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聖女の私にできること  作者: 三ツ陰 夕夜
第五章 相愛

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第四十五話 睦言

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 どれほどの時間が経っただろうか。

 つい先程まで体を支配していた熱が、ゆっくりと引いていく。

 汗で湿った素肌同士が触れるのが、くすぐったくも気持ちいい。

 落ち着きを取り戻した胸の奥で、僧正様への想いがよりはっきりと形を成しているのが分かった。

「好きです」

 初めて気持ちを打ち明けた。

 伝わっていることは分かっていても、きちんと言葉で伝えたかった。

 僧正様の長い指が頬を撫でる。

「聖女様」

 思わず吸い付きたくなる魔性の唇から、余韻をなぞるように甘い声が響いた。

 「はい」と、答える。

 うっとりと私を見つめる瞳は、私以外の何も映していないように見えた。

「あなた様の名を、教えてはいただけませぬか」

 私の名前。「聖女」では無い、本当の名前。

 この方が、私が記憶喪失であるという話を知らないわけが無い。

 なのに、あえて聞いてきたということは、気づいてしまったのだろう。記憶喪失なんて嘘だということに。

 気づいた上で、私の過去ではなく名前だけを、聞いてきたのだ。

 ただ、私の名前を呼ぶその為だけに。

 これほどまでに切ない愛の言葉を聞いたことがなかった。

 僧正様の頬に手を当てる。

 男の人の感触。立場など関係ない。私を好きな、私が好きなただの男の人だった。

「話します」

 この人には何一つ隠し事などしたくなかった。

「私の、これまでの全てを話します」

 この人であれば受け止めてくれるという確信があった。

 私の心の一部はもう彼のものだった。



 あちらの世界での私の事、死んで神に会った事、与えられた力。転生して不安な中お福さんに助けられた事。

 僧正様は時に微笑みながら、時に私の頭を撫でながら、最後まで黙って話を聞いてくれた。

「これで、隠してた事は全部です」

 どう聞いても荒唐無稽な、夢物語のような話だっただろう。

 それでも、僧正様は少しも疑わずに受け入れてくれているようだった。

「まだ名を聞いておらぬぞ」

 どうやら、夢中で話していたので、本題を忘れてしまっていたようだ。

 「そうでした」と少し笑う。

澄恋(スミレ)です」

 苗字はあえて口に出さなかった。あれは、あちらの世界に家族と共に置いてきたものだから。

「すみれ」

 確かめるようにゆっくりと、僧正様が私の名を呼ぶ。

 それだけでもう胸がいっぱいになった。

「そなたの名も、私だけのものとしたいものだな」

 少しいたずらっぽく笑う顔は、多分私にしか見せない顔。

 くすぐったさが我慢できなくなって、彼の胸に顔を埋めると、背中をぐいと引き寄せられて更に体が密着した。

「いつもはそんな喋り方なんですね」

 やられてばかりいるかとからかい返す。

 「まるで殿みたい」と付け加えると、僧正様の腕が更に強く私を締め付けた。

「僧正様、少し痛いです」

 たまらず音を上げる。

 からかわれるのがそんなに嫌だったのだろうか?

「他の男の話をするでない」

 拗ねていた。

 見目麗しく、人を陥れる事が出来るほど非道で頭の良い彼が、まるで子どものように拗ねた声を出していた。

 嫉妬しているのだ。

 なんて、なんて愛おしいのだろうか。

「道明様」

 顔を見上げて名を呼ぶと、まるで分かっていたかのように自然と口と口が触れた。

 そして、今になって少しだけ気になることがあった。

「道明様と私って・・・」

 「付き合っていることになるんですか?」という言葉を飲み込む。

 そもそもここで付き合うという概念があるのか?

 歴史には詳しくなかったが、あちらの世界ではこの時代といえばいきなり結婚しているイメージしかない。

 結婚。自分で考えた言葉に自分で少し恥ずかしくなってしまう。

「殿にはご理解頂いているゆえ、この城では何も心配いらぬ」

 心配いらないということは交際とか事実婚とかそういう事だろうか?

 殿がご存知なら、確かにこの城では大丈夫だろうが・・・。

 ん?待てよ?殿?

「殿がご存知なんですか???」

 思わずガバッと上体を起こした。

 この男、もしかして私の部屋に来ることを宣言してから来たのか???

 驚く私を他所に、当然だと言わんばかりの顔の僧正様。

 常識が違いすぎる。

 と、言うことはだ。殿と警備の人、更に私の侍女と僧正様のお小姓さんが私たちの関係を知っている事になる。

 人数を考えると恥ずかしすぎて目眩がしそうになった。

 しかも、宣言してから来たって事は、この男は断られた時の事など考えていなかったという事だ。

 恥ずかしさと手玉に取られた敗北感から、怒りにも似た反発心が顔を出す。抗議の意味を込めて僧正様に背を向けて横になった。

「すみれ?」

 言ったところで伝わらないだろうし、どうせまた言いくるめられるに決まっている。

 もう僧正様など知らない!

 例え謝ったとしても今日はそちらを向いてやるものかと思いつつ、目を閉じてやった。

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