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聖女の私にできること  作者: 三ツ陰 夕夜
第一章 聖女転生

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第三話 癒す力

 人だかりの中心には男の子を抱き抱えた父親と思しき男性がいた。

 今はすすり泣いているが、さっきまで聞こえていた「誰か!」という悲鳴は恐らくこの父親のものだろう。

 男の子はぐったりしていて、明らかに様子がおかしい。

「可哀想にねぇ、あの足じゃあ」

 誰かの声が聞こえて男の子の足を見る。目にしたものに一瞬で鳥肌が立つのを感じた。

 右足のすねの辺り、曲がらないはずの場所が折れ曲がっていた。砂埃でよく見えなかったが、そこそこ出血もしているようだ。

 あちらの世界ではこういう時、電話をするだけで救急車が駆けつけてくれて、清潔な病院で綺麗に治してくれるだろう。

 だが、この世界ではどうだ?

 怪我人の周りに集まっている何十人もの人達は、哀れみの視線を向けるだけで、お医者さんを呼んでくるでも包帯を持ってくるでもなく、本当にただそこにいるだけだ。

 だからと言って、医療の知識などない私だって似たようなものだろう。いや、何もしないという点では同じだ。

 ただ怪我人を哀れむだけの、何も出来ない普通の人間。

 と、そこで何かが頭に引っかかった。

「君には人を癒す力をあげるから、それで向こうの世界の人をたくさん治してあげて欲しいんだ」

 神という青年の言葉が、どこからか聞こえてきた気がした。

 人を癒す力。それがどういうものであるか詳しく聞きはしなかったが、曲がりなりにも神がわざわざくれたのだ。癒すというからには怪我も治せるのではないだろうか。

 でも、本当に?

 あれが私の妄想ではなかったと、本当に言い切れるのか?

 もし、妄想で、本当は神なんてものに会っていなかったら?会っていたとしても、癒すと言うのが別の意味だったら?

 出て行ったところで、何もできなかったら・・・? 

 そうやってグズグズと躊躇っている私を動かしたのは父親の悲鳴だった。

新太(シンタ)!新太!」

 返事をしない大切な人をただ抱きしめるしかできない父親。

 あれは、私が倒れた時の夫ではないか。

 そう思うと同時に、体が勝手に男性に駆け寄っていた。

「息子さんは足を折っただけですか?!」

 もし私に治す力がなかったとして、だから何だ。

 何かしようとして何も出来なくたって、何もしようとせずに見ているだけより絶対良いに決まっている。

「あんた、医者か何かか?」

 涙でぐしゃぐしゃの顔で父親は私を見た。疑うのも当然だろう。どう見たって今の私はただの世間知らずそうな町娘だ。

「医者ではないですが、治せるかも知れません」

 男の子の足を見る。傷口からは骨が少し飛び出ているようで、出血は滴るくらいだが、これは多いのか少ないのかも分からない。

 本当に治せるかどうかも、治せたところで助かるかすらも私は知らないのだ。

「そこが折れてるだけだ、他はぶつけてねぇ」

 傷口をじっくり見ていると、不安そうな声で父親が答えてくれた。息子のためなら変な小娘にだって縋りたいという思いが伝わってくる。

 癒す力が何なのかもだが、どうやったら使えるのかも聞いておけば良かったと今更になって思う。

 神だと言う青年の顔を思い出す。もう二度と会えない夫と子どもを思い出す。

 軽く息を吐いて、傷口に両手をかざす。

 治したい。

 強く念じながら手のひらに意識を集中させる。

 お願い。治したいの。

 目を閉じて強く強く念じる。

「そう、それでいい」

 遠くから老人のような赤ちゃんのような声が聞こえた気がした。

 その声が、合図だった。

 手のひらの温度がどんどん上がっていく。目を開けると熱と同時に光を放っているのが見えた。

 手のひらは火がついたかと思うほど熱いのに、猫のお腹のように柔らかい暖かさで、発している光も明るいのに眩しくない不思議な光だった。

 そして、突然の眩しさに驚いていた人混みから、ワッと歓声が上がった。

「奇跡だ!」

 見ると、光の向こう側で傷口がまるで早送りでもしているかのように治っていく。

 これが、癒す力・・・。

 他人事のようにそんな感想が浮かんだ。私だって周りの人達と変わらないくらい驚いているのだ。

 多くの人が見守る中で、傷口はみるみる塞がり、曲がっていた足もゆっくりと元の位置に戻って行った。

 もう、大丈夫かな・・・?

 手の力を抜くと何事も無かったかのように光は消え、それと同時にあんなに熱かった熱もなくなっていた。

 恐る恐る手のひらを見るが、何の仕掛けもないただの人の手だ。

「新太ぁ!」

「おっとさん・・・?」

 意識がもどった男の子の顔色も悪くは無い。

 治した。治せた。

 私が、この子を治せたんだ。

 泣きながら抱き合う親子にじわじわと胸の奥から実感が込み上げてるくる。神に感謝をしたいと思ったのは初めてだった。

「ありがとうごぜぇます!本っ当にありがとうごぜぇます!」

 父親が、息子を抱いたまま頭を下げる。こういう立場になった事など元の世界でもなかったので、気恥ずかしさに返事に迷った。

「仏さまだぁ・・・」

 なにか良さげな返事をして立ち去ろうとした私の耳に聞こえてきたのは予想外の単語だった。

「仏さまの奇跡だ!」

「仏さまぁ!」

 伝染するかのように人々の口から「仏様」という言葉が広がっていく。

 やはり仏教なのか。

 いや、それより私は仏様ではない。

 否定をしたくても、何十人もの人達に囲まれて「仏さま」と拝まれると、易々と否定できないのが人というもの。

 店先の提灯といつの間にか出ていた月の明かりに照らされた大通りで、たくさんの人に囲まれながら拝まれて。転生というのは思っていたよりも前途多難だなぁとため息をつくしかなかった。

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