第四話 奇跡の翌日
朝だ。
夏の初めのしっとりと冷たい朝の空気に、どこか懐かしいような不思議な感覚を覚える。
時計も目覚ましもない世界で、朝ちゃんと起きれるとは思わなかった。
外から聞こえてくる元気な子どもたちの声が起こしてくれたのか。
昨晩隣に寝ていたはずのお福さんはそこにいなかった。布団も片付けてあるのを見ると、とんでもなく早起きなのかもしれない。
まだ少し寝ぼけた頭で色んなことを思い出す。
元の世界での最期。神という青年。お福さんのお店。私が助けた男の子とその父親の顔。
手のひらを見て握ったり開いたりしてみるが、変なところは無い。
あれだけ疑っていた癒す力も、歯車がはまったかのように私の力だという実感がそこにあった。
ああやってこの世界の人を一人ひとり治していけば、夫と子どもが幸せになれるのか。
昨晩の町の人達の反応を見るからに、この世界でもこんな力は異質なものなんだろう。
これから大変になるなぁとまたぼんやりと考える。しかし、残してきたという後悔を和らげるにはそれくらいの方がいいのかもしれなかった。
ひとしきり思考を巡らせてはみたが、特に新しく得られるものはない。
「とにかく頑張るか」と大きく背伸びをして、体の軽さにだけは救われた気がした。
今日もパワフルなお福さんは、朝から今日のメニューの仕込みをしていたらしい。
座敷席に座り、作ってもらった朝ごはんのおむすびをかじっていると、美味しい香りがおかずにちょうど良かった。
お福さんの子どもになるしかないな。そう確信しながら最後のおむすび口に入れる。
もぐもぐしながら店の外の通りに目をやると、男の子と目が合った。
見覚えがあるが、誰だったか・・・。
「お姉ちゃん!ありがと!」
叫ぶように言うと去っていく男の子。そうだ、昨晩治したあの子だ。
追いかけるように外に出る。少し遠くに転びそうな勢いで走っていく後ろ姿が見えた。
足が折れていたなんて周りの人は誰も気づかなかっただろう。自分で治しておきながらしみじみと神の凄さを実感させられる。
「あんたが仏さまかい?」
感慨にふける私に突然話しかけてきたのは、お年寄りの男女だった。
二人ともしわくちゃで腰が曲がっており、夫婦なのかおばあちゃんはおじいちゃんに捕まるようにして立っている。
「仏様というと・・・?」
「昨日の晩、ここら辺で女の子の姿をした仏さまの話を聞いてねぇ。あんたじゃなかったかねぇ」
おばあちゃんは腰を、おじいちゃんは膝を痛そうにさすっている。
ここまで歩いてくるのもやっとだったのだろう。ひとまずお福さんのお店を借りて座って話を聞くことにした。
おじいちゃんとおばあちゃんの話を聞く限り、昨晩の出来事はまぁまぁ広がっているのだそうだ。
本当に、口コミというのは恐ろしい。
ただ、昔この地にエセ治療が広まった時期があり、そのことを覚えている大人はほとんど信じていないとのこと。
半日での噂の広がる速度に驚きはしたが、直ぐに人が押し寄せるということはなさそうで安心する。
このおじいちゃんとおばあちゃん、与一さんとお花さんはエセである可能性も理解した上で、それでも縋りたくてわざわざ探しに来てくれたということだったのだが、その理由というのがまた泣けた。
「ばあさんの背中の痛みを直して欲しい」と「おじいさんの膝を良くして欲しい」と言うのだ。
私自身、まだ癒す力でどの程度のことが出来るか分からないので安請け負いは絶対にしたくないと思っていたが、そんな事を言われてしまってはやらない訳にはいかないだろう。
「与一さん、お花さん、仏様ではないですが、私があなた達を治せるかもしれません」
すかさず喜びの声をあげる二人に「ただし」と釘を刺す。
「本当に治せるか、どのくらい治せるかは私にも分からないんです。それでも、」
「お頼もうします」
「いいでしょうか?」という言葉を遮って与一さんが答えた。
「ばあさんの痛みを少しでも、ほんの少しでもいいから楽にしてやりたいんじゃ」
そう言われてしまえば断る理由なんてもうなかった。
できるのであれば私だって治してあげたいのだ。
「分かりました。できる限りやってみます」
結果として、与一さんとお花さんの治療、痛みを取るという目的は果たすことができた。
あの手のひらからの光の出し方は体が覚えていて、光を当てると二人の痛みはみるみるうちに消えたらしい。
でも、お花さんの腰が真っ直ぐになることは無かった。
「もう痛くないだけで充分です。本当にありがとう」とお花さんは言ってくれたが、曲がったままの背中を見送るのは少し辛かった。
ただ、これまで三人を治してきて分かったことがある。
骨折と、傷は治せる。痛み、おそらくその原因の炎症は治せる。
曲がってしまった背中は骨折と同じもののはずだが、治せないのは古いものだからか。それとも、折れたあとくっついてしまったらダメなのか。
万能でないというのが分かっただけでも収穫ではあるが、例えば病気はどうだろう。食中毒は無理なのか・・・?
他人の体で試さないといけないという事がこんなにもしんどいのかと音を上げたくもなったが、考えたところで仕方がないものは仕方がない。
私には、お福さんのお店の手伝いというお仕事が待っているのだ。
お福さんはまだ仕込みの真っ最中。
腕まくりをした私は「お福さーん!ご馳走様でしたー!」と声を掛けながら厨房へ向かった。




