真実の愛を捨てた愚王は、女神の逆鱗に触れて国ごと滅びました~婚約破棄されて追放された聖女ですが、屍になった王子がボロボロになっても私との誓いの品を抱きしめていたので、接吻して国ごと救おうと思います~
∮∮〜第一章:非情なる玉座〜∮∮
ガレリアン王国の王の間は、冷徹な静寂に包まれていた。
重厚な石造りの壁には歴代国王の肖像画が並び、高い天井からは豪華なシャンデリアが吊り下げられている。
しかし、その輝きさえも、玉座に座る国王ビルシュタン・ロッド・ガレリアンの放つ空気そのものが、彼に逆らうことを拒んでいるかのようだった
「ヒュンメルトよ。聖女サフラワーとの婚約を、本日この時をもって破棄とする」
その言葉は、唐突に放たれた。第一王子ヒュンメルトは、隣に立つ最愛の女性、サフラワーの指先に走った震えを感じ取り、目を見開いた。
「……父上、正気ですか? サフラワーは女神の加護を受け、この国の癒やしの要として尽力してきました。そして何より、私は彼女と生涯を共にすると誓っております」
「黙れ、ヒュンメルト。これは国益の問題だ」
ビルシュタンは冷酷な眼差しを息子に向けた。
「隣国の強国、ヴォルガ帝国の第一皇女との縁談が整った。彼女を娶れば、我が国の国力は倍増し、北方の懸念も解消される。平民上がりの聖女など、象徴として置いておけば十分だ。王妃の座に据える価値はない」
その言葉に、重臣たちは息を呑み、誰一人として反論しなかった。
「そんな……」
サフラワーは俯いた。彼女はもともと名もなき村の娘だった。
女神に選ばれ、聖女の力を得たことで王宮に招かれたが、常に「平民」という出自を貴族たちに揶揄されてきた。
それでも耐えられたのは、ヒュンメルトが常に自分を一人の女性として愛してくれたからだ。
ヒュンメルトは、亡き母である前王妃から受け継いだ純銀のティアラを、つい数日前にサフラワーに贈っていた。
それは「次代の王妃」であることを約束する、彼にとって最も大切な宝物だった。
「……陛下、承知いたしました」
サフラワーは震える声で答えた。
彼女には、国王の命令に背く術はない。
ヒュンメルトが自分を庇えば、彼の立場まで危うくなる。それが何より恐ろしかった。
「サフラワー!?」
絶望に染まった彼女は、王の間を駆け出した。ヒュンメルトはすぐに追いかけ、回廊で彼女の手を掴んだ。
「待ってくれ、サフラワー! 父上には私がもう一度掛け合う。君を離しはしない!」
「……もう、無理です。ヒュンメルト様」
サフラワーは振り向かなかった。涙が床にこぼれ落ちる。
「私は、陛下に逆らえません。それに……私のせいで、あなたが国を追われる姿は見たくないのです」
彼女は力任せにその手を振り払い、走り去った。ヒュンメルトは差し出した手を虚空に留めたまま、遠ざかる彼女の背中を見つめることしかできなかった。
数日後、彼女の部屋はもぬけの殻だった。
机の上には、あの純銀のティアラだけが、主を失った寂しさを湛えて置かれていた。
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∮∮〜第二章:女神の憤怒と国の終焉〜∮∮
しかし、人間たちの浅はかな権力争いに、激しい怒りを感じている存在があった。
サフラワーに力を授けた、この地を司る女神である。
「私の愛し子が流した涙の代償は、貴様らの命でも足りぬ」
サフラワーが国を去った直後、ガレリアン王国を未曾有の天変地異が襲った。
青空は一瞬にして漆黒の雲に覆われ、大地が断末魔のような叫びを上げて裂けた。
各地で壮麗な建物が砂上の楼閣のごとく崩れ去り、天からは海を覆すような豪雨が降り注いだ。
川は氾濫し、肥沃な大地は泥流に飲み込まれた。
「何が起きている……! 聖女を呼び戻せ! 祈りを捧げさせろ!」
ビルシュタンが叫ぶが、もう遅かった。
混乱を極める王都に追い打ちをかけるように、北の境界から「魔王軍」が侵攻を開始した。
女神の守護を失った結界は紙屑のように破られ、不死の軍勢が城門を突破する。
悲鳴はすぐに絶望へと変わり、夜明けを迎えることなく、ガレリアン王国は歴史から姿を消した。
国民も、兵士も、すべてが魔族の毒気に当てられ、意識を失ったまま彷徨う「屍」へと変貌してしまったのである。
かつての栄華は消え、そこにはただ、死の臭いと呻き声が満ちる地獄が広がっていた。
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∮∮〜第三章:再会、そして朽ちた温もり〜∮∮
隣国へと逃れていたサフラワーは、風の噂で故郷の滅亡を知った。
「ヒュンメルト様……」
居ても立ってもいられず、彼女は周囲の制止を振り切って単身ガレリアン王国へ向かった。
国境を越えると、そこには灰色の世界が広がっていた。
かつて美しい並木道だった場所には、皮膚の剥げ落ちた遺体が力なく歩いている。
しかし、サフラワーが足を踏み出すと、彼女の体から漏れ出す聖なる光が屍を退け、彼らは怯えるように道を開けた。
彼女は、崩壊した王都の城門をくぐり、王城へと入った。
中庭には無数の屍がいた。かつての侍女、騎士、見知った顔が、今はただの動く肉塊となっている。
サフラワーは涙をこらえながら、かつての二人の思い出の場所を巡った。
そして、王の間へと続く大階段の下で、彼女は「それ」を見つけた。
壁際にうずくまり、ボロボロになった服を纏った一体の屍。
その皮膚は腐り果て、骨が露出している箇所もある。
しかし、その屍は、両手で何かを必死に抱え込んでいた。
サフラワーは息を呑み、歩み寄った。
その手が抱えていたのは、泥と血に汚れながらも鈍い光を放つ、あの純銀のティアラだった。
「……ヒュンメルト様」
一目でわかった。その無惨な姿になっても、彼は約束の品を守り続けていたのだ。
サフラワーは膝をつき、腐臭の漂うその体を抱きしめた。
「ごめんなさい……置いていって、ごめんなさい」
屍となったヒュンメルトに、もはや意識はない。
彼女が誰であるかもわからず、ただ本能的にティアラを奪われまいと身を固くするだけだ。
サフラワーは、かつて愛した人の面影をその虚ろな眼窩に探し、優しく、静かに唇を重ねた。
「愛しています、ヒュンメルト様。たとえあなたが、どのようになっても」
その瞬間、サフラワーの瞳からこぼれた涙が、ヒュンメルトの頬で光を放った。
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∮∮〜第四章:女神の祝福と因果応報〜∮∮
突如、二人を中心に、目も眩むような黄金の光が溢れ出した。
サフラワーの祈りと、死してなお愛を離さなかったヒュンメルトの執念が、女神の心を動かしたのだ。
「光よ……!」
光が収まったとき、サフラワーの腕の中にいたのは、腐り果てた屍ではなかった。
美しい金髪、力強い体、そして何より、自分を慈しみ深く見つめるあの青い瞳。
「……サフラワー? ああ、君か。夢を見ているようだ」
「ヒュンメルト様!」
二人は強く抱きしめ合った。
生きている温もり、心臓の鼓動。確かな再会を祝して、二人はもう一度、今度は深く熱い口づけを交わした。
二人の愛が最高潮に達したその時、さらなる奇跡が起きた。
二人の体から放たれた聖なる光が、まるで波紋のように城を、王都を、そしてガレリアン全土を覆い尽くしたのである。
光が通り過ぎるたび、大地に刻まれた亀裂が塞がり、倒壊した時計塔が逆再生のように元の姿を取り戻していく。
彷徨っていた屍たちは光に包まれ、次の瞬間には、生気を取り戻した人間としてその場に立ち尽くした。
「ああ、ここは……?」
「俺たちは、死んでいたはずでは……」
人々が自分たちの復活を悟り、歓喜の声を上げる。
しかし、その光はすべての人間に平等ではなかった。
城の奥深く、地下シェルターに隠れていた国王ビルシュタンと、彼に同調した悪徳貴族たち。
「この光は何だ!? おのれ、魔族の攻撃か!?」
彼らが叫んだ瞬間、聖なる光が容赦なく彼らを貫いた。
「あ、熱い! 体が……!」
愛を捨て、私欲のために聖女を排斥し、国を破滅に導いた者たち。
女神の怒りは、彼らをこの世界から「抹消」することを選んだ。
彼らの体は灰にすらならず、光の中で一瞬にして蒸発し、存在そのものが消えてなくなった。
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∮∮〜第五章:再興の朝〜∮∮
数ヶ月後。
ガレリアン王国は、驚異的な速さで復興を遂げていた。
天変地異で荒れ果てた土壌は、女神の祝福により以前よりも肥沃になり、豊かな実りをもたらした。
魔王軍は聖なる光に焼かれて撤退し、二度とこの国を侵すことはなかった。
「王、万歳! 王妃サフラワー様、万歳!」
王都の広場には、民衆の歓声が響き渡っていた。
壇上に立つのは、新しく国王として即位したヒュンメルトと、その傍らで微笑む王妃サフラワーである。
彼女の頭上には、あの日、彼が守り抜いた純銀のティアラが輝いていた。
「私はかつて、力不足で君を守れなかった」
ヒュンメルトは、隣に立つサフラワーの手を強く握りしめた。
「だが、これからは違う。この国を、そして君を、命に代えても守り抜くと誓おう」
サフラワーは幸福に目を細め、彼に寄り添った。
「はい、ヒュンメルト様。私たち二人で、この国を愛で満たしていきましょう」
一度滅びた国は、愛という名の光によって、かつてないほどの平和と繁栄の時代を迎えようとしていた。
〜〜〜fin〜〜〜
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