第五十話 食事会
呼ばれたのは夕食の場だった。
城で暮らす人は大体自室で食事をとるので、そもそも他人と一緒にご飯を食べるというのが普段はあまりない。
わざわざ呼ぶということは、何かしらの理由があるはずだった。
しかも呼び出されたのは小さい広間で、最初に殿に謁見した時の部屋でもある。
絶対に何かある。
そう思いつつ見慣れない侍女の案内で部屋に入った。
そして、入るなり驚く。部屋には既に先客がいたのだ。
ニッコリと頭を下げてくれたのは木村先生。その隣では園田先生が微笑んでいる。
知り合いはその二人だけだったが、残りの五人は確か宴の時にも取調べの場にもいた人だ。殿に意見を言っていた偉そうなおじいちゃんが混じっているから多分間違いない。
集まった人たちは殿の席に向き合うように座っていて・・・私の席がなかった。
なのに、先ほどの侍女が前へ前へと案内する。
え、そこは殿の席でしょ?
思わず視線が泳ぐ。視界の端で私以外の全員が同じく驚いているのが見える。
案内されたのは、なんと殿の席のど真ん前だった。
ここに?座るの??私が???
侍女に何回も目線で確認するが「どうぞ」と座るのを促される。
明らかにベテランの侍女だ。間違えるということは無さそうだが・・・。
早くしろという顔をされてしまった。もう座るしかない。
諦めて、案内された通りの場所へ座る。七対の視線がもの凄く辛かった。
そんな、地獄のような時間は、ありがたくも数分で終わってくれた。
「殿のお出ましです」
侍女の声と共に殿が現れる。殿の後ろには、何故か僧正様がいた。
殿はいつもの席へ、そして僧正様は、なんと私の隣に座った。
驚きのあまり僧正様をガン見してしまう。「なぜ?」という単語が頭を埋めつくした。
その時の僧正様の表情と言ったら、殴ってやりたいくらい楽しそうだったのだ。
「みな、足労をかけたな」
殿の挨拶が始まる。
どこを見ていいか分からないでいると、僧正様に正面を向くように目線で促された。
促されるまま前を見ると、木村先生達が殿に頭を下げているのが見える。
なんだこれは。
混乱する頭の片隅で、物凄く、嫌な予感がした。
「よい、面を上げよ。今宵は無礼講じゃ」
殿の声を背中に受ける。
新しく入った会社での初めての挨拶の場みたいな・・・。
と、そこで嫌な予感が確信に変わる。
「先日の宴の仕切り直しをと思うておったが、先にここにいる者らには伝えておかねばならぬ事があっての」
僧正様の方を見る。いつもの爽やかな笑顔が横顔も素敵で憎たらしい。
いや、そうじゃなくて、この流れってもしかして。
「ワシの敬愛する兄上が、こちらの聖女殿と善き仲であるとの事じゃ」
やってくれた。昨日今日でもう早速やってくたのだこの人たちは!
プライベートな話をいきなり公開するなんて信じられない。恥ずかしすぎて木村先生と園田先生の顔が見れないじゃないか!
全力で抗議の念を送っていると、僧正様がチラリと横目でこちらを見た。
口元に浮かぶ笑みは、明らかにいつもより悪役のそれだった。
「公にはせぬが、ここにいる者はしかと心に留めおけぃ」
殿の最悪な口上が終わって、食事が運ばれてくる。
あちらの世界では結婚式を挙げなかったが、挙げてたらこんな感じなのかもしれない。
だが、それはそれこれはこれ。私は同意もしてなければ全く何も聞かされていなかったのだ。
殿が食事を始めた音を確認してから僧正様に小さく抗議する。
「聞いてないです」
渾身の力で不快感を伝えているのに、いつもの猫かぶりな笑顔のままなのが本当に憎たらしい。
「そのようなお顔では皆が不安になりまする」
絶っ対に面白がっている。最低なサプライズだ。
後で絶対に文句を言ってやろうと思いつつ、殿の手前食事を始めないわけにもいかず、普段より少し豪華な晩御飯を食べ始める事にしたが・・・。
赤飯だ。
露骨すぎて何とも言えない。
だがまあ赤飯に罪はない。おいしいし。
少し見世物のようで落ち着かず、食べながらチラチラと僧正様を伺うが、肝が太すぎる彼はずっと涼しい顔をして食事をしていた。
ゲストである方々へ視線を移すと、談笑する者もいれば露骨にやってられねぇ感を出す者もいて、知り合い二人が前者なのがせめてもの救いか・・・。
食事も進み、ある程度お腹が満たされてきた時だった。
不服そうな顔No.1だったおじいちゃんが少し酔ったように口を開いた。
「お恐れながら申し上げまする」
例の取り調べの時に殿に意見を言っていたおじいちゃんだ。周りが軽く止めているのに聞かないのを見ると、偉そうなだけでなく本当に偉いのだろう。
「私は此度の件、承服いたしかねまする」
殿に真っ向から反対するなんて、命知らずなのかそれともそれが言える立場にいるのか。どちらなのか周りの反応からは伺えなかった。
「申してみよ」
殿の声に怒気は感じられなかったが、顔が見えないせいで肝が冷える。
そういうのは私がいないところでやっていただきたいものだ。
「その娘の存在はこの後、他の領地にも広がりましょう。上様や天子様のお耳に入るやもしれませぬ」
上様とは、確か時代劇では徳川の将軍がそう呼ばれていた。天子様は分からないが、おそらく同じくらい偉い人なのだろう。
上様のお名前を聞けばこの世界が異世界か過去かがはっきりする気もしたが、もし仮に名字だけ同じで名前が違った場合は判別できない事に気づく。
歴史は苦手だったのだ。
「その折にこの娘をこの地に留め置くには、殿の側室とされるより他にないと考えまする」
またこの話か、と思う。
以前殿には私を守るためというニュアンスで提案されていたが、その時からこのおじいちゃんと同じ事は考えられていたのだろう。
勝手に進められる私の話に少しの不安を感じたが、隣に座る僧正様は相変わらず感情を読めない笑みを浮かべていた。




