第五十一話 計算づく
仮にも一度勧誘を受けていた身だ。
再び上がった側室の話を、もしかしたら殿は採用してしまうのではないかと、そう考えていた。
だが、話は私の想像と違う方向に転ぶことになる。
「里中の言うことはもっともじゃ」
殿に同意を得た里中おじいちゃんの満足そうな笑み。周りのお偉いさんも殿の普段通りの雰囲気に露骨にホッとしている。
「かくいうワシも、この聖女殿に側室にならぬかと持ち掛けたことがあるのじゃが・・・見事にフラれてしもうたのじゃ!」
ガハハハッと殿が豪快に笑う。
この人たちにはプライバシーという言葉が通じないのか。
またもや内緒話だと思っていたことをバラされてしまい、殿を張り倒したい衝動が沸いてくる。
ゲストの皆様方が全員目を丸くして驚いているのが見えた。
僧正様の方は、怖くて見れなかった。
「あの折に手を出しておけば、今時分聖女殿の隣におったのはワシだったのじゃがな」
笑いながら殿が言う。その言葉を聞き終えると、僧正様がスッと立ち上がった。
先ほどまでの笑顔はどこへやら、ほとんど表情のない真面目な顔は怒っているのかと思うほどだった。
美人の真顔は本当に怖い。
「せっかくの場ではございますが、少々気分が優れませぬゆえ退席させていただきまする」
滑るように部屋を出ていく僧正様に、誰も何も言えなくなる。
数秒の沈黙。打ち破ったのはやはり殿だった。
「それ見たことか、里中のせいで兄上を怒らせてしまったではないか」
いや、明らかに原因は殿なのだが、罪を擦り付けられた里中さんは目に見えて縮み上がってしまっている。
まるでパワハラ上司だ。かわいそうすぎる。
このお通夜状態をどうする気かと、殿をチラリと伺う。
すると、なぜか殿と目が合った。
顎でくいっと僧正様が出て行った方向を示される。
なんとこの傍若無人は私にフォローをして来いと仰せのようだ。
理不尽な要求に、しかし断れるはずもなく、私は頭を抱えながら僧正様の後を追うことになった。
意外なことに、僧正様は部屋を出てすぐの廊下を歩いていた。
声をかけるかどうか迷いながら近づく。この人相手だと心を読まないでいるのが苦痛に感じてしまう。
あと少しの距離で僧正様が立ち止まった。いきなりだったためぶつかりそうになってしまったが、ギリギリのところで踏みとどまれた。
振り返った僧正様は、なんと、愉快そうな笑みを浮かべているではないか。
怒ってない・・・?
どういうことかと混乱してしまう。殿の側室発言に怒ったから退席したのではないのか?
「今宵もお部屋に参りますゆえ」
それだけ言うと、彼は満足そうに行ってしまった。
残された私はその言葉の意味に赤面しながら、とりあえず自室に戻るしかなかったのだ。
さすがに二度目しかも公認の仲であれば緊張もそんなにしないだろう。
と、思っていたのだが。
私はきっちりかっきり緊張していた。
昨夜ほどではないとはいえ、男の人がそのために部屋を訪ねてくるのだ、緊張するなという方が無理だというもの。
「聖女様、参りました」
滑るような足音と共に待ち人が来た。
返事をする前に部屋に入ってくるのが勝手知ったるという感じで憎たらしい。
「説明を求めます」
先手必勝とばかりに、僧正様が座るのを待たずに声をかけてやった。
恥ずかしさを隠すために大げさに怒った顔をして睨みつけているというのに、まず、その楽しそうな顔をやめていただきたい!
「先ほどのことか」
僧正様は私の正面に座るとくつろいだ様子で話し出す。
距離感といい、その態度といい、心を許しているというのが伝わってきて物凄くくすぐったい。
そしてそれ、その意地悪そうな顔。
「私の心を読んでみれば分かるのではないか?」
つくづく、好きになる人を間違えたと思う。
思うが、もうどうしようもないほどに好きになってしまっているのだから諦めるしかない。
怒った顔のまま僧正様に意識を集中させると、彼の考えが流れ込んできた。
そして、案の定驚くことになる。
殿に側室の話を最初に持ち掛けたのは、目の前のこの人だった。
いや、その時はまだ私を利用することのみを考えていて、その一手としてということだったようではあったが。
更に、先ほどの食事会。あれは、もちろん私の城での安全を鑑みてのことではあったが、里中さんが殿に反発することまで計算済みだった。
里中さんが悪者にならないように殿が僧正様の怒りを買ったように見せたのも演技だと。
・・・鮮やかすぎるお手並みに、もう何と言っていいか分からない。
心が読めなければ、この人にも何かしらの人知を超えた能力があって、それを使って人を手玉に取っているのではないかと思っただろう。
それか、実は人間ではなくて魔王か何かなのか。
現に今も、私の表情の変化から真相を伝えられたと満足そうに笑っている。
心を読まれても平気だと思っているのだ。本当に恐ろしい。
「分かりました。分かりましたが、勝手に公表したことは許してません」
そっぽを向いて不服を伝えると、さすがに笑うのをやめた僧正様が、膝に手を置いてきた。
「許せ」
急に甘い声で囁かれる。触れられたところから体温が伝わってきて、もう何でも許してしまいそうになる。
だが、駄目だ。
この人の腹の黒さはもう痛いほど身に染みている。あのサプライズ公表だって、こうやって言えば許してもらえることを前提に行ったに違いない。
絶対に許さない。
許すものか。と、そう思っていた。
「っ!」
なのに急に抱きしめらると、心臓が大きく跳ねてしまう。
いや、その手は、通じない。私は怒っているのだ。
「すみれ、許せ」
耳元は、もう駄目だった。
ブワッと一瞬で愛しい気持ちが体を支配して、抵抗していた力が抜けていく。
そして優しくキスをされると、もう許すも許さないもそんな些細な事どうでもよくなってしまっていったのだ。




