第六話 医療所
聖女の噂は結構早いタイミングで医療所にも聞こえてきていたらしい。
噂の真偽を確かめようとは思っていたが、「忙しさ故にそこまで手が回らず、金を取るでもないので後回しにしてしまっておりました」と前を歩く木村さんは言う。
彼の案内でお福さんの店のある大通りから二十分も歩くと、店の雰囲気も道行く人の服装も洗練されたものに変わっていた。いつの間にか立派なお城もすぐそこに見える。
「あちらが私の勤める医療所です」
木村さんの示す方を見ると、大きめの長屋のような建物が見えた。
端の一番大きな入口は開け放たれていて、人が出入りしている。あそこが正面入口か。
しかし、木村さんは正面入口を通り過ぎ、少し歩いた反対側の端にある戸の前で立ち止まった。
どうやら、用途によって入口を分けているらしい。
「ご足労いただきありがとうございました。診ていただきたい患者はこちらにございます」
そう。彼が私に会いに来た理由、それは「治して欲しい患者がいる」というお願いだったのだ。
詳細は医療所で、との事だったでここまで着いてきてしまったが、治せる症状がどうかは完全に賭けだった。
木村さんに続いて建物の中に入る。
建物の中は漢方のような匂いと消毒薬のような匂いがして、ここが病院であることを物語っていた。
履物を脱いで上がった先の部屋には、畳の上に等間隔にいくつか布団が敷かれていて、1人ずつ具合の悪そうな人が寝かされている。
その患者を診ているおじさんと、おじさんの隣で白い包帯のようなものを持っているお兄さんのは恐らく医師だろう。
目が合うと「なんだお前は」という表情をされてしまった。けど、明らかに患者じゃない部外者が入ってきたらそりゃあそうなるか。
木村さんの後ろにくっついてなければつまみ出されてしまいそうだ。
「こちらです」
例の人はこの部屋ではないらしく、木村さんは部屋の奥の襖を示した。
開けてくれた襖から隣の部屋に入ると、一層濃い薬の匂いに思わず顔を顰めてしまった。
その部屋には布団が一つだけ敷かれており、横たわる患者の横にはいくつもの薬のようなものが置かれていた。
そんなに狭い部屋でもなかったが、ただならぬ雰囲気に閉塞感が凄い。
「こちらの患者を診ていただけますか」
布団の横に座った木村さんは、確認するように言うと、私の返事も待たずに掛け布団をまくり上げた。
「これって・・・っ!」
布団の下に隠れていた患者のお腹の辺りには、真っ赤になった包帯がきつく巻かれていて、まるで包帯が皮膚の代わりをしているように見えた。
包帯のおかげで出血はある程度収まっているのだろうが、患者の顔色を見る限り良い状況とは言えなさそうだ。
「腹を刀で切られました。包帯で無理やりに押さえてはおりますが、剥がすと出血してしまいますので、我々にはこれ以上どうすることも出来ませぬ」
刀で切られた。それこそ時代劇でしか耳にした事の無いセリフだ。
包帯の下を想像すると、胃がぎゅっと縮み上がるような、お腹が締め付けられるような圧迫感を感じた。こんな状態ではさぞかし痛いだろう。
「感染症は起こさぬように気をつけておりますが、痛みを全て抑えることは出来ておりませぬ。このままでは数日のうちに体力が尽き、命も・・・」
患者の前だからか木村さんはそれ以上は何も言わなかった。その表情からは、なんとしてでもこの患者を救いたいという気持ちが痛いほど伝わってくる。
「分かりました」
少し、無理やり笑って見せた。
大丈夫。そう自分自身に言い聞かせる為に。
「どこまで良くなるかは分かりませんが、できる限りの事はやってみます」
私が本当に聖女であるならば、治せるはず。
いや、治せなければ聖女なんて呼ばれている意味がない。
木村さんの隣に座り、包帯の上から手をかざす。患部にピンポイントでなくとも治ることは実証済みだ。
手のひらに意識を集中すると、あの熱いのに優しい光が包帯を照らし始めた。
「なんということだ・・・」
木村さんの驚く声を聞きながら、傷を治す事だけを強く願った。
今回は傷口が見えないせいで治っているかの確認が出来なかったけど、患者の呼吸が少しずつ穏やかになっていくのが分かった。
「・・・たぶん、これで大丈夫です」
患者の体から力が抜けたのを確認して光を止める。
驚き顔のまま、木村さんはすかさず包帯を取り始めた。
かさぶたのように固まった血を剥がしながら少しずつ包帯を取り除いていく。
最初は怖々と患者の様子を確認しながらだったが、全く痛がらない様子に徐々に笑顔がこぼれていた。
包帯の下から綺麗な肌が現れた時、木村さんは泣いていた。
「こんな、こんなことが誠にあるなど・・・!」
患者のお腹には傷一つなかったが、木村さんは泣きながら、何度も何度も確認するようにもう綺麗になったお腹をさすっていた。
いつもより少し長い時間力を使ったせいかさすがに疲れたけど、やはりこうやって喜んでいる人の姿を見るのはいいものだなぁと、ぼんやりとその光景を眺めていた。




