話すようになったのは、ほんの偶然だ。
放課後、図書委員の仕事で残っていた私が、誰もいないはずの図書室で本を片づけていると、予備棚の奥から大きなあくびが聞こえた。
「……あ、やべ」
顔を出したのは、まさにその“苦手な彼”だった。
「ここ、立ち入り禁止なんだけど……」
恐る恐る注意すると、彼は一瞬きょとんとした顔をして、それから頭を掻いた。
「わりぃ。寝てた」
「寝てた、って……」
「騒がしいとこ苦手でさ。ここ、静かでちょうどいいんだよ」
拍子抜けするほど、素直な声だった。
その日から、図書室で山科くんと顔を合わせるようになった。
クラスではあんなに騒がしいのに、ここでは別人みたいに静か。
私が本を運んでいると、黙って手伝ってくれるし、重そうな箱があれば何も言わずに持ってくれる。
「……意外だね」
「なにが?」
「もっと乱暴な人かと思ってた」
そう言うと、彼は小さく笑った。
「それ、よく言われる。でもさ」
少し間を置いて、私の方を見る。
「ここでは、カッコつけなくていい気がするんだ」
心臓が、変な音を立てた。
それからだった。
山科くんが私の前でだけ、よく笑うようになったのは。
名前を呼ぶ声が、少しだけ柔らかくなったのは──。
他の女子には見せない表情を、私だけが知っていると気づいたのは──。
◇
学校中が、これまでにないほど騒然としていた。
「あのさ、聞いた?」
「警察まで来たらしいよ……」
廊下のあちこちで飛び交う噂話。
山科くんが他校の生徒数人と派手にやり合い、相手に怪我人まで出たという。
下手をすれば退学、あるいはそれ以上の事態——。
そんな物々しい空気の中、私はいつものように放課後の図書室で、返却された本の整理をしていた。
静寂が、今日に限ってはひどく落ち着かない。
その時、重厚な木の扉が、重々しい音を立てて開いた。
入ってきたのは、山科くんだった。
その瞳は、まだ興奮が冷めていないのか、野良犬のような鋭く険しい光を宿している。
あまりの気迫に一瞬息を呑んだが、彼が私と目を合わせた瞬間、その鋭さが嘘のように霧散した。
「……あ」
彼はバツが悪そうに視線を泳がせ、パッと顔を背けた。
「怪我……大丈夫?」
恐る恐る尋ねると、山科くんは止まっていた足をようやく動かし、私の隣までやってきた。
机の上に置かれた彼の拳は、あちこちの皮が剥け、数箇所の絆創膏が無造作に貼られている。
大きな手のひらが、微かに熱を帯びているのがわかった。
「ああ……このくらい、大したことねぇよ」
ぶっきらぼうにそう言うと、山科くんは力なく椅子に腰掛けた。
どうしてそんな無茶をしたのか。
問いかけると、彼は少しの間を置いて、ぽつりぽつりと話し始めた。
「……後輩がさ。ゲーセンで他校の連中に捕まって、財布とスマホ、全部持ってかれたって泣きついてきて」
「それで、一人で行ったの?」
「……ああ。ああいう奴ら、誰かがガツンと言わねーと調子に乗るだろ。……やりすぎたのは反省してるけど、あいつの怯えた顔見たら、身体が動いてたんだわ」
山科くんは頭を掻いて、自嘲気味に笑った。
学校中が“ヤンチャな問題児“だと彼を恐れている。
けれど、誰もその裏側にある、真っ直ぐすぎるほどの正義感を知らない。
「警察沙汰にまでなって……怖くなかった? 停学じゃ済まなかったかもしれないのに」
そう聞くと、山科くんは私をじっと見つめ、それから観念したようにふにゃりと眉を下げた。
「それ、マジ思った。停学になったら、ここに来れなくなっちまうからさ。それだけは勘弁だったわ」
◇
卒業式の日。
体育館の隅で、私は一人、山科くんを探していた。
「……いた」
校舎裏。
ネクタイを緩めて、いつものように壁にもたれている彼。
「卒業、おめでとう」
そう言うと、山科くんは照れたように視線を逸らした。
「お前もな。……なぁ」
少し迷ってから、彼は私を見た。
「俺さ。ヤンチャで、面倒で、評判も悪いけど」
深呼吸して、続ける。
「お前の前では、ちゃんとしたいって思った」
──胸が、ぎゅっとなる。
「だから……これからも、一緒にいてほしい」
返事は、最初から決まっていた。
「うん。……私も」
彼は安心したように笑って、少しだけ近づいた。
「なぁ?」
「なに?」
「やっぱ俺、お前の前だとデレるわ」
そう言って照れる彼を見て、私は思う。
──ヤンチャなくせに。
でも、そんな君が──大好きだ。
〜〜〜おしまい〜〜〜
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